恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十話「運命の宿敵 後編」

 第一章「獰猛なる紫の雷王‼ 恐怖の地上侵攻作戦‼」・②

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「・・・考えるのは後だな」

 今はとにかくこの場から離れようと、<ヘルハウンド>を回頭させる。

 エンジンをふかし、既に撤退を始めた<ファフニール>の背中を追いかけようとして──

『キリュウ様! お嬢様がどちらにおられるかご存知でしょうか!』

 <ドラゴネット>の運転手から、通信が入った。

 目を向ければ、2台の<ドラゴネット>は動く気配がなく・・・

 彼らは、サラが戻るのを待っているのだと判った。

「・・・サラは・・・・・・」

 思わず、息が詰まった。
 事実を伝えるだけの事が・・・こんなにも心苦しいとはな。

「・・・ルクシィ少尉と共に、先程の地揺れで発生した亀裂に滑落した。現状を鑑みると、即時の救出は困難だ。・・・今は、撤退しろ」

『そっ・・・! そんな・・・!』

『お、お嬢様を救けに行かせて下さいっ!』

 彼らは、当然のようにサラの救出を進言して来た。

 ・・・よもや、今まさにNo.005の群れが迫りつつある事を知らないわけではあるまい。

 あと数分この場に留まれば、あのトカゲどもに車両ごとバラバラにされると判っていてもなお、サラを救けに行きたいと・・・彼らはそう言ったのだ。

 ・・・・・・だが、だからこそ・・・私はその熱い忠誠心を、踏み躙らなければならない。

「却下だ! 指示には従ってもらうぞ!」

 彼らの覚悟は見上げたものだが──非戦闘員を置き去りにして、軍人が撤退するわけにはいかない。

 そして。ここに留まるという事は即ち、調査隊の全滅を意味するのだ。

 声を張って一喝し・・・そして、少しだけ、本音を伝える。

「・・・私だってサラの友人だ。必ず救出しに戻る。・・・だから・・・・・・」

『・・・・・・かしこまりました・・・今は・・・撤退します・・・』

 納得したわけではないだろう。だが、彼らは私の意思を汲んでくれたようだ。

 発進した<ドラゴネット>に続いて、こちらもアクセルを回す。

 そして、ぽつりと・・・遅れに遅れた謝罪の言葉が、口を衝いて出た。

「・・・テリオ。サラの事、すまない」

『問題ありません。──私は、マスターを信じております』

「・・・・・・そうか」

 最後に・・・後ろ髪を引かれるように、もう一度背後を振り返る。

 No.005の群れは、撤退を始めた我々を追い立てるようになおも迫り・・・そして、ヤツらの新たなボスであるNo.018レイガノンは・・・再び、獰猛な叫び声を上げた。

 すると、No.018の周囲にいたNo.005たちも呼応して鳴き始め──

 四方と天井で反響する多数の声は・・・どんどんと遠ざかりながらもなお、消える事なく響き続けていた。

 ──まるで、

「・・・No.018は・・・一体何をするつもりなんだ・・・・・・?」


       ※  ※  ※


「・・・! 見て下さいティータちゃん! チョコちゃんが一等賞ですっ!」

「あら本当ね。ふふふっ」

 応援していた茶色い犬がレースで一着を取り・・・クロは尻尾があったら間違いなく振っている程の喜びようで、TVの画面を指差した。

 無邪気な笑顔を向けられると、こっちまでつい笑顔になってしまうわね。

 あたたかな気持ちのまま、ティーカップを傾けて・・・あともう少し味わいたい、という所で空になってしまう。

 おかわりを頼もうと、ハヤトの精神域クオリアを探して──

「・・・あら? ハヤトったら、いつの間に出かけたのかしら」

 ふと、家の中のどこにもあの子が居ない事に気付いた。

 ──同時に、クロの背中がびくりと震えて、涙を浮かべながらこちらを振り返る。

「そっ、そんな・・・‼ ハヤトさんまで・・・っ⁉」

 ・・・しまった。

 無意識とは言え、いま口にしていい台詞ではなかったわね・・・

「落ち着いて、クロ。ちょっとコンビニにでも出かけてるだけよ、きっと」

「で、でも! カノンちゃんも・・・まだ帰って来てくれないですし・・・あうぅ・・・」

 まなじりに溜まった涙は今にも溢れ落ちそうで・・・

 私は堪らず立ち上がり、座ったまま動けなくなっていたクロの頭を、優しく抱いた。

「・・・ハヤトは、貴女をひとりにしないって約束してくれたんでしょう?」

「あぅ・・・。はっ、はい・・・」

「なら、大丈夫よ。あの子は約束を破ったりしないわ。絶対ここに帰ってくる。・・・それに、カノンの事も・・・ハヤトが何とかしてくれるんじゃないかって、そんな気がするの」

「ティータちゃん・・・! は、はい! 私もそう思いますっ! えへへ・・・」

 目を閉じたせいで、涙は溢れてしまったけれど──クロの顔には、笑顔が戻っていた。

 「ハヤトが高く買われると自分の事のように嬉しい」と、思考を視なくてもこの子がそう思っているのが伝わって来る。

 ・・・さて、落ち着いたところで、きちんと安心させてあげなくちゃ。

「それに、二人が何処にいるかなんてシルフィに聞けばすぐよ♪」 

「あっ! そ、そうですよね・・・。私・・・すぐ不安になっちゃって・・・」

「大丈夫よ。少しずつ成長していけばいいの。時間はたっぷりあるんだから、ね?」

 そう・・・この子には、一つずつ成長していって欲しい。

 願わくば、少しずつ自分の心と力をつり合わせていって欲しい。

 ・・・何かの拍子に、──

「はいっ!」

 返事と共に向けられた笑顔にどこかほっとしつつ・・・

 クロを早く安心させるためにも、シルフィに声をかける事にする。

「シルフィ、今どこにいるのかしら?」

 返事を待つ間、もう少し「視界」を広げて周囲をぐるりと観察してみるけれど・・・ハヤトもカノンも一向に視当たらない。

 嫌な予感を覚えるのと同時に、緊張感のない声が返ってくる。

『ん~? どうしたの~?』

「いえ。家の中から居なくなってたから気になったの。今どこに──」

『もしもし・・・ティータ、聴こえる?』

 言いかけて、ハヤトの声で名前を呼ばれる。

 場所を聞くだけのつもりだったけれど・・・張り詰めた声色から察するに、どうやらまた厄介事に巻き込まれてしまったようね・・・

「何かあったのかしら?」

『うん・・・実は、今カノンと一緒にいるんだけど・・・』

 カノンに聴こえないようにしているのか、ハヤトは小声で喋り始め──

「えっ・・・?」

 ──それとほぼ同時・・・突然、視界の端で──「波」が、

『・・・ティータ? 何かあったの?』

 いや、違う・・・これは、巨大な音の塊・・・⁉

「この・・・・・・「波」は──ッ⁉」

 地を踏み鳴らす無数の足音と、狂暴な意思の籠もった鳴き声が交叉して──

 数え切れない程の「敵意」が、せめぎ合いながらどんどん大きくなっていく・・・!

「地下から・・・・・・っ!」
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