玄洋アヴァンチュリエ

天津石

文字の大きさ
上 下
12 / 12

Ⅻ 玄洋アヴァンチュリエ

しおりを挟む



「凪……凪!早よ起きんね!」

 勢いよく布団を引き剥がされる。疲れ切った体はボロボロだというのに、その少女は僕を容赦なく叩き起こした。

「うーん……」

 観念して目を開けると、着替えを済ませた暁が仁王立ちで見下ろしていた。

「朝に強いな、暁は」

 思わず呟くと、

「だって、今日が最後やけん、いっぱい遊びたか……」

 暁は腕を組んだままぷいっとそっぽを向き、小さく呟いた。

 八月三十一日。僕が東京に帰る日だ。

 振り返ってみれば、あっという間の日々。

 間違いなく言えるのは、門司に来て良かった、暁に出会えて良かったということ。

 家の手伝いや仕事を任せられ、人間として大きく成長したことを実感するし、街の人達の温かさに触れた今、この街が大好きになった。

 この日は佐一郎の車で出かけ、四人でプールに行った。僕と暁はプールで遊び、佐一郎は温泉、景子さんはオイルマッサージを楽しんでいた。

 限界を超えて遊んだので空港に向かう車内では暁と体重を預け合って爆睡してしまったが、空港についても眠気が切れない僕と違い、暁はすっかり充電満タンになっていた。

「凪!次はいつ帰ってくると?」

「帰ってくる、って……僕もともと東京から来たんだけど……」

 空港のロビーでぴょんぴょんと跳ねながら聞いてくる暁に、思わずつっこんだ。

「で、次はいつ帰ってくると?」

「ど、どうだろ。年末、とか?」

「そんなんつまらん。九月!九月に帰ってきー!」

「まあ、なんとか考えてみるよ」

 必死にせがむ暁が、やっぱり可愛かった。わがままだし、意地っ張りだけど、暁は暁だ。

 学校も始まるし、すぐには難しいかも知れないけど、僕だって機会があれば暁に会いに来たいというのが本音だった。

「よさんか、暁。まあ凪、うちはいつでも部屋空いとるけん、好きな時来るとよか!」

「そうね、私たちも凪くんと過ごすの、楽しかったわ。いつでもおいでね」

「佐一郎さん、景子さんも。ありがとうございます!お世話になりました。」

 改めて深く頭を下げる。

 ちょっと恥ずかしかったが、大きく手を振る暁に僕も大きく振り返した。

 搭乗口を過ぎてからは必要最低限の会話しかなく、ひどい孤独に襲われた。それでも思い出は残っている。撮った写真や、カレンダーを眺めてその日の出来事を思い起こしたりした。

 それでも流石に全身の疲労は蓄積していて、目が覚めたころには飛行機は着陸を済ませており、がやがやとした話し声の中、飛行機を降りる人の流れに乗ってゲートを出た。

「凪」

「父さん」

 一ヶ月ぶりの、父の姿があった。

「門司は楽しかったか」

「うん、また行きたい」

「そうか」

 やはり父は口数が少ない。でも、それもなんだか心地よかった。

 父と一緒に乗ったタクシーの車内でも、特に会話は弾まなかった。というのも僕がすぐに眠ってしまったからで、家に帰ってからも疲れに抗えなかった僕は、軽食を取る間もなく眠りこけてしまった。

 



 九月一日。

 今日だけは朝礼後の小テストが無く、避難訓練だと分かっている教室は、夏休み明けということもあっていつも以上に騒がしかった。

「凪お前、遊んでただろ」

 日焼けした肌を見て、クラスメイトがからかってくる。

「もしかして彼女でも出来たか?」

 なかなかに鋭い推察に困りながら、話を逸らす。しかしそんなことも奴らは計算済みで、外堀を埋められては暴露不可避の誘導尋問へとすり替わっていった。

「おいおいマジかよ!」

「どこまでいった?」

 クラスメイトたちが一斉にざわついた。

 やめろ。これはまずい。話題がここしばらく持ちきりになってしまう。

 女子もチラチラこっち見るな。死ぬほど恥ずかしい。

「はいはい、静かに。休みは終わりましたよ、切り替えてください」

 担任が声を張ってざわめきを鎮めた。僕の机を中心に集まったクラスメイトたちは皆一斉に席へと戻ってゆく。

 そんな沈黙を再び喧騒に変えたのは、担任からの一つの告知だった。

「急ではありますが、今日からこのクラスに転校生が来ます。――どうぞ、入って」

 担任が呼びかける。開いた扉の足元から、こつこつと真新しい上履きの足音が鳴り響いた。

 はじめに声を上げたのは、最前列の席に座る女子だった。

「え、可愛い!」

 つられるように、男子たちもざわついた。

 嘘だろ。

「えーと、席は凪くんの隣がちょうど空いてますね、ではあちらに座ってください」

「はい」

 見間違えるはずがない。その姿、声、笑う表情。

 それに、

 周囲の視線を集める彼女が僕の真横に辿り着く。

「私ともしようね」

 赤髪の少女が、耳元で囁いた。





【おわり】

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

思春期ではすまない変化

こしょ
青春
TS女体化現代青春です。恋愛要素はありません。 自分の身体が一気に別人、モデルかというような美女になってしまった中学生男子が、どうやれば元のような中学男子的生活を送り自分を守ることができるのだろうかっていう話です。 落ちがあっさりすぎるとかお褒めの言葉とかあったら教えて下さい嬉しいのですっごく 初めて挑戦してみます。pixivやカクヨムなどにも投稿しています。

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

恥辱の日々

特殊性癖のおっさん
大衆娯楽
綺麗もしくは可愛い女子高校生が多い女子校の銀蘭高校の生徒達が失禁をする話 ルーレットで内容決めてんで同じ内容の話が続く可能性がありますがご容赦ください

処理中です...