魔法伯爵と私

狩野真奈美

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可愛い生き物(sideアルフォンス)

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可愛い。とても可愛い。サラサラと流れる黒髪を撫でながらアルフォンスは思った。
そうして拾ってきた人嫌いの黒猫がようやく頭を撫でさせてくれたような達成感を味わっていた。
目を閉じて気持ち良さそうに頭を撫でられているアリス。
恐らく10歳と自分でも自信なさげに言っていた。3日間でポツリポツリと名前や年齢、好きな色や好きな食べ物を教えてくれた。好きな色は青。アルフォンスの瞳も青色なので嬉しかった。
さて、アリスの髪をいつまでも撫でていたいがどうやらやることがある。
あのクソ豚野郎を何とかせねばならん。
任せてもらえるなら今すぐにでも死んだ方がマシという目に遭わせてやるが、そういうわけにもいくまい。
そこで、下男に呼ばれて廊下に出ていたイルマが戻ってきた。
「アルフォンス様、クリスが戻ったようです。報告したいことがあると」
「そうか」
伯爵としての執務も山程溜まっている。それをここで進言しないあたり、よく出来た執事である。ここで言えば年齢の割に聡いアリスが自分のせいではと気にする。
だがしかし、アリスのことを長時間放っておくわけにもいくまい。執務の合間に様子を見にくるか。今まではアリスの相手の合間に執務を行なっていたが。
女を1人も雇っていないことを後悔する日が来るとは。どうにも厳つい男が多いのだこの屋敷は。クリスに任せるのが一番いいかもしれないが、あいつも疲れているだろうから休みがいる。次善のイルマは一体いつ休んでいるのか謎だが、こいつは超人だ。半妖精の俺が言うのだから間違いない。双子が1人であると偽っているのか分身の術が使えるのかと伯爵邸では賭けの対象になっている。イルマに任せようかと決めた矢先である。
バーンッという音が鳴り響いた。
カツカツカツという音が響き渡る。
その音は真っ直ぐこちらに向かっている。
この屋敷は本来なら足音が響き渡るほど狭いはずではないのだが。この音。敵襲かとは疑わない。きっと彼女だ。むしろこんな音を出して乗り込んでくるのは彼女しかいない。これは相当怒り狂っているなと腹を括った。
「お前か、イルマ」
「ええ、必要と判断させていただきました。今朝方、僭越ながら事情説明のお手紙を」
恨みがましげに見つめる俺の視線を飄々とかわしてイルマは言う。
「たいした執事だよ、お前は」
「はい、有難き幸せにございます」
バンッ!!
そして、控えの間の扉が開いて、現れたのは、老齢に差し掛かる女性。淡い灰色の髪に青い瞳。紺色のドレスを着て、背筋をピンと伸ばし年齢を感じさせない佇まいである。
そのままの勢いでツカツカとアルフォンスに近寄ると上品さをかなぐり捨てて胸ぐらを掴み叫んだ。
「こ!の!ドラ息子おおおぉ!!暴漢に襲われた女の子を私室に連れ込むとは!!信じられない!!!私、そんな子育てしてない!!!こ!の!あほんだらぁぁ!!!!」
アルフォンスが殴られそうな勢いだった。まあ殴られても彼女相手なら大人しく殴られておくくらい、感謝してもしきれない相手である。
「落ち着いてください、伯母上。手は出しておりませんし、誤解です」
それに彼女も怯えてますし、と突然の伯母の登場にベッドの上に逃げかえり、目を丸くしてこちらを見ているアリスを示す。すると、伯母のエリーゼはハッとそちらを見た。
そして、一歩ずつゆっくりアリスに近づく。
「落ち着いて。そう、大丈夫よ。私はそこの馬鹿男の伯母よ。貴女に決して危害を加えないわ。安心していいのよ」
それはどこか悲しみを含んだとても優しい声だった。そっと近寄り、アリスを柔らかく抱きしめる。いつでも振り払える力加減で、そっと。
「辛かったわね。よく頑張ったわね」
アリスは固まっている。どうしたらいいか分からないのだ。それでも、エリーゼを振り払わない。それが多分、彼女の答えだ。
「それ、俺がやりたかったやつ…」
アルフォンスは呟いた。

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