恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第三章「克己」・④

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       ※  ※  ※


<ウゥ──ロォォ──・・・・・・>

 水色の光線が体表で弾け、不気味なうめき声が上がる。

 しかし、その巨体が歩みを止める様子はなかった。

 長い裾を引き摺るように身を捩りながら、眼前の<アルミラージ・タンク>を意にも介さず真っ直ぐに目的地へと向かっている。

「クソッ・・・! タフな野郎だな!」

 痛がる素振りも見せないコルプスに向かって、竜ヶ谷が吐き捨てる。

 足止めどころか時間稼ぎもまともに出来ていない現状に、焦燥感が募っていた。

「どうする・・・アレを使うか・・・?」

 座席右側に増設されたばかりのレバーを──唯一残された「切り札」を見やる。

 だが同時に・・・今までなら絶対に思いもしなかった不安が、彼の胸中に渦巻いていた。

 ──全力の一撃を、「外すかもしれない」という不安が。

「・・・・・・」

 コルプスに背を向けて、車体を前進──いや、後退させるユーリャはやはり、一言も喋る気配がない。

 普段の寡黙さとは違う、余裕の無さゆえの沈黙だと、竜ヶ谷は感じていた。

 自分の腕は、信用している。

 普段は軽口で隠していても、天賦てんぷの才におごる事なく積み重ね続けている研鑽が、自身の射撃技術を高水準で維持している自負があった。

 そして、そんな自分と同じくらい・・・いや、もしかしたらそれ以上に、竜ヶ谷はユーリャの腕を信用していたのだと、今更になって彼は気付いた。

 同時に──今の彼女に何をしてやるべきなのかも。

「・・・ユーリャ。お前一体・・・何にビビってんだ?」

「ッ! ・・・さっ、作戦中に──」

「いいから答えろッ! そうやってビクビクされてたんじゃ、勝てる戦いも勝てねぇ! 俺はお前の運転に・・・命預けてんだぞッ!」

「ッ・・・‼」

 竜ヶ谷の見つめる先・・・ユーリャの肩が、びくりと震えた。

 今のユーリャに怒鳴るのは酷だと自覚しながら──それでも手を止めずに運転を続ける彼女の姿を見て、竜ヶ谷はまだ賭ける価値があると踏んだ。

「何にビビってんだ! 言えよっ! ・・・俺と、お前は──」

<ウゥ──ロォォ──!>

 必死な叫びを遮ったのは、コルプスの鳴き声だった。

 そして、首元と思しき箇所から勢いよく黄色いガスが吹き出すと、そこから血の気のない真っ青な腕が一対躍り出る。

 その姿に竜ヶ谷は、矢野に見せられた「おりかがみ」の絵を思い出していた。

 やはり、コルプスはオリカガミの「体」だったのだと、彼は確信する。

 腕──というより先端に手の付いた触手のようなそれは、空中でのたうちながら前方へと伸びていき、コルプスの進行方向にあった木々をまとめて薙ぎ倒した。

「・・・!」

 ユーリャの脳裏に昨夜の失敗が過り、一瞬、体が硬直する。

 その直後、<アルミラージ・タンク>に向かって、次々に樹木が倒れて来て───

「止まんなッ‼ 走り続けろッ‼」

「・・・ッ!」

 耳に届いた叫びに・・・ブレーキペダルにかけようとした足が、止まった。

 同時に、彼女の後ろで竜ヶ谷は素早くレバーを操作し、<アルミラージ・タンク>の砲身を倒して車高を低くする。

 ユーリャもまた、外から聴こえた駆動音で彼の意図を察し、アクセルペダルを目一杯踏み込んだ。

「・・・そう来なくちゃなっ!」

 無意識に、竜ヶ谷の口角は上がっていた。

 グンと加速したダークグレイの車体は──倒れて積み重なる木々を背に、脱出に成功する。

「っとぉ! ・・・間一髪だったな!」

 竜ヶ谷は再び砲身を起こすと、後方のコルプスに向かってメイザー光線を発射し始める。

 そして──その様子を背中で感じながら、ユーリャが消え入りそうな声で呟いた。

「・・・・・・ど、どうして・・・」

「あん?」

「・・・・・・どうして・・・ブレーキ踏もうとしたの・・・判ったの・・・?」

「・・・そんぐらい、判るさ。・・・何年一緒にやってると思ってんだよ」

 それは、気を遣った訳でも、見栄を張った訳でもない・・・竜ヶ谷の本心からの言葉だった。

 ──だから、だろうか。ユーリャにも、その言葉がしっかりと届いたのは。

「・・・・・・そう・・・ね・・・」

 ユーリャのハンドルを握る手に、力が入る。

 ・・・しかしまだ、彼女が完全に立ち直ったわけではない事を、竜ヶ谷は見抜いていた。 

 状況を打開するためには、ユーリャといつも通りの連携を取る必要がある・・・が、しかし、残り時間は、既に5分を切っていた。

 彼女がほんの少しでも心を開いてくれる事に期待しながら、竜ヶ谷が話しかけようとした、まさにその瞬間───

『───竜──尉! ───竜ヶ谷少尉っ! 聴こえますかっ!』

 通じないはずの無線から──石見の声が飛び込んできた。


       ※  ※  ※


<ハァ・・・ッ! ハァ・・・ッ! やっぱり直接攻撃は・・・効かないみたいね・・・っ!>

 赤の力を纏わせた翼による切断攻撃も、瞬時に再生されて徒労に終わった。

 野登洲湖は、既に目と鼻の先──背後へ目をやれば、向こうもあまり時間稼ぎは出来ていない事が判ってしまう。

 ・・・今からでも、出来る限りの人間を連れて逃げるべき──?

 そんな後ろ向きな考えが、じわじわと思考を蝕む。

 ・・・けれど、爆発の規模が一体どれほどのものになるか判らない以上、見捨てなければならない命も当然出てしまう。

 だからこそ──その選択は絶対にできない。

<そんな事したら・・・ハヤトに顔向けできないじゃない・・・っ!>

 ・・・自然に出てきた言葉に、自分で少し笑ってしまう。

 「宇宙の宝石」「伝説の不死蝶」と謳われる私とは思えない台詞・・・でも、不思議と嫌な気持ちはしない。

 これが今の私の・・・本心って事なんだもの。

 そんな感慨深い気持ちを踏みにじるように、カプトの額から薄紅色の光が放たれる。

<この私に・・・同じ手が通じるとは思わない事ねっ!>

 撃ってくると判っていれば、対策も出来る。

 発射された光線を、赤の力で捉え──捻じ曲げ──跳ね返す!

 私に向かって一直線に進むはずだった光条は、直撃の寸前で円を描くようにぐるりと反転し、発光源へと返っていった。

<・・・! ララララララッ!>

 そこで初めて───カプトが、

 銀の体はおのずから形を変え、自分で放った光線を躱し、すぐに元のカタチへと戻る。

 「攻撃を避けた」──たったそれだけの事だったけれど、強烈な違和感を・・・状況を打開出来る可能性を・・・たった今、感じた・・・!

<今まで攻撃を避けようとする素振りすらなかったアレが、何故急に──?>

 自分で放ったエネルギーを吸収できない?

 ・・・その可能性はあり得るけれど、あくまで光線は指向性を持ったただの波であって、それで崩れた体は今まで通り再生すればいいだけのはず・・・問題はそこにはない気がする。

<理由は判らないけれど・・・現状、唯一有効な手段ね>

 光線攻撃を誘おうと、あえて眼前へ立ち塞がる・・・けれど、相手もそう馬鹿ではないらしい。

<ララッ! ララララッラララララッッ!>

 薄紅色の光は、額から発し・・・銀の体をつたい流れて・・・クロの恐れる大きな「眼」の真下、強いて形容するなら「口元」とでも言うべき場所に集まっていく。

<なっ・・・‼>

 その形状は──紛れもなく、クロの・・・ヴァニラスの「手」のカタチをしていた。

<・・・どこまで・・・ッ! どこまで私を怒らせれば気が済むのよッッ‼>

 クロが「ライジングフィスト」を使うようになったきっかけを・・・以前、本人から聞かされた事がある。

 あの子が戦う事を決めた日に、生み出した技だと。

 そして私は・・・その時に視たあの子の覚悟を、決意を・・・覚えている。

<それは──偽物が使っていい技じゃないっ! ハヤトとクロのものなのよっ‼>

 怒りで沸騰しかけている頭を理性でどうにか抑えながら──銀の「手」を赤の力で握り潰す。

 ひしゃげた銀色から、薄紅色のエネルギーが弾け、その体を削り取る・・・けれど、今度は避ける素振りを見せない。

 少しの間を置いて、飛び散った雫は本体へと戻り再生する。

 ・・・やっぱり、エネルギー自体は問題じゃない・・・

<アレを倒すには、一体どうすれば・・・ッ! クッ・・・!>

 そこで、右瞳にじくりと鋭い痛みが走る。赤の力を・・・使い過ぎた・・・!

 一度の戦いでここまで力を使ってしまうなんて・・・我ながら迂闊だったわ。

<けど・・・力をセーブする余裕なんてない・・・!>

 何かあと一歩でもいい──状況を打開するためのヒントがあれば・・・!

 僅かな変化も見逃すまいと、カプトを睨みつけていると──突然、視界に真っ赤な「煙」が割り込んで来た。

<何っ⁉>

 煙の尾は地上へと続いている。目を向ければ、そこには落合の姿があった。

 どうしてこんな危険な所に!

 ・・・そう思ったのも束の間、彼の持つ機械から発せられたのは──ここから離れた所にいるはずの、矢野の声だった。

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