恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十二話「黒の記憶」

 第一章「深淵より来たるモノ」・⑤

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 早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、画面に目をやると・・・「ジャガーノート出現警報・すみやかに避難して下さい」との文字が表示されていた。

 同時に、「やばくねぇか⁉」とのコメントを添えて、ハルがSNSアプリにニュースサイトのリンクを貼り付けた通知が来る。

 現状を確認すべく・・・いまだ苦しそうにしているクロの背中をさすりながら、「皆すぐに避難して!」とアプリにメッセージを送りつつ、動画を再生した。

『──緊急速報です。ただいま入りました情報によりますと、オーストラリア北部の海域で発見された新種のジャガーノートが、ここ日本を目指している模様です。現在、既に八丈島付近を──あ、いえ! 最新の情報では、三宅島近海を通過したようです!』

 ニュースキャスターは慌ただしく渡される原稿に必死に目を通し、脂汗を浮かべながら、それを読み上げていく。

『出現の予想される地域は、東京都、神奈川県、千葉県、静岡県の臨海部全域です。該当地域にお住まいの方は、各自治体の指示に従って、速やかに避難して下さい。繰り返します・・・ジャガーノートの出現が予想される地域は───』

 と、そこまで聞いた所で、周囲から上がった多数の声にニュースの音が掻き消された。

「これマジかよ・・・⁉ 早く逃げねぇとヤバイって‼」
「ゆーくん! 言う事聞いて! すぐに避難しないと危ないから!」
「え~! ジャガーノートだって! なんか面白そうじゃない⁉」

 近づいてくる天災への危機感・・・あるいは「何かすごいものが見られるかも」という浮かれた気持ち・・・

 怪獣という「未知」を前に、それを見た事のない人たちは様々な反応を見せる。

 本音を言えば、今すぐ球体から出て、避難を促したいところだけど・・・

「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・!」

 クロの容態は一向に回復の兆しを見せず・・・涙の粒を浮かべ、息を切らせたままだ。

 この状態の彼女を放っていく事は、出来なかった。

 ──そして、ニュースの画面を点けたまま、その場に留まり・・・しばし。

 十数分・・・いや、数十分は経過しただろうか。焦燥のあまり、時計を見ていなかった。

『こちらは 防災 横浜市です ただいま 政府より ジャガーノート 出現による 緊急避難警報が 発令されました───』

 園内に設置されている防災スピーカーから、事務的な声が繰り返し響いている。

『──地区は──避難対象地域に──指定されました───』

 近くを通りがかった小さな消防車のような車両からも、同じような内容の放送がリピートされており・・・

 ふと気が付けば、公園に残っているのは僕らだけになっていた。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 少し落ち着いたようにも見えるけど・・・クロはまだ苦しそうな様子だ。

 一方のカノンは、ティータが飛んで行った──怪獣のいるであろう方角を睨み、全身から闘気をみなぎらせていた。

 「アタシはいつでも戦えるぞ」と、その背中が訴えかけてくる。

「・・・・・・」

 今、こうしている間にも・・・ティータは戦ってくれている。

 彼女に任せるしかない無力さが、ただただ歯痒く・・・待つ事しか出来ない時間は、僕の思考をどんどん悪い方へと引き摺り込んでいく。

 精神が、じわじわとすり減っていた。

『・・・・・・少しはクロも落ち着いたみたいだし、一度家に帰る?』

 そこで、シルフィが声を掛けてくれる。相棒の優しさは、疲れた心に染みた。

「・・・ありがとう。そうだね」

 避難するにしても、相応の身支度が必要だろう。

 少し前向きな気持ちになったのと同時に・・・チームの皆から「避難所で合流できた」とのメッセージが来て、張り詰めていた神経がほぐれたのを感じた。

 自分の頬を軽く叩き、気合を入れ直す。

 そして、クロの具合を確認しようと、ぐったりとした身体を抱き起こそうとして──


『───ごめんなさい! ハヤト!』


 頭の中に、ティータの焦った声が響いた。

『怪獣のせいで起きた波をき止めるのに精一杯で・・・! 取り逃がしたわ・・・!』

 ・・・ニュースに拠れば、怪獣の移動スピードは凄まじく、海の中を進むだけで津波のような高さの大波が生じているという。

 ティータは今、それを必死に抑え込んでくれているんだ。

 いつも自信満々な彼女からは想像出来ないほど・・・届いた声は弱々しく、今にも涙が溢れてしまいそうだと判ってしまう。

 ・・・故に僕は、余計なことは言わず───

「・・・ありがとう、ティータ!」

 怪獣と戦いながら、人々を守ってくれた事に、ただただ感謝した。

 ティータは、そんな僕の気持ちを見透かしてはいただろうけど・・・「どういたしまして!」と返してくれる。

 その声には、もう涙の気配はない。

『あの怪獣、やっぱり何かおかしいわ! 私もすぐに合流するから、気をつけて!』

「判った! ・・・本当にありがとう、ティータ!」

 そして、最後にそう声を掛けたところで──再び、クロの呼吸が激しくなる。

「ハァッ‼ ハァッ‼ ハァ・・・ッ‼」

「ッ・・・! クロ! 大丈夫⁉」

 必死に背中を擦っていると・・・クロは、何とか自分で立ち上がろうと、身体を起こし──

 苦悶に顔を歪め、息を切らしながら・・・必死に、叫んだ。

「きっ・・・来ます・・・‼ すごく・・・嫌な感じのする・・・何かが・・・っ‼」

 すると、それがまるで合図だったかのように──

 地面に置いていたスマホから、絹を裂くような悲鳴が響いた。

 ニュースの中継映像が、流れたままになっていたのだ。

『なっ・・・‼ 何なのよあれぇッ⁉』





 慌てて手に取ったスマホには・・・巨大な怪獣が、自身の体躯ほどもある「何か」をタコのような触腕を使って持ち上げたまま、海中から出てくる姿が映し出されていた。

 ──そして、怪獣の掲げている「何か」が、以前見た事のあるJAGDの潜水艦だと気付いて・・・瞬時に背筋が凍り付き、頭が真っ白になる。

『有り得ないだろアレぇッ⁉ 何かの冗談じゃないのかよぉッ⁉』

 スマホのスピーカーから、現地に居合わせてしまったテレビ局のスタッフのものと思われる叫喚が響く。

 怪獣の姿を捉えているカメラの映像も、小刻みに震えており・・・彼らの感じている恐怖が、生々しい質量を伴って画面越しに届いていた。

 ・・・紫色の触手を束ねたような身体、その各所を包んでいる漆黒の甲殻・・・・・・

 こんな怪獣は見た事がないけれど・・・その胴体の中央から迫り出すように伸びた首には、どこか見覚えがある───

「この顔・・・クロが最初に戦ったマンタの怪獣・・・ギアーラ・・・・・・?」

 しかし、面影を残してはいるものの、元のシルエットとは似ても似つかない。

 それに・・・首の根元に鎮座する金魚鉢のような部分と、その内部に透けて見える顔は、ギアーラと戦う前に見かけた怪獣の死体の特徴と合致する。

 この怪獣は、まるで──二つの生き物が、強引に融合させられてしまったかのような・・・

 とでも言うべき不気味さを宿していた。

「・・・・・・・・・」

 ティータの言っていた、「何かがおかしい」と言う感覚を・・・本能で理解してしまう。

 今までに感じた事のない種類の恐怖が、ふつふつと裡から湧き上がってきて──

 そして、そんな僕の心を見透かしたように・・・怪獣が、牙を剥いてわらった。


<ギイィィシャアアァァハハハハハハッッ‼>


                       ~第二章へつづく~
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