上 下
48 / 52
第4章 真紅の宝玉

47.居なくなったアリス

しおりを挟む

 現在、マメリルと一緒にバウム雑貨店へ向かうべく王都の町を歩いている。
 流石に祭りのときほどではないが、大通りには多くの人が歩いていた。本当にここはいつも賑やかしい町だと思う。

「人が多いネェ。お祭りのときよりはだいぶましだけド」
『そうだね。あのときは死ぬかと思ったよぉ』

 マメリルが以前の建国祭のことを思い出したのか、うんざりしたようにぼやく。
 以前建国祭のときに初めて王都を訪れたときは、マメリルは人酔いで大変な目にあったのだ。
 あのとき大通りは大勢の人で埋め尽くされていた。人混みの中に入ってしまうと、人の背中に阻まれて周囲の風景すらよく見えないほどだった。

「あれは凄かったネ」
『それで、今日はなんでバウム雑貨店へ行くの?』

 マメリルが不思議そうに尋ねるが、別にこれといった理由はない。気が向いたからだ。

「うーん、ただアリスとサラに会いに行こうかなト……」
『クリスには謝らなくていいの?』
「う……」

 マメリルが鋭く突っ込んでくる。耳が痛い。
 そしてそんな問いかけに思わず言葉を詰まらせる。

 クリスの執務室から飛び出してから3日経っている。
 戻って謝りたいのはやまやまなのだが、なんとなくタイミングが掴めず二の足を踏んでいるのだ。

『時間が経つほど会いづらくなると思うなぁ、ボク』

 マメリルの言うことも分かる。全くその通りだと思う。だけど……

「いやぁ、分かってるんだけどサ……。あのときなぜあんなに興奮しちゃったのか、自分でもよく分からないんだよネ。別にクリスが何か腹の立つことを言った訳でもないのに彼に当たっちゃってサ」
『じゃあ、そう言えばいいじゃん』

 マメリルが呆れたような目でハルを見る。
 うう、そんな目で見ないでぇ。分かってる、分かってるんだけど……。

 新月の前後は自分でもよく分からないくらい情緒不安定になるようだ。
 今までは人と接することがなかったし、ロウやエルに守られていた。だからあまり自覚していなかった。
 守られないで1人で過ごすことがあんなにつらいことだとは思わなかった。

 『じゃあ守ってもらうように頼めよ』ってマメリルは言う。だけどハルの弱点をクリスに晒してしまうと、これから守らせてもらえなくなるんじゃないかと思う。そう考えると、とてもじゃないが彼に新月のことは言えないのだ。

 それに新月に再び情緒不安定にならないという約束もできない。だからまたクリスに当たってしまうかもしれない。
 そう思うと謝ることもできない。

「まあ、今度会ったら言うヨ」

 なんとなく言葉を濁してしまう。

『会いづらくなっても知らないよ? 大事な番なのにさ』
「うン……」

 マメリルの言うことは分かるんだけどね。クリスに悪い事しちゃったなぁ。




 そんなことを話しているうちにバウム雑貨店に到着した。このお店は王都の広場に面していて、割といつもお客さんが多い。

「こんにちハー」

 店先で挨拶すると奥の方から元気な返事が返ってきた。

「ハルさん! いらっしゃい!」

 奥のカウンターで店番に立っていたのはサラの母親だった。

「この間はどうもありがとうね。うちの人も心を入れ替えたように働いているよ。今日はちょっと用事があって居ないけどね」
「そうなんダ」

 母親が苦笑いしながら話す。
 だが何だかそわそわして落ち着かない様子だ。不安の匂いがする。

「おばさん、どうしたノ?」
「えっ!?」

 母親がハルの問いかけに驚く。

「何かあったノ?」
「あ……」

 母親が口を開こうとしたそのときに、店の奥からサラが駆け出してきた。

「ハルさんっ! 会えてよかった!」

 サラは今にも泣き出しそうな顔をしていた。どうしたというのだろう。

「どうしたノ?」
「あのね、あのね、お姉ちゃんが……」

 サラがハルの目の前で堰を切ったよう話し出した。何か伝えたいことがあるようだ。

「サラ、お止め! ハルさんを巻き込んじゃ駄目だよ!」
「うぅ……」

 母親が制止してサラが口を噤む。2人の様子を見てなんだか不安になった。
 思い切って2人に尋ねてみる。きっと何かあったに違いない。

「いいから教えテ。おばさん、わたしは大丈夫だかラ。一体どうしたノ?」

 ハルの問いに、母親が大きな溜息を吐いて意を決したように、困り果てたような泣きそうな顔で説明を始めた。

「ハルさん……。危ないことにはしないでね。実は昨日の夕方アリスが市場に行ったきり帰ってこないんだよ」
「ええーっ!」

 母親の言葉に驚いてしまう。
 アリスが行方不明!?

「うちの人は今アリスの捜索を依頼しに、兵士の詰め所へ行っている所なんだ」

 母親が伏し目がちに説明する。
 そんな彼女の言葉に泣きながら言葉を続けるサラ。

「ううっ……また攫われちゃったんだよ……。ハルさん、助けて……」
「サラっ!」

 ハルに助けを求めるサラを母親が諫める。
 サラは諫められて口を噤むが嗚咽を漏らしている。ハルの顔を見て涙腺が崩壊してしまったようだ。

 アリスはまた攫われちゃったのかな?
 うーん、もう少し詳しい話を聞いてみよう。

「最近この町で人が行方不明になった噂とかは聞いたことなイ?」
「うーん、関係があるかどうか分からないけど、獣人の子が行方不明になったっていう話をお客さんがしてたよ」

 母親が頬に手を当てて何かを思い出したかのように教えてくれた。
 アリスと関係があるかどうかは分からないけど、それしか手掛かりがないならそこから探すしかない。

「そうカ……。手がかりがそれしかないんだったら当たってみるしかないネ。分かったヨ。アリスと関係があるかどうか分からないから約束はできないけど、まずはその線を当たってみル。だから、サラもおばさんも待っててネ」

 2人の不安な気持ちを少しでも和らげたいと思い、彼女たちに向かってにぱっと笑ってみた。

「ハルさん、無理はしないでね。悪い奴らも多いから」
「ハルさん、気を付けてね。アリス姉ちゃんをよろしくお願いします!」

 母親はそんなハルを心配そうに気遣ってくれた。サラはというと藁にも縋らんばかりに必死な表情で頭を下げる。

 アリスのことは友達だと思っている。勿論サラもだ。だからハルに助けないという選択肢はないのだ。

「任せてヨ!」

 そう言ってぽんと胸を叩いた。
 ハルは2人に別れの挨拶をし、早速手掛かりを探すべくバウム雑貨店を飛び出した。




 しばらく街を走ったあとマメリルが尋ねてくる。

『どうすんのさ、ハル?』
「うん、獣人の子が行方不明って言ってたよネ。行方不明の事件が起こっているならクリスやオリバーさんなら何か知っているかもしれなイ。だから彼らに話を聞きに行ってみル」

 クリスに会うのは気まずいけど背に腹は代えられない。アリスの安否がかかってるんだもの。

『ふうん。じゃあいよいよちゃんとクリスに謝るしかないね』
「うん、分かってル」

 マメリルの突っ込みに頷く。
 いよいよクリスに会う覚悟をきめなくては。
 意を決してハルは彼に会うべく離宮へと向かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...