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第4章 真紅の宝玉
47.居なくなったアリス
しおりを挟む現在、マメリルと一緒にバウム雑貨店へ向かうべく王都の町を歩いている。
流石に祭りのときほどではないが、大通りには多くの人が歩いていた。本当にここはいつも賑やかしい町だと思う。
「人が多いネェ。お祭りのときよりはだいぶましだけド」
『そうだね。あのときは死ぬかと思ったよぉ』
マメリルが以前の建国祭のことを思い出したのか、うんざりしたようにぼやく。
以前建国祭のときに初めて王都を訪れたときは、マメリルは人酔いで大変な目にあったのだ。
あのとき大通りは大勢の人で埋め尽くされていた。人混みの中に入ってしまうと、人の背中に阻まれて周囲の風景すらよく見えないほどだった。
「あれは凄かったネ」
『それで、今日はなんでバウム雑貨店へ行くの?』
マメリルが不思議そうに尋ねるが、別にこれといった理由はない。気が向いたからだ。
「うーん、ただアリスとサラに会いに行こうかなト……」
『クリスには謝らなくていいの?』
「う……」
マメリルが鋭く突っ込んでくる。耳が痛い。
そしてそんな問いかけに思わず言葉を詰まらせる。
クリスの執務室から飛び出してから3日経っている。
戻って謝りたいのはやまやまなのだが、なんとなくタイミングが掴めず二の足を踏んでいるのだ。
『時間が経つほど会いづらくなると思うなぁ、ボク』
マメリルの言うことも分かる。全くその通りだと思う。だけど……
「いやぁ、分かってるんだけどサ……。あのときなぜあんなに興奮しちゃったのか、自分でもよく分からないんだよネ。別にクリスが何か腹の立つことを言った訳でもないのに彼に当たっちゃってサ」
『じゃあ、そう言えばいいじゃん』
マメリルが呆れたような目でハルを見る。
うう、そんな目で見ないでぇ。分かってる、分かってるんだけど……。
新月の前後は自分でもよく分からないくらい情緒不安定になるようだ。
今までは人と接することがなかったし、ロウやエルに守られていた。だからあまり自覚していなかった。
守られないで1人で過ごすことがあんなにつらいことだとは思わなかった。
『じゃあ守ってもらうように頼めよ』ってマメリルは言う。だけどハルの弱点をクリスに晒してしまうと、これから守らせてもらえなくなるんじゃないかと思う。そう考えると、とてもじゃないが彼に新月のことは言えないのだ。
それに新月に再び情緒不安定にならないという約束もできない。だからまたクリスに当たってしまうかもしれない。
そう思うと謝ることもできない。
「まあ、今度会ったら言うヨ」
なんとなく言葉を濁してしまう。
『会いづらくなっても知らないよ? 大事な番なのにさ』
「うン……」
マメリルの言うことは分かるんだけどね。クリスに悪い事しちゃったなぁ。
そんなことを話しているうちにバウム雑貨店に到着した。このお店は王都の広場に面していて、割といつもお客さんが多い。
「こんにちハー」
店先で挨拶すると奥の方から元気な返事が返ってきた。
「ハルさん! いらっしゃい!」
奥のカウンターで店番に立っていたのはサラの母親だった。
「この間はどうもありがとうね。うちの人も心を入れ替えたように働いているよ。今日はちょっと用事があって居ないけどね」
「そうなんダ」
母親が苦笑いしながら話す。
だが何だかそわそわして落ち着かない様子だ。不安の匂いがする。
「おばさん、どうしたノ?」
「えっ!?」
母親がハルの問いかけに驚く。
「何かあったノ?」
「あ……」
母親が口を開こうとしたそのときに、店の奥からサラが駆け出してきた。
「ハルさんっ! 会えてよかった!」
サラは今にも泣き出しそうな顔をしていた。どうしたというのだろう。
「どうしたノ?」
「あのね、あのね、お姉ちゃんが……」
サラがハルの目の前で堰を切ったよう話し出した。何か伝えたいことがあるようだ。
「サラ、お止め! ハルさんを巻き込んじゃ駄目だよ!」
「うぅ……」
母親が制止してサラが口を噤む。2人の様子を見てなんだか不安になった。
思い切って2人に尋ねてみる。きっと何かあったに違いない。
「いいから教えテ。おばさん、わたしは大丈夫だかラ。一体どうしたノ?」
ハルの問いに、母親が大きな溜息を吐いて意を決したように、困り果てたような泣きそうな顔で説明を始めた。
「ハルさん……。危ないことにはしないでね。実は昨日の夕方アリスが市場に行ったきり帰ってこないんだよ」
「ええーっ!」
母親の言葉に驚いてしまう。
アリスが行方不明!?
「うちの人は今アリスの捜索を依頼しに、兵士の詰め所へ行っている所なんだ」
母親が伏し目がちに説明する。
そんな彼女の言葉に泣きながら言葉を続けるサラ。
「ううっ……また攫われちゃったんだよ……。ハルさん、助けて……」
「サラっ!」
ハルに助けを求めるサラを母親が諫める。
サラは諫められて口を噤むが嗚咽を漏らしている。ハルの顔を見て涙腺が崩壊してしまったようだ。
アリスはまた攫われちゃったのかな?
うーん、もう少し詳しい話を聞いてみよう。
「最近この町で人が行方不明になった噂とかは聞いたことなイ?」
「うーん、関係があるかどうか分からないけど、獣人の子が行方不明になったっていう話をお客さんがしてたよ」
母親が頬に手を当てて何かを思い出したかのように教えてくれた。
アリスと関係があるかどうかは分からないけど、それしか手掛かりがないならそこから探すしかない。
「そうカ……。手がかりがそれしかないんだったら当たってみるしかないネ。分かったヨ。アリスと関係があるかどうか分からないから約束はできないけど、まずはその線を当たってみル。だから、サラもおばさんも待っててネ」
2人の不安な気持ちを少しでも和らげたいと思い、彼女たちに向かってにぱっと笑ってみた。
「ハルさん、無理はしないでね。悪い奴らも多いから」
「ハルさん、気を付けてね。アリス姉ちゃんをよろしくお願いします!」
母親はそんなハルを心配そうに気遣ってくれた。サラはというと藁にも縋らんばかりに必死な表情で頭を下げる。
アリスのことは友達だと思っている。勿論サラもだ。だからハルに助けないという選択肢はないのだ。
「任せてヨ!」
そう言ってぽんと胸を叩いた。
ハルは2人に別れの挨拶をし、早速手掛かりを探すべくバウム雑貨店を飛び出した。
しばらく街を走ったあとマメリルが尋ねてくる。
『どうすんのさ、ハル?』
「うん、獣人の子が行方不明って言ってたよネ。行方不明の事件が起こっているならクリスやオリバーさんなら何か知っているかもしれなイ。だから彼らに話を聞きに行ってみル」
クリスに会うのは気まずいけど背に腹は代えられない。アリスの安否がかかってるんだもの。
『ふうん。じゃあいよいよちゃんとクリスに謝るしかないね』
「うん、分かってル」
マメリルの突っ込みに頷く。
いよいよクリスに会う覚悟をきめなくては。
意を決してハルは彼に会うべく離宮へと向かった。
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