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(108)SIDE:奏太
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その後、斗輝は僕の手を放すことはなかった。
ただ手を繋いでいるだけなのに、すごく安心できる。
キスをしてもらったり抱き締めてもらえることも嬉しいけれど、これはこれでまた違う嬉しさがある。
僕がへへッと小さく笑うと、彼が少し首を傾げた。
「どうした?」
優しい視線を向けられ、僕は大きな手をギュッと握り返す。
「こうして、手を繋いでいるのが嬉しいなって。なんていうか、しみじみと幸せを感じるといいますか」
それを聞いた斗輝も、僕の手をギュッと握ってくる。
「確かにな」
口角を上げた彼が、フッと目を細めた。
「こういう些細なことを幸せだと感じられる人がそばにいてくれることが、また幸せなんだろうな。そういう相手と巡り逢えた俺は、本当に幸せだ」
彼の笑顔には嘘が感じられず、僕は胸の奥がフワッと温かくなる。
「僕には斗輝に大きな幸せをあげる力はありませんけど、こういった小さな幸せなら、たくさんあげられますよ」
さらに力を入れてギュッと彼の手を握り返したら、形のいい目がユルリと弧を描いた。
「なにを言っているんだ。奏太は、俺にこれ以上ない大きくて最高の幸せをくれただろ。俺のそばにいたいと言ってくれたのは、なににも代えられない幸せだぞ」
綺麗な微笑みと共に告げられた言葉に、僕は顔も耳もカァッと熱くなる。
「いえ、でも、そんな……。一緒にいるだけですし……。それに、好きな人のそばにいたいっていうのは、僕のワガママみたいなものですから……」
ボソボソと言い返したら、繋いでいる手に彼の左手が覆い被さる。
斗輝は両手で僕の左手をしっかりと包み込んだ。
「どこがワガママなんだか。まったく、奏太は本当に可愛いすぎる。とにかく、奏太のワガママは俺を幸せにしてくれるから、この先も遠慮するな」
上下からギュウッと強く手を包まれ、僕はコクンと頷き返した。
やがて、僕たちを乗せた車がマンションに到着した。
はじめは僕が借りている部屋にちょっと寄るつもりだったけれど、はじめてのデートに興奮したせいか、少しだけ疲れていた。
それに気付いた斗輝が、まっすぐマンションに帰るようにと運転手さんに伝えていたのである。
僕としても、早く彼に伝えたい言葉があるから、むしろありがたかった。
駐車スペースで車が止まると、運転手さんが後部座席の扉を開けてくれる。
まず、先に斗輝が降りて、次に降りる僕へ手を差し伸べてくれた。
当たり前のように差し出された大きな手に、僕は照れくささを感じながらチョコンと自分の手を乗せる。
その手を彼がしっかりと握り、運転手さんにここまで送ってくれたことへのお礼を述べた。
僕も慌てて頭を下げ、「ありがとうございました」と口にする。
「どうぞ、いつでも遠慮なくお申し付けくださいませ」
四十代半ばくらいの運転手さんが、穏やかな微笑みを浮かべた。
深沢さんをはじめとする警備隊のみんなといい、この運転手さんといい、澤泉家に関係する人たちはすごく僕に優しい。
――田舎育ちでこれといって秀でたところのない僕は、斗輝に相応しくないって思ったりしないのかな?
僕のことを詳しく知らないにしても、斗輝のそばにいる僕を彼らは多少なりとも知っているはずだ。
いや、知らないとしても、明らかに華やかさが足りない僕が、なににおいても極上の斗輝の隣にいるのは間違っていると、ほんの少しでも感じたりしないのだろうか。
彼らの穏やかな雰囲気と優しい笑顔を見ていると、かえって気になってしまう。
――澤泉で働く人は、そういうことをまったく顔に出さないように訓練されているのかも。
どんなに気に食わない相手を前にしても、仕えている家の人が連れている人には嫌な顔を向けてはいけないと、厳しく言い渡されているのかもしれない。
その可能性は、かなりあるはずだ。
そうじゃなかったら、こんな僕に、みんなが優しくしてくれるはずがない。
エントランスへと歩きながら、そんなことを考えていた。
玄関に入ると、靴を脱ぐ前に斗輝が声をかけてくる。
「奏太、どうした?」
僕の顔を覗き込む彼に、僕はニコッと笑いかけた。
「どうもしませんけど」
そう返すと、彼はそれ以上何も言わなかった。
僕たちは洗面所で手を洗って、うがいをし、リビングへと向かう。
かと思ったら、斗輝は僕の手を引いて寝室へと歩いていく。
「あ、あの……」
戸惑う僕に振り返った彼は、切れ長の目をフッと細めた。
「食事を終えたあと、言ったよな? 今すぐ押し倒したくなるって」
それを聞いて、ブワッと勢いよく僕の顔が火照る。
確かに、彼はそう言った。
僕も、覚えている。
だけど、夕方になりかけたばかりの外はまだまだ明るく、窓ガラスから差し込む光で部屋の中は照明入らずだ。
この時間から寝室に向かうのは、妙に気恥ずかしい。
「えっと、でも……」
手を引かれてながら、視線をウロウロと彷徨わせていたら、斗輝がふいに足を止め、いきなり僕を横抱きにした。
「うわっ」
驚いて声を上げた僕を、彼が強く抱き締める。
「帰ってくるまで我慢したんだ。もう、待てない」
そう言って、彼は足早に寝室に向かう。
大きなベッドの真ん中に僕を優しく下ろした斗輝は、すぐに僕へと圧し掛かってきた。
そして、長い腕で僕を閉じ込めると、顔中にキスの雨を降らしてくる。
瞼、鼻先、頬にチュッと音を立ててキスを繰り返していた彼の唇は、やがて僕の唇にソッと重なる。
上下の唇がやんわりと啄まれ、時々、甘噛みされた。
そういったキスが何度も繰り返されるものの、それ以上の激しさや深さは、いつまで経っても訪れない。
大好きなアルファに抱き締められてキスをされたら、オメガの僕はもっとと続きを求めてしまう。
勘のいい斗輝なら、そんな僕に気付いているはず。
なのに、彼の唇は相変らずのキスを繰り返すばかりなのだ。
だんだんとじれったくなってきた僕は、彼が着ている服の胸元をキュッと手の中に握り込んだ。
「……斗輝」
ポツリと名前を呼んだら、彼はキスをやめて鼻先が触れ合うくらいの距離でフッと口角を上げる。
「正直に言わないと、続きはないぞ」
「……え?」
パチリと瞬きをしたら、彼が僕の瞳をジッと覗き込む。
「車を降りてから、なにを考えていた?」
静かな口調だけど、その視線は真剣だった。まるで、僅かな誤魔化しさえも見逃さないとばかりに。
こういう時の彼にはヘタな言い訳は通用しないと分かっているので、僕は正直に話すことにした。
「警備隊の皆さんも運転手さんも僕にすごく優しくしてくれたので、それが少しだけ不思議だったって言いますか……」
すると、今度は彼がパチリと瞬きをする。
「奏太を丁重に扱うのは、当然のことだ。なにしろ、俺の番だからな」
――ああ、やっぱり。
思っていた通りの答えに、僕は苦笑を浮かべた。
ただ手を繋いでいるだけなのに、すごく安心できる。
キスをしてもらったり抱き締めてもらえることも嬉しいけれど、これはこれでまた違う嬉しさがある。
僕がへへッと小さく笑うと、彼が少し首を傾げた。
「どうした?」
優しい視線を向けられ、僕は大きな手をギュッと握り返す。
「こうして、手を繋いでいるのが嬉しいなって。なんていうか、しみじみと幸せを感じるといいますか」
それを聞いた斗輝も、僕の手をギュッと握ってくる。
「確かにな」
口角を上げた彼が、フッと目を細めた。
「こういう些細なことを幸せだと感じられる人がそばにいてくれることが、また幸せなんだろうな。そういう相手と巡り逢えた俺は、本当に幸せだ」
彼の笑顔には嘘が感じられず、僕は胸の奥がフワッと温かくなる。
「僕には斗輝に大きな幸せをあげる力はありませんけど、こういった小さな幸せなら、たくさんあげられますよ」
さらに力を入れてギュッと彼の手を握り返したら、形のいい目がユルリと弧を描いた。
「なにを言っているんだ。奏太は、俺にこれ以上ない大きくて最高の幸せをくれただろ。俺のそばにいたいと言ってくれたのは、なににも代えられない幸せだぞ」
綺麗な微笑みと共に告げられた言葉に、僕は顔も耳もカァッと熱くなる。
「いえ、でも、そんな……。一緒にいるだけですし……。それに、好きな人のそばにいたいっていうのは、僕のワガママみたいなものですから……」
ボソボソと言い返したら、繋いでいる手に彼の左手が覆い被さる。
斗輝は両手で僕の左手をしっかりと包み込んだ。
「どこがワガママなんだか。まったく、奏太は本当に可愛いすぎる。とにかく、奏太のワガママは俺を幸せにしてくれるから、この先も遠慮するな」
上下からギュウッと強く手を包まれ、僕はコクンと頷き返した。
やがて、僕たちを乗せた車がマンションに到着した。
はじめは僕が借りている部屋にちょっと寄るつもりだったけれど、はじめてのデートに興奮したせいか、少しだけ疲れていた。
それに気付いた斗輝が、まっすぐマンションに帰るようにと運転手さんに伝えていたのである。
僕としても、早く彼に伝えたい言葉があるから、むしろありがたかった。
駐車スペースで車が止まると、運転手さんが後部座席の扉を開けてくれる。
まず、先に斗輝が降りて、次に降りる僕へ手を差し伸べてくれた。
当たり前のように差し出された大きな手に、僕は照れくささを感じながらチョコンと自分の手を乗せる。
その手を彼がしっかりと握り、運転手さんにここまで送ってくれたことへのお礼を述べた。
僕も慌てて頭を下げ、「ありがとうございました」と口にする。
「どうぞ、いつでも遠慮なくお申し付けくださいませ」
四十代半ばくらいの運転手さんが、穏やかな微笑みを浮かべた。
深沢さんをはじめとする警備隊のみんなといい、この運転手さんといい、澤泉家に関係する人たちはすごく僕に優しい。
――田舎育ちでこれといって秀でたところのない僕は、斗輝に相応しくないって思ったりしないのかな?
僕のことを詳しく知らないにしても、斗輝のそばにいる僕を彼らは多少なりとも知っているはずだ。
いや、知らないとしても、明らかに華やかさが足りない僕が、なににおいても極上の斗輝の隣にいるのは間違っていると、ほんの少しでも感じたりしないのだろうか。
彼らの穏やかな雰囲気と優しい笑顔を見ていると、かえって気になってしまう。
――澤泉で働く人は、そういうことをまったく顔に出さないように訓練されているのかも。
どんなに気に食わない相手を前にしても、仕えている家の人が連れている人には嫌な顔を向けてはいけないと、厳しく言い渡されているのかもしれない。
その可能性は、かなりあるはずだ。
そうじゃなかったら、こんな僕に、みんなが優しくしてくれるはずがない。
エントランスへと歩きながら、そんなことを考えていた。
玄関に入ると、靴を脱ぐ前に斗輝が声をかけてくる。
「奏太、どうした?」
僕の顔を覗き込む彼に、僕はニコッと笑いかけた。
「どうもしませんけど」
そう返すと、彼はそれ以上何も言わなかった。
僕たちは洗面所で手を洗って、うがいをし、リビングへと向かう。
かと思ったら、斗輝は僕の手を引いて寝室へと歩いていく。
「あ、あの……」
戸惑う僕に振り返った彼は、切れ長の目をフッと細めた。
「食事を終えたあと、言ったよな? 今すぐ押し倒したくなるって」
それを聞いて、ブワッと勢いよく僕の顔が火照る。
確かに、彼はそう言った。
僕も、覚えている。
だけど、夕方になりかけたばかりの外はまだまだ明るく、窓ガラスから差し込む光で部屋の中は照明入らずだ。
この時間から寝室に向かうのは、妙に気恥ずかしい。
「えっと、でも……」
手を引かれてながら、視線をウロウロと彷徨わせていたら、斗輝がふいに足を止め、いきなり僕を横抱きにした。
「うわっ」
驚いて声を上げた僕を、彼が強く抱き締める。
「帰ってくるまで我慢したんだ。もう、待てない」
そう言って、彼は足早に寝室に向かう。
大きなベッドの真ん中に僕を優しく下ろした斗輝は、すぐに僕へと圧し掛かってきた。
そして、長い腕で僕を閉じ込めると、顔中にキスの雨を降らしてくる。
瞼、鼻先、頬にチュッと音を立ててキスを繰り返していた彼の唇は、やがて僕の唇にソッと重なる。
上下の唇がやんわりと啄まれ、時々、甘噛みされた。
そういったキスが何度も繰り返されるものの、それ以上の激しさや深さは、いつまで経っても訪れない。
大好きなアルファに抱き締められてキスをされたら、オメガの僕はもっとと続きを求めてしまう。
勘のいい斗輝なら、そんな僕に気付いているはず。
なのに、彼の唇は相変らずのキスを繰り返すばかりなのだ。
だんだんとじれったくなってきた僕は、彼が着ている服の胸元をキュッと手の中に握り込んだ。
「……斗輝」
ポツリと名前を呼んだら、彼はキスをやめて鼻先が触れ合うくらいの距離でフッと口角を上げる。
「正直に言わないと、続きはないぞ」
「……え?」
パチリと瞬きをしたら、彼が僕の瞳をジッと覗き込む。
「車を降りてから、なにを考えていた?」
静かな口調だけど、その視線は真剣だった。まるで、僅かな誤魔化しさえも見逃さないとばかりに。
こういう時の彼にはヘタな言い訳は通用しないと分かっているので、僕は正直に話すことにした。
「警備隊の皆さんも運転手さんも僕にすごく優しくしてくれたので、それが少しだけ不思議だったって言いますか……」
すると、今度は彼がパチリと瞬きをする。
「奏太を丁重に扱うのは、当然のことだ。なにしろ、俺の番だからな」
――ああ、やっぱり。
思っていた通りの答えに、僕は苦笑を浮かべた。
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