恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・④

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「・・・シルフィ、ごめん。周りが見えないからガイドお願い・・・」

『はいは~い。ほんと世話が焼けるなぁ~ハヤトは~~』

 ──そして、建物から出て早々・・・タイミングが今しかなかったとは言え、この格好のまま付き添いなしで外に出るのはなかなかの自殺行為だったと気付いて後悔する。

 散々いじられながらも、なんだかんだシルフィの存在に感謝しつつ・・・

 彼女の指示に従って、人混みを躱しながらキノコ怪人を追った。

「あっ! ライズマンじゃん!」
「入口のポスターにかいてたヒーローだ~」

 道すがら、お客さんの声が聴こえてくる。

 スーツのまま全力疾走したら悪目立ちしてしまうんじゃないかと不安だったけど、キノコの影響か、そこまで大勢の注目を集めている訳ではないらしく、少しホッとする。

『──で、そこで右に曲がって~・・・はい、追い詰めたよ~~』

 と、そろそろ息が切れそうだったところで、屋外フードコートのあたりに辿り着いた。

 キノコ怪人は、居並ぶ軽食やスイーツの屋台を背にして、周囲を見回している。

 さて、追い詰めたはいいものの・・・どうやって説得したものか。

 ・・・あっ! そうだ! シルフィのテレパシーで連絡してもらって、ティータにここまで来てもらえばいいじゃないか!

 ・・・・・・なんて名案が浮かんだ、その瞬間───

<ピムムゥ・・・>
<ピムムッ!>
<ピィムウゥ・・・!>

 突如、背後から複数の鳴き声が聴こえて来る。

 最悪の予感と共に振り向くと・・・やはり。

 何体ものキノコ怪人が、こちらをギロリと睨んでいるのが見えた。

 狭い視界でも、結構な数がいるのが判る。

 ・・・この短い間に「慌てて追っかけて集団に遭遇する」ってシチュエーションを2回もやらかすなんて・・・僕はなんて学習しない男なんだ・・・と、内心で頭を抱えた。

『おぉ~~これが天丼ってやつ?』

 せめてデジャブって言ってよぉ‼ と叫びたかったけど・・・今はヒーローなので我慢する。

<ピムゥ──! ピムムッ!>

 と、そこで、正面の怪人が甲高い声を上げると──

 後ろにいた怪人たちが一斉に動き出し、気付けば、僕をぐるりと取り囲むように円状に展開していた。

『あらら~完全に包囲されちゃったね~~?』

 ひとりひとりの力が小さい事は先程の一件で理解したものの、あの巨体に囲まれているだけで威圧感が凄い。

 視界の狭さもあって、焦燥感ばかりが募ってしまう。

<ピムムウッ!>

 そして・・・再び背後から声がしたかと思うと、先程の「鞭」と同じものが、右脚に巻き付いたのが感触で判った。

 蹴り技を封じるつもりだと確信し、学習能力の高さに舌を巻く。

 一斉に襲いかかられたらまずい! と、鞭を振り払おうとした──その瞬間。

「なっ・・・⁉」

 鞭がもう一本、右脚の別の箇所に巻き付いたのである。

 予想外の攻撃に、思わず声が漏れ・・・

 その隙を突くように、周囲の怪人たちも腕を振るい、僕の四肢に次々と鞭を巻き付けてくる。あっという間に、全身を拘束されてしまった。

 一本一本はチョップで両断できる強度で、引っ張る力も弱いけど・・・何本もの鞭に縛り上げられれば、僕一人では文字通り手も足も出ない。

 完全に、してやられた・・・ッ!

<ピムウウゥ・・・‼>

 身動きが取れない状態で、僕を拘束していないキノコ怪人が一体、目の前にやって来る。

 ・・・彼は「直接攻撃係」という事だろう。

「あーっ! ライズマン!」
「あれー? やられちゃいそうだよー?」

 近くを通りかかったのであろう子供たちの声が、耳に届く。

 情けない・・・! 何とかしなくちゃ・・・このままじゃ・・・ヒーロー失格だ!

<ピムムウゥ・・・ッ‼>

 マスクの下で歯噛みしたところで──仁王立ちしたキノコ怪人が、右腕を振りかぶる。

 すると同時に、左腕の方が・・・代わりにみるみる右腕が大きくなり、あっという間に丸太のようなサイズに変わっていた。

「・・・ッ!」

 それは、忘れもしない・・・ザムルアトラが使っていたのと、同じ技だった。

 パンチに威力を出すために、体積を「分配」したんだ・・・!

 来たる衝撃に備えて、グッと歯を食い縛ると──

「───ハアァッ‼」

 突然、勇ましい声と共に──目の前にいたキノコ怪人が、右へ吹っ飛んだ。

 そして、その直後・・・僕のすぐ側に、ライダースジャケットを着た人影が降り立つ。

 ・・・どうやらこの人が、キノコ怪人に飛び蹴りを食らわせて、僕を助けてくれたらしい。

「フッッ‼」

 次いで、目にも留まらぬ速さで連続蹴りを放つ。

 空を切る音が聞こえる度に・・・僕の体を縛る力がどんどん弱くなっていくのが判った。

 鞭をキックで切ってくれているんだ・・・!

「・・・・・・」

 いったい誰が・・・? 目を細めて、狭い視界からその姿を追うと──

 そこには、華麗な体捌きに合わせて舞う・・・が見えた。

「すげぇー! かっけ~!」
「だれー? ライズマンのみかたー?」

 突如として現れ、ピンチのライズマンを助けた謎の女性──

 通りすがりの子どもたちは、賛辞の言葉とともに、口々にその名を聞きたがって声を上げた。

 そして、たっぷりの沈黙を持って・・・彼女は口を開く。


「私は・・・あー・・・その・・・正義の・・・味方の・・・・・・は、ハウンドマスクだッ‼」


 振り向いたその顔には──我らが「すかドリ」のマスコットキャラクターのひとり、子犬の「ワンポッチ」のお面が装着されていた。

 ・・・と言うか、キノコが生えてはいるけど・・・あの髪・・・それに、この声は・・・っ!

「まっ・・・・・・まさか・・・・・・アカネさんっ⁉」

 驚きのあまり、声量は抑えたものの、思わず声が漏れてしまう。

 ハウンドマスクと名乗った女性は──返事の代わりに、ぷいと顔を背けた。


       ※  ※  ※


 ───時間は、十分ほど前に遡る。

 ワンダーシアターにてキノコの胞子に感染したアカネは、「席に座って待つ」という苦痛に耐えきれず、己が欲望に従って、ハヤトの姿を探しに建物の外に出ていた。

「むぅ・・・ハヤトがどこにもいないではないか・・・・・・」

 キノコの影響によって、彼女の声色は若干の幼さを纏っている。

 おまけに、会いたい相手に会えないというだけで頬を膨らませる程には感情の抑制が効いておらず、宛てもなく手当たり次第に探し回っているため、動きに全く落ち着きがない。

 普段の彼女を知る者が今の姿を見たら、間違いなく唖然としているだろう。

 ──ちなみにこの時ハヤトは、ちょうどワンダーシアターのステージに登場した頃合いだ。

 あと数分だけ座席で待っていれば、すんなりと彼に会えたのだが・・・そう言った巡り合せとは縁遠いのが、この桐生茜という人間であった。

「しかし・・・賑やかだな・・・遊園地という場所は・・・・・・」

 ふと、辺りの様子を見て、アカネが呟く。

 もちろん平時であれば、遊園地の路上で爆睡する者や、ゴミ箱と肩を組んで笑っている者など存在するはずがないのだが、今の彼女にとっては些細な事だった。

「いつか・・・ハヤトと二人で・・・ふふ・・・・・・」

 道の真ん中で立ち止まり、夢想に耽る。

 普段は、軍人の矜持や隊長としての立場がその性質を隠してしまっているだけで、彼女の中にはロマンチストな一面があった。

 任務でない外出にも関わらず、羽織っているライダースジャケットの内側胸ポケットにわざわざ幼馴染とのツーショット写真を入れて来ているのが、動かぬ証拠だろう。

 全ての自制心から解放された今のアカネの脳内は、「遊園地デートと実家への挨拶が同時に出来るなんて何と効率的だろう」と言った感じの思考に支配されていた。

 多幸感に満ち満ちた脳内に、もはや余念の入り込む隙間はない。

 普段は様々な重圧に晒されている彼女が、心からの安息に浸り、意識を手放しかけた・・・その時───


    何とかしなくちゃ・・・このままじゃ・・・ヒーロー失格だ!


 突然、頭の中に声が響く。

「・・・ハヤト?」

 それは、たったいま夢想していた相手の声だったが・・・それが自分の脳が生み出したものではない事に、アカネは本能的に気付いていた。

 今の声は・・・ハヤトが助けを求める声だと、直感で理解したのだ。

 ───彼女自身は預かり知らない事だが・・・それはかつて、ゴビ砂漠の地下で生き埋めになった時に、遠く離れた日本にいるハヤトが、アカネの声を聴いた状況と酷似していた。

「・・・ッ! あそこかッ!」

 周囲を見回せば、グロテスクな見た目をしたキノコ頭の男たちの集団と、それに囲まれている真っ赤なヒーローの姿があった。

 そして彼女は、そのスーツに袖を通す事の出来る男が、ただ一人である事を知っている。

「今行くぞ・・・ハヤトッ!」

 ・・・キノコの影響下にあるために、今のアカネは欲望のままに行動してしまう。

 即ち・・・彼女にとって、危険を顧みずにハヤトを助けに行く事は、他の何よりも優先されるべき願いであったのだ。

 怪しげな男たちの集団までは、数十メートルの距離───

 接近した事で、男たちが腕にロープのようなものを付けて、ライズマンを拘束しているのが見えた。

 ついでに、集団のうちの一人が彼の正面に仁王立ちし、腕を振り上げたのも。

 焦る気持ちと同時に──彼女の頭には、「秘密組織の一員であるが故に、正体を隠さなければならない」と言う、職業柄染み付いている思いが湧き上がって来る。

 正気を失ってもなお、その習性は変わらなかったが・・・今は時間がない。

「君っ! 少しだけ借りるぞっ!」

「はぃ~? ふあぁ~~」

 已むを得ず・・・彼女は道すがら、幼い女の子が頭に付けていたプラスチック製のお面をひったくって被る。

 そして、すかさず跳び上がり──空中で飛び蹴りの姿勢に入った。

「ハアァッ‼」

 軍隊仕込みの健脚によって放たれたキックは、元から重量のない男──キノコ怪人の巨躯を豪快に吹っ飛ばし・・・

 衝撃の反動を利用して、彼女はライズマンのすぐ側に着地した。

 次いで、まずは彼の体に巻き付いている鞭を何とかすべきだろうと判断。

 作戦行動中ならばサバイバルナイフを常備しているアカネも、さすがに遊園地には持ち込んでいない。

 癖で腰の後ろへ手をやろうとしてしまった事を恥じつつ、半身に構えた。

「フッッ‼」

 息を吐きながら、鞭へ向けて蹴りを放つ。

 想定よりも簡単にちぎれた事で、必要十分な威力を瞬時に理解したアカネは、連続蹴りで以て易々とライズマンの拘束を解いてみせた。

「すげぇー! かっけ~!」
「だれー? ライズマンのみかたー?」

 ・・・そして、鮮やかな救出劇を目撃した子どもたちに、名前を問われてしまう。

 思わぬ展開にたじろぎつつも、ハヤトの手前、「子どもたちの夢を壊してはいけない」という意識は脳裏に浮かんだアカネであったが───

「私は・・・・・・あー・・・その・・・正義の・・・味方の・・・・・・は、ハウンドマスクだッ‼」

 咄嗟に出てきた名前は、非常に微妙なセンスのものだった。

「まっ・・・・・・まさか・・・・・・アカネさんっ⁉」

 やらかしてしまった恥ずかしさから、ついつい顔を背けてしまう。

 周囲の子どもたちが「ハウンドマスクだってー!」「お面はダサいけどかっけー!」などと囃し立てているのも、彼女の羞恥心の呵責に一役買っていた。
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