魔法伯爵と私

狩野真奈美

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平和なティータイム2

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翌日の朝、いつものようにイルマ様が私の元を訪れた。私は、孤児院での習慣から朝5時には目が覚める。アルフォンス様の言う通り、精神的に落ち着いてくると時間を持て余しているのは事実だ。室内の掃除をと思っても私の物など何もない。一度、イルマ様に掃除道具の場所を尋ねたが「お気になさらずに」と言われた。
朝食は、私が好きだと言ったフレンチトーストという物だった。甘くて口の中で蕩ける魔法の食べ物だ。
朝食後、毎日イルマ様は紅茶を持ってやって来てくれる。孤児院に置いてあった小説に出てくるので存在は知っていたが、飲んだことなど当然のようになかった。イルマ様は紅茶にキラキラ黄金に光る宝石のような物をいつも入れる。この屋敷はやはり天使の屋敷で、ここは天国なのかもしれないと思う。
そして、屋敷の使用人の噂話を聞かせてくれながら、私が紅茶を飲み終えると見たこともない器具で私の体の調子を確認してくれる。
使用人の噂話は面白い。私はあまり部屋から出ない方がいいと言われているのでほとんどの使用人の方と会ったことがない。それでも、イルマ様の使用人への愛情溢れる噂話を聞いていると楽しくなる。あまり外の世界を知らないので分からないけれど、この屋敷の使用人は少々変わっているのではないかと思う。それでも、それは悪い意味ではなく、愛すべきものだと思う。
今日も、イルマ様はいつもと同じように紅茶を淹れて、体調を調べてくれた。そしてそのあと、白いドレスを私に差し出した。
「本日は、午後より、エリーゼ様とのお茶会が予定されております。お召し物の準備をさせて頂きました。何分、まだ採寸させて頂いておりませんので、既製品になりますがご容赦ください。そして、この屋敷には女手がございませんので…いやまあ、女手と換算してもいい人材は1人おりますが、生まれてくる性別を間違えただけですので、如何せん、アリス様には抵抗があるかと。そのため、着付けなどのお手伝いが難しいため、略式のワンピースをご用意致しました」
イルマ様はそうおっしゃるとそのワンピースを広げた。物の良し悪しの分からない私でも、上等であると一目で分かる品だった。
上質な白い生地が繊細なレースで飾り立てられ、紫の花の刺繍で彩られている。
「…こんな綺麗な服、私が着たら汚れてしまいます」
余りに美しい服なので私が躊躇うとイルマ様は穏やかに微笑んだ。
「そのようなご心配をされなくとも、アリス様は美しい方です。それよりも、女性らしい服装をされるのに抵抗はありませんか?」
私は、いつも用意されている白いシャツに黒いズボンを履いている。サイズもぴったりではなく、少し大きめである。この屋敷には女手がないのだが、その気遣いは細やかである。
もう一度、そのワンピースを見る。
自分が着ているところが想像出来なかった。
それでも、と思った。
「これを着たら、アルフォンス様、喜びますか?」
イルマ様は少し驚いた顔をした。
「ご無理はなさらずに。我が主君は、貴女の心が傷つく方が悲しみます」
本当に優しい人たちだと思う。
「私に似合うか分かりませんし、滑稽になるかもしれませんが、着てみます」
きっと私みたいなど貧民もいいところの出自では、これを着ても似合うはずがない。
「左様でございますか。それは、我が主君も喜ぶことでしょう。そのワンピースを選んだのはアルフォンス様でございますから」
それは、似合わないといけない気がするが私には荷が重すぎる話であった。
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