その香り。その瞳。

京 みやこ

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(91)SIDE:奏太

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 その場で足を止めた僕たちは、二人で首を傾げる。
「斗輝は、誰の視線を感じていたんですか?」
「誰のって、奏太を見つめるアルファたちのものだが」
「えっ!?」
 それを聞いて、僕は本気で驚いた。
 そんな視線が僕に向けられていたなんて、これっぽっちも気付いていなかったのだ。
「な、なにを言っているんですか? 僕なんか、見たって意味がないのに」
 すると、斗輝の視線が少し鋭くなった。
「こら、『僕なんか』と言うな。奏太は、俺にとって最高で最愛の番なんだぞ」
「あ……、ごめんなさい」
 自分の第二次特性が分ってから、話に聞いているオメガとは色々と違う自分に対して出来損ないと思うことが何年も続いていた。
 そのため、どうしても自分を低く見てしまう癖が抜けない。
 これまで何度もそのことを斗輝に指摘されたものの、ついつい、その癖が出てしまうのだ。
「できるだけ、気を付けます……」
 ショボンと眉尻を下げて落ち込むと、いきなり彼の右腕が背中に回って、グイッと抱き寄せられる。
「うわっ」
 ビックリした僕は、引かれるままに彼の腕の中に収まり、顔を逞しい胸板に押し付ける羽目になった。
 ただ抱き締めるというのではなく、閉じ込めるといった感じの引き寄せ方である。
 僕たちがいるところは車道とは完全に離れた歩道であり、また、自転車が通り過ぎた様子もない。
 人通りはそこそこ多いけれど、危険から僕を庇ったという訳ではないだろう。
「どうしたんですか?」
 顔を上げたら、斗輝は周囲に向って鋭い視線を向けていた。
「……余計なお世話だ。奏太は、俺の番なんだぞ」
 ボソリと低い呟きは、誰に向けられたものだろうか。
 ますます疑問が深まる。
「斗輝?」
 名前を呼ぶと、フッと短く息を吐いた彼が僕に視線を向ける。
「落ち込んだ奏太の表情を見て、割り込んで来ようとしたアルファがいたからな。威嚇しておいた」
「……は?」

――割り込んで来ようとした?

 意味が分からなくて、口が半開きになる。
 そんな僕の表情を見て、彼は片眉をヒョイと上げた。
「本当に、気付いていないのか?」
 彼に問われ、僕は無言のままコクンと頷き返した。
 周りのアルファがどうしてそんなことをしようとしたのか、さっぱり見当がつかない。
 すると、斗輝は「素直で可愛い番を持つと、苦労するな。まぁ、なにがあっても、絶対に手放さないが」と呟く。
「え、ええと、斗輝、説明してもらえますか?」
 オズオズと話しかけたら、彼は抱擁を解き、ゆっくりと歩き出した。
 立ち止まっていると、よけいに注目されるのである。
 少し歩いてから、彼が口を開いた。
「笑顔で俺に話しかける奏太が可愛いから、アルファたちが奏太を目で追っていたんだぞ」
「まさか……」
 ありえないことを聞かされ、ギョッと目を見開く。
 斗輝が僕を可愛いというのは、僕のことが好きだから、そう見えるのだと分かる。
 だけど、番ではないアルファたちにそう見られることが、さっぱり理解できなかった。
 それでも、彼が嘘を言うはずはないし、勘の鋭い彼は状況を読み違えることもないと分かっている。
「でも、なんのために、僕を見ていたんですかね? あ、もしかして、田舎者の僕がおしゃれな格好をしているから、微笑ましく見えたとか?」
 それなら、理解できる。
 いい洋服を着てはしゃいでいる僕が、無邪気で可愛いと彼らの目に映ったのかもしれない。
 地元にいた時、近所の子供たちが真新しいランドセルと背負って大喜びしている姿を、僕は可愛いと思って見ていた。 
 きっと、そういうことなのだろう。

――うん、うん。なるほどね。

 一人で納得していたら、繋がれている手にやんわりと力が込められた。
「奏太、それは違う」
「じゃあ、どういうことですか?」
 自分のことですら把握できていないのに、見ず知らずのアルファの考えなんて、分かる訳がない。
 尋ねる僕に、彼は困ったような笑みを向ける。
「アルファは生まれ持った能力や家柄など、恵まれている者が多い。だが、その分、責任が付きまとう。だから、番を得ていないアルファは、満たされているようで、心のどこかに寂しさを抱えているんだ」
 そんな話を、チラリとされたことがあった。
 僕はコクンと頷いて話の続きを待っていると、斗輝はフッと短く息を吐く。
「一時的に心を満たすため、自分に言い寄るオメガたちを侍らせるアルファもいる。しかし、金や地位に群がるオメガたちをいくら侍らせても、結局はなんの意味もない。俺たちアルファは、心を癒し、愛情で満たしてくれるオメガをいつも探し求めているんだ」
 そこで、重ねられている彼の指に、グッと力が入った。
「運命の番に出逢える確率は、現代の科学や医学をもってしても、あまり高くはない。それもあって、アルファたちは無邪気で素直そうなオメガを手に入れようとしている。奏太の笑顔は可愛くて、見ているだけで癒されるからな。そういったアルファたちの標的になりやすいという訳だ」
 まさか自分がそういった目で見られていたとは思わなくて、かなり驚いてしまった。
 僕なんて、単に田舎でのびのび育った平凡な人間なのに。
 だけど、そんな僕が見る人によっては魅力的に映るとは、不思議で面白い。
 とはいえ、斗輝にとっては、ちっとも面白くないらしい。
 彼の横顔は、不機嫌丸出しである。
「さっき、奏太が俺に謝った時、泣きそうな顔をしただろう? それを見たアルファたちが、『自分なら、そんな顔をさせない』とばかりに、割り込んで来ようとしたんだ。だから、俺が威嚇して、そういった者たちを退けたって訳だ」
 斗輝の説明を聞いて、疑問は解消された。
 しかし、新たな疑問が湧き上がる。
「こんなに仲がよさそうにしている僕たちを見ても、割り込もうとするものですか?」
 しっかり恋人繋ぎをしている手を軽く持ち上げて尋ねると、彼はさらに手を持ち上げて、僕の指先にキスをした。
「奏太のうなじに、番の証がない。それに、発情期じゃなくとも、オメガ特有のフェロモンはうっすらと香るんだ。だから、俺たちがまだ番関係を結んでいないということになる」
「……だったら、この間の発情期の時に、噛んでもらったらよかったのかも」
 そうしたら、斗輝は僕のことで煩わしい思いをしなくて済む。
 同時に、僕も彼に惹かれるオメガたちを気にしなくて済むのだ。
 斗輝が心変わりをしないということは、これまでの言動で分かったから、彼が離れて行ってしまうことを不安に思うことはない。
 だけど、外出するたびに、周囲を威嚇するのは、彼にとって面倒なことではないだろうか。
 発情期の最中にうなじを噛まないと意味がないということなので、次の発情期を迎えるまでの三ヶ月間は、彼に迷惑をかけてしまう。
 それが申し訳ない。

――外にいる間、僕が無表情でいたらいいのかな?

 斗輝の話では、僕が笑ったり落ち込んだりすると、アルファの目に留まるということだ。
 そういった表情を見られなかったら、きっと彼を煩わせることもないはず。
 もしくは、大きめのマスクを着けて、顔の大半を覆ってしまうのはどうだろうか。

――うん、いいかも。

 そんなことを考えていたら、「奏太」と名前を呼ばれた。
「はい?」
 彼に顔を向けると、すかさず唇にキスをされる。
「考えていることが、全部声に出ていたぞ」
 クスクスと笑いながら、斗輝が指摘した。
「えっ!?」
 間抜けなことをした自分に恥ずかしくなり、尋常ではないほど、カァッと顔が熱を持った。

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