恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第二章 「明かされる過去‼その力は誰が為に‼」・⑤

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 それから──何度となく、同じような遭遇戦がありました。

 想定していたよりもずっとガラムの数は多く、歩けど歩けど出口は遠く・・・いよいよM4の残弾が尽きると、弾の節約のためにお姉さまは自ら接近戦を買って出られました。

 当時は「タクティカル・アーマー」もありませんから、ガラムからの攻撃はその全てが致命傷に成りかねません。

 ・・・それでもお姉さまは、果敢に立ち向かわれたのです。

 そして・・・1時間以上は歩いた頃でしょうか・・・

 洞窟の壁面に、見覚えのある水色の光が見え始めたのです。

「このコケは・・・!」

 洞窟に入ったばかりの頃に見つけたコケの群生が、再び私たちの目の前に現れました。

 ついでに、周囲から聴こえる雨音もその勢いを直に感じ取れる程に強くなっており・・・一瞬、どこか浮足立つような雰囲気が生まれました。

 ──ですが、どうやら私たちは・・・

<ゴアアアッ‼ ゴアアアアァァッ‼>

 ガラムたちに、ようでした。

 背後から、野太い声と共に、複数の足音が迫ってきたのです。

「ッ! 速い・・・⁉」

 お姉さまは、相手が「今までのガラムとは違う」といち早く気づかれたのでしょう。

「閃光手榴弾だ! 着火しろ!」

「は、はいっ!」

 指示された警備課の方は、少しもたつかれながら、導火線に火を点け──

「投擲! 足を止めたら一気に撃て!」

 コケのお陰で少し明るくなった洞窟の奥から、計5体のガラムが猛スピードで迫って来るのが見えた、次の瞬間・・・

 導火線から伝導つたった火が缶の中のガンパウダーを加熱し、発生した多量のガスが金属片とマグネシウムとを勢い良く擦り合わせ──炸裂しました。

<ゴアアアアアッッ⁉>

 マグネシウムの量は大したものではなかったので、本来の閃光手榴弾には遠く及ばない光量ではありましたが──

 僅かな光を捉えようとする大きな目玉には効果覿面で、追撃して来たガラムたちは途端に視力を失って、混乱し立ち止まったのです。

「今だッ! しっかり狙って撃て!」

 そして、四人の一斉射撃により・・・1分と経たずにガラムたちは屍に変わりました。

 ・・・ただ、先頭に居た一回り大きなガラム──今思えば、あれは「大型個体」でした──が、とてもしぶとかったせいで、弾薬を多く消費せざるを得ず・・・・・・

 いよいよ、全員の弾が底を尽きかけてしまったのです。

「・・・こいつらは、明確に我々を追ってきた・・・きっと、ハチの警鐘フェロモンのように、あの鳴き声で遠くの仲間とコミュニケーションを取っているんだろう」

 すぐに歩き出したお姉さまは、残弾を確認しながらそんな推論を展開されました。

 今では常識ですが、この考えは正しく・・・それこそ、あの日ほど雨が降っていない時に脱出を試みていれば、もっと早くにガラムたちは私たちを追ってきていたでしょう。

 壁面のコケは少しずつその範囲が増え、出口が近づいている事は確かでしたが・・・疲労と空腹に加えて、再び追われる状況になってしまった事が、私の弱気に拍車をかけ──

「・・・もう・・・ダメなんでしょうか・・・・・・」

 そんな情けない台詞が、無意識に口から漏れてしまっていたんです。

 皆さんに追いつこうと足だけは必死に動いておりましたが・・・精神はもう・・・限界でした。

 私の言葉を肯定するかのように、周囲にも沈黙が訪れ───

「──言ったはずだ」

 それでも・・・お姉さまだけは、変わらぬ強い意志で私に言って下さいました。

「私は、君の命を諦めてやらないと」

 薄ぼんやりと水色に光る視界の中で、振り返った真っ赤な瞳だけが燃えていたんです。

 すると、まるで私にも火が移ったかのように・・・少しだけ、生きる気力が蘇った感覚がしました。

 ・・・本当に、当時からのがお上手な方でしたわ。

「! 水が・・・!」

 と、そこで、警備課の方が天井から漏れ出ている雫に気付かれました。

 外から響く雨音も、その呟きを聞き逃しかねない程に強くなっていて・・・いよいよ、地上が近付いている事に確信が持てました。

「よし! もうすぐ・・・ん? これは・・・!」

 更に、まるで示し合わせたかのように──

 中尉の腕時計型端末が、オリバー少尉たちのマーカーの反応を捉えたのです。

「あいつら・・・! 意外としぶといじゃないか!」

 中尉の顔には、笑顔が浮かんでいらっしゃいました。

 一昨日は喧嘩別れのようになっていましたが、中尉は彼らも大切な仲間だと、心から思っていたのでしょう。

 3つの光点は、私たちの進む先で合流するような道筋で移動していました。

 一度痛い目を見ましたから、人数分の光点が見えた事に皆さんどこか安堵していたと思います。

「オリバー! 聴こえるか!」

 合流すれば、数的不利も多少は覆せて、安心して目前にまで迫った出口まで行く事が出来ると、中尉は早速呼びかけられました。

 走り続けるうち、光るコケが群生している場所を過ぎて・・・再び視界はライトの光だけが頼りになりました。

 雨音も更に強くなり、もはや騒音のようになっていて・・・そのせいか、いくら中尉が呼びかけても、オリバー少尉からの応答はなく──

「ジャグジットだ! すぐ近くにいるぞ! 返事をし──」

<ガアアアッッ!>

 そして、そんな中尉の声を遮るかのように・・・突如として、その声は響きました。

 ライトの隙間の暗闇を縫うように迫ってきたガラムが、私の右隣にいらっしゃった警備課の方に飛びかかったのです。

「うわぁあああああっっ⁉」

「ッ! 離れろッ‼」

 お姉さまは咄嗟に、私の腕を引っ張って、ガラムから遠ざけられました。

「てめぇッ‼ とっととそこからどきやが──」

 すると、驚くべき事に・・・もう一人の警備課の方が激昂しつつM9を構えられると・・・

<ガアアアアアッ‼>

 ガラムはすかさず、目にも留まらぬ動きで漆黒の爪を振るったのです。

 瞬間、M9を構える腕に3本の裂傷が入り・・・鮮血が噴水のように放たれました。

「ぐああああああぁぁぁぁぁッッ‼」

「クソッ・・・‼」

 お姉さまはお二人を助けるために、即座にガラムの首元を撃ち抜かれて──

 ・・・同時に、「あと一発か・・・!」と呟かれたのが聴こえました。

「ぐうぅ・・・! あああぁぁッッ‼ 痛ぇ・・・痛ぇよぉ・・・ッ‼」

 右腕が千切れかけている方は、悲痛な叫びを上げ・・・足蹴にされてしまった方も、ガラムの爪が背中に深く刺さってしまい、流血が止まらずに悶絶されていました。

「オリバー‼ おいッ! 返事をしろッ‼」

 負傷者が続出し・・・一刻の猶予もないと判断されたのでしょう。

 中尉は、すぐ近くにいるはずの少尉に呼びかけられ──そして───

『──オリバー‼ おいッ! 返事をしろッ‼』

 その悲鳴混じりの声は、目の前の暗闇からこだましたのです。

 突然浮かび上がった・・・薄ぼんやりと光る黄色い目玉たちの、───

「くっそおおおおおおぉぉぉッッ‼」

 ・・・何故先程のガラムが、食欲よりも銃の無力化を優先したのか・・・

 おそらくは、オリバー少尉たちにのだと──理解してしまいました。

<ガアアァッ‼>
<ガアアアアッッ‼>
<ガアァァァッ‼>

 四方から響くカラスのような鳴き声に・・・もはや、逃げ場はないのだと悟りました。

 お姉さまは、無言で左手にサバイバルナイフを握られ、姿勢を低くして──

「キ・・・リュウ・・・少尉・・・・・・」

 そこで、地面に伏されたままだった警備課の方が、掠れた声でお姉さまを呼ばれました。

「隊・・・長を・・・頼み・・・ま・・・・・・」

 そして、歯を食い縛りながら・・・震える手を必死に動かして、閃光手榴弾に着火しようとファイヤースターターのマグネシウム塊を擦って──

「・・・えっ・・・?」

 火花が散って、導火線に燃え移った瞬間・・・フッ、と、その火が立ち消えたのです。

 ・・・その一瞬の光を、ガラムたちは見逃さず──

 振るわれた爪の一撃が、絶望の表情のまま・・・その首を斬り落としました。

「ふざけんじゃねぇぇぇぇえええええええッッ‼」

 仲間の無念に涙を流しながら、警備課の方は千切れかかった右腕を放り出し、M9を左手に持って発砲しますが・・・

 慣れない片腕での射撃では、易々と命中せず・・・マズルフラッシュに向かって、先頭に居たガラムが飛びかかって来ました。

 ・・・こうやって一人ずつ、嬲り殺しにされていくのだと・・・一度は立ち直った心が、再び根元から折れようとした、その時───

「──まだだッ‼ 目を瞑れッ‼」

 お姉さまは裂帛れっぱくの叫びと共に・・・地面に落ちたままだった手作り閃光手榴弾の缶を、直接撃ち抜かれたのです。

 弾丸の衝撃で、不発だったそれは本来の役割を果たし──

 ばら撒かれた発光する金属片は、私たちを取り囲んでいたガラムたちの目を灼きました。

「走れッッ‼」

 お姉さまはホールドオープンしたM9を放り投げると、私の手を引きながら走り出されました・・・

 が、私たちの後を追って来られたのは・・・ジャグジット中尉ただ一人──

 助けようとした警備課の方は、あと一歩間に合わず・・・ガラムの爪に胴体を袈裟斬りにされて、ぴくりとも動かなくなってしまっていたのです。

「クソッ・・・!」

 繋いだお姉さまの手に、痛いくらいの力が籠もって・・・助けられなかった悔しさが、私にまで伝わってくるようでした。

 そして、それからまた必死に走り続け・・・しかし、近づいているはずの出口はまだ見えず、あのお姉さまですら、息を切らし始めた頃──

 背後から、雨音よりも大きな・・・複数の足音が、迫って来たのです。

「追いつかれる・・・!」

 弾薬も体力も尽きかけた私たちが、ガラムの群れを相手取る事は不可能でした。

 洞窟は多少なり複雑な構造をしていましたから、横穴に逃げて潜むという選択肢も頭を過りましたが・・・そうしていたとしても、見つかるのは時間の問題だったでしょう。

 首筋の後ろに、死の予感が迫った──その瞬間、突然、中尉が足を止められたのです。

 そして、困惑する私たちに・・・力なく笑顔を向けられました。

「・・・・・・すまん。どうやらここまでのようだ」

「ッ⁉ 何を言って──」

 お姉さまが、ともすればお怒りになりながら、振り返ると──

 ライトに照らされた中尉の腹部は・・・赤黒く変色していました。

「さっき、傷口が開いちまってな。血を流し過ぎた。・・・行ってくれ」

「・・・! 馬鹿なことを言わないで下さい・・・ッ!」

 中尉は、全てを悟ったお顔をされていました。

 ですが・・・それでも、お姉さまは必死にお声をかけられたのです。

「助かる命なら・・・助けます‼」

 「自分が諦めた命を、彼女はまだ諦めていない」──あくまで私の推測ですが、中尉はお姉さまのその姿勢に・・・「希望」を、見たのだと思います。

「・・・それは俺の台詞だ。君らの命を、俺は助けたい」

 だからこそ、中尉は首を振り・・・・・・


「・・・キリュウ少尉、それに、ラムパールさん。・・・君らはこれから、もっとたくさんの命を助ける人間になる。だから俺は・・・君らの命を、ここで終わらせるわけにはいかない」


 そう仰ると、腰に提げたS&Wを、お姉さまに投げられたのです。

「弟に・・・バーグに渡してくれ。・・・・・・頼んだぞ‼」

 そして、突然の出来事に呆然とする私たちを置き去りに──

 中尉は持っていた手榴弾のピンを、2つまとめて抜かれたのです。

「隊長・・・ッ⁉ 何を───」

 お姉さまが止めるのも構わず・・・振り返った中尉は、迫り来るガラムたちに向かって、真っ直ぐに走り出されました。

 あっという間に、その背中は洞窟の暗がりの中に溶けて──

 そのすぐ後に・・・爆発の音と衝撃とが・・・私たちを襲いました。

「───グプタ中尉いいいいぃぃぃぃッッ‼」

 爆風から身を守るため、私をかばって地面に伏しながら・・・お姉さまは、中尉の名前を叫ばれていらっしゃいました。

 ・・・偶然ではありますが、爆発の衝撃で背後の岩壁が崩落し、それ以上の追撃はありませんでした。

 中尉はその身をもって・・・私たちの命を助けて下さったんです。

 そして、遣る瀬無い気持ちを抱えたまま、私たちはがむしゃらに走り続けて・・・

 数十分後・・・ようやく、洞窟の前で待機していた救助隊と合流する事が出来たのです──
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