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(166)SIDE:奏太
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浅見さんがスーツを着ていなかったことに目を奪われ、同時に斗輝の気遣いに感動していた僕は、「奏太?」と名前を呼ばれてハッと我に返る。
「は、初めまして、安藤奏太です!どうぞ、よろしくお願いします!」
ガバッと頭を下げ、浅見さんにあいさつした。
――これじゃ、呆れられるかも……。
大学生にもなって、なにをやっているんだと、ボンヤリしていた自分が情けなくなる。
オドオドと姿勢を元に戻したら、穏やかな微笑みを浮かべている浅見さんと目が合った。
「斗輝様や、先輩方がおっしゃるように、奏太様は可愛らしい方ですね。見た目もそうですが、中身も大変可愛らしく思います」
どうやら、シャキッとできない僕のことを呆れたりはしないらしい。
仕事だから、どんな相手を護衛しても丁寧に接するものだろうけど、浅見さんの笑顔はすごく柔らかい。
また、まっすぐに向けられる視線から、嘘は言っていないのだと思えた。
そのことにホッと胸を撫で下ろしていると、隣に立っている斗輝が一歩前に出る。
「浅見、その口調なんだが」
すると、浅見さんがサッと表情を強ばらせた。
「失礼がありましたでしょうか?」
その反応に、斗輝が苦笑を浮かべる。
「いや、そうではない。実は、奏太の希望で、名前の呼び方や口調を澤泉の者に対する場合と変えてもらいたい」
「……と、おっしゃいますと?」
そんなことを言われると思っていなかったらしく、浅見さんが僅かに戸惑いを見せた。
斗輝は苦笑を深め、改めて口を開く。
「特例として認めるから、奏太には兄のような感覚で接してくれ」
浅見さんはまだ戸惑いから抜け出せないのか、パチパチと瞬きを繰り返した。
「斗輝様、本当によろしいのですか? 正式に番関係を結んでいないとはいえ、奏太様は斗輝様のお相手です。それ相応の接し方をするべきではありませんか?」
浅見さんの話を聞いた僕は、「見た目よりも、真面目な人なんだな」という感想を抱きつつ、大人しくしていた。
本当なら、こういった話は本人である僕が切り出すべきかもしれないけれど、斗輝に任せておいたほうがいいと思う。
口が上手くない僕がどんなに頑張って伝えようとしても、浅見さんは、「それはいけません」と言ってきそうである。
斗輝には申し訳ないと思いつつ、僕はそのやり取りを静かに見守ることにしていた。
どこか不安そうにしている浅見さんに、斗輝が改めて話しかける。
「かしこまった話し方をされると、奏太がひどく緊張してしまうんだ。友人同士のように砕けた口調にする必要はないが、敬語をできる限り控えてくれ」
「本当に、よろしいのですか?」
相変わらず戸惑った表情のまま、浅見さんが訊き返した。
そんな彼に、斗輝がゆっくりと頷く。
「ああ、構わない。これは、深沢も承知のことだし、隊長には俺から連絡を入れておく。だから、浅見の態度が悪いと注意されることもない」
浅見さんは斗輝の後ろに立っている深沢さんをチラリと見る。
僕の視界の端では、深沢さんが大きく頷いている様子が写り込んだ。
その反応を見て、浅見さんが「……かしこまりました」と、ぎこちなく返事をする。
「他に、条件はございますでしょうか?」
浅見さんの問いかけに、斗輝が落ち着いた様子で返す。
「それと、奏太のことは、『様』を付けずに呼んでくれ」
「……えっ?」
あまりにも意外だったのか、浅見さんは目を丸くして固まった。
驚かせてしまって悪いけれど、これは絶対に譲れない。
敬語を使われることよりも、『奏太様』と呼ばれるほうが落ち着かないのだ。
――慣れないことをさせてしまって、ごめんなさい。
心の中で謝っていると、浅見さんがこちらに視線を向けた。
なので、僕はゆっくりと大きく頷き返す。
そんな僕の様子に、浅見さんはふいに困ったような笑みを浮かべた。
どうやら、戸惑いは消えたみたいだ。
「斗輝様のご命令とあらば、そのようにいたします」
そう返した浅見さんはフッと短く息を吐くと、僕に話しかけてきた。
「では、奏太君と呼びますね」
その言葉に、僕はニコッと笑って「はい!」と、元気よく返事をした。
浅見さんが納得してくれたおかげで、僕は無駄に緊張せずに済みそうだ。
よかった、よかったと安心していると、そろそろ一限の講義が始まる時間が迫っていることに気付いた。
「斗輝、そろそろ行かないと」
この駐車場から講義棟まで少し離れているのだ。
声を掛けると、斗輝が「そうだな」と返し、次いで、僕の右手を自身の左手でソッと繋ぐ。
大学でそんなことをされるとは思っていなかったので、驚いた僕はとっさに手を引こうとした。
もちろん、反射神経でも力の強さでも彼に敵わない。
「あ、あの……」
チラリと斗輝を見上げたら、切れ長の目が柔らかく弧を描く。
「俺の番が奏太であることを、徐々に広めていくつもりだ。わざわざ言って回ることはしないが、こうして手を繋ぐだけでも十分なアピールになる」
その言葉に、これまで発言しなかった清水先輩が静かに口を開く。
「斗輝様は、どのようなオメガともご自分から触れることがありませんでした。ですから、手を繋がれている奏太様が斗輝様にとってな特別な存在だと、自然と知らしめることになります」
「俺としては、奏太の腰を抱いて歩きたいが……。奏太には、恥ずかしいだろ?」
ほんのちょっとだけ意地悪そうな視線を向けられ、僕は即座にブンブンと首を縦に振った。
「是非とも、手繋ぎでお願いします!」
そんな僕の反応に、少し離れたところに立っている深沢さんと浅見さんがクスッと笑う。
「奏太様の反応がとても初々しくて、胸が温かくなるな。下心を持って斗輝様とお近付きになろうとされる方々には、奏太様のようには振舞うのは無理だろう」
「ええ、そう思います。話に聞いていた以上に、奏太君は可愛らしいですね。奥様といい、奏太君といい、澤泉家のアルファの心を捕える方というのは、心がお綺麗だ」
人前で手を繋ぐだけで戸惑い、「腰を抱かれるなんて、とんでもない」と慌てる僕に呆れることのない護衛さんたちの言葉に、僕はムズムズと気恥ずかしい思いを味わっていた。
「は、初めまして、安藤奏太です!どうぞ、よろしくお願いします!」
ガバッと頭を下げ、浅見さんにあいさつした。
――これじゃ、呆れられるかも……。
大学生にもなって、なにをやっているんだと、ボンヤリしていた自分が情けなくなる。
オドオドと姿勢を元に戻したら、穏やかな微笑みを浮かべている浅見さんと目が合った。
「斗輝様や、先輩方がおっしゃるように、奏太様は可愛らしい方ですね。見た目もそうですが、中身も大変可愛らしく思います」
どうやら、シャキッとできない僕のことを呆れたりはしないらしい。
仕事だから、どんな相手を護衛しても丁寧に接するものだろうけど、浅見さんの笑顔はすごく柔らかい。
また、まっすぐに向けられる視線から、嘘は言っていないのだと思えた。
そのことにホッと胸を撫で下ろしていると、隣に立っている斗輝が一歩前に出る。
「浅見、その口調なんだが」
すると、浅見さんがサッと表情を強ばらせた。
「失礼がありましたでしょうか?」
その反応に、斗輝が苦笑を浮かべる。
「いや、そうではない。実は、奏太の希望で、名前の呼び方や口調を澤泉の者に対する場合と変えてもらいたい」
「……と、おっしゃいますと?」
そんなことを言われると思っていなかったらしく、浅見さんが僅かに戸惑いを見せた。
斗輝は苦笑を深め、改めて口を開く。
「特例として認めるから、奏太には兄のような感覚で接してくれ」
浅見さんはまだ戸惑いから抜け出せないのか、パチパチと瞬きを繰り返した。
「斗輝様、本当によろしいのですか? 正式に番関係を結んでいないとはいえ、奏太様は斗輝様のお相手です。それ相応の接し方をするべきではありませんか?」
浅見さんの話を聞いた僕は、「見た目よりも、真面目な人なんだな」という感想を抱きつつ、大人しくしていた。
本当なら、こういった話は本人である僕が切り出すべきかもしれないけれど、斗輝に任せておいたほうがいいと思う。
口が上手くない僕がどんなに頑張って伝えようとしても、浅見さんは、「それはいけません」と言ってきそうである。
斗輝には申し訳ないと思いつつ、僕はそのやり取りを静かに見守ることにしていた。
どこか不安そうにしている浅見さんに、斗輝が改めて話しかける。
「かしこまった話し方をされると、奏太がひどく緊張してしまうんだ。友人同士のように砕けた口調にする必要はないが、敬語をできる限り控えてくれ」
「本当に、よろしいのですか?」
相変わらず戸惑った表情のまま、浅見さんが訊き返した。
そんな彼に、斗輝がゆっくりと頷く。
「ああ、構わない。これは、深沢も承知のことだし、隊長には俺から連絡を入れておく。だから、浅見の態度が悪いと注意されることもない」
浅見さんは斗輝の後ろに立っている深沢さんをチラリと見る。
僕の視界の端では、深沢さんが大きく頷いている様子が写り込んだ。
その反応を見て、浅見さんが「……かしこまりました」と、ぎこちなく返事をする。
「他に、条件はございますでしょうか?」
浅見さんの問いかけに、斗輝が落ち着いた様子で返す。
「それと、奏太のことは、『様』を付けずに呼んでくれ」
「……えっ?」
あまりにも意外だったのか、浅見さんは目を丸くして固まった。
驚かせてしまって悪いけれど、これは絶対に譲れない。
敬語を使われることよりも、『奏太様』と呼ばれるほうが落ち着かないのだ。
――慣れないことをさせてしまって、ごめんなさい。
心の中で謝っていると、浅見さんがこちらに視線を向けた。
なので、僕はゆっくりと大きく頷き返す。
そんな僕の様子に、浅見さんはふいに困ったような笑みを浮かべた。
どうやら、戸惑いは消えたみたいだ。
「斗輝様のご命令とあらば、そのようにいたします」
そう返した浅見さんはフッと短く息を吐くと、僕に話しかけてきた。
「では、奏太君と呼びますね」
その言葉に、僕はニコッと笑って「はい!」と、元気よく返事をした。
浅見さんが納得してくれたおかげで、僕は無駄に緊張せずに済みそうだ。
よかった、よかったと安心していると、そろそろ一限の講義が始まる時間が迫っていることに気付いた。
「斗輝、そろそろ行かないと」
この駐車場から講義棟まで少し離れているのだ。
声を掛けると、斗輝が「そうだな」と返し、次いで、僕の右手を自身の左手でソッと繋ぐ。
大学でそんなことをされるとは思っていなかったので、驚いた僕はとっさに手を引こうとした。
もちろん、反射神経でも力の強さでも彼に敵わない。
「あ、あの……」
チラリと斗輝を見上げたら、切れ長の目が柔らかく弧を描く。
「俺の番が奏太であることを、徐々に広めていくつもりだ。わざわざ言って回ることはしないが、こうして手を繋ぐだけでも十分なアピールになる」
その言葉に、これまで発言しなかった清水先輩が静かに口を開く。
「斗輝様は、どのようなオメガともご自分から触れることがありませんでした。ですから、手を繋がれている奏太様が斗輝様にとってな特別な存在だと、自然と知らしめることになります」
「俺としては、奏太の腰を抱いて歩きたいが……。奏太には、恥ずかしいだろ?」
ほんのちょっとだけ意地悪そうな視線を向けられ、僕は即座にブンブンと首を縦に振った。
「是非とも、手繋ぎでお願いします!」
そんな僕の反応に、少し離れたところに立っている深沢さんと浅見さんがクスッと笑う。
「奏太様の反応がとても初々しくて、胸が温かくなるな。下心を持って斗輝様とお近付きになろうとされる方々には、奏太様のようには振舞うのは無理だろう」
「ええ、そう思います。話に聞いていた以上に、奏太君は可愛らしいですね。奥様といい、奏太君といい、澤泉家のアルファの心を捕える方というのは、心がお綺麗だ」
人前で手を繋ぐだけで戸惑い、「腰を抱かれるなんて、とんでもない」と慌てる僕に呆れることのない護衛さんたちの言葉に、僕はムズムズと気恥ずかしい思いを味わっていた。
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