その香り。その瞳。

京 みやこ

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(45)SIDE:奏太

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 斗輝の精を受けて一時的に正気に戻り、僕はそれまでのことを思い出して羞恥心に押し潰されそうになる。
 すべてを覚えている訳ではないけれど、はしたなく彼を欲しがったり、自分から恥ずかしいことを言ったりしている部分だけは、なぜかよく覚えている。
 ポカリと意識が浮上した直後に顔を隠したくなるが、ベッドの上には枕も掛け布団もなく、裸の僕と斗輝が並んで寝そべっているだけだ。
 仕方なく両手で顔を覆っていると、彼の腕が回ってきて少し体が持ち上げられる。
 そして斗輝の首筋に顔を埋めるような体勢を取らされた。
 番を誘う香りを強く放つ場所が首筋であり、せっかく取り戻した正気がすぐに霧散してしまいそうだ。

――このままだと、また自分から恥ずかしいことを言っちゃうよ……

 戸惑いがちに手の平に顔を押し付けていたら、「奏太」と優しい声で名前を呼ばれた。
 その声につられてオズオズと顔を上げると、斗輝は僕に微笑みかけながらポンポンと左手で軽く頭を叩いてくる。それから手を僕の頭に乗せ、軽く力を入れてきた。
 その様子は、僕が発情状態になることを望んでいるように思える。
「……斗輝?」
 名前を呼ぶと、彼は笑みを深めた。
「可愛い奏太を、俺に見せてくれないか?」
「え?」
 あんな乱れた姿が可愛いなんて、本当だろうか。羞恥心に苛まれている僕を慰めようとして言っているだけではないだろうか。
 そんな疑いを吹き飛ばすように、斗輝は目を細めて優しい声で囁く。
「俺しか知らない可愛い奏太を、また見たいんだ」
「……訳が分からなくて、グチャグチャになっている僕なのに?」
 彼が嘘を言っているようには思えないけれど、どうしたって発情中の自分が可愛いとは思えず、つい問い返してしまった。
 斗輝はそんな僕のおでこにチュッとキスをする。
「訳が分からないのに一生懸命俺を欲しがる奏太は、本当に可愛いんだよ。その姿は、俺に幸せな気分をもたらしてくれるんだ」 
 不意打ちのキスと告げられたセリフが照れくさくて固まっていると、その隙に斗輝が僕の頭をソッと押して肩口に顔を埋めさせた。
 顔を上げようとするとやんわり力が込められ、早く番の香りを吸い込めとばかりにつむじに何度もキスが降ってくる。
 深く息を吸わなくても、この体勢でいる限りはどうしたって香りの影響を受けてしまう。
 さんざん彼に抱かれてナカに注がれ、意識を取り戻してからそれほど時間が経っていないのに、もう体の奥がウズウズしている。
 モゾリと身じろぎすると、後頭部に置かれている大きな手が明らかに僕の動きを封じてきた。
「奏太、大丈夫だ。ゆっくり息を吸ってごらん」
 僕の髪に頬ずりしながら囁く声があまりにも優しいから、自然と言われるとおりに息を吸い込む。
 呼吸を繰り返すうちに彼が発する香りに当てられ、アルファを欲しがるというオメガの本能がまたしても顔を覗かせる。
 お腹の底が熱くなって分泌液がジワリと滲む頃には、彼の首筋を舐めたり肩を甘噛みするようになっていた。
 スンスンと息を吸い込みつつ、ペロペロガジガジを繰り返していると、背中にあった斗輝の右手がスルスルと下がっていく。
 やがてその手がお尻の間を割って入り、後孔の入り口に到達した。
 彼は人差し指と中指を揃え、その先をグプリと後孔に挿入する。
「もう、ヌルヌルしているな」
 楽しそうに囁いた彼は、さらに指を押し込んだ。
 分泌液を搔き出すようにズブズブと前後させ、たまに後孔の柔らかさを確かめるように指を広げたりしている。 
 それでも気持ちいいけれど、ぜんぜん足りない。
 僕は斗輝の体に乗り上げ、自分のお尻を彼のペニスに擦り付ける。
 ドンドン滲み出る分泌液をまだ柔らかいペニスにグリグリと塗り込み、必死になって刺激を与えて勃起を促した。
「とき……、ねぇ、ときをちょうだい……」
 舌っ足らずな声でおねだりすると、ゴクリと息を呑む音が聞こえる。
「とき?」
 コテンと首を傾げて見下ろすと、穏やかな微笑みを浮かべつつも瞳をぎらつかせている彼と目が合った。
「……自分から招いたこととはいえ、これは可愛すぎるだろ。理性を飛ばさずに奏太を抱くのは、至難の業だな」
 低い声で呟く彼に改めて首を傾げてみせたら、勢いをつけて起き上がった斗輝に押し倒される。
 ポカンとしているうちに大きく足を広げられ、気付いた時には既に完全勃起していたペニスに奥まで貫かれていた。
 時に優しく、時に力強く突き上げられ、僕は感じるままに声を上げる。
「あ、ああっ、ん……、とき……、もっと、して……」
「分かってるよ、奏太」
 甘く艶っぽい声で返事をした斗輝は、ズンと奥までペニスを突き込んできた。
 こんな風に、僕の発情期間が終わるまで、彼は僕のおねだりに応え続けてくれたのだった。

 

 大学で斗輝と出逢ってから一週間が経ち、ようやく発情期間が終わった。
 ふと目が覚めた時には例のごとく二人とも裸で、僕は斗輝に抱き締められている状態。
「おはよう、奏太」
 鼻先にキスをしてきた彼が強く僕を抱き込み、肩口に顔を埋める体勢を取らされる。
 僅かに甘い香りがしたものの、頭の芯が蕩けるほどの強烈な快感は覚えず、ただいい匂いだなと感じる程度だ。
 
――発情期、終わっちゃったんだ……

 これで彼と過ごす時間は終わりだと、寂しさで鼻の奥がツンと痛くなる。
 大人しくジッとしていたら、「寒いのか?」と彼が言って、肌触りのいい薄手の布団をかけてくれた。
「……寒くないです」
 普通に答えたつもりでも、少し涙声になっていた。
「奏太?」
 斗輝は慌てて僕の頬に両手を添え、グッと上向きにさせる。
 その瞬間、僕の目からポロリと大粒の涙がこぼれた。
「どうして、泣いているんだ? 怖い夢でも見たのか? それとも、体調が悪い?」
 真剣な顔で僕の様子を窺う彼に、ソッと首を横に振った。 
 小刻みにしゃくりあげながら、震える唇で告げる。
「お、お世話に、なりま、した……」
「え?」
 形のいい彼の目が、大きく見開かれる。
「僕、か……、帰ります。いろいろと、ありが、と……、ござい、ま、した……」
 ボロボロと泣きながらも、どうにかお礼を言うことができた。
 そんな僕に、彼は低い声を零す。
「奏太……。帰りたくなるほど、俺のそばにはいたくないってことか?」
 僕は改めて首を横に振った。
「ち、違い、ます。そうではなくて……、僕、発情期が終わったから……」
 そう答えると、斗輝は怪訝な表情を浮かべる。
「……奏太?」
 なぜ彼がそんな顔をしているのか分からず、僕は話を続けた。
「オメガが、発情期の間……、アルファと、い……、一緒に過ごすって、きき、ました……」
「ああ、そうだな」
 いまだに怪訝な表情を崩さず、斗輝は短い相槌を打つ。
 僕はパチリと瞬きをして溜まった涙を追い出すと、さらに話を続けた。
「だか、ら……、次の、は……、発情期が来るま、で……、い、い、一緒に、いられ、ま、せん……」
 そこで、彼は唖然とした表情のまま固まってしまった。
 僕はどうしても止められない涙を一生懸命手で拭いながら、斗輝の表情を目に焼き付ける。
 次の発情期は、今から三ヶ月後。その間、寂しさを紛らわせるため、彼の顔をいつでも思い出せるようにと見つめ続けた。
 しばらくしてから、ようやく斗輝が短くを言葉を発する。
「……なるほど、そういうことか」
 そして、彼は苦笑を浮かべた。
「奏太が発情期じゃなくても、俺たちは一緒にいられるぞ」
 今度は僕が唖然となる。
「……え?」
 ポカンと口を開けて固まる僕の鼻先に、斗輝が優しくキスをしてきた。
「俺たちは番だから、いつだってそばにいていいんだ。それに、発情期間中にだけ一緒にいるという決まりもない」
「そうなんですか!?」
 驚きのあまりに、涙が引っ込む。
 大声を上げる僕の唇に、斗輝が自分の唇を押し当ててきた。
 何度も小さく啄み、たまにペロリと舐めてくる。
 その仕草と、嬉しそうな微笑みによって、僕は色々といたたまれなくなってギュッと彼の胸に顔を押し当てた。
「あ、あの、ごめんなさい……。僕、ぜんぜん、知らなくて……」
 大泣きした自分が馬鹿みたいだけど、斗輝は楽しそうな表情で唇が届く範囲にキスの雨を降らせている。
「俺が嫌われた訳じゃなくてよかった……。それにしても、奏太の知識にはだいぶ抜け落ちがあるな。まぁ、時間はたっぷりあるし、これからゆっくり教えていけばいいか」
 そう言って、斗輝が痛いほどに僕を抱き締めてきた。
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