婚約破棄のその先は

フジ

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できるならあの頃に

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…たくしたち…こびます……


……じょうぶ、ぼくがは…




ーん、あれ…

身体がふわふわ浮いて揺れている。
目を開けるのもだるい。

ー私、馬車じゃなかったのかしら…

体の右側が暖かくて擦り寄ると、あの人の匂いがする。爽やかなそれでいてどこか甘い匂いー。
ー気持ちいい…
ぼんやりとした思考の中で、ユーリ様の端整な顔が見える。
なぜ抱きかかえられてるのか分からないけれど、このまま離して欲しくなくて、もっと近付きたくて、思わず彼のシャツを握ってしまう。
それに気付いたのかそれとも抱え直したのか、グッと力が入り、もっと密着する。

ー心地いい…


もしかしてこれまでのことは夢じゃないのかしらー。
マリー様のことは全てーー。





ー紹介するよ。






あの時の声が蘇り、はっきりと意識が戻る。
目の前に柔らかく笑っているあの人がいた。

「あ、ぅ…ゆーり、さま?」


「アンジェ起きた?大丈夫?馬車で気を失ったんだよ。もう家で今部屋に運んでいるところ」

「そ、そうなんですか…申し訳ございません、今降りますね」


気を失ってしまっていたのね…
最後に覚えているのは息苦しくて息苦しくて、このまま息ができなくなるのではないかという感覚だった。
思い出してしまうとまたその感覚が押し寄せてきそうで、首をさする

少し寝てたからか、気分も気持ちも幾分マシだった。



あの人は機嫌が良さそうに覗き込んできた。


「大丈夫だよアンジェは軽いから。それと?僕がアンジェを抱きしめたいだけだから、気にしないで」


ユーリ様が私の頭に頬をくっつける。
いつものスキンシップに力を抜いて、胸に頭を預ける。


この人は立場上、人に見られることが多いため、あまり外ではベタベタしない。

社交界では腕を組み腰に手を回すくらいの触れ合いだけど、本当はスキンシップが好きなお方で、2人きりの時は私を膝に座らせたり隣に座って頭を撫でたりして片時も離れなかった。
はしたないことかもしれなけれど、私もそれを心地よく思っていた。

甘やかされてドロドロに甘くされて、家族からのプレッシャーは、この人によって溶かされていた。



「軽すぎて、君を本当に抱き締めているか不安だよ」


おでこに軽くキスをされて、くすぐったくて目を細める。
この人の少しの言動でどうしようもなく心が動いてしまう。揺れた気持ちを整えようと、息を吐く。
その息も熱くなっていることが、恥ずかしくて頬を染める。



どうしようもなく優しくて、どうしようもなく酷い人。あのお方とお会いするまではこの人を迷うことなく愛していた。



私のことを真綿に包み込むように大切にしてくれて、それを全身に感じていて。慈しみあう愛情を築いていた。


ーあの頃に戻りたい、疑うことなく純粋に愛していた時に



知らなければ、今でもあの人に夢中だったのに。
泣きそうになって、目を瞑り、ただただ今は早く部屋についてほしくて力を抜いた。




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