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第十三話「新たなる鼓動」
第二章「人類には牙のある事を」・③
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※ ※ ※
『・・・これでよしっと』
シルフィがそう言うと、クロの体は光に包まれ・・・その姿が、擬装態のものに変わる。
失われてしまった右腕の部分は、包帯でグルグル巻きになっていた。
ご丁寧に首の後ろで結んだ三角巾で固定されており、傍目には骨折してしまったようにしか見えない。
・・・けれど、あくまで外側だけで、中身は空洞なのだろう。
『感覚は無いままだろうけど、この方がマシでしょ?』
「はい・・・ありがとう、ございます・・・・・・」
返事をするクロの声は暗く・・・未だ、立ち直ったようには見えない。
昨夜、目覚めてからずっと泣き続けていた彼女が眠ったのは、深夜の事だった。
・・・なぜそれを知っているのかと言えば、僕がほとんど眠れていないからなんだけど。
「まったく・・・休みなさいって言ったでしょう?」
すると、隣に立つティータが責めるような視線を送ってくる。
思考を視られてしまったらしい。僕は、「あはは」と気まずい笑いで返すしかなかった。
──と、そこで、何気なく点けていたTVから、けたたましい音が響いてくる。
目を向ければ、昨日の横浜で起きた戦闘の映像が流れていた。
『昨日、横浜で破壊行為を行ったこの黒いジャガーノートについて、JAGDは、一時的に活動を停止しているものの、警戒レベルは依然最大の状態であるとの見解を示しており──』
「・・・・・・ッ‼」
そして、目を背けていても、「耳」でそれを捉えてしまったクロは・・・その場に力無く座り込んでしまう。
咄嗟に駆け寄って肩に手を置くと、彼女の体は小刻みに震えていた。
「あ、あのっ・・・えっと・・・わっ、私───」
何とか立ち上がったクロの顔は、今にも泣き出しそうで──
「すっ・・・少し・・・おさんぽしてきます・・・っ!」
だからなのか、僕の体は金縛りに遭ったように動かず・・・
逃げるように居間から出て行ってしまったクロを、呼び止める事が出来なかった。
「・・・・・・チッ!」
玄関の戸が閉じる音がして・・・同時に、カノンが舌打ちをする。
慌ててクロを追いかけようとすると、ジャージの裾をついと掴まれている事に気が付いた。
振り向けば、二色の瞳と目が合い──ティータは、ふるふると首を横に振る。
「・・・今のあの子には、時間が必要だわ。自分の記憶と向き合うための・・・時間が」
「・・・・・・そう、だね・・・・・・」
口にした言葉とは裏腹に、僕の心は納得しているとは言い難かった。
けれど、ティータの提案こそが正しいのだと、理性では判っている。
何とか自分の気持ちを飲み込んだ所で・・・そんな葛藤も視えていたのであろうティータが、優しく微笑む。
無言のまま頷きを返すと、それを合図に彼女は口を開いた。
「さて・・・こんな空気だけれど、あまり時間もない事だし、現状について説明するわね」
すると、普段なら会話に参加する素振りを見せないカノンも、ティータの方に体を向ける。
今回の件に関しては、やはり彼女と言えどいつも通りとはいかないみたいだ。
「っと・・・その前に、ハヤトの見たクロの記憶について聞かせてもらえるかしら? 本人のいない所で悪いとは思うのだけれど・・・今は、少しでも情報が欲しいの」
言われて、もう一度頷き、クロの心の世界で見た事をかいつまんで伝える。
ティータの言う通り、悪いと思う気持ちもあるから、あくまで口にするのは「起こった事」だけに限定した。
全てを聴き終えた後、ティータは「成程ね・・・」と呟く。
「お陰で、色々と予想がついたわ。それじゃあ、今の話を踏まえて──まず最初に、タイムリミットを伝えておくわね」
彼女の口にした単語に、思わず心臓が跳ねる。
そして、心の準備が出来る前に・・・それは告げられた。
「ラハムザードは今、力が最大に高まるのを待っている、「星望」と呼ばれる状態なの。そして、その時が訪れるのは───おそらく、今日の午後2時頃よ」
「そっ、そんな・・・っ‼ あと数時間で・・・⁉」
あまりにも早すぎるタイムリミットに、頭がくらくらとしてしまう。
「それまでに倒す事が出来なければ、アレをどうにかする手立ては一切なくなってしまうと言っても過言ではないわ。・・・「邪辰」とは、そういうモノなのよ」
そこで一呼吸置いてから、彼女は続ける。
「・・・アレは、物質的な体こそ持っているけれど、生物と言うより、人類の云う所の「神」に近い存在だと言えるわ。宇宙を支える「九辰」の一柱より生み出された「眷属」──その成れの果てが──邪辰・ラハムザードなの」
「成れの、果て・・・・・・」
その表現には、どこか腑に落ちるものがあった。
狂ったような嗤い声を上げ、体は常に融け続け、無数の瞳の焦点は定まる事がない───
あの状態が「正常」だとは、とても思えなかったからだ。
「? イマイチよくわかんねーな!」
一方、カノンは首を傾げつつ声を上げた。
確かに僕も全てを正確に理解出来ているとは思えなかったので、気持ちは判ってしまう。
ティータも溜息混じりに「まぁそうよね」と返した。
「例えるなら・・・宇宙というものは、このTVか・・・あの時計のようなものなのよ」
彼女の指の示す先を目で追う。アナログ時計の針は、朝の7時を指していた。
「時計の中には、無数の部品が入っているでしょう? さっき言った九辰も眷属も、要するに宇宙という巨大な機械を動かすための「歯車」だと考えてもらっていいわ。そして、邪辰とは、それらの在るべき軌道から逸脱してしまった──つまり、生み出された本来の目的
とは全く別の使命を持ってしまった歯車の事を指すの」
そこまで言われて、ようやくイメージがついた。
カノンは・・・変わらず首を傾げたままだったけど。
「・・・おそらく、ラハムザードの使命は、「宇宙のあらゆるエネルギー源を破壊する」事よ。クロの記憶の話からして、ほぼ間違いないわ。・・・宇宙の各所で、アレによって滅ぼされた星や文明がいくつもあるとは聞いていたのだけれど・・・きっとあの子の生まれ故郷も、その中の
一つだったのね・・・・・・」
あまりにも物騒な「使命」に、思わず息を呑む。
次いで、ティータは一度目を伏せ・・・意を決した様子で口を開いた。
「そして・・・地球は、未開と言うには発達し過ぎているわ。「星道」が開き、ラハムザードの力が最大になった時──間違いなく、この星は焼き尽くされてしまう。あの邪辰は、一切の誇張抜きに、一晩もかからずにそれをやってのけるわ」
「「・・・・・・」」
それを聞いて、隣にいるカノンも、同じように押し黙ってしまう。
あまりに突飛というか、現実感のなさすぎる話だけど・・・その全てが冗談ではないのだと、ティータの表情が物語っていた。
彼女は、カノンとシルフィ、そして僕にそれぞれ視線を向ける。
「ラハムザードを倒すには、私達とJAGD──全ての力をぶつけるしかないわ。昨日のうちに、アカネにはタイムリミットと一緒にその意志を伝えてある。あの子が私の提案を素直に受けるとは思えないけれど・・・また以前のように、成り行きで共闘は出来るはずよ」
「・・・! うんっ! そうだよね!」
その言葉に、強く頷く。
カノンはつまらなそうな顔をしているけど、思いはきっと同じだろう。
全員が一丸となれば、不可能はないはずだ──と、そう確信した、直後───
『───悪いけど、ボクは最後まで面倒見るつもりはないよ』
「えっ・・・・・・?」
シルフィの放った一言に、頭が真っ白になってしまう。
『何度も言ってるように、ボクの「使命」はハヤトを守る事だ。いよいよって事態になれば、ハヤトだけでも地球から脱出させるからね。力は温存させてもらうよ』
彼女が口にしているのは、確かに初めて会ったその時から言われている事だ。
けれどまさか・・・こんな時にまでそれを言うなんて・・・!
「そんなっ! でも───」
そして、「今は状況が違うじゃないか!」と反論しようとして、遮られる。
『昨日も言ったじゃない。「支度」が必要だって。まだ時間はあるみたいだし、今のうちに色々用意しておいてね。居住可能な惑星を見つけるまでは少しかかるだろうから』
昨日、結局聞き返せなかった言葉の意味を告げられ・・・絶句する。
黄金の瞳に、誂っている素振りはない。
信じられない事だけど・・・彼女の中では、僕という一個人が、天秤にかけるまでもなく全人類より優先されるとでも言うのだろうか。
「・・・・・・そう。判ったわ。無理を言ってごめんなさい」
戸惑っていると、ティータは意外にもあっさりと引き下がってしまった。
「──ハヤト」
すかさず彼女を説得に加えようとすると、機先を制されてしまう。
「シルフィを責めないであげて。たぶん、この子にとって───いえ、ごめんなさい。何でもないわ。・・・これは、私の口から言うべきではないわね」
そして、何かを言いかけて・・・途中で口を噤む。
それはきっと、僕が知ろうとしていつもはぐらかされる、シルフィに関する「何か」だと確信したけれど・・・ティータは、それ以上話そうとはしなかった。
するとそこで、シルフィが一つの提案を持ちかけてくる。
『ちなみに・・・ライズマンチームの人たちとか、ハヤトのお父さんとかは無理だけど・・・キミたちとクロの3人だけなら、一緒に連れてく事は出来るよ。どうする?』
「・・・っ!」
以前、ザムルアトラと戦った時にも、同じような提案をされた事を思い出した。
けれど今は──あの時とは違って、僕に出来る事は・・・何もない。
縋るように、ティータへ目を向けると・・・彼女は目を伏せたまま、首を横に振った。
「私は・・・私に出来る限りの事をやってみるわ。こんな形で大切な止り木を失うなんて、あんまりだもの。アカネに共闘の提案もしてしまった事だし、ね・・・」
その、どこか寂しそうな表情を見て、僕は何も言えなくなってしまう。
そして、半ば答えを確信しつつも・・・振り返って、カノンに問いかけた。
「カノンは・・・どうするの?」
「ハンッ! あの三つ首を野放しにしておいたら、アタシもハヤトも安心して眠れねぇ! だから・・・家族の為に、アタシは次こそ野郎をブッ倒すッ! それだけだッ!」
やはり、想像していた通りの言葉が、真っ直ぐに返ってくる。
・・・果たして、「何と言って欲しかった」のかは・・・僕にも判らなかった。
「それに・・・アタシはいつだって敵から逃げる事だけはしねぇ。知ってんだろ」
言いながら、彼女は一瞬──玄関の方に目を向ける。
その視線の意味を悟って・・・僕の胸には、悲しいような、寂しいような・・・言葉にならない思いが湧き上がっていた。
・・・これで、二人の答えは聞いた事になる。
残るクロは──今の彼女は、何と答えるのだろうか・・・?
再び押し黙ってしまった所で・・・カノンがパン!と自分の太ももを叩く。
「よし! 野郎をブッ倒すためにも、まずはメシだッ‼」
状況が状況だけに、空元気のように聞こえてしまったけれど、話は尤もだった。
「・・・そうね。そうしましょうか」
ティータも、それに同意して・・・張り詰めていた空気が、少し和らいだ感覚がする。
<<<ム~!>>>
と、そこで、数体のメロちゃんが居間に姿を見せた。
絶妙なタイミングに、たぶん気を遣ってくれたんだな・・・と頬が緩む。
彼女たちの触手が持っていたのは、台所に置きっ放しにしてしまっていた朝ごはんの皿だった。
「ありがとう」を伝えながら、それらを受け取る。
「・・・僕は先に、紅茶淹れてくるね」
「えぇ。ありがとう。・・・とびっきり濃くして頂戴」
「あはは・・・了解っ!」
彼女たちの想いを聞いた以上、また雰囲気を暗くしてもしょうがないと、努めて声を張る。
・・・そして、台所で電気ケトルのスイッチを入れ、お湯が湧くのを待ちながら・・・・・・
僕は、僕自身がどうするべきなのかを──独り、考える。
シルフィは、いざとなれば無理やりにでも僕だけを助けるだろう。
きっと、それを止める事は出来ない。・・・文字通り、あらゆる意味で。
「・・・・・・・・・」
けれど、そうだと判っていても、シルフィの言う「支度」──食糧や着替えを用意したり、家族や仲間に別れを告げたり──を、する気にはなれなかった。
それは多分、地球が滅亡してしまうかも知れない事への実感が湧かない以上に・・・
その結末を受け入れたくないと言う、どこまでも子供じみた意地とエゴが根っこにあるのだと思う。
・・・残された時間の中で、何か僕に出来る事はあるのだろうか。
ひとりでは怪獣と戦う事も、誰かの命を救う事も出来ない・・・無力な僕にも───
『・・・これでよしっと』
シルフィがそう言うと、クロの体は光に包まれ・・・その姿が、擬装態のものに変わる。
失われてしまった右腕の部分は、包帯でグルグル巻きになっていた。
ご丁寧に首の後ろで結んだ三角巾で固定されており、傍目には骨折してしまったようにしか見えない。
・・・けれど、あくまで外側だけで、中身は空洞なのだろう。
『感覚は無いままだろうけど、この方がマシでしょ?』
「はい・・・ありがとう、ございます・・・・・・」
返事をするクロの声は暗く・・・未だ、立ち直ったようには見えない。
昨夜、目覚めてからずっと泣き続けていた彼女が眠ったのは、深夜の事だった。
・・・なぜそれを知っているのかと言えば、僕がほとんど眠れていないからなんだけど。
「まったく・・・休みなさいって言ったでしょう?」
すると、隣に立つティータが責めるような視線を送ってくる。
思考を視られてしまったらしい。僕は、「あはは」と気まずい笑いで返すしかなかった。
──と、そこで、何気なく点けていたTVから、けたたましい音が響いてくる。
目を向ければ、昨日の横浜で起きた戦闘の映像が流れていた。
『昨日、横浜で破壊行為を行ったこの黒いジャガーノートについて、JAGDは、一時的に活動を停止しているものの、警戒レベルは依然最大の状態であるとの見解を示しており──』
「・・・・・・ッ‼」
そして、目を背けていても、「耳」でそれを捉えてしまったクロは・・・その場に力無く座り込んでしまう。
咄嗟に駆け寄って肩に手を置くと、彼女の体は小刻みに震えていた。
「あ、あのっ・・・えっと・・・わっ、私───」
何とか立ち上がったクロの顔は、今にも泣き出しそうで──
「すっ・・・少し・・・おさんぽしてきます・・・っ!」
だからなのか、僕の体は金縛りに遭ったように動かず・・・
逃げるように居間から出て行ってしまったクロを、呼び止める事が出来なかった。
「・・・・・・チッ!」
玄関の戸が閉じる音がして・・・同時に、カノンが舌打ちをする。
慌ててクロを追いかけようとすると、ジャージの裾をついと掴まれている事に気が付いた。
振り向けば、二色の瞳と目が合い──ティータは、ふるふると首を横に振る。
「・・・今のあの子には、時間が必要だわ。自分の記憶と向き合うための・・・時間が」
「・・・・・・そう、だね・・・・・・」
口にした言葉とは裏腹に、僕の心は納得しているとは言い難かった。
けれど、ティータの提案こそが正しいのだと、理性では判っている。
何とか自分の気持ちを飲み込んだ所で・・・そんな葛藤も視えていたのであろうティータが、優しく微笑む。
無言のまま頷きを返すと、それを合図に彼女は口を開いた。
「さて・・・こんな空気だけれど、あまり時間もない事だし、現状について説明するわね」
すると、普段なら会話に参加する素振りを見せないカノンも、ティータの方に体を向ける。
今回の件に関しては、やはり彼女と言えどいつも通りとはいかないみたいだ。
「っと・・・その前に、ハヤトの見たクロの記憶について聞かせてもらえるかしら? 本人のいない所で悪いとは思うのだけれど・・・今は、少しでも情報が欲しいの」
言われて、もう一度頷き、クロの心の世界で見た事をかいつまんで伝える。
ティータの言う通り、悪いと思う気持ちもあるから、あくまで口にするのは「起こった事」だけに限定した。
全てを聴き終えた後、ティータは「成程ね・・・」と呟く。
「お陰で、色々と予想がついたわ。それじゃあ、今の話を踏まえて──まず最初に、タイムリミットを伝えておくわね」
彼女の口にした単語に、思わず心臓が跳ねる。
そして、心の準備が出来る前に・・・それは告げられた。
「ラハムザードは今、力が最大に高まるのを待っている、「星望」と呼ばれる状態なの。そして、その時が訪れるのは───おそらく、今日の午後2時頃よ」
「そっ、そんな・・・っ‼ あと数時間で・・・⁉」
あまりにも早すぎるタイムリミットに、頭がくらくらとしてしまう。
「それまでに倒す事が出来なければ、アレをどうにかする手立ては一切なくなってしまうと言っても過言ではないわ。・・・「邪辰」とは、そういうモノなのよ」
そこで一呼吸置いてから、彼女は続ける。
「・・・アレは、物質的な体こそ持っているけれど、生物と言うより、人類の云う所の「神」に近い存在だと言えるわ。宇宙を支える「九辰」の一柱より生み出された「眷属」──その成れの果てが──邪辰・ラハムザードなの」
「成れの、果て・・・・・・」
その表現には、どこか腑に落ちるものがあった。
狂ったような嗤い声を上げ、体は常に融け続け、無数の瞳の焦点は定まる事がない───
あの状態が「正常」だとは、とても思えなかったからだ。
「? イマイチよくわかんねーな!」
一方、カノンは首を傾げつつ声を上げた。
確かに僕も全てを正確に理解出来ているとは思えなかったので、気持ちは判ってしまう。
ティータも溜息混じりに「まぁそうよね」と返した。
「例えるなら・・・宇宙というものは、このTVか・・・あの時計のようなものなのよ」
彼女の指の示す先を目で追う。アナログ時計の針は、朝の7時を指していた。
「時計の中には、無数の部品が入っているでしょう? さっき言った九辰も眷属も、要するに宇宙という巨大な機械を動かすための「歯車」だと考えてもらっていいわ。そして、邪辰とは、それらの在るべき軌道から逸脱してしまった──つまり、生み出された本来の目的
とは全く別の使命を持ってしまった歯車の事を指すの」
そこまで言われて、ようやくイメージがついた。
カノンは・・・変わらず首を傾げたままだったけど。
「・・・おそらく、ラハムザードの使命は、「宇宙のあらゆるエネルギー源を破壊する」事よ。クロの記憶の話からして、ほぼ間違いないわ。・・・宇宙の各所で、アレによって滅ぼされた星や文明がいくつもあるとは聞いていたのだけれど・・・きっとあの子の生まれ故郷も、その中の
一つだったのね・・・・・・」
あまりにも物騒な「使命」に、思わず息を呑む。
次いで、ティータは一度目を伏せ・・・意を決した様子で口を開いた。
「そして・・・地球は、未開と言うには発達し過ぎているわ。「星道」が開き、ラハムザードの力が最大になった時──間違いなく、この星は焼き尽くされてしまう。あの邪辰は、一切の誇張抜きに、一晩もかからずにそれをやってのけるわ」
「「・・・・・・」」
それを聞いて、隣にいるカノンも、同じように押し黙ってしまう。
あまりに突飛というか、現実感のなさすぎる話だけど・・・その全てが冗談ではないのだと、ティータの表情が物語っていた。
彼女は、カノンとシルフィ、そして僕にそれぞれ視線を向ける。
「ラハムザードを倒すには、私達とJAGD──全ての力をぶつけるしかないわ。昨日のうちに、アカネにはタイムリミットと一緒にその意志を伝えてある。あの子が私の提案を素直に受けるとは思えないけれど・・・また以前のように、成り行きで共闘は出来るはずよ」
「・・・! うんっ! そうだよね!」
その言葉に、強く頷く。
カノンはつまらなそうな顔をしているけど、思いはきっと同じだろう。
全員が一丸となれば、不可能はないはずだ──と、そう確信した、直後───
『───悪いけど、ボクは最後まで面倒見るつもりはないよ』
「えっ・・・・・・?」
シルフィの放った一言に、頭が真っ白になってしまう。
『何度も言ってるように、ボクの「使命」はハヤトを守る事だ。いよいよって事態になれば、ハヤトだけでも地球から脱出させるからね。力は温存させてもらうよ』
彼女が口にしているのは、確かに初めて会ったその時から言われている事だ。
けれどまさか・・・こんな時にまでそれを言うなんて・・・!
「そんなっ! でも───」
そして、「今は状況が違うじゃないか!」と反論しようとして、遮られる。
『昨日も言ったじゃない。「支度」が必要だって。まだ時間はあるみたいだし、今のうちに色々用意しておいてね。居住可能な惑星を見つけるまでは少しかかるだろうから』
昨日、結局聞き返せなかった言葉の意味を告げられ・・・絶句する。
黄金の瞳に、誂っている素振りはない。
信じられない事だけど・・・彼女の中では、僕という一個人が、天秤にかけるまでもなく全人類より優先されるとでも言うのだろうか。
「・・・・・・そう。判ったわ。無理を言ってごめんなさい」
戸惑っていると、ティータは意外にもあっさりと引き下がってしまった。
「──ハヤト」
すかさず彼女を説得に加えようとすると、機先を制されてしまう。
「シルフィを責めないであげて。たぶん、この子にとって───いえ、ごめんなさい。何でもないわ。・・・これは、私の口から言うべきではないわね」
そして、何かを言いかけて・・・途中で口を噤む。
それはきっと、僕が知ろうとしていつもはぐらかされる、シルフィに関する「何か」だと確信したけれど・・・ティータは、それ以上話そうとはしなかった。
するとそこで、シルフィが一つの提案を持ちかけてくる。
『ちなみに・・・ライズマンチームの人たちとか、ハヤトのお父さんとかは無理だけど・・・キミたちとクロの3人だけなら、一緒に連れてく事は出来るよ。どうする?』
「・・・っ!」
以前、ザムルアトラと戦った時にも、同じような提案をされた事を思い出した。
けれど今は──あの時とは違って、僕に出来る事は・・・何もない。
縋るように、ティータへ目を向けると・・・彼女は目を伏せたまま、首を横に振った。
「私は・・・私に出来る限りの事をやってみるわ。こんな形で大切な止り木を失うなんて、あんまりだもの。アカネに共闘の提案もしてしまった事だし、ね・・・」
その、どこか寂しそうな表情を見て、僕は何も言えなくなってしまう。
そして、半ば答えを確信しつつも・・・振り返って、カノンに問いかけた。
「カノンは・・・どうするの?」
「ハンッ! あの三つ首を野放しにしておいたら、アタシもハヤトも安心して眠れねぇ! だから・・・家族の為に、アタシは次こそ野郎をブッ倒すッ! それだけだッ!」
やはり、想像していた通りの言葉が、真っ直ぐに返ってくる。
・・・果たして、「何と言って欲しかった」のかは・・・僕にも判らなかった。
「それに・・・アタシはいつだって敵から逃げる事だけはしねぇ。知ってんだろ」
言いながら、彼女は一瞬──玄関の方に目を向ける。
その視線の意味を悟って・・・僕の胸には、悲しいような、寂しいような・・・言葉にならない思いが湧き上がっていた。
・・・これで、二人の答えは聞いた事になる。
残るクロは──今の彼女は、何と答えるのだろうか・・・?
再び押し黙ってしまった所で・・・カノンがパン!と自分の太ももを叩く。
「よし! 野郎をブッ倒すためにも、まずはメシだッ‼」
状況が状況だけに、空元気のように聞こえてしまったけれど、話は尤もだった。
「・・・そうね。そうしましょうか」
ティータも、それに同意して・・・張り詰めていた空気が、少し和らいだ感覚がする。
<<<ム~!>>>
と、そこで、数体のメロちゃんが居間に姿を見せた。
絶妙なタイミングに、たぶん気を遣ってくれたんだな・・・と頬が緩む。
彼女たちの触手が持っていたのは、台所に置きっ放しにしてしまっていた朝ごはんの皿だった。
「ありがとう」を伝えながら、それらを受け取る。
「・・・僕は先に、紅茶淹れてくるね」
「えぇ。ありがとう。・・・とびっきり濃くして頂戴」
「あはは・・・了解っ!」
彼女たちの想いを聞いた以上、また雰囲気を暗くしてもしょうがないと、努めて声を張る。
・・・そして、台所で電気ケトルのスイッチを入れ、お湯が湧くのを待ちながら・・・・・・
僕は、僕自身がどうするべきなのかを──独り、考える。
シルフィは、いざとなれば無理やりにでも僕だけを助けるだろう。
きっと、それを止める事は出来ない。・・・文字通り、あらゆる意味で。
「・・・・・・・・・」
けれど、そうだと判っていても、シルフィの言う「支度」──食糧や着替えを用意したり、家族や仲間に別れを告げたり──を、する気にはなれなかった。
それは多分、地球が滅亡してしまうかも知れない事への実感が湧かない以上に・・・
その結末を受け入れたくないと言う、どこまでも子供じみた意地とエゴが根っこにあるのだと思う。
・・・残された時間の中で、何か僕に出来る事はあるのだろうか。
ひとりでは怪獣と戦う事も、誰かの命を救う事も出来ない・・・無力な僕にも───
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