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第五話「悪魔の手」
第二章「赤き魔弾‼ ヴァニラス絶体絶命‼」・⑥
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※ ※ ※
「ゲホッ・・・! ゲホッ・・・! くそっ・・・! 方向は合っているはずだが・・・ッ!」
煙を吸い込まないよう姿勢を低くして、端末のガイドに従い、赤く染まった森の中を行く。
休日という事が仇になった。今の私には、耐熱性の隊服も、ヘルメットもない。
煙を吸い込まないよう、タオルで鼻と口を塞いではいるが、それだけだ。
・・・目的地に辿り着く前に、倒れる可能性もある。
しかも先程から、必死に逃げ出す森の住民たちとすれ違っている。
これから向かう先は、火元に近いという事だろう。
「・・・こいつは・・・ヘビーだな・・・ッ!」
意識が少しずつ朦朧としてくるのを自覚して、自虐的な笑いが出る。
───しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
ジャガーノートと戦ってならともかく、こんな所で果てるなど・・・フレッドにも隊長にも顔向けできないからな・・・!
「・・・ッ! 見えた・・・!」
そこでようやく、先程見たばかりの大きな布の屋根が視界に入った。
「空を塞ぐ」ために張られた布の屋根は、火山灰と火事の煙とに塗り潰され、その美しい刺繍ごと真っ黒になっている。
・・・そして、悲しい事に予想は的中し───ノオド族の老人たちはみな、炎に囲まれながら、じっと目を閉じてその下に座っていた。
「皆さん逃げてください! ここは危険だ! 死んでしまうッ!」
酸欠による窒息、煙による一酸化炭素中毒、輻射熱による火傷・・・火災現場は常にあらゆる死のリスクと隣合わせだ。
しかし、彼らはそこから一歩も動こうとしない。
「なぜ戻ってきた「罠外しの子」よ・・・去れ・・・我らには、終わりの時が来たのだ」
老人と目が合い、静かに諭される。
「──違うッ! 違うんです‼ あなた方に伝わっていた話は、捻じ曲がってしまっている! 壁画にあったんです! 「銀の肢のエルク」は、この地に導いたんじゃない! その逆だ! かつて「悪魔の手」の驚異から・・・あなた方の先祖を、他の土地へと逃がしたんですッ‼」
「な、なんじゃと・・・⁉」
英語の通じる老人だけが、ひどく狼狽する。
その姿を見て、周囲の人々にも動揺が伝わったようだ。
「しかし・・・一度はこの地を去ったあなた方の先祖は、戦う事を良しとしなかった。それ故に居場所を追われ続け・・・逃げるうちに、再びこの地に戻って来てしまったんです。・・・・・・そして、いつからか伝説は姿を変えてしまった・・・! 「銀の肢のエルク」がせっかく助けてくれた生命を、捨ててしまうような・・・「呪い」に・・・ッ‼」
「なッ・・・! くぅ・・・! だ、黙れ! 黙るんじゃ・・・‼」
老人はついに立ち上がり、覚束ない足取りでこちらへ向かってくる。
「わしらが・・・わしらが間違っていたとでも言うのか‼ 一族の運命が・・・ずっとずっと待ち続けていた終わりの日が・・・偽りだったと・・・ッ⁉」
「そうです・・・! あなた方は・・・かつて救われたんだ! 守られたんだッ! あなた方はまだ・・・死んではいけない‼」
答えながら、こちらからも一歩前へ。
目と目が合ったまま──あっと言う間に、拳一つ分の距離しかなくなってしまう。
「誰から聞いたんじゃそんな話をッ‼ そんな・・・そんな話が・・・あってたまるか・・・ッ‼」
言いながら、老人はこちらの袖を掴み、勢いのままに膝をついた。
周囲の炎が・・・その目から溢れた涙を光らせた。
「もう・・・わしらには「先」などない・・・! 後から来た人間たちはわしらを自分たちに劣るモノだと思っておる! 若者はみな部族を捨てた! ここにはもう・・・老人しかおらん‼ そして今・・・「悪魔の手」によってこの森すらも失われようとしている・・・! ・・・わしらは・・・もう・・・疲れたんじゃ・・・! 楽になりたいんじゃ・・・・・・‼」
・・・彼の言う事も、わかってしまう。
根強く残る差別に心を削られ、勝手に決められた法に生活圏を制限され・・・一族の名と血を継ぐ者はいなくなり、誇りは失われてしまう・・・。
目の前の老人の、自らの運命を受け入れた表情に・・・「死」という安寧を受け入れようとする眼差しに・・・私は、かつての自分自身を思い出していた。
No.007との戦いの最中、満身創痍の私は──何もかもを投げ出そうとして───
───足掻けッ! 最後の一瞬まで生き抜いてみせろッ‼ アルバート・マクスウェル‼
頭の一番奥の奥──最も深い所に刻み込まれた言葉が・・・フラッシュバックする。
「・・・・・・それでもですッ! それでもまだ・・・諦めてはいけない!」
・・・そうだ。理屈などではない・・・私の、本当の気持ちをぶつけよう──
「私がここに来たのはッ! 伝説や・・・運命なんて・・・そんなの関係なく・・・ッ‼」
膝を折り、老人の肩を掴み──視線を、合わせる。
「私自身が・・・ッ‼ あなたたちに生きて欲しいと思っているからですッ‼」
言葉と同時に、目の端からも、感情が溢れたのが判った。
それでも・・・止まらなかった。
言いたかった言葉を、想いを、抑えきれなかった。
「子供の頃・・・学校で肌の色を理由にバカにされ、家ではそれが世の中なんだと言い聞かされ・・・行き場のなかった私達兄弟に・・・平等に接してくれたのは、あなた方だけだった‼」
今でこそ、少しは世の中も変わっては来たが、私の子供の頃はそうではなかった。
「自分たちの居場所など何処にもないのだと・・・フレッドと共に、深い深い孤独を抱えていたあの頃──あなた方は、私たちにも分け隔てなく接してくれた! 食べられる木の実の見分け方も! 魚の釣り方も! 狩りの仕方だって! 全部あなた方から教わったんだ!」
森の中で偶然出会った彼らは・・・「大いなる神秘」の前には人も獣も区別がないと・・・言葉ばかりでない「平等」を持つ人たちもいるんだと、私に教えてくれた。
そして、彼らに教わった技術と心得は、私達兄弟をたくましくした。
自分一人で出来る事があるという経験が、周囲の目を気にせず居られる程の自信をつけさせてくれた。
今一度、真っ直ぐに老人の目を見る。
「あなた方との出会いがあったから・・・今の私があるんですッ‼」
私の言葉に──唯の一つの嘘もないと、そう信じてもらうために。
「だからッ! どうかお願いです・・・ッ! 死ぬのを待つだけの運命を受け入れないで下さい! 最後の一瞬まで・・・足掻き続けて下さい! 生きるために・・・ッ‼」
頬を流れる涙が、熱い。火の手はもう、すぐそこまで迫っている。
「・・・・・・」
老人は目を閉じ・・・そして、振り返った。
彼らの言葉で、皆に伝えてくれているようだ。・・・私の、自分勝手なお願いを。
そして、彼らは頷き合って──再び、老人がこちらへ向き直る。
「・・・「罠外しの子」・・・いや・・・アルバートよ。・・・わしらが、間違っておった」
「──っ! そ、それじゃあ・・・‼」
大きく、老人は頷いた。
「・・・・・・本当に・・・大きくなったのう・・・!」
笑顔で、そう言われる。目を向ければ、後ろにいた他の方々も、みな笑顔を向けてくれた。
・・・また涙が流れてしまいそうだったが・・・ぐっと堪える。
任せてもらった以上、ここから彼らを絶対に無事に避難させる・・・!
それが、勝手を言った私の・・・責任だ──‼
「ゲホッ・・・! ゲホッ・・・! くそっ・・・! 方向は合っているはずだが・・・ッ!」
煙を吸い込まないよう姿勢を低くして、端末のガイドに従い、赤く染まった森の中を行く。
休日という事が仇になった。今の私には、耐熱性の隊服も、ヘルメットもない。
煙を吸い込まないよう、タオルで鼻と口を塞いではいるが、それだけだ。
・・・目的地に辿り着く前に、倒れる可能性もある。
しかも先程から、必死に逃げ出す森の住民たちとすれ違っている。
これから向かう先は、火元に近いという事だろう。
「・・・こいつは・・・ヘビーだな・・・ッ!」
意識が少しずつ朦朧としてくるのを自覚して、自虐的な笑いが出る。
───しかし、ここで倒れるわけにはいかない。
ジャガーノートと戦ってならともかく、こんな所で果てるなど・・・フレッドにも隊長にも顔向けできないからな・・・!
「・・・ッ! 見えた・・・!」
そこでようやく、先程見たばかりの大きな布の屋根が視界に入った。
「空を塞ぐ」ために張られた布の屋根は、火山灰と火事の煙とに塗り潰され、その美しい刺繍ごと真っ黒になっている。
・・・そして、悲しい事に予想は的中し───ノオド族の老人たちはみな、炎に囲まれながら、じっと目を閉じてその下に座っていた。
「皆さん逃げてください! ここは危険だ! 死んでしまうッ!」
酸欠による窒息、煙による一酸化炭素中毒、輻射熱による火傷・・・火災現場は常にあらゆる死のリスクと隣合わせだ。
しかし、彼らはそこから一歩も動こうとしない。
「なぜ戻ってきた「罠外しの子」よ・・・去れ・・・我らには、終わりの時が来たのだ」
老人と目が合い、静かに諭される。
「──違うッ! 違うんです‼ あなた方に伝わっていた話は、捻じ曲がってしまっている! 壁画にあったんです! 「銀の肢のエルク」は、この地に導いたんじゃない! その逆だ! かつて「悪魔の手」の驚異から・・・あなた方の先祖を、他の土地へと逃がしたんですッ‼」
「な、なんじゃと・・・⁉」
英語の通じる老人だけが、ひどく狼狽する。
その姿を見て、周囲の人々にも動揺が伝わったようだ。
「しかし・・・一度はこの地を去ったあなた方の先祖は、戦う事を良しとしなかった。それ故に居場所を追われ続け・・・逃げるうちに、再びこの地に戻って来てしまったんです。・・・・・・そして、いつからか伝説は姿を変えてしまった・・・! 「銀の肢のエルク」がせっかく助けてくれた生命を、捨ててしまうような・・・「呪い」に・・・ッ‼」
「なッ・・・! くぅ・・・! だ、黙れ! 黙るんじゃ・・・‼」
老人はついに立ち上がり、覚束ない足取りでこちらへ向かってくる。
「わしらが・・・わしらが間違っていたとでも言うのか‼ 一族の運命が・・・ずっとずっと待ち続けていた終わりの日が・・・偽りだったと・・・ッ⁉」
「そうです・・・! あなた方は・・・かつて救われたんだ! 守られたんだッ! あなた方はまだ・・・死んではいけない‼」
答えながら、こちらからも一歩前へ。
目と目が合ったまま──あっと言う間に、拳一つ分の距離しかなくなってしまう。
「誰から聞いたんじゃそんな話をッ‼ そんな・・・そんな話が・・・あってたまるか・・・ッ‼」
言いながら、老人はこちらの袖を掴み、勢いのままに膝をついた。
周囲の炎が・・・その目から溢れた涙を光らせた。
「もう・・・わしらには「先」などない・・・! 後から来た人間たちはわしらを自分たちに劣るモノだと思っておる! 若者はみな部族を捨てた! ここにはもう・・・老人しかおらん‼ そして今・・・「悪魔の手」によってこの森すらも失われようとしている・・・! ・・・わしらは・・・もう・・・疲れたんじゃ・・・! 楽になりたいんじゃ・・・・・・‼」
・・・彼の言う事も、わかってしまう。
根強く残る差別に心を削られ、勝手に決められた法に生活圏を制限され・・・一族の名と血を継ぐ者はいなくなり、誇りは失われてしまう・・・。
目の前の老人の、自らの運命を受け入れた表情に・・・「死」という安寧を受け入れようとする眼差しに・・・私は、かつての自分自身を思い出していた。
No.007との戦いの最中、満身創痍の私は──何もかもを投げ出そうとして───
───足掻けッ! 最後の一瞬まで生き抜いてみせろッ‼ アルバート・マクスウェル‼
頭の一番奥の奥──最も深い所に刻み込まれた言葉が・・・フラッシュバックする。
「・・・・・・それでもですッ! それでもまだ・・・諦めてはいけない!」
・・・そうだ。理屈などではない・・・私の、本当の気持ちをぶつけよう──
「私がここに来たのはッ! 伝説や・・・運命なんて・・・そんなの関係なく・・・ッ‼」
膝を折り、老人の肩を掴み──視線を、合わせる。
「私自身が・・・ッ‼ あなたたちに生きて欲しいと思っているからですッ‼」
言葉と同時に、目の端からも、感情が溢れたのが判った。
それでも・・・止まらなかった。
言いたかった言葉を、想いを、抑えきれなかった。
「子供の頃・・・学校で肌の色を理由にバカにされ、家ではそれが世の中なんだと言い聞かされ・・・行き場のなかった私達兄弟に・・・平等に接してくれたのは、あなた方だけだった‼」
今でこそ、少しは世の中も変わっては来たが、私の子供の頃はそうではなかった。
「自分たちの居場所など何処にもないのだと・・・フレッドと共に、深い深い孤独を抱えていたあの頃──あなた方は、私たちにも分け隔てなく接してくれた! 食べられる木の実の見分け方も! 魚の釣り方も! 狩りの仕方だって! 全部あなた方から教わったんだ!」
森の中で偶然出会った彼らは・・・「大いなる神秘」の前には人も獣も区別がないと・・・言葉ばかりでない「平等」を持つ人たちもいるんだと、私に教えてくれた。
そして、彼らに教わった技術と心得は、私達兄弟をたくましくした。
自分一人で出来る事があるという経験が、周囲の目を気にせず居られる程の自信をつけさせてくれた。
今一度、真っ直ぐに老人の目を見る。
「あなた方との出会いがあったから・・・今の私があるんですッ‼」
私の言葉に──唯の一つの嘘もないと、そう信じてもらうために。
「だからッ! どうかお願いです・・・ッ! 死ぬのを待つだけの運命を受け入れないで下さい! 最後の一瞬まで・・・足掻き続けて下さい! 生きるために・・・ッ‼」
頬を流れる涙が、熱い。火の手はもう、すぐそこまで迫っている。
「・・・・・・」
老人は目を閉じ・・・そして、振り返った。
彼らの言葉で、皆に伝えてくれているようだ。・・・私の、自分勝手なお願いを。
そして、彼らは頷き合って──再び、老人がこちらへ向き直る。
「・・・「罠外しの子」・・・いや・・・アルバートよ。・・・わしらが、間違っておった」
「──っ! そ、それじゃあ・・・‼」
大きく、老人は頷いた。
「・・・・・・本当に・・・大きくなったのう・・・!」
笑顔で、そう言われる。目を向ければ、後ろにいた他の方々も、みな笑顔を向けてくれた。
・・・また涙が流れてしまいそうだったが・・・ぐっと堪える。
任せてもらった以上、ここから彼らを絶対に無事に避難させる・・・!
それが、勝手を言った私の・・・責任だ──‼
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