恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第一章「銀色」・③

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       ※  ※  ※


「総員集合!」

 アカネが自室でクローゼットとにらめっこを始めた頃、司令室にはマクスウェルの号令が響き渡っていた。 

「知っての通り、キリュウ隊長は明日の正午まで非番だ! ・・・と言っても、緊急の際にはすぐに戻って頂かなければならないが・・・せめてッ! せめて小事であれば我々だけで解決出来るよう、万全の備えをしておくぞッ‼」

 要約すれば「休みの隊長に迷惑かけないように」と言うだけの話なのだが、ただでさえ日頃苦労ばかりのアカネに、今度こそ休日を満喫して欲しいという強い気持ちが、マクスウェルの語気に熱をこもらせていた。

「副隊長~それフラグってやつ?」

 そしてそんな熱気に、竜ヶ谷が容赦なく冷水を浴びせかける。

「止さないかッ! 本人も気にしておいでなんだぞッ‼」

「これだけジャガーノートが出現してる地域で機動課の隊長してるだけでも大変なのに、今まで休日全潰れですもんね。・・・やっぱり隊長、何か憑いてるんじゃ・・・?」

 言いながら、松戸がハッと気付いた素振りで口を手で隠した。

 ちなみに彼女のもう片方の手はせわしなくキーボードを叩き、アカネから言付かった仕事をこなしている。

「そんな非科学的な・・・って本当は言いたいけど、うちの隊長、良くも悪くも 間違いなくからね・・・あいたたた・・・」

 マクスウェルと同様に包帯が巻かれた頭を抑えつつ、柵山はデータの整理を進めていた。

 彼はアカネからNo.014の体組織に関する解析を任されていたが、回収出来たサンプルが少量であったため、現地に赴いている研究課員からの報告を待っているのである。

 本来なら彼も出ているはずだったが、大事を取って待機を命ぜられていた。

「んじゃ、俺は休日が潰れる方に賭けるぜ」

「タツガヤ少尉ッ! 貴様というやつは・・・!」

 褐色の拳が強く握られたのを見て、竜ヶ谷は掌を前に出してなだめようとする。

「まぁまぁ~! 隊長は見えない所でやる分には判った上で許してくれるタイプでしょ! なぁおいユーリャ! お前はどっちに賭け──」

「・・・・・・」

 話の流れで、いつものようにユーリャを巻き込もうとする竜ヶ谷だったが・・・

 当のユーリャは返事をする事も、竜ヶ谷に目を向ける事もしなかった。

「お~い。どしたお前? 運転ミスった時に頭でもぶったか?」

 「運転ミス」という単語が聴こえた瞬間、ユーリャの肩がわずかに震えたが、それに気づいた者はその場に居なかった。

「・・・・・・何でも、ない。私は遠慮する」

「・・・へぇへぇ、そうかよ」

 竜ヶ谷は、ユーリャの返しに軽い違和感を覚えながらも、一歩退く事を選んだ。

 昨夜の段階で既に二人はまとめてアカネから説教を食らい、怪我をさせてしまった二人にも頭を下げ、何となく喧嘩両成敗と言った雰囲気が流れていたはずだった。

 ──しかし、お互いに直接謝罪をしたわけではない。

 自分から折れてやるべきか・・・そう考えながらも、素直に「俺も悪かった」と告げる自分が想像出来ず、竜ヶ谷はそのまま二の句を継げる機会を失った。

「賭けは不成立のようだな。代わりに、楽しいお仕事の時間だ」

 書類に目を通し終わったマクスウェルは、アカネからの申し送り事項を皆に伝えていく。

「マツド少尉は例の施設から飛び去ったというヘリの行方の追跡、サクヤマ少尉は摂取したNo.014のサンプルの解析・・・まぁ、二人は既に取りかかっているな」

 松戸と柵山の様子を窺ってから、マクスウェルは竜ヶ谷とユーリャの方に向き直る。

「最後に、タツガヤ、ユーリャ両名は再度現場へ行って警戒任務に当たれ!」

「あれ? そっちは研究課と警備課が行ってるんじゃ?」

「隊長のお考えだ。ここで待機しているよりも何か起こるとすれば現地、という事だろう」

「なるほど。隊長のカンね。・・・怖いほど当たるんだよなァ・・・」

 竜ヶ谷は「気の毒に、自分の才能で自分の首絞めてるよな」と言いかけて飲み込んだ。

「それと、万が一に備えて現場には<アルミラージ・タンク>で向かえとの事だ」

「げェ~・・・あの小っ恥ずかしい戦車で公道走んのかよ・・・」

「つべこべ言わずに行ってこい! 出発は◯九◯◯! 2、3時間もあれば着くだろう」

「アイ・サー・・・」

 昨夜は輸送機での現着だったために出動から1時間もかからなかった事を思い出しつつ、竜ヶ谷は溜息をきながらのろのろと立ち上がった。

「んじゃ朝飯食った後でな、ユーリャ」

「・・・・・・了解」

 やはりどこか上の空なユーリャの様子に、竜ヶ谷は退屈なドライブになる事を確信し、今一度大きな溜息を吐いた。

 
       ※  ※  ※


「いきますよ! せーのっ!」

「ン~~~~っ! オ~ララ!」

 声をかけながら、宏昌ひろまさが勢いよく背中のファスナーを上げる。

 体にきつくフィットするスーツの感覚に、思わずエミリーさんが声を漏らした。

「リーダーもいくぜー? せぇーのっ!」

 こちらも、伸昌のぶまさにファスナーを上げてもらう。

 今日は気温も湿度も高く、おまけに此処は野外。マスクはまだ被らずに小脇に抱えておく。

「ヤッパリ今日はアッツイデース・・・ナンダカモウ・・・ムラム・・・」

「「ムレムレ‼」」

「ムレムレシマース!」

「あはは・・・出来たらもう間違えないでねエミリーさん・・・」

 いつもより倉木兄弟のツッコミが素早かった事に安堵しながら、周囲に目を向ける。

 仮設テントの白い天幕の下 ──視界を埋め尽くすのは、様々なヒーローやゆるキャラの着ぐるみ。

 外から見えないこの空間は、僕らと同じく、炎天下の中で様々な姿に変身する人たちと、それを手伝う人たちとでごった返していた。

 ステージの開場まではあと30分。各所で、掛け声やら怒号やらが飛び交っている。

「あ、あぐ・・・あがががが・・・ががっががががが・・・・・・」

 そんな光景の中に──壊れた人形のように小刻みに震えている山田さんの姿があった。

「やっ、山田さん! リラックスリラックス!」

 出来る限り優しく肩に触れて、よしよしとさする。

 ちなみに、2時間前に行われたリハの時からご覧の調子だ。

 おそらく、今夜イベント後に予定しているバーベキューではいの一番に疲れて寝てしまうだろう。・・・まぁ、いつもの事と言ってしまえばそれまでなんだけど・・・

「でっ! でぼぉ・・・きょおはらいじゅまんだげじゃないじぃ・・・ど、どぼじよぼぉ‼」

 イマイチ日本語に聴こえないけど・・・言っている事は何となく判った。

 ──そう、自分の書いた脚本が初めて本番を迎える度に、生まれたての子鹿のようなリアクションを見せる山田さんでも、今回は輪をかけて緊張するだけの理由がある。

 今日は、いつもの「すかドリ」のショーではない。

 ここ千葉で毎年夏に催される、全国のローカルヒーローとゆるキャラが一同に介する祭典──「ローカルヒーローフェス」で行われる、総勢20ものキャラクターが出演する特別なショーなのだ。

 そして、そんな栄えあるショーの脚本を担当したのが──我らが山田さんなのである。

 つまり、彼女の緊張もいつもの20倍・・・いや、見た所それ以上っぽいかな・・・

「ライズマンさん! 改めて今日はよろしくお願いします!」

 そんな山田さんの胸中を察しつつ背中をさすっていると、白とピンクの装甲に身を包んだヒーローに声をかけられる。

 今日のショーに一緒に出演する、「サクラマスク」さんだ。

 全国の桜の名所を紹介する使命を帯びたヒーローで、SNSを中心に活動しており、認知度も高い。

「サクラマスクさん! さっきはリハ前でバタバタしちゃっててすみません! こちらこそよろしくお願いします!」

 背中にマントを着用している途中のエミリーさんと並んで挨拶する。

「先日は桜餅送っていただいてありがとうございました! 美味しかったです!」

「いやいや! こちらこそカレーセット頂いちゃって! ありがとうございます!」

 サクラマスクさんとは去年のグリーティングで隣のスペースだったのもあって、その後も色々懇意にさせてもらっている。

 二、三世間話を交わした後、サクラマスクさんの背中を見送った。

「──いやぁ~毎年の事だけど、ヒーロー同士がぺこぺこ頭下げてる図って面白いね~」

 そこで、サクラマスクさんとバトンタッチするように中年の男性がひょっこりと現れた。

 今回のイベントのプロデューサー・加藤さんだ。

「加藤さん! 改めて今日はよろし──」

 頭を下げようとしたところで、いいからいいからと手で制される。

「さっきのリハもバッチリだったし、今日は期待してるよ! 初日のステージのメインって事でプレッシャーもあるだろうけど、君らならしっかりこなせるって信じてるから!」

「「「「ありがとうございます!」」」」
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