恋するジャガーノート

まふゆとら

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第八話「記憶の淵に潜むもの」

 第一章「銀色」・①

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◆第一章「銀色」


 ピンポーン、とチャイムの音が聴こえ、慌てて玄関へ走る。

 ドアを開けると、にっこり笑顔のみーちゃんがいた。

「おっはよーハヤ兄ぃ!」

「おはよう! ごめんね・・・実はまだ準備出来てなくて・・・」

「へーきへーき! 余裕もって昨日のうちに積み込み済ませてたんだし!」

 不甲斐ないリーダーを責める事もせず、みーちゃんは笑顔のままだ。

「でももうハヤ兄ぃ以外は全員揃ってるから、駆け足! だよ!」

「あはは・・・お待たせしちゃってスミマセン・・・」

 現在、朝の5時。

 普段ならまだ寝てる時間とは言え、今朝は4時にはもう起きていた。

 ・・・・・・起きてはいたんだけど・・・

「あっ! そういえばチャイム鳴らしちゃってゴメン! クロさんまだ寝てるよね?」

「大丈夫! もう起きてるから! ・・・あっ」

 ・・・言い終わった直後、「しまった」と感じた時にはもう遅かった。

「そうなんだ! じゃあハヤ兄ぃの準備が終わるまでクロさんと喋りたいな!」

 ですよね~・・・・・・みーちゃんならそう言いますよね~・・・・・・

「えっとぉ・・・今はその・・・た、タイミング的なアレが悪いというか・・・」

 しどろもどろになりつつ、何とかこの場を乗り切る言い訳を絞り出さなければ! と既に赤信号が灯っている脳みそを回転させようとして───

「オイ! メシまだかよ! ハラへったぞ‼」

 ・・・この時間になっても準備が出来ていないが、おかわりの催促をしてきた。

 「今日は一日家を開けるね」と元から皆に説明してたんだけど・・・

 カノンがいつもよりお腹を空かせていたせいで、一日分と想定していた作り置きを瞬く間に食べ尽くしてしまったのは完全に誤算だった。

「・・・? 今の声・・・クロさんじゃないよね・・・?」

 そして──カノンとティータの事は、まだ皆に紹介出来ていない。

 当然、みーちゃんは首を傾げる。脳内はパニック状態だ。

「カノン・・・ちゃん・・・! ダメ・・・ですよぉ・・・!」

 言い訳を絞り出そうとした瞬間、クロの引き止めるような声が聴こえてきた。

 空腹のあまり、直接僕に詰め寄りに来るらしい。まずい。非常にまずい。

「し、シルフィ! カノンを擬装態に出来ない⁉」

 最低限見た目だけでも人間に近ければ誤魔化せるかも! と淡い期待を込めて小声で叫ぶが、視界の外から飛んできたシルフィは肩をすくめる。

『う~ん難しいかなぁ。前にも言ったけど、擬装態は負荷が大きいから、カノンがストレスに耐えられない可能性が高そうなんだよね~』

 ・・・そうだった。クロが初めて擬装態になった時にそう言われたのを思い出した。

 カノンが負荷に耐えられず、我が家のど真ん中で巨大化すれば・・・みーちゃんもただでは済まないだろう。

 かと言って、いつの間にか自宅に別の女の子が増えていた理由を鮮やかにでっち上げられるほど、僕の話術は巧みではない。

『・・・ん? ・・・あぁ、なるほど。りょーかい。そういう事なら──』

 迫るタイムリミットに全身から冷や汗を噴き出していると、シルフィがひとりで何かを呟いていた。

 ・・・というより、今の口ぶりは・・・誰かと会話していた?

「オイ! 聞こえてねーのか!」

 そしていよいよ、カノンがリビングから出てきてしまった。

 振り向けば、彼女を止めようと必死に縋り付くクロをぶら下げながら、ズンズンと僕の方へ近づいてくるではないか。

 もう一度振り返ってみーちゃんの顔を見る勇気が僕にはない。

「え、えっと・・・そちらの方は・・・?」

 みーちゃんが気まずそうに尋ねてくる。・・・もはや、万策尽きた。

 観念して「懲りずに住所不定身元不明の女の子を拾ってきました」と、非難轟々であろう説明で押し通すしかない・・・!

 そんな悲壮な覚悟を決めた、その時───

「──なによ、ハヤト。友達が来てるなら紹介してくれてもいいじゃない」

 廊下の奥から、僕を呼ぶ声がした。

「あァん? ンだよハネム──うごぉっ⁉」

 振り返ろうとしたカノンは、喋っている途中で急にすっ転び、顔面を強打する。

 ──転ぶ寸前、足元で赤い光が瞬くのが見えた。

 つまり、今のをやったのは・・・・・・

「はじめまして。私はティータ。よろしくね」





「ティー・・・えっ⁉」

 カノンに続いてティータまで⁉ 翼はどうやって言い訳したら⁉ とパニックになりながら視線を向けると──

 そこには、翼も触角もない、フリルをふんだんにあしらった服に身を包んだティータがいた。

 二色の翼の代わりに、大きなリボンを頭の上と腰の後ろに付けている。

『急に「擬装態にして」って言われたからびっくりしたよ~』

 な、なるほど・・・さっきのシルフィの独り言はそういう事だったのか・・・。

「貴女が「みーちゃん」ね。話はハヤトから聞いてるわ」

 ・・・思い返してみても、みーちゃんの事を話した記憶はない。

 おそらく、僕がさっき口にしたのをていたんだろう。

「誰この娘⁉ かわいい~‼ ・・・って、あ、ごめんごめん! よろしくね!」

「えぇ。こちらこそ、よろしくね」

 ティータはバレエダンサーのようにスカートの裾を摘み、優雅に膝を曲げて挨拶する。

「わっ・・・お上品・・・! 見た目もお人形さんみたいだし・・・」

「ふふっ♪ よく言われるわ♪」

 彼女の持つ独特の雰囲気に、みーちゃんも早速魅了されているみたいだ。

「・・・そうそう。聞こえてしまったのだけど、ハヤトを責めないであげて欲しいの」

 挨拶も済んだところでティータが眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をする。

「「すかドリ」の仕事が忙しい時に、ちょうど私たちがホームステイに来てしまって、ずっと慌ただしかったのよ」

 ・・・なんだか僕の知らないところで着実に話が組み上がっていってるけど、いま口を挟んでも自分に何の得もない事はわかる。ここは沈黙こそ金だ。うん。

「ホームステイ・・・?」

「そうそう。両親とハヤトのお父さんが古い知り合いでね。ほら・・・エミリーさん・・・だったかしら? その子も一時期この家に住んでいたって聞いたし、同じようなものね」

 おそらく、「ホームステイ」という単語を聴いたみーちゃんは、エミリーさんの事を思い浮かべたんだろう。

 そしてティータは、それを瞬時に読み取って会話の中に織り交ぜたんだ。

「そうだったんだ~! もう! そうならそうと早く言ってよハヤ兄ぃ!」

「あ、あはは・・・ご、ごめんね・・・あはははは・・・」

 もはや今の僕に出来るのは、乾いた笑いを上げる事だけだった。

 と、そこで、ゴロゴロ・・・と雷鳴のような音が轟く。

「・・・ハラ・・・へった・・・・・・」

 さっき食べたばっかでしょぉっ⁉ と叫びたい気持ちを抑えつけるが、もう遅い。

 完全に逸らしたと思っていたみーちゃんの意識が、再びカノンに向いてしまう。

「・・・・・・ちなみになんだけど・・・そちらの方は・・・?」

 咄嗟に言葉が出てこない僕に代わって、ティータが淀みなく質問に答える。

「あぁ。アレは私の姉でカノンよ。ひと目見て判ると思うけど、残念な人なの」

 事情を知っている僕からすると強引極まりない設定だけど、はっきりと言い切る姿勢にみーちゃんも「そうだったんだ~!」と返すしかない。

「ご覧の通り露出多めのコスプレ好きで、おまけに日本語はヤンキー漫画仕込みだから口も悪いのよ。頭の方は最初から悪いのだけど」

 カノンがダウン中なのをいい事に、好き勝手にプロフィールを作り上げていく。さりげなく外国人設定にしてるし。

 ・・・僕としては、後が怖くてたまらない。

「ちなみに、さっきから気になってるみたいだから断っておくけれど、私もカノンもこの髪はさすがに地毛じゃないわよ?」

「あ、見てたのバレちゃった?」

 ティータはとても嘘をついているとは思えない態度で、みーちゃんが感じていたであろう違和感を次々に解消していく。

 生物の思考が視える力を今ほど心強いと思った事はない。

「っと、引き止めてしまったわね。今日は出かける用事があるんでしょう?」

「・・・っ! そっ、そうなんだよ~! というわけで僕もすぐ用意するから!」

 目配せしてくれたティータの意図を汲んで話に乗り、カノンの体を抱き起こす。

 ライズマンチーム随一のコミュ力を誇るみーちゃんの事だ。この「立て込んでますよ感」を前にすれば、自ずと──

「りょーかい! それじゃあ私たちは車で待ってる事にするね!」

 予想通り・・・いや、期待通りに、彼女は一歩退いてくれる。

「邪魔しちゃってゴメンね! クロさん! また今度!」

 挨拶するタイミングのなかったクロにしっかりと手を振ってから、みーちゃんは玄関を後にする。

 クロはやや緊張しつつも、笑顔で手を振り返した。

 みーちゃんの背中をしばし見つめてから・・・ようやく、胸を撫で下ろす事が出来た。
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