恋するジャガーノート

まふゆとら

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第九話「運命の宿敵 前編」

 第一章「カノン暴走⁉ 寝台列車危機一髪‼」・⑤

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       ※  ※  ※


<────ラララララララ!>

 ・・・目の前がぼんやりしてんのに、あのカユくなる声だけはハッキリ聴こえやがる。

「足が・・・動かねぇ・・・!」

 チクショウ・・・またかよ・・・!

 あの日から向こう、眠る度にココだ! 何度見せやがれば気が済むんだッ‼

<ラララララッ!>

「まっ・・・! 待ちやがれッ‼」

 ・・・やっぱり、体はびくとも動かねぇ。

 死ぬほどムカつくのと・・・死ぬほど情けねぇのとで、頭ン中がぐちゃぐちゃになる。

「アタシが・・・! アタシ自身が───」

「──あの姿が、あなたの恐れの象徴・・・なのですね」

 イラつきが頂点に達する直前で・・・いつも、あのガキの声がする。

 茶色い肌に、黒い髪──それと、、変なガキだ。

「・・・アタシが、ヤツにビビってるってのか・・・!」

「それは、あなたしか知らない事です」

 凄んでみせても、まったく動じる気配がねぇ。

 ・・・それどころか、このガキはニコニコしながらどんどん近づいて来やがる。

「ですが、「空席を埋める者」と成り得るあなたが、特定の姿かたち相手では戦えない、というのであれば、これは由々しき事です。「敵」は、いつだって未知数の存在なのですから」

 コイツが一体何を言ってるのかはさっぱりだったが・・・ブキミなのは確かだった。

 何より・・・「アタシよりもアタシの事を知ってる」ってあのツラが、心底気に入らなかった。

「あなたが、あれを再び前にしたとして──次は、戦えますか?」

 ガキはそう言いながら、ぐんと顔を近づけて来る。

 ぎらりと光る青い目が迫って・・・退がりそうになった足を、無理やりに抑え込んだ。

「・・・ったりめぇだろ・・・! アタシは、ヤツをブチのめさなきゃならねぇんだ! 家族むれの皆を守るためにッ‼」

 されてんのにムカついて、アタシは思ったままの事を口に出す。

 ・・・・・・あぁ・・・チクショウ・・・そうだ・・・この後は・・・・・・

「それは・・・無理ですね」

 ガキが顔を離して・・・眉を下げる。

「んだと・・・? アタシが負けるってのか‼」

 ・・・・・・やめろ・・・・・・!

「そうではありません。ですが・・・あなたの目的を果たす事は、もう出来ないんです」

 ・・・・・・・・・やめろ・・・・・・ッッ‼

「それは・・・どういう──」

 やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッ‼


「あなたの家族は───とっくの昔に、死んでしまったのですから」



       ※  ※  ※


『──続いては昨日、世界中を震撼させたチベットでの事件についてです。那曲市街を襲ったジャガーノートを追うようにして現れた、もう一体のジャガーノート・・・このトリケラトプスのような個体については、先日カナダで起こった事件でも目撃証言が───』

 朝のニュースでは、昨日の事件にかこつけて、カノンについてありもしない推論が交わされていた。

 気分が悪くなって、そっとチャンネルを替える。

「・・・ごめんなさい。やっぱり最初から私が出て、あの怪獣を止めるべきだったわ」

「ティータちゃん・・・・・・」

 心底申し訳無さそうな表情で、向かいに座っているティータが目を伏せた。

 彼女の隣に座るクロも、どこか元気がないように見える。

「ティータが謝る事ないよ。・・・あの時、ティータが自分から出て行かなかったのは、きっと赤の力を使っても止められないかも知れなかったから・・・だよね?」

「・・・すっかりお見通しね。・・・正直、列車を止められたのも運が良かっただけ。オリカガミとの戦いの疲れもまだ回復してないし、ね。・・・昨日も少し危なかったし」

 ・・・ティータには、何かと負担をかけてばかりだ。本当に彼女には頭が上がらない。

 せめて、ジャガーノートがまたしばらく現れない期間が続いてくれれば・・・そう願ったところで、リビングのドアが開く音がする。

 ドアの向こう──廊下には、カノンがぽつねんと立っていた。

 昨日は戦いが終わった後、すぐに自室に籠もってしまったから心配してたんだけど・・・とりあえず、今こうして顔を見せてくれた事には少しホッとした。

「カノンちゃん・・・大丈夫ですか・・・?」

 クロは、少し控えめに話しかける。カノンの様子がどこかおかしい事に気付いているんだろう。

 対してカノンは返事をするでもなく、ぽつりと呟いた。

「・・・昨日の、どうなった」

 一瞬、リビングに静寂が訪れる。沈黙を破ったのは、一歩進み出たティータだった。

「人的被害はあの怪獣によるものだけみたいよ。貴女はよくやったわ」

 ・・・彼女は、嘘は吐いていない。

 ティータが止めてくれたお陰で、列車の乗客・乗員も大きなケガはなかったようだし、建物も軽度の損壊、火事も小火程度で済んだのだ。

 けれど、問題はそこではなく──

 「カノン自身が自分の行いをどう感じているか」だと、誰もが判っていながら・・・口には出せなかった。

「・・・・・・何も・・・出来ちゃいねぇよ・・・」

 一層深く眉をひそめたカノンは、そう吐き捨てた。

「そんな事ないです・・・! カノンちゃんがいたから、怪獣を倒せたんです!」

 目に見えて悄然としている彼女を元気づけようと、クロは声を張る。

「・・・・・・せぇ・・・」

「そうだよ・・・カノンのお陰で、助かった生命だってあるんだ」

「・・・・・・・・・るせぇ・・・!」

「だから・・・あんまり自分を──」

 「責めないであげてね」と、そう伝えたかったけど・・・


「どいつもこいつも──うるせぇんだよッッ‼」


 続く言葉は・・・カノンの悲痛な叫びに遮られた。

「・・・アタシに・・・・・・構うんじゃねぇッ‼」

 叫んだ声は・・・少し、震えていた。

 二つ縛りの髪を乱暴に振り乱しながら、カノンはリビングを突っ切って縁側へ──

 慌てて背中を追いかけると、既に彼女の姿は庭と道路とを仕切る柵にまで差し掛かっていた。

「カノンっ! 待っ・・・」

 縁側から庭に下りようとした所で、服の裾を掴まれる感覚があった。

「・・・お願い。今は、あの子をひとりにしてあげて」

 声の主は、ティータだった。

 思わず食い下がろうとして──彼女の・・・今にも泣き出しそうな顔に気付いてしまう。

 ティータは・・・去っていくカノンの思考に、いったい何をてしまったのか・・・

 何一つ判らないまま・・・立ち去る背中だけが、小さくなっていった。


       ※  ※  ※


「・・・そうですね。No.009レイガノンについては、本局でも随分意見が割れてるみたいです・・・」

 松戸少尉は声をひそめつつ、そう答えた。

「・・・やはり、そうか・・・」

 問いをした本人──マクスウェル中尉は、予想通りと言った口調ながら、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 本当に隠し事が下手な男だ。

No.013ザムルアトラ戦以降、No.011ティターニアNo.007ヴァニラスと同じく「人類に友好的な可能性あり」と推す人も居たようなんですが・・・昨日の一件、No.009による直接の死者はいなかったとは言え、バトルの余波で街がめちゃくちゃになっちゃいましたから・・・」

「・・・・・・しかもその姿が全世界に配信されてしまったとあれば、大手を振って人類の味方ですと言う訳にもいかない・・・か・・・」

 ・・・二人とも、私に気を遣って小声でやり取りをしているようだが・・・丸聴こえだ。

 正直、聴こえていないフリをする方が少し難しい。 

 ──チベットで発見された新種・No.015ナンバーフィフティーンは、中国神話に登場する怪物から名を取って、「タオユウ」という識別名称コードが与えられ──今さっき、その件についての情報共有を終えたばかりだった。

 ・・・しかし、中尉の関心は新種よりもその対戦相手の方にあったらしい。

「了解した。ありがとう。また何かあったら報せて欲しい」

「アイ・サー!」

 ・・・隊員同士の仲が良いのは大変結構なのだが・・・一介の局員に過ぎない松戸少尉が、なぜ本局上層部の意見対立の件を知っているのかについては、後日個人的にじっくり時間をかけて聞き出す必要がありそうだな。

「・・・柵山少尉。準備の方はどうだ?」

 ひとまず目の前の仕事に集中する事にして、特別任務に同行する少尉に声をかける。

「完了してます。いつでも出られますよ」

 前回──モンゴルに行った時は、一対一で話をするだけで随分と怖がられた記憶があったが、数ヶ月も経てば変わるものだ。

「そうか。後は、整備課からの連絡待ちだな・・・」

 と、独り言のつもりで呟いたら、竜ヶ谷少尉から情報が飛んでくる。

「あぁ、隊長。それでしたらさっき整備課のヤツが、荷物を積んだトラックが遅れてる・・・とか話してましたよ」

「ふむ・・・なら仕方ないな。教えてくれて助かる」

「お礼は弾んでくださいよ?」

「では、今のは聞かなかった事にしよう」

「ちぇっ、押し売り失敗か」

 少尉は肩をすくめて、悔しがるフリをした。もちろん、意地悪な笑顔のままで。

 ・・・全く。隙あればこれだ。

 怖がられる事が減ったのは喜ばしいが、態度がくだけ過ぎるのも考えものだな。

「あぁそれと、遅れてる荷物はラムパール社からの特別便・・・とか言ってましたぜ」

「・・・・・・なに?」

 このタイミングで・・・「ラムパール社」・・・だと・・・?

「まさか・・・の差し金か・・・!」

 情報発見から調査開始までの異常なスピード感、ラムパール社からの荷物・・・そして何よりこれから訪れる国・・・その全てが、これから待ち受ける者が誰であるかを物語っていた。

「事ここに至るまで気付かないとは・・・私も勘が鈍ったな・・・」

 思わず、深い溜息が漏れ出てしまう。

 ・・・・・・今回は・・・どっと疲れる任務になりそうだ・・・
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