恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第二章「邪悪なる狩人」・①

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◆第二章「邪悪なる狩人」

『───申し──ありま──隊長! No.020ナンバートゥエンティの速──追いつけず──ヤツの起こ──海流のせ──転覆しな──うにす──が手一杯──すっ!』

 マクスウェル中尉からの通信は、途切れ途切れになっていた。

 彼らの乗っている<モビィ・ディックⅡ>の艦体が、激しく揺れている証拠だろう。

「・・・了解した。この状況で戦力を失う訳にはいかない。まずはその場を乗り切る事に全力を注ぐんだ! いいなっ!」

『ア──マム──!』

 先んじて入っていた報告では、現場には既にNo.020を追うNo.011ティターニアがおり、例の念動力で足止めをしようと試みていたものの・・・沿岸部に迫る大波に対処するために離脱。

 中尉たちの乗る<モビィ・ディックⅡ>が会敵して即座に放った「特殊鋼弾頭魚雷」は、荒れ狂う海流に阻まれ、高速で航行するNo.020には届かなかったという。

「・・・・・・」

 通信を終えた後──私は、横浜市の上空を飛ぶCH-53Kキングスタリオンの機内で、小さく息を吐いた。

 ・・・冷静になれ、桐生茜・・・・・・

 手が足りないのはいつもの事・・・市街地にジャガーノートが出現するのも、初めての事ではない。

 敵が如何に規格外だろうと、やるべき事の順序を間違えないのが肝要だ。

「桐生隊長! <ヘルハウンド>の換装、完了しました!」

「了解した。手間をかけたな」

 整備課員の迅速な対応に礼を言ってから、「メイザー・ブラスター」の搭載を終えた車体に近付き、兵装使用のロックを解除する。

 次いで、換装のため一時的にスリープ状態にしていたテリオのシステムを再起動させた。

『──お待たせしました、マスター。いつでも行けます』

「逸るのは判るが少し待て。まだ空の上だ」

 と、周囲を気にして小声で返事をしたところで、松戸少尉から通信が入る。

『隊長! No.020が横浜港湾内にて確認されました! 航行速度を落としていたため、波浪による被害は軽微ですが──現在、大黒埠頭内へ上陸しようとしている模様!』

「・・・ッ! 聴こえたな! 急げッ!」

「アイ・マムッ!」

 即座にパイロットへ指示を出しつつ、松戸少尉へ状況確認を求める。

「該当地域の避難状況は!」

『現地の報道ヘリの映像を観る限りでも、まだ建物の外に数十名の民間人がいます! それと、埠頭内の大黒ジャンクションでは小規模の渋滞が発生している模様です・・・!』

「チッ・・・まずいな・・・!」

 避難が終わっていないという条件は同じながら、以前のNo.013ザムルアトラ戦のように人気ひとけのない所へおびき出す事も出来ておらず、おまけに地上戦の要たる<アルミラージ・タンク>は、今まさに転覆寸前で持ち堪えている<モビィ・ディックⅡ>の腹の中 ──

 No.020を殲滅するどころか、足止めする手札すら足りていないのが実情だ。

「少尉ッ! 警備課の第一班と第二班へUH-60ブラックホークで緊急出動するよう伝えろ! 装備は人命救助用セットBパターンを適用! とにかく人手が必要だ!」

『アイ・マム! ・・・・・・石見いわみ班長からで、2分で出られるそうです!』

「了解───ッ! あれか・・・ッ!」

 報告に返事をしたところで、眼下に広がるビル群の先にある目的地──

 大黒埠頭と、その奥で海中から姿を現しつつある巨大な影が見えた。

 巨体のいただきから滝のように流れ落ちる海水が、海面を激しく乱れ打ち、白い煙の壁を形作ってその全容を覆い隠している。

「・・・ッ‼」

 少しでも情報を得るべく、目を凝らしていると──煙が晴れるのと同時に、奇怪なシルエットが目に飛び込んで来た。

 同時に・・・驚愕のあまり、言葉を失う。

 紫色の触手を束ねて形作った巨躯の上には、見覚えのある半透明の球体と、その中に透けて見える二つの目玉・・・・・・

 胴体の中央から伸びた首の先にも、やはり見覚えのある八つの発光体の付いた顔が在った。

 ・・・思わず、アンダーソン中佐から伝えられた「合体」という単語が、脳裏をよぎる。

「まさか・・・本当に───」

 と、そこで・・・No.020の体躯の各所から伸びる触手が、黒っぽい何か──ヤツの体躯と遜色ない程に大きな鉄の塊だ──を持ち上げているのが見えて・・・・・・

「・・・ッ⁉ あれは・・・オーストラリア支局の・・・ッ‼」

 そしてその巨大なスクラップが、ふねである事に気付いた瞬間・・・

 私は悔しさのあまり、機内の壁へ無意識に拳を叩き付けていた。

「そっ・・・そんな馬鹿な・・・!」
「なんてヤツだ・・・ッ‼」

 ヘリに同乗する整備課員たちの口からも、思わず驚愕の声が漏れる。

 ジャガーノートと戦うためだけに生み出された<モビィ・ディックⅡ>の外殻は、特別頑丈に造られている──

 にも関わらず、No.020の掲げるそれは、各所が歪み、陥没し、穴だらけになった見るも無惨な状態で・・・かろうじて原型を留めているとしか表現の仕様がなかった。

 海中を推定航行速度420ノットというふざけたスピードで連れ回されれば、ああなってしまうのは理解出来るが・・・

 間違いなく、はもっと酷い状態になっているだろう。

「・・・・・・しかし・・・何のために・・・?」

 理不尽な仕打ちへの怒りで、カッと頭に血が上るが・・・

 同時に、No.020がどうしてわざわざ此処まで<モビィ・ディックⅡ>を抱えて来たのかという疑問も浮かんでくる。

 この場所に来た理由はともかく、早く目的地に着こうと考えるなら、余計な荷物を増やす必要がどこにあるんだ?と頭を捻り──

 そこで、右耳から一つの可能性が提示された。

『ヤツは、スーパーキャビテーションを利用したのかも知れません』

「・・・!」

 テリオが口にした単語には、かろうじて聞き覚えがあった。

 物体が水中を高速で移動する際、圧力差によって気泡の発生と消滅がごく短時間に繰り返される現象・「キャビテーション」を意図的に引き起こし、その気泡に覆われる事で周囲の液体との摩擦係数を低減、液体の粘性を無視して水中を超高速で移動する・・・

 これが、魚雷などにも使われている「スーパーキャビテーション」効果だ。

「No.020は、<モビィ・ディックⅡ>を魚雷の円錐形先端部ノーズコーンに・・・盾にする事であのスピードを出していたというのか・・・ッ⁉」

 キャビテーションによって発生するバブルパルス──気泡の膨張と収縮によって生み出される圧力波は、金属にすら壊食エロージョンを発生させる。

 テリオの推測が正しければ、艦体がボロボロの鉄塊と化してしまったのはそれが原因だろう。

『──ですが、納得のいかない点もあります』

 しかし、舌打ちしつつも得心していると、意外にもテリオが横槍を入れてくる。

『これまでに存在したスーパーキャビテーション魚雷は、先端部からガスを放出し、気泡の膜を作る事で摩擦を少なくしていました。しかし、<モビィ・ディックⅡ>を盾にしたのであれば、発生するのは接触面積分の気泡のみのはず。No.020が推力を発生させていたと考えると、ヤツ自身ものではないかと思われます』

「・・・! ・・・単純に狡賢ずるがしこいだけではない、という事か・・・・・・」

 海中を航行するための推力については、ヤツが本当にNo.002とNo.006が「合体」した生物と仮定すれば、大方の予想がつく。

 しかし、テリオの指摘した点の方は・・・まだ何か、現時点では想像も出来ないようなカラクリがありそうだ。
 
 ・・・と、そこで、No.020が<モビィ・ディックⅡ>を掲げたまま、「コ」の字型になっている大黒埠頭の、北側のブロックに上陸したのが見えた。

<ギイィシャアァァハハハハッ‼>

 そして、「嗤い声」と形容せざるを得ない雄叫びを伴って──物流倉庫と思しき建物を踏み潰しながら、西に向かって進み始める。

 ・・・No.002もNo.006も、本来は深海に棲む生物のはずなのだが・・・一体、ヤツらの身体に何が起こったと言うんだ・・・?

「・・・っ! き、桐生隊長! あれをっ!」

 眉をひそめていると、不意に、同乗する警備課員に声をかけられる。

 指差された方へ、目を向けると──

「なっ・・・! 馬鹿な真似を・・・ッ!」

 今まさに、テレビ局のものであろうヘリが一機、No.020の方へ近付いていくのが見えた。

 ・・・こちらはまだ、大黒埠頭まで距離がある。

「松戸少尉ッ! 至急現地の報道ヘリに退去するよう勧告を──」

 慌てて通信を飛ばすが・・・遅かった。

<ギイイィィィィイイシャハハハハハハッ‼>

 自分に向かって接近してくるローター音に気付いたNo.020は、まるで小蝿でも払うかのような何気ない仕草で・・・

 抱え上げていた<モビィ・ディックⅡ>を、そのまま空中の報道ヘリに向かって投げ付けたのである。

 ・・・必然、排水量重さ数万トンは下らない鉄塊の直撃を受けたヘリは、空中でスクラップへと変わって火を噴き──

 同時に、オーストラリアから7千キロを連れ回された艦体は限界を迎え、内部に収納されていた<戦艦バトルシップ>モード用の艦橋部分が衝撃によって飛び出し、根元から折れてちぎれて宙を舞う。

 ・・・あの中には、司令室が丸ごと入っているはずだ。

 そして、空中で二つに分離したダークグレイの鉄塊は・・・運悪く、今なお渋滞に巻き込まれている車が大勢詰まった大黒ジャンクションへと墜落する。

 元から身動きが取れない車たちは、当然それを躱す事など出来ようはずもなく・・・

 アスファルトが炸裂するのと共に、人が乗ったままの鉄の箱が、多数、小石のように弾けて飛んだ。

「「「・・・・・・」」」

 一瞬のうちに起きた惨劇に、機内の乗員たちは絶句していた。

「・・・あそこの開けた場所で下ろしてくれ。後は・・・私が何とかする・・・!」

 ようやくヘリが大黒埠頭に到着し・・・私は、ぐっと拳を握りしめながらそう指示する。

 ・・・・・・後悔するのは、全てを終えてからだ。

 今は、一分一秒でも早く──ヤツを殲滅する事に全力を注ぐんだ・・・!

出撃るぞッ!」

 そう決意して・・・降下したCH-53Kのキャビンドアが開くのと同時に、アクセルを回し、勢いよく外へと躍り出た。

 隊服に着替える時間を惜しんだせいで、切りつける風がコートの裾をバタバタとはためかせる。

 本音を言えば脱いでおきたかったが・・・万が一にでも寒さのせいで運転を誤る方が命取りだと判断し、新品のコートをボロボロにする覚悟を決めた。

「・・・! 橋が・・・ッ!」

 すると、No.020へ向かって疾走している途中で・・・ついさっき壊滅的な被害を受けた大黒ジャンクションが視界に入る。

 近くで見れば・・・<モビィ・ディックⅡ>の残骸によって、横浜ベイブリッジに繋がる道路が丸ごと倒壊してしまっていた。

 反対側の鶴見つばさ橋に繋がる道のうちの一本も、橋脚が折れて完全に通行不能となっている。

 北側の大黒大橋と首都高速の大黒線はまだ無事のようだが・・・残った車両が皆そこへ向かっているせいで渋滞を起こしており、迅速な避難が出来ているとは言いづらい。

 更に最悪な事に・・・No.020はそんな状況を知ってか知らでか、ジャンクションに向かって真っ直ぐ西進を続けていた。

 このままでは、逃げ遅れた車がまとめて踏み潰されてしまう。

「クソッ・・・!」

 警備課員たちの乗ったUH-60が現着するまで、しばしの時間を要するだろう。

 このまま静観していては間に合わない・・・!

「テリオッ! あと5キロ接近したら「メイザー・ブラスター」を───」

 まずは民間人を避難させる時間を捻出すべく、最初から奥の手を切る事を決意する。

 そして、テリオに向かって指示を出そうとした所で───

<グルァァァアアアアアアアアアッッッ‼>

 刹那、日中の晴天に白い稲妻が走り・・・同時に、獣じみた雄叫びが響く。

「この声は・・・!」

『間違いありません。──No.009レイガノンです』

 高エネルギーのパターン照合を終えたテリオから報告が入るのと同時に、No.020の眼前へ稲妻が落ち・・・

 次いで、白い光は、若草色の鱗と黒光りする二本の槍を持つ、巨大な恐竜へとその形を変えた。

 ・・・現状、チベット自治区の那曲ナクチュ市でNo.015タオユウを相手に大暴れしたのが、No.009が目撃された最後の記録だ。

 もし今、この場で同じ事をされれば・・・被害はその時の比ではない。

「クッ・・・! どうする・・・⁉」

 首筋に流れた汗が、過ぎ去る風にさらわれて後方へと流れ──

<ルアアァァァ・・・・・・!>

 No.013と戦った時のように、一も二もなく突っ込んでいくだろうと思っていたNo.009はしかし・・・

 意外にも、ジャンクションを背にして、低く唸りを上げるだけで動かずに居た。

<ギィィィシャアハハハッ‼>

 己と同程度の巨体が突如として目の前に現れた事で、No.0020は大口を開き、全身の触腕を方々へ伸ばして威嚇するが・・・

 No.009はなおも相手を睨み付けるだけで、自分から仕掛ける素振りを見せない。

「まさか・・・あの場所を守っているとでも言うのか・・・⁉」

 以前の暴れっぷりからは想像も出来ないNo.009の姿に、思わず面食らったものの・・・

 ヤツの真意はどうあれ、今はこの状況を利用させてもらう事に決めた。

「松戸少尉! 今のうちにドローンで空から渋滞の状況を解析、避難ルートを最適化ののち、一帯のスマホに転送しろ! 責任は私が取る!」

『アイ・マム! それでは遠慮なくやらせて頂きますっ!』

 少尉に指示を出し、建物の向こうで対峙する二体のジャガーノートへ目を向ける。

「・・・少しでも時間を稼いでくれよ・・・・・・」

 そして・・・疾走を続け、呟きながら祈るのだった。

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