恋するジャガーノート

まふゆとら

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第六話「狙われた翼 前編」

 第一章「来訪」・①

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<・・・あれ? もしもーし? 私の声、聴こえてるかしら?>

 再び、例の「声」が僕の鼓膜を震わせ・・・同時に、観覧車の上の怪蝶が小首を傾げた。

「あ・・・あの・・・は、はい・・・・・・」

 ・・・そんな曖昧な返事をするのが、今の僕に出来る精一杯だった。

 翼長150メートルはあろうかという、巨大な蝶・・・。

 翼と瞳の色が左右で分かれ、こちらから見て右が赤、左が青をしている。

 白磁に似た質感の鋭利な外殻に包まれていながら、その姿からは攻撃的な印象は感じられず・・・むしろ、神々しさのようなものを感じてしまう。

 状況とか仕草からして、やっぱりあの怪蝶が話しかけてきてるんだよね・・・?

 ここから観覧車の上まで200メートルは離れているはずなんだけど、耳に届く「声」はまるで目の前にいるかのようで、あまりの違和感に頭がパンクしそうだ。

「・・・は、ハヤトさん! わ、私っ! 戦います‼」

 そこで、同じく呆気に取られていたクロがハッと気付き、握り拳を作って叫んだ。

<ちょっとちょっと。クロちゃん・・・だったかしら? 私は争うつもりはないわよ。ただハヤトと話がしたくて来ただけ>

「ひうぅっ⁉」

 突然名前を呼ばれて、クロが怯んでしまい僕の後ろに隠れる。

 そ、そうだ! 完全に失念してたけど、どうして僕たちの名前を・・・⁉

<あぁ、ごめんなさい、言い忘れていたわ。簡単に言うと、私は生物の思考が読めるの。勝手にしまって悪かったわ>

 「声」がとんでもない事を言ってのける。

 隣にいるクロも、目をぱちくりさせている。

「・・・アァン? なんだぁあのでけぇハネムシは? 角がねぇし弱っちそうだな」

 と、後ろからカノンの声が聴こえてきた。

 うるさくしてしまったせいなのか、あの怪蝶の気配に気づいたのか、寝ている所を起こしてしまったようだ。

<・・・聴こえてるわよ、そこのツノ娘さん>

 再び「声」が聴こえる・・・が、何だか、今までの穏やかな口調ではない。

 どちらかと言うと、いらついている・・・ような・・・?

「うおわァ⁉ な、なんだッ⁉ 耳がぞわぞわってしたぞ⁉」

 聞き覚えのない「声」に話しかけられて、カノンが飛び上がった。

<あぁ。ごめんなさい。あなた達の周囲の空気だけ振動させて話しかけてるんだけど、調節がちょっと難しくてね>

 言いながら・・・怪蝶が、目を細めた気がした。

<手元が狂うと一発で鼓膜破っちゃうから・・・、特にツノ娘さん>

 思わず、背筋が凍った。

 他人の思考が読めて、遠くの空気を自由に振動させられる・・・この怪蝶は、今までに出会ったどのジャガーノートとも違う・・・!

「んだとこのハネムシがァッ‼ ケンカ売ってん──」

「く、クローっ‼ カノンを止めてえぇっ‼」

 なおも食ってかかろうとするカノンを前にして、咄嗟に叫んでいた。鼓膜を守るために。

「か、カノンちゃん・・・! 「めっ!」です・・・っ!」

 意図を察したクロが、カノンを止めようと、後ろからハグをして──

「オイコラ一本角ォッ! なにしやがん・・・熱ぢぢぢぢぢぢぢぢっっ‼」

 ・・・当然、こうなる。

 しかし、カノンの方もやられっ放しではない。

 反射的に身体の表面から水色の光が迸り、クロの身体を跳ね除けた。

「うひゃうっ⁉」

 クロが尻もちをつく。怪獣の時と違って感電した様子はなく、突き飛ばされただけのようだ。

『は~い二人とも静かに~』

 と、そこで二人の姿が消える──どうやら、シルフィが例の球体で隠してしまったらしい。

<・・・! 今のは、ハヤトの力なのかしら・・・?>

「い、いえ・・・今のは──ひふひっ・・・」

『ストップ。ボクの事は言わないで』

 言いかけて、頬を引っ張られる。シルフィは、自分の存在を知られたくないらしい。

<・・・ふぅん。今消えた二人がニンゲンじゃないのはすぐに判ったけど・・・ハヤトも普通とは違うみたいね?>

 「声」は、どこか愉しそうに聴こえる。

 口調からもわかっていたけど・・・あの怪蝶は知性があるだけじゃなく、感情も豊かだ。

<・・・っと。ごめんなさい。ハヤトについて聞く前に、まずは自己紹介が必要よね>

 それに・・・どこか、こちらをような雰囲気も感じてしまう。

 もちろん確証はないし、そもそも慈しんでもらう理由もないはずなんだけど・・・警戒してるシルフィとは裏腹に、僕は目の前の「非日常」を、どこか受け容れつつあった。

<私は───>

 随分時間がかかってしまったけど、ようやく本題に入れる──そう思ったところで──

「・・・?」

 ブーンと、勢いよく回るプロペラの駆動音が耳に届いた。

「・・・? この音は・・・?」

 疑問符を浮かべた直後・・・数メートル先に突然、が降りて来る。

 こ、これってまさかカナダで見たあれと同じ・・・⁉

 思わず怯んだところで──

『ハヤトッ‼ 伏せろッ‼』

 目の前のドローンから──何故か、アカネさんの声が聴こえてきた。

「えっ──?」

 状況が判らずに困惑し、辺りを見回した・・・その瞬間───

「うわぁっ⁉」

 後方からけたたましい音が鳴り、水色をした一条の閃光が僕たちの頭上を通り過ぎて・・・観覧車の上へと、星空を裂いて直進して行った。
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