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(173)SIDE:奏太
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午後の講義が始まる時間が近付いていたので、周りの人たちは徐々に席を立っていく。
その人たちのほどんどが、名残惜しそうにこちらを見ていた。
斗輝に向けられる視線の他に、河原先輩、海野先輩、清水先輩への視線もある。
それもそうだろう。彼らも優秀なアルファなのだから。
ベータであるなら、友人になることや、この先、社会人になった時の繋がりを持つために。
オメガであるなら、彼らの番になるために。
そういった意図が感じられる視線だった。
だけど、斗輝はもちろんのこと、先輩たちはそういったたくさんの視線には気付いていない。
いや、気付いているからこそ、あえて知らんぷりをしているのだろうか。
――うん、そうだよね。絶対に分かっているよ。
先輩たちは、自分たちの存在が及ぼす影響力を正しく把握しているから、周りから一歩離れた態度を取るのだろう。
でも、そんな先輩たちだからこそ、なんとしてもお近付きになりたいと考える人もいるはずだ。
――そういう人たちからしたら、僕は絶好のチャンスをぶら下げているし、同時に、邪魔な存在でもあるんだよね。
僕は考えていたよりも自分の立場が重いことを、改めて実感する。
困ったなと思いつつも、僕には斗輝のそばを離れるつもりはいっさいないから、この先、多少面倒なことが起きても、しっかりしなくては。
そんなことを自分に言い聞かせていると、海野先輩に名前を呼ばれた。
「奏太君」
ハッと我に返って、「なんでしょうか」と、すぐに返事をする。
「食事会のことなんだけど、なにか希望はある?」
――食事会をするのは、もう決定事項なんだ。
僕は小さく苦笑を零す。
でも、それだけ僕を受け入れてくれたといことだから、すごく嬉しい。
「食べ物の好き嫌いはほとんどないので、お任せします。ただ、僕は田舎の家庭料理を食べて育ってきていますので、高級なお店はちょっと苦手で……」
「本当に、奏太君って素直で可愛いわねぇ」
正直に話すと、海野先輩が口元に手を当ててフフッと笑う。
たったそれだけのしぐさなのに、上品な印象を醸し出しているのは、さすが上流階級育ちだ。
しかも、まったく嫌味がない。
先輩と話したのは今日が初めてで、時間にしたらそれほど長くはなかったものの、人柄のよさはしっかりと伝わっていた。
それは、河原先輩も同じ。頼りになるお兄ちゃんという感じだった。
斗輝以外のアルファの人たちと食事をするのは緊張するけれど、けっこう楽しみである。
「ねぇ、斗輝君。私が決めてしまっていいかしら。もちろん、みんなには事前に相談するわよ」
すると、斗輝が頷き返す。
「ああ、海野に任せておけば、間違いないだろう。なにしろ、国内最大手の飲食店グループだ」
「この話はこれで。さて、そろそろ行かなくちゃ」
海野先輩の言葉で、僕たちは席を立った。
「奏太君、またね」
海野先輩はヒラリと片手を振る。
「じゃあな」
河原先輩は、スッと手を伸ばしてきた。
……が、その手が僕の頭を撫でる前に、斗輝によってパシンと払われる。
「俺の奏太に触るな」
不機嫌さが丸分かりの低い声を出す斗輝の様子に、河原先輩がプッと噴き出した。
「奏太君が関わると、斗輝はとたんに表情豊かになるなぁ。ま、いいことだ。これまでが、あまりに感情がなさすぎだった」
そこに、清水先輩が割り入る。
「斗輝様。本日の講義はもうございませんが、このあとはどうなさいますか?」
すると、彼が僕を見た。
「これから本社に行く用事が入った。奏太はまだ講義が二つ残っていたよな?」
「はい」
一年生は必修科目が多いので、どうしても三年生の斗輝とは受講する講義数が違ってくる。
僕の返事に、彼が静かに微笑む。
「用事が終わり次第、迎えに来る」
当然のように言われて、僕はフルフルと首を横に振った。
「いえ、迎えは必要ないですよ。一週間前までは、電車を使っていましたから」
と答えたところで、僕は自分が間違ったことを口にしてしまったのに気付く。
――電車で帰ったら、きっと危ないんだろうな。
浅見さんはマンションまでしっかりと送り届けてくれるはずだけど、車で帰ったほうが何倍も安全だ。
斗輝に心配かけないためにも、浅見さんに余計な苦労をさせないためにも、僕は不特定多数の人に囲まれやすい電車に乗るべきではないのだ。
「やっぱり、迎えに来てください」
苦笑いを浮かべる僕の髪を、斗輝の大きな手が優しく撫でる。
そんな彼は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「斗輝?」
僕が首を傾げると、彼がゆっくりと息を吐く。
「奏太には不自由な思いをさせてすまない」
謝られると思っていなかった僕は、パチクリと瞬きを繰り返した。
「不自由? どこがですか?」
――むしろ、車で帰るほうが楽ちんで助かるんだけどなぁ。
さらに首を傾げたら、斗輝がもう一度ゆっくり息を吐く。
「これまで当たり前だったことが、俺と付き合うことでできなくなるんだ。奏太には、窮屈な思いをさせてしまう」
「窮屈……」
僕はポツリとオウム返しをする。
果たしてそうだろうかと、僕は考え込む。
僕の身の安全のために、斗輝はあれこれと気を配ってくれている。
それを窮屈と捉えるつもりは、僕にはなかった。
「これまでの生活とだいぶ変わるので、ちょっと困るなって思うことはあります。でも、斗輝が人目を気にしないで僕をかまってくることのほうが、正直困ります」
それを聞いて、河原先輩は盛大に噴き出し、ゲラゲラと声を出して笑う。
「いやぁ、奏太君、最高!」
「笑ったら失礼よ」
たしなめるように肘で河原先輩の脇腹を突っついている海野先輩だけど、明らかにその肩が小刻みに揺れている。多分、笑いを堪えているのだ。
清水先輩は、これまで通り、穏やかな視線を僕たちに向けている。
こんな感じで、昼休みは終わった。
その人たちのほどんどが、名残惜しそうにこちらを見ていた。
斗輝に向けられる視線の他に、河原先輩、海野先輩、清水先輩への視線もある。
それもそうだろう。彼らも優秀なアルファなのだから。
ベータであるなら、友人になることや、この先、社会人になった時の繋がりを持つために。
オメガであるなら、彼らの番になるために。
そういった意図が感じられる視線だった。
だけど、斗輝はもちろんのこと、先輩たちはそういったたくさんの視線には気付いていない。
いや、気付いているからこそ、あえて知らんぷりをしているのだろうか。
――うん、そうだよね。絶対に分かっているよ。
先輩たちは、自分たちの存在が及ぼす影響力を正しく把握しているから、周りから一歩離れた態度を取るのだろう。
でも、そんな先輩たちだからこそ、なんとしてもお近付きになりたいと考える人もいるはずだ。
――そういう人たちからしたら、僕は絶好のチャンスをぶら下げているし、同時に、邪魔な存在でもあるんだよね。
僕は考えていたよりも自分の立場が重いことを、改めて実感する。
困ったなと思いつつも、僕には斗輝のそばを離れるつもりはいっさいないから、この先、多少面倒なことが起きても、しっかりしなくては。
そんなことを自分に言い聞かせていると、海野先輩に名前を呼ばれた。
「奏太君」
ハッと我に返って、「なんでしょうか」と、すぐに返事をする。
「食事会のことなんだけど、なにか希望はある?」
――食事会をするのは、もう決定事項なんだ。
僕は小さく苦笑を零す。
でも、それだけ僕を受け入れてくれたといことだから、すごく嬉しい。
「食べ物の好き嫌いはほとんどないので、お任せします。ただ、僕は田舎の家庭料理を食べて育ってきていますので、高級なお店はちょっと苦手で……」
「本当に、奏太君って素直で可愛いわねぇ」
正直に話すと、海野先輩が口元に手を当ててフフッと笑う。
たったそれだけのしぐさなのに、上品な印象を醸し出しているのは、さすが上流階級育ちだ。
しかも、まったく嫌味がない。
先輩と話したのは今日が初めてで、時間にしたらそれほど長くはなかったものの、人柄のよさはしっかりと伝わっていた。
それは、河原先輩も同じ。頼りになるお兄ちゃんという感じだった。
斗輝以外のアルファの人たちと食事をするのは緊張するけれど、けっこう楽しみである。
「ねぇ、斗輝君。私が決めてしまっていいかしら。もちろん、みんなには事前に相談するわよ」
すると、斗輝が頷き返す。
「ああ、海野に任せておけば、間違いないだろう。なにしろ、国内最大手の飲食店グループだ」
「この話はこれで。さて、そろそろ行かなくちゃ」
海野先輩の言葉で、僕たちは席を立った。
「奏太君、またね」
海野先輩はヒラリと片手を振る。
「じゃあな」
河原先輩は、スッと手を伸ばしてきた。
……が、その手が僕の頭を撫でる前に、斗輝によってパシンと払われる。
「俺の奏太に触るな」
不機嫌さが丸分かりの低い声を出す斗輝の様子に、河原先輩がプッと噴き出した。
「奏太君が関わると、斗輝はとたんに表情豊かになるなぁ。ま、いいことだ。これまでが、あまりに感情がなさすぎだった」
そこに、清水先輩が割り入る。
「斗輝様。本日の講義はもうございませんが、このあとはどうなさいますか?」
すると、彼が僕を見た。
「これから本社に行く用事が入った。奏太はまだ講義が二つ残っていたよな?」
「はい」
一年生は必修科目が多いので、どうしても三年生の斗輝とは受講する講義数が違ってくる。
僕の返事に、彼が静かに微笑む。
「用事が終わり次第、迎えに来る」
当然のように言われて、僕はフルフルと首を横に振った。
「いえ、迎えは必要ないですよ。一週間前までは、電車を使っていましたから」
と答えたところで、僕は自分が間違ったことを口にしてしまったのに気付く。
――電車で帰ったら、きっと危ないんだろうな。
浅見さんはマンションまでしっかりと送り届けてくれるはずだけど、車で帰ったほうが何倍も安全だ。
斗輝に心配かけないためにも、浅見さんに余計な苦労をさせないためにも、僕は不特定多数の人に囲まれやすい電車に乗るべきではないのだ。
「やっぱり、迎えに来てください」
苦笑いを浮かべる僕の髪を、斗輝の大きな手が優しく撫でる。
そんな彼は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「斗輝?」
僕が首を傾げると、彼がゆっくりと息を吐く。
「奏太には不自由な思いをさせてすまない」
謝られると思っていなかった僕は、パチクリと瞬きを繰り返した。
「不自由? どこがですか?」
――むしろ、車で帰るほうが楽ちんで助かるんだけどなぁ。
さらに首を傾げたら、斗輝がもう一度ゆっくり息を吐く。
「これまで当たり前だったことが、俺と付き合うことでできなくなるんだ。奏太には、窮屈な思いをさせてしまう」
「窮屈……」
僕はポツリとオウム返しをする。
果たしてそうだろうかと、僕は考え込む。
僕の身の安全のために、斗輝はあれこれと気を配ってくれている。
それを窮屈と捉えるつもりは、僕にはなかった。
「これまでの生活とだいぶ変わるので、ちょっと困るなって思うことはあります。でも、斗輝が人目を気にしないで僕をかまってくることのほうが、正直困ります」
それを聞いて、河原先輩は盛大に噴き出し、ゲラゲラと声を出して笑う。
「いやぁ、奏太君、最高!」
「笑ったら失礼よ」
たしなめるように肘で河原先輩の脇腹を突っついている海野先輩だけど、明らかにその肩が小刻みに揺れている。多分、笑いを堪えているのだ。
清水先輩は、これまで通り、穏やかな視線を僕たちに向けている。
こんな感じで、昼休みは終わった。
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