その香り。その瞳。

京 みやこ

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(38)SIDE:奏太

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 仰向けになった僕は、足の筋肉を揉みながら洗う斗輝の手の動きを無意識に追う。
 完全に発情状態に陥った訳ではないけれど、頭の芯がボンヤリとしていて、体の奥がジンジンと疼いている今は、彼に全裸を晒しているという恥ずかしさが薄い。
 自分だけが裸であったなら、きっとこんなにも無防備に笑っていないだろう。同じように斗輝も裸だから、違和感を覚えないのだ。
 僕とは違うしっかりとした手の平が、ふくらはぎとくるぶしを何回か往復する。そこを洗い終えると、新たにボディソープを手に取って足の裏や指を洗った。
 中途半端な力ではくすぐったいと訴えたので、痛みを感じるギリギリの強さだ。
 それでも足の裏を触られるのはくすぐったくて、思わず足を引っ込めてしまう。
「こら、奏太。大人しくしてくれないと、洗えないだろ」
 困ったように笑う斗輝は左手で僕の右足首をギュッと掴むと、右手で続きを洗い始めた。足の裏をまんべんなく、指の間まで丁寧に。
 その仕草はたしかにくすぐったいものの、それだけではない感覚も生み出す
「や、あ……、くすぐったい。んんっ……」
 思わず、体をふるわせて喘いでしまった。
 首筋や乳首、性器を弄られて感じてしまうのは分かるけれど、足の指を弄られて感じてしまうのは、ちょっとおかしいのではないだろうか。
 それとも、発情期だと、こんなところでも快感を拾えるようになるのだろうか。
 自分ではコントロールできない感覚に戸惑っていると、両足を洗い終えた斗輝が僕の顔を覗き込んできた。
「どうした? なにか困ったことでもあったか?」
 不安そうに視線を彷徨わせている僕を、さっきみたいに胡坐をかいた膝に抱き上げる。
 僕は彼の首に腕を回し、ギュッと抱き着いた。
「困ってないけど、ぼく、へんだから……」
 ボソボソと小さな声で呟くと、斗輝は不思議そうに首を傾げた。
「そうか? 俺の目には、可愛い奏太にしか見えないが」
「で、でも、足、さわられて、気持ちいいなんて……。そんなの、へんだよ……」
 ふたたびボソボソと答えたら、濡れている髪にキスがたくさん降ってくる。
「変じゃないから、泣きそうな顔をしないでくれ」
キスの合間に、斗輝が優しい声で囁いた。
「ほんと、に? ぼく、へんじゃない? できそこないだから、そんなところで気持ちよくなっちゃうんじゃないの?」
俯いていた顔をソッと上げてたどたどしい口調で尋ねると、斗輝は、即座に首を横に振った。
「奏太は変ではないし、出来損ないでもない。俺が与える快感を丁寧に拾ってくれる、とても愛らしい番だ」
 僕を見つめる黒曜石の瞳は優しくてまっすぐで、ぼやけた頭でも本心からの言葉なのだと理解できる。
「そっか……」
 ポツリと呟き、僕は安堵の息を零した。
 表情から強張りが取れたのを見た斗輝は、おでこに張り付いている前髪を指先でかき分け、そこにやんわりと唇を押し当ててくる。
「奏太は出来損ないなんかじゃないと、何度も言っているだろう。俺の言葉は、そんなに信用できないか?」
 今度は僕が首を横に振った。
「ちがうよ。斗輝は、うそなんかつかないもん。だけどね、ぼくは自分のことがよく分からないから、なにかあると、へんじゃないかなって思うんだ」
 それを聞いた彼が、僕の背中をポンポンと優しく叩く。
「奏太は初めて発情期を迎えたし、オメガの特性をきちんと把握していないから、それで自分はおかしいと感じてしまうんだろうな」
 ポンポンと一定のリズムで叩きながら、斗輝はクスッと笑う。
「言葉で説明しつつ、実感してもらうしかないな。オメガというのは、どういったものなのか。そして、番に執着するアルファが、どういったものなのか」
 彼が言ったことを半分も理解できない僕は、パチクリと瞬きをする。
「斗輝?」
 首を傾げて彼を見上げたら、チュッと音を立てて唇を吸われた。
 そして、穏やかな光を浮かべた瞳に見つめ返される。
「奏太は、なにも怖がることはないんだよ。どんな奏太でも、俺が全部受け止めるから」
「……うん」
 コクンと頷き返すと、改めて唇にキスをされた。

 優しいキスを解いた斗輝が、意味ありげに口角を上げる。
「さてと、まだ洗っていないところがあったな」
「え?」
 その言葉に、僕はきょとんとなった。
 髪は洗ってもらったし、体も洗ってもらった。耳の後ろも、手足の指の間も、彼がじっくりと洗ってくれたはず。
 ボンヤリしていても、どこを洗ってもらったのかは覚えているのだ。
「もう、ぜんぶ洗ってもらった。大丈夫だよ、ありがとね」
 僕が言い返すと、形のいい彼の目がスッと細くなった。
「まだ、完全な発情状態に陥ってないのか」
 そう呟いた後、斗輝が深いキスを仕掛けてくる。
 右手で僕の後頭部を押さえ、左腕で僕の腰を捉え、やや強引に侵入させた舌で口内をかき回し始めた。
 突然のことにどうしていいのか分からず、僕はひたすら彼のキスに翻弄される。
 やがて唇が離れて行った時には、頭の中がさらに白く霞み、体の奥が甘く疼き、後孔からは愛液が溢れていた。
「と、き……?」
 快感によって潤んだ視界に映る彼を呼ぶと、満足そうな微笑みが返ってくる。
「ああ、だいぶ仕上がってきたな」
 よく分からない囁きを零し、斗輝は僕の体をマットに下ろした。そしてうつ伏せにさせると、腰だけを高く上げさせる。 
 右頬をマットに押し付ける格好となった僕は、背後にいる彼に洗うにしては不自然な体勢の訳を尋ねた。
「なに、するの?」
「痛いことも苦しいこともしない。洗うだけだから、心配するな」
 左右に広げた僕の足の間に陣取る斗輝は、ボディソープを泡立てながら楽しそうに答える。  
 それから、右手を双丘の間に這わせ始めた。ワレ目に沿って手が動き、そのうちに中指と思われる指が後孔に触れる。
「あっ」
 敏感な部分に触れられた僕は、反射的に体を震わせて喘いでしまった。
 すると、彼の指が動きを止める。
「体を洗う時に使ったボディソープと違って、これは刺激が少ないタイプだから沁(し)みないはずなんだが。奏太、痛かったか?」
 こちらに身を乗り出して尋ねてくる斗輝に、僕は僅かに首を横に振って答えた。
「なら、よかった」
 安堵した声音で呟いた彼は、指の動きを再開させる。
 後孔周辺でクルクルと小さな円を描く仕草は、洗うというよりも愛撫に近い。指先がナカに潜り込んでくることはなかったが、皺の一本一本を伸ばすかのように、執拗なほど丁寧に指先が動いていた。
 そんなことをされたら、気持ちよくなってしまう。
 僕は無意識のうちに、腰を揺らし始めていた。
「く、ふっ……」
 鼻にかかった喘ぎを漏らし、後孔から背筋を駆け上がる快感に身を任せる。
「いい子だ、奏太。その調子だぞ」
 なんで褒められたのか分からないけれど、快感のままに僕は喘ぎ続けた。

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