61 / 96
第5章
59.少年との再会
しおりを挟む「ルーン、どうしてここに……?」
彼に対して聞きたいことはたくさんあるのに思わず口を突いて出たのはそんな言葉だった。
「お姉ちゃん、急にいなくなってごめんね」
ルーンが以前と同じように笑って答える。だがその微笑みはどことなく空々しく感じる。
彼を見てノインが呟く。
「ヌル……」
「ヌル……?」
ヌル……彼女は一体誰のことを言っているのだろうか。目の前にいるのはルーンだ。
「ノイン、僕は手を出すなって君に言ったよね。忠告を聞かないからそんな目に合うんだよ。リベンジは勝手にしてって言ったから別にお仕置きはしないけど」
ルーンの言っていることが分からない。手を出すなって言った? 彼がノインのリーダー? 目の前のこのどう見ても少年の彼が?
「あたしはただあの現象のことが知りたかっただけだ。セシルに攻撃すればまた同じことが起こるかもしれないって思ったんだ」
ノインがばつが悪そうにルーンに答える。それに対しルーンは肩を竦めて淡々と話す。
「馬鹿だね。同じことが起こったら今度こそどうなるか分からないのに。それを起こさないように手を出すなって言ったんだよ、僕は?」
「待って、ルーン。君が何を言ってるか分からない。なんでノインとそんな会話をしてるの……? 君は何者なの?」
ノインを諫めるルーンに堪りかねて声をかける。セシルの疑問にルーンは笑って答える。
「もう分かってるんでしょ? 僕が暗殺チームのリーダーのヌルだよ」
「嘘……」
ルーンが今までの暗殺者に指示を出していた? セシルとケントを殺すように? あんなに懐いてくれていたのに? 親愛は感じても悪意なんて全く感じなかったのに?
……そんなの信じたくないよ。
「嘘じゃないよ」
そう言うとルーンの影がシュルシュルと彼を包み、背の高い黒髪の大人の男に変化した。その姿はルーンの面影を残し瞳の色だけはそのままだ。
「これで分かった? 僕はセシルを騙してたんだ」
セシルは首を左右にぶんぶんと振る。
「君はヌルかもしれないけどルーンだよ。わたしは悪意を向けられてたら分かるもの……」
「セシル……。もう本当にお人好しだな、お姉ちゃんは。少し僕の話をしていい? ノインはしばらく眠っててね」
ルーンはノインを眠らせ音を遮断する結界をかけた。
「うん、聴かせて」
その微笑みが冷たいものから暖かいものに変わったのが分かった。ルーンがセシルの言葉を聞いて頷く。
彼女が眠ったのを確認したあと、ルーンはゆっくりと話し始めた。
「僕は悪魔憑きなんだ。ルーンは僕の本当の名前なんだ。普通の人間だった。セシルが見たルーンの姿が本来の僕の姿なんだ」
悪魔憑き……。さっきノインが言っていた。さっきルーンを包んだ黒い影が悪魔……?
ルーンは寂しそうな表情で話を続ける。
「僕は5才のころにラフィと出会ったんだ」
「ラフィ?」
「うん、僕についている悪魔。愛称だよ。本当の名前は知らないほうがいいと思うから教えない」
「ルーンに憑いてる悪魔……」
あまりに突拍子もない話に驚いてしまう。
悪魔が憑いてるってどういうこと?
「僕は一人で遊んでてある祠の封印を開けてしまったんだ。本当なら取り殺されるところだったらしいんだけど、僕はもともと悪魔と相性がよかったみたいでラフィに気に入られて依代にされたんだ」
「そんな……」
悪魔が人間に憑依……そんなことがあるなんて信じられない。
「僕自身親も兄妹もいなくて親戚のところでこき使われてて、愛情の欠片もないような環境で育ったからね。別に意志を奪われるわけでもないし、特にラフィが憑いて困ることなんてなかった。背徳感もなかったよ。それからは楽だった。邪魔なものや気に入らないものはたやすく排除できたし、欲しいものは簡単に手に入れられた」
「ルーン……」
ラフィと出会った時の彼はまだ幼い子供だったのだ。善悪の判断を教えてくれる者もないままに悪魔に憑かれたのだ。
そんな彼のことを怖いとは思わなかった。
「お姉ちゃんは手に入れられなかったけどね。精霊が守ってたから……。精神支配もその気になればできるんだけどね。周りが人形ばかりになるとつまらないからやらないけど」
「わたし……? 精霊のこと、知ってるの?」
悪びれもせずにルーンが頷いて話を続けた。
「うん、知ってるよ。ラフィは大体のことを知ってる。ラフィと僕の知識は同期してるんだ。だけど絶対に支配されることはない。彼とは共存関係なんだ。快楽主義的な生き方をするという利害が一致しているしね。ただ……」
「ただ?」
ルーンの表情が俄かに曇る。彼に話の続きを促す。
「ときどきこうして話しているのがルーンなのかラフィなのか分からなくなるときはある。でも僕がお姉ちゃんを好きだって思ってるときは間違いなく僕自身だなって分かるんだ。悪魔は人を愛さないから……」
「へ? 好き?」
(好きってルーンが? わたしを!?)
突然のルーンの言葉に戸惑ってしまう。
「僕はお姉ちゃんを好きなんだ。あ、ちなみに僕見た目は10才くらいにしてるけど、もう200年以上は生きてるからね。ラフィの力で不老不死ってやつになっちゃったんだ。見た目の年齢は好きに変えられるの」
「そうなんだ……。ってことは、抱きついてきたりしてたのは兄のように慕ってじゃないってこと?」
セシルの問いかけにルーンはにこにことしている。そして答えた。
「僕は一度も兄のようになんて見てないし、最初から女の子だって分かってたし。だけど支配したいと思ってるわけじゃないから安心して。セシルの気持ちは知ってるから」
「わたしの気持ち……」
セシルは最初ぴんと来ずに首を傾げたが、段々と思い当たって顔が赤くなる。
「ノインに災禍の話を聞いてセシルと直接会ってみたくなったから会いに行ったんだ。そして君が精霊のいとし子であることが分かった。君の前から姿を消した後はもう会うつもりはなかったんだけど、僕は精霊とやりあう気はないっていうことを君に伝えたかった。だけど今回のノインのようにチームの他のメンバーが行くかもしれないけどそこはうまくあしらって」
「う、うん……」
ルーンがそう言うからには取りあえずの危機はないということだろう。
「ねえ、ルーン、また会える……?」
「うーん、分かんない。気が向いたらね」
ルーンはそう言って楽しそうに笑うとノインの結界とかかっていた精霊術を解除し、彼女とともに姿を消した。
彼の去ったあとを見つめながら、セシルはあの憎めない小悪魔とまた会いたいなと思った。
0
お気に入りに追加
637
あなたにおすすめの小説
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
慟哭の時
レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。
各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。
気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。
しかし、母には旅をする理由があった。
そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。
私は一人になったのだ。
誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか……
それから母を探す旅を始める。
誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……?
私にあるのは異常な力だけ。
普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。
だから旅をする。
私を必要としてくれる存在であった母を探すために。
私を愛してくれる人を探すために……
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる