恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第二章「邪悪なる狩人」・⑤

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「・・・・・・クソッ・・・!」

 言葉に出来ない感情が、悪態となって口から漏れ出る。

 ・・・No.020は、おそらくあの尻尾から海水を汲み上げ、それを口から放出しているのだろう。

 消防車に搭載された放水銃などと同じ原理だ。

 シンプルな攻撃だが・・・それ故に、厄介極まりない。

 水源に限りがあるならば話は変わってくるが、なにせヤツの背後にあるのは大海原・・・は無尽蔵だ。

<オオォォォォ・・・ッ‼>

 No.007は、放水の勢いにされて後退するも、どうにか踏み止まる。

 そして、何とか前進しようと試みるが・・・しかし。

<────ハハハハハハハハハハハハハハハッッッ‼>

 不気味にも、口腔から水を噴射したまま──No.020が再び嗤い声を上げる。

 すると突然・・・No.007に浴びせかけられる海水が、泡立つ白色から、薄い桃色に変わった。

「・・・・・・ッ‼ ヤツめ・・・まさか・・・ッ!」

 見覚えのあるその色に、悪寒が走る。そして、予感は的中し───

<グオオォォォォォォオオオォオオ・・・・・・ッッ‼>

 直後、No.007の体と、水滴の飛び散った建物や道路から、白い煙が立ち昇り始めた。

 間違いない・・・No.020は、噴射する海水にNo.002由来の強酸性の体液を混合したのだ。

 潜水艦の外殻すら溶融する酸を浴びせかけられて、No.007は苦悶の叫びを上げる。

 ・・・が、しかし──それでもなお、ヤツは決してその苦しみから逃れようとはせず・・・

 鋼の体が崩れていくのも構わずに、ジャンクションの前に立ち塞がったままで居た。

「~~~~ッ! クソ・・・ッ!」

 ・・・気付けば、私の体は勝手に動いていた。

 シートから降りて、リアボックスからパーツを取り外し、「メイザー・ブラスター」の砲身を組み立て始める。

「やるぞ! テリオ!」

『かしこまりました。シークエンスを省略します。両輪ロック、固定装置アンカーセット──』

 もはや、一連の作業は手慣れたものだ。

 完成した本体を担架アームへ乗せ、No.020に向かって構えた。

『メイザー粒子、充填中──』

 ガイドを聴き流しながら、微調整を行い、照準を合わせる。

『チェンバー内、正常加圧中 ──』

 陣取った場所が開けていたお陰で、射線上の障害物はない。

 これなら、<サンダーバード>の補助は必要ないだろう。

『最終セーフティ、解除───マスター、撃てます』

 そして、砲身に宿った水色の光が極限に達した所で・・・一つ、息を吐く。

「・・・・・・ッッ‼」

 刹那、迷いなく、引き金を引いた。

 放たれた一条の閃光は──狙い通り、No.020の「尻尾」の根元を撃ち抜き、寸断する。

<ギシャアアアアハハハハハッ・・・・・・ギイィィ・・・?>

 当然、海水の供給は絶たれ・・・一時的に放水が止む。

 No.007は、ようやく酸の奔流から解放され、全身から煙を上げながらその場に膝をついた。

 ひとまずの窮地を救えた・・・事に、少々、忸怩たる思いに駆られる。

「・・・まったく・・・世話の焼ける──」

 そして、そんな気持ちをごまかすように呟いた所で───ぞわっ、と背筋が冷える。

 見上げれば・・・真っ赤に光る八つの瞳が・・・・・・

「しまっ───」

 気付いた時には、全てが遅く・・・・・・

 振り下ろされる触腕の作り出す影が、私と<ヘルハウンド>の車体とを、丸ごと包み込んでいた。

 「メイザー・ブラスター」を撃った直後で、私もテリオも、動く事が出来ない。

 まさか、ジャガーノートを救けるためにした行動が元になって死ぬとは・・・JAGDの隊長失格だな──そんな考えが、脳裏を過って───

「・・・・・・まだだッッ‼」

 脳から分泌されるエンドルフィンによって引き伸ばされた体感時間の中で・・・

 私は、私のうちから出た諦観を、真っ向から否定する。

 そして、地面に縫い付けられていた足を無理やり引き剥がし、地面を蹴って跳ぼうとした、その瞬間────

 紫色の触腕は、突然、空中でピタリと静止した。


<───これで、貸し借りはナシね>


 ・・・次いで、聴こえた声に・・・思わず、溜息が漏れ出る。


 私を押し潰さんとしていた触腕は、見覚えのある赤い光に包まれており・・・

 確信を持って振り向けば──やはり。

 海の彼方から迫る、巨大な二色の翼が見えた。

「・・・債務を回収しただけだ。礼は言わんぞ!」

 まだ距離があるが・・・どうせ聴こえているのだろう。

 珍しく真剣な謝罪を繰り返すテリオを宥めながら、<ヘルハウンド>に跨がり──

 今だけは余計な事を考えるまいと決意して、脱兎の如くその場を離脱するのだった。


       ※  ※  ※


「ハァ・・・! ハァ・・・ッ! ティータ・・・ありがとう・・・っ!」

 息を切らし、胸を抑えながら・・・感謝の言葉を伝える。

<どういたしまして。あの子に死なれちゃ、私だってつまらないもの>

 舞い降りる荘厳な姿と、いつも通りの口調は、どこまでも頼もしい。

 ティータは、ぐるりと戦場を見回し・・・溜息を一つ吐く。

<・・・私が足止めされてたのが痛かったわね。・・・ハヤトも随分辛そうだし、ここは私がもうひと頑張りしなくっちゃ・・・!>

 そして、翼を翻すと──ジャンクションの方へと飛翔する。

 瞬間・・・逃げ遅れていた車たちが、次々と赤い光に包まれて、宙を舞った。

『・・・ほ~んと、こういう場面では便利な力だねぇ』

 シルフィが、ぼやくように言う。

 ・・・ほんの数十秒前・・・アカネさんがあと一歩で死んでしまうかも知れなかった時──

 僕には、シルフィが咄嗟に胸の結晶を光らせ、のが見えていた。

 本人に聞いても、どうせはぐらかされるに決まっているけど・・・

 嫌っているような素振りを見せている割に、シルフィは、アカネさんを助けようとしてくれていたんだと思う。

 多分、ティータへの言葉は──自分の出番がなかったが故の、ちょっとした嫉妬心や対抗心の発露なんだろう。

 相棒の意外な一面に・・・僕は、少しの間だけ、胸の痛みを忘れる事が出来た。

<さてと・・・お次は───>

 逃げ遅れた車たちを避難させたティータは、カノンの方へと向き直る。

 そして、次は右の瞳を光らせて──その翼から、蒼色の鱗粉を放ち始めた。

<ちょっと寿命が縮むけれど・・・いま死ぬよりマシでしょう?>

<グ、ルアアァァ・・・ッ!>

 少し弱々しい鳴き声は、「いちいちうっせぇぞ!」と言っているように聴こえた。

 毒に蝕まれながらも、ひとまずは無事だった事に安堵していると・・・

 蒼い輝きに包まれたカノンの体表から、紫色の部分が徐々に消え去っていく。

<これで大丈夫ね・・・体力を激しく消耗するから、今日の所は退散なさいな>

 ティータの言葉を受けて、カノンはのたうちながらも反抗の意思を見せ──僕は、すぐさまシルフィに目配せするのだった。

 無言のやり取りがあった直後・・・緑の巨体はオレンジの粒子になって解け、球体の中に擬人態となったカノンが戻ってくる。

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・! こんっ・・・なのっ・・・屁でもねぇ・・・っ!」

 そして、僕と同じくらい息を切らしている姿に・・・判断が正しかった事を確信した。

<よし、と・・・それじゃあ最後は───>

 次いで、クロと対峙する怪獣の方へと振り向いた所で───

<・・・・・・ッ‼>

 突然、ゆらり・・・と、ティータは空中で不自然に姿勢を崩す。

 彼女の顔に目を向ければ──蒼玉サファイアを思わせる右瞳みぎめに、赤い亀裂が走っていた。

<・・・・・・>

 ・・・きっと、同じ事を察したのだろう。

 一度は怪獣の酸にやられ、膝をついていたクロは・・・立ち上がると、ティータの方を向いて、コクリと頷く。

 その眼差しには、依然、決意の炎が燃えていた。

<・・・・・・判ったわ。ごめんなさ・・・いえ。ありがとうね・・・クロ>

 ティータはそう言い残し──カノン同様、オレンジの光に変わって消えた。

 そして、戻って来るや否や・・・彼女は球体の中で、ぺたんと座り込む。

「ふぅ・・・みんなして・・・ボロボロ、ね・・・・・・」

 ・・・・・・思ったよりも、ずっと辛そうだ。

 怪獣の起こした波を抑え込むのは、想像を絶する大変な苦労だったに違いない。

 ・・・ティータが居なければ、今頃きっと沿岸部は大変な事になっていただろうし、カノンが戦ってくれなければ、救うべき人間が誰一人残っていなかったかも知れない。

「・・・二人、とも・・・本当に・・・・・・ありがとう・・・っ!」

 どうしても、今、伝えなければ──そう思って、感謝の言葉を絞り出す。

 慈愛に満ちた微笑みと、「ケッ!」と不満そうな声が返ってきて、思わず口元が緩んだ。

<ギイィィィイイイイシャアアアァァァハハハハハハハッッッ‼>

 と、そこで、再び怪獣が不快な嗤い声を上げる。

 見れば・・・アカネさんが根元から断ち切ってくれたはずの尻尾が、既に再生していた。

 先程切り離された尻尾が、怪獣のすぐ横でまだビチビチと跳ねていると言うのに・・・何て恐ろしい能力なんだ・・・!

<グオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ‼>

 ──が、しかし。そんな絶望的な状況であっても、クロの闘志は衰えない。

 自身の熱ではなく、怪獣の放った液体の影響で、装甲の一部が溶けてしまっているけど・・・

 彼女の様子からすると、致命的なダメージではなかったようだ。

 ・・・本当は、今すぐ倒れてもおかしくないほど苦しいはずなのに・・・ネイビーの巨竜は、迷いなく黒い怪獣へと向かって突っ込んでいく。 

「頑張って・・・クロ・・・っ!」

 僕は、彼女の無事と勝利を願いながら───

 自然と拳を握り・・・そう呟いていた。
 

                       ~第三章へつづく~
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