恋するジャガーノート

まふゆとら

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第七話「狙われた翼 後編」

 第二章「共闘」・②

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『インドネシア支局より全支局への緊急伝達‼ 現地時間20時34分、サイクラーノ島にNo.013ザムルアトラが出現! 繰り返します! サイクラーノ島にNo.013が出現した模様‼』

 スピーカーから松戸少尉の声が響いて、<モビィ・ディックⅡ>の司令室内に緊張が走る。

 「思ったより早かったな」というのが、最初に抱いた感想だったが・・・

 島の名前を聞いて、ふと疑問符が浮かんだ。

「サイクラーノ島というと・・・No.012オラティオンが出現したあそこか・・・?」

 出現した後の顛末を考えれば、No.011ティターニアの手がかりを得るためにが訪れるのはおかしな話ではないが・・・何か引っかかる。

「松戸少尉。インドネシア支局ではどのような対応を?」

『そ、それが・・・No.013の高エネルギー反応が探知されて以降、続報がなく・・・お、おそらく現場が混乱しているのではないかと・・・』

「・・・そうか」

 3年前にNo.005と遭遇した同じ部隊の者たち、初めて此処に来た日の夜のキャンベル少佐、先日マクスウェル中尉が共に行動したというカナダ支局の隊員・・・・・・

 辛い訓練をくぐり抜けてきた選りすぐりの戦士たちでも、いざジャガーノートを前にして立ち向かう意思を奮い起こすのは難しい。

「スンマセン! 遅れました!」

「申し訳ありません! すぐ配置につきます!」

 と、そこで、仮眠を取っていた竜ヶ谷少尉と柵山少尉が司令室に駆け込んでくる。

「・・・・・・遅い」

「これでも急いできたんだっつーの!」

 ユーリャ少尉が無表情のまま竜ヶ谷少尉に小言を言い、彼もまた悪態をつきながら応える。

「・・・ん? サクヤマ少尉、少し隈が目立つぞ?」

「じ、実は少しだけナノマシンについて調べてまして・・・申し訳ありません・・・」

 部下をしっかりと見ているマクスウェル中尉を前に、柵山少尉はばつが悪そうだ。

 しかし皆、いつも通りの空気感のまま、手元だけは忙しなく動いている。

 ・・・改めて、良いチームに出会えたと思う。

 貧乏くじばかり引いてきた自覚のある人生だが、彼らとの出会いだけは感謝しなければなるまい。

「ドック内の水量は50%を維持! 我々の出番が来る事も有り得る! しっかり備えろ‼」

「「「「アイ・マム‼」」」」

 揃った返事を聞きながら、コンソールを注視するが・・・やはりインドネシア支局からの続報はない様子だ。

 地理的には、西オーストラリア支局と連携を取る事になるはずだが・・・

 隊員たちも各々の準備を済ませ、司令室を一時の静けさが支配する。

『・・・インドネシア支局の回線、依然沈黙を守っています』

 焦れったい思いが募るが、普段極東支局からの報せを受けている中国支局もこんな気持ちなのだろう。

 この部隊、実戦経験は多い代わりに「待つ」事に関して素人なのかも知れないな。

『・・・ッ‼ つ、通信入りまし───え・・・っ?』

 そして、松戸少尉が絶句したのが聴こえて・・・その場にいた全員が息を呑んだ。

『な、No.013が・・・No.012を体の一部として取り込んで、サイクラーノ島を飛び立ったとの事です‼ い、いまインドネシア支局からの画像を回します‼』

 報告を聞いただけだとワケがわからない状況だったが・・・撮影された画像を見て、瞬時に理解した。

 No.012の両腕には鋏が突き刺さり、頭には2つに割れたNo.013の顔が仮面のように装着され、背中にはムカデに似た長い首が醜悪な装甲として張り付いている。

 文字通り、No.012はNo.013に

「これはひどい・・・・・・」

 中尉が真っ先に渋面を作った。

 No.012は、子を奪われて暴れていただけで、普段は大人しく争いを好まない、初の温厚なジャガーノートなのではないかと噂されていた。

 優しい中尉にこの様は堪えただろう。

「松戸少尉! ヤツはどこへ向かっている?」

『今調べています! その後の海上観測機の反応からして・・・目的地は・・・・・・ッ⁉』

 一瞬の沈黙の後──松戸少尉が、震える声で告げた。

『こ、此処です・・・横須賀基地の可能性が高いかと・・・思われます・・・・・・』

 ・・・ どうやら、また貧乏くじを引いてしまったようだな。

「総員傾注ッ‼」

 恐怖が伝染する前に、声を張り上げる。

 四名の隊員たちは一斉に立ち上がり、姿勢を正してこちらを向いた。

「No.013の目的は、間違いなくNo.011だ! ヤツはおそらくNo.011がNo.012を助けた事をどこかで知ったのだろう・・・ついでに、空母を襲った時に人を救けるところも見ている」

 私が言いたい事を、先に察してくれたのだろう。全員の顔がこわばった。

「ヤツはNo.012と、我々人類・・・、No.011を引きずり出すつもりだと私は考えている。・・・皆はどうだ?」

 反論はなく、頷きだけがあった。間近であれと戦ったからこそ、確信できる。

 No.013は──その程度の事は、造作もなくやってのけるだろうと。

「松戸少尉! 到達までの予測時間は!」

『あ、あと300秒です!』

 ・・・もはや、水際での迎撃は難しいだろう。

 もう少し報告が早ければ何とかなったのかも知れないが、今更それを悔いてもしょうがない。

「状況に多角的に対処すべく、隊を3つに分ける! マクスウェル中尉と柵山少尉はこのまま艦内に残り簡易マニュアルで発進、即座に浮上し待機! 竜ヶ谷少尉とユーリャ少尉は第三格納庫へ向かい<アルミラージ>で出撃! 私は<ヘルハウンド>で出る! かかれ‼」

「「「「アイ・マムッ‼」」」」

 タイムリミットは残り少ない。

 竜ヶ谷少尉とユーリャ少尉の後を追うように司令室を後にしながら、松戸少尉へ話しかける。

「少尉! 避難誘導の指示は‼」

『警備課に伝達済みです! 近隣住民への緊急警報も既に! 在日米軍と自衛隊にも事態を通達、協力を要請しています!』

 ・・・聞くまでもなかったか。さすがの対応だ。

 貨物庫へ向かう道すがら、瞬時に組み立てた作戦を腕の端末へ伝える。

「今回は民間人の避難が最優先だ! No.013が射程に入り次第<モビィ・ディックⅡ>は攻撃を開始! ヤツを引きつけて「フットボール競技場」へ誘い出す! <アルミラージ>もそこで落ち合うぞ!」

『『『『アイ・マムッ!』』』』

 目的地に指定したフットボール競技場は、ちょうどこの潜水艦ドックの真上だ。

 先日No.011に散々おちょくられたあそこで、次はNo.013と戦う事になるとは・・・・・・

「テリオッ! 準備はいいな!」

『勿論です、マスター。話しかけてくださるのを忠犬のように待っていました』

 右耳から生意気な返事が聴こえるのとほぼ同時に、貨物庫の扉を開く。

 万が一陸上戦になった場合を想定して、<ヘルハウンド>をNo.008ガラムキング撃滅時と同じ「フルアームド」装備に換装しておいたのは正解だったな。

 ゴテゴテとしたダークグレイの車体に跨ってエンジンを蒸し、即座に走り出す。

 貨物庫の搬入扉を橋にして、艦の外へ。そのまま第四垂直昇降門に向かう。

「今外へ出た! 中尉! 発進しろ!」

『アイ・マムッ! 注水開始‼』

 背後から、今しがた渡った扉の閉まる音がして、次いで、勢いよく海水を取り込む轟音が聞こえてくる。

 すると、時を同じくしてユーリャ少尉からも通信が入った。

『・・・隊長、乗車確認。これより目標地点へ向かいます』

「了解だ。以降、<モビィ・ディックⅡ>班をハウンド2、<アルミラージ>班をハウンド3とする! 私はハウンド1だ! チャンネルは常にオープンにして情報を共有! ヤツが来るまであと120秒! 気を引き締めていけ! 総員───作戦開始ッ‼」

 ヘルメットの左耳から響く返事を聴きながら、地下通路をひた走る。

『マスター。No.013への対策は如何なさいますか』

 と、そこでテリオが話しかけてくる。

「いつもと同じく死ぬまで叩く・・・と言いたいところだが、ヤツに関しては再生・変形能力やら荷電粒子砲やら未知の機能が多い。戦いながら弱点を探るしかないな」

『さすがはマスター。アレを相手取ってそんな剛毅な事が言えるのはマスターだけです』

「軽口の期限はあと90秒だ。言い遺す事があるなら今のうちにな」

『それでは一つだけ。No.013の放った光線・・・あれはおそらく──』

 寒い洒落の一つでも覚悟していたのだが、何か気付いた事があったらしい。

 耳を傾けようとしたところで──遮るように、反対側の耳に松戸少尉の焦った声が飛び込んでくる。

『あ、新たな高エネルギー反応探知‼ このパターンは・・・No.011ですッ‼』

 ・・・・・・ヤツめ・・・こちらの事情もお構いなしにいちいち掻き乱してくれる・・・!

『私の話は後程。今は状況判断にご注力下さい』

「気が利くな。そうさせてもらう。・・・・・・総員、聴こえるか‼」

 ヘルメットの左側に手を当て、オープンチャンネルに呼びかける。

 通路の出口──進行方向の先からぼんやりと差し込んで来た月明かりが、長い戦いの始まりを予感させた。

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