恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第一章「その名はライズマン」・④

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       ※  ※  ※


「・・・・・・ハァ・・・」

 深い溜め息が出る。

 カシントシム大学にいた頃にスカウトされてから五年・・・

 この組織で・・・私の「目的」に最も近いこの場所で、ただひたすらに働き続け、偶然とはいえ異例の出世も遂げ、さあこれからだという矢先に───休み・・・?

 ・・・・・・休み・・・か・・・・・・。

「・・・・・・・・・ハァ」

 思い返してみれば、JAGDに入ってから「休み」というものをきちんと取った記憶がない。

 というのも、私が友人も作らず、あちこち駆け回ってばかりで休もうとしなかっただけなのだが・・・

 詰まる所、突然の休みに戸惑っていると言ってもいい。

 書類仕事もマクスウェル中尉に取り上げられ、手持ち無沙汰という他ない。

 ・・・自分がおかしいのはわかっている。

 二十代の女が、休日に何をしたらいいかわからないだなんて。

 ・・・父も母も、働き者だった。

 お陰で、幼い時分に父母からの愛情というものをきちんと受けて育つ事が出来たかと言われると・・・やや自信がない。

 だが、それでも・・・父と母は私の誇りだった。

「・・・・・・お父さん・・・お母さん・・・・・・」

 胸の内ポケットから、プラスチックの袋を取り出す。

 袋の中には、幼い日の私と、父と母の三人の写真。

 普段はメイドさんと二人暮らしのようなものだったから、自分の顔が緊張でこわばっているのがわかる。

 家族との、ほぼ唯一の思い出──いかなる任務にも、この袋だけは連れて行った。

 意識した事はなかったが、汚れないようにとわざわざ袋に入れる几帳面さは父譲りだろうか。

「・・・・・・」

 そして、袋の中にはもう一枚。

 家族写真とは打って変わって満面の笑みの私と──。

 隣には──私の、唯一の「ともだち」────。


「───ハヤト」


 その名前を・・・口に出すのは、いつぶりだろうか。

 如何なる死地でも、心の中で唱えるだけで、決して口には出さなかったというのに。

 横須賀ふるさとの風が、いつの間にか私を弱気に変えてしまったのだろうか。

「・・・・・・会いに行ってみるか。彼に」

 どうせやる事がないのなら、当初の予定を済ませに行くとしよう。

 ・・・しかし、彼は私の事など覚えているのだろうか。最後に会ったのは、十年も前だ。

 それ以降は連絡も取らず、そればかりか日本にすらいなかった。

 彼の親族とも一度も会った事がないし、手がかりは実家だと言っていた「よこすかドリームランド」だけ。

 いざ会えたとして、私は守秘義務のため自分の本当の職業すら言えず、彼からしてみれば目付きの悪い正体不明の赤毛女が昔の知り合いをかたって訪ねて来たとも取れるわけだ。

 ・・・・・・考えれば考える程、家族写真と同じ袋にツーショットを入れて十年間も思い出を引き摺っている私が痛い女に思えてきて、自己嫌悪が加速する。

「・・・・・・「猟犬」の名が泣くな・・・」

 とはいえ、このままズルズルと会いに行くのを先延ばしにするのはまずい。

 私もこの基地にいつまでいるかもわからないし、むしろ何かの拍子に街中でばったり会ってしまったりした方がよっぽど気まずい。

「・・・・・・よし」

 基地内にあてがわれた自室のベッドから立ち上がり、一つ息を吐く。

 とりあえず、先に数年来ろくに買っていない化粧品類を買ってから出向こう。

 別に自分をよく見せようというわけではない。そう。これは最低限のマナーだ。成人女性としてのマナー。特段気合を入れようとしているわけでは決してない。

 と、我ながら穴だらけの理論武装を固めつつ、私服へ着替えようと隊員服のジッパーを下ろそうとしたその時──

<ピピピ! ピピピ! ピピピ!>

「私だ」

 不意に腕時計型端末に連絡が入り、条件反射で応答する。

『お休みのところ申し訳ございません。マクスウェルです』

 声色からして、緊急事態というわけではなさそうだ。内心少し安堵して、次の言葉を促す。

『実はその・・・隊長殿にお届け物が・・・・・・』

「届け物?」

 心当たりを探したものの、西海岸から発つ時も私物はバッグ一つで足りてしまったから、思い当たる節がなく頭をひねる。

「伝票には誰からと書いてある?」

『いえ・・・その・・・ダンボール箱に入ってきたわけではなくてですね──』


<バタバタバタバタバタバタバタ!>


 中尉が言い淀んだところで、けたたましいローター音が耳をつんざいた。

『ッ! ま、待てッ! 着陸許可は出していな──何? ラムパール・コーポレーション?』

「・・・・・・すまない中尉。私の客だ」

 ラムパール・・・まさか日本に来てまでその名を聞く事になろうとは・・・・・・。

 出鼻をくじかれ、どっと疲れた感覚が肩に乗った。


「全くサラのやつは何を考えているんだ・・・!」

 JAGD極東支局第七連絡通路──米軍横須賀基地内の至るところに秘密裏に設置された、地下の基地から地上へと繋がる通路の一つを抜ける。

 表向きは通信施設となっている建物の扉を内側からくぐると、そこには予想していた人物はおらず、代わりに、濃い髭をたくわえた浅黒い肌の黒服の巨漢が二人。

 ひと目でサラの関係者だとわかる。

「キリュウ様。事を荒立ててしまい申し訳ございません」

 私の姿を認めるや否や、頭を下げて謝罪してきた。

「・・・「謝るくらいなら最初からやるな」と、私はサラに教えたんだがな」

「私共社員一同は、お嬢様より「まずはやりきれ。辻褄は後から合わせろ」と指導されておりますので」

 ・・・・・・やれやれ。

 そんなだから道で遭ったら毒蛇より先にインド人を叩けなどと言われるんだぞ、と口には出さなかったが、だいぶ苦い顔をしただろう自覚はある。

 私の表情筋が応えてくれたかは別として。

「・・・それで、届け物というのはなんなんだ?」

「はい。我が社がJAGDのために新たに開発している特殊車両の試作車です」

 「ラムパール・コーポレーション」──インドの大企業で、国内におけるIT事業の草分け的存在で、初代社長のヴィジャイ・ラムパールは一代で巨額の財を成した事で有名だ。

 近年は事業を拡大して重機械開発・・・・・・まぁ要するに軍需産業にも手を出し、縁あってJAGDの対ジャガーノート用兵器開発の第一人者となっている。

「・・・受け取りを拒否すると言ったら?」

 ただでさえ最年少隊長という立場で肩身が狭いのだ。その上コネで試作車までもらったとなっては角が立つどころの話では───。

「お嬢様からのメッセージです」

 心の中のぼやきを打ち切るように、黒服の男はタブレットを取り出した。

 画面の中央に、淡い小麦色の肌をした黒髪の少女が現れ、深々と礼をする。

『ご機嫌麗しゅう。お姉さま。ご無沙汰しております。サラ・ラムパールですわ』

 ・・・・・・あまりの白々しさに思わず面食らってしまった。

 何がご無沙汰だ。西海岸にいた頃には月に一度は訪ねて来ていたし、最後に会ってからまだ二週間と経っていない。

『まずは改めて一言お祝いの言葉を! ヨコスカで隊長職へのご栄転、誠におめでとうございますですわ! しかも、聞けばヨコスカはお姉さまの故郷だというではありませんか! わたくし絶対にお姉さまと一緒に、お姉さまの生まれた街を歩いてみたいです! 近いうちに必ずそちらへおうかがい致しますので、その時は是非ヨコスカを案内して下さいましね!』

 このわざとらしい「お嬢様言葉」全開の日本語は、日本人だという彼女の母がアニメ好きの影響らしく、三年程聞いている私でもいまだに違和感がある。

 まぁ本人がお嬢様なのは間違いないのだが・・・・・・。

『あっといけない! お話が逸れてしまいましたわね! うふふ! お姉さまとお話するのは楽しくって、ついつい時間を忘れてしまいますわ!』

 ・・・・・・これは録画だったはずだ。

 彼女は誰と会話しているんだろうか。少なくとも私ではないはずだ。サラの曇りのない瞳がむしろ怖い。

『さて! 実はこの度、お姉さまにお願いしたいのは、社内では<RM-074>・・・JAGDにプレゼンする際には<ヘルハウンド>の名前で出そうかと思っているその試作車を、是非お姉さまにテストしていただけないかというお話ですの!』
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