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第7章

80.夢の跡

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 セシルはゆっくりと闘技場を見渡す。観客席にはあちこちに大きなひびが入り、土の隆起は術を解いてなくなったものの地面は所々割けている。闘技場全体にわたって戦闘の大きな傷跡が窺える。こんなにも激しい戦いを繰り広げてしまったのかと改めて戦慄する。
 今やセシルが最初に神殿を訪れた時に結わえていた三つ編みが解け、腰までの銀の髪がさらさらと風に揺れている。土埃や血にまみれ体中がところどころ酷く汚れていた。

 戦いを振り返っていると、セシルよりも一段と明るい銀髪の少年がどこからともなく現れた。
 そして悪戯っぽい笑みを浮かべながらルーンがその緋色の瞳を悦に揺らしてこちらへ近づいてくる。

「お姉ちゃん、ディアボロスを倒せてよかったね。途中何度も大丈夫かなって心配になったよ」

 ルーンはそう言うがとても心配そうな顔には見えない。彼は悪魔らしくどこかで高みの見物をしていたのかもしれないけど、それでも彼なりにセシルのことを心配してくれていたのだろうと思う。

「ルーンのお陰だよ。本当にありがとう。精霊の憑依のことはわたしじゃ思いつかなかった。ディアボロスがなぜ聖女を嫌っているかも」

 ルーンの助言があったからこそディアボロスを倒すことができたのだ。

「別にこの国の人間がどうなろうと僕には関係ないけど、お姉ちゃんを死なせたくなかったし、そこそこ気にってるこの世界を奴に壊させたくなかったしね」

 そう無邪気に笑いながら答える。
 そんなルーンに笑って頷いた。彼なりにセシルと世界を守ろうとしてくれたのだ。本当は優しい子だ。それにセシルにとってやはり彼は可愛い。
 彼は笑みを浮かべたまま話を続ける。

「お姉ちゃん、もうすぐこの国の人間がここへ来る。精霊のことを秘密にしておきたければすぐに憑依を解いたほうがいいよ。自分ではあまり分からないかもしれないけど、今のお姉ちゃんは全身が淡く虹色に光ってて、いい意味でも悪い意味でも神々しくて人間離れしてるから」

 セシルはその言葉に驚いてしまう。
 えっ、そうなのっ!? 見た目がそんなに変わってる自覚はなかった。中身が人間離れしてる自覚はあったけど。

「分かった。すぐに解くよ」
「気をつけてね。憑依を解いた途端多分痛みと疲れが一気に襲ってくるから」
「うん……ありがとう」

 セシルは心配そうに見守るルーンの傍で精霊の憑依を解く。精霊たちに心からの感謝を込めながら。

「シフ、サラ、ディー、ノーム、ウィル。皆ありがとう。お疲れさま」

 セシルの体が一瞬明るく輝き5体の精霊がその姿を現す。

『お疲れさま』
『倒せてよかったな!』
『いつでも呼んでぇな』
『ふあぁ、僕疲れた』
『すぐに自分を治癒するのよぅ』
「うん、分かった」

 心配そうにそう言って精霊たちはいったんその姿を消した。
 精霊が離れた途端痛みと疲労による倦怠感が全身を襲う。セシルは崩れ落ちそうになるのを何とか堪え、自身に生命力回復ヒールをかける。

 それを見守っていたルーンがセシルが無事回復したのを見届けてから、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて告げる。

「それじゃ人が来ないうちに僕は行くね」
「また、会える?」

 立ち去ろうとするルーンに慌てて問いかける。するとルーンが困ったように笑って答えた。

「うーん、分からない。しばらくは退屈しなさそうだし、気が向いたらね」
「うん、分かった。また会えるのを楽しみにしてる」

 この小悪魔にまた会いたいと心から願う。なんだかんだ言って、いつもセシルを助けてくれた可愛いルーン。

「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」

 最後に少年らしく無邪気に笑いながら手を振って闘技場の上空へと飛んでいった。
 そんなルーンにセシルはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 セシルが闘技場を出ようと踵を返したとき向こう側から歩いてくる人影が見えた。ハイノだ。
 彼はセシルの前まで来ると心配そうな顔で尋ねる。

「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。心配かけてすみません」

 セシルがそう言うと心から安堵したようにハイノが息を吐く。なんだかかなり心配させてたみたいで申し訳ない。

「奴の気配が無くなったから来てみたが………倒したのか?」

 ハイノが恐る恐る確認してくる。セシルが一人でディアボロスを倒したことがやはり信じがたいのだろうか。

「はい、倒しました。もう復活する心配はありません」
「そうか! よくやったな、セシル!」

 セシルの報告を聞きながらハイノは本当に嬉しそうに笑って労ってくれた。
 そう言ってもらえて嬉しい。でもセシルは一刻も早く彼の元へ行きたい。
 確認するのが怖かったが恐る恐る彼のことを尋ねてみる。

「ケントはどうですか?」

 セシルの問いに対してハイノはあからさまにその表情を曇らせる。予想はしていたもののそれを見て不安になってしまう。

「ケントは……全く意識が回復しない。今は城にある軍の救護室で休ませている。一緒に行こう」
「はい……」

 やはりケントの意識はまだ回復していなかった。彼には治癒魔法が効かないから自分やおばあちゃんでもどうにもならない。
 徐々に大きくなっていく不安を胸に抱えながらセシルはケントの元へ向かうべく闘技場を後にした。



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