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第五話「悪魔の手」
第一章「暴れる野生‼ 制御不能の怪獣娘‼」・⑥
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※ ※ ※
「───この景色・・・変わらないな」
隊長にお許しをもらって一夜明け──キャンベルリバーから道なりに2時間ほど。
真っ青な空の下、<ヘルハウンド>のエンジンを切って、シートを降りる。
鍵を抜いてヘルメットを本体にロックし、辺りをぐるりと見渡した。
幼少の時分、フレッドとよく遊んだ頃のままだ。
日本ではあまり見られない針葉樹林が、懐かしい記憶を呼び覚ます。
──しかし、その中で一点。大きく違和を訴えかけるものがある。
「・・・写真で見ていたとは言え・・・全く、信じられんな」
森林の向こう、連なる山々の中でも一際高い山・・・ここ、コルヴァズ州立公園の名前の由来でもある──「コルヴァズ火山」。
その頂上からは、いまだに噴煙が立ち昇っていた。
有史以来火山活動が見られず、また今日に至るまで噴火の兆候すらなかったこの火山が、前触れもなく火を噴き・・・さらに、その中には「未知の何か」が潜んでいる──
子供の頃の自分に聞かせたら何と言うだろうか──
思わず想像するが、きっと一も二もなく確かめに行くだろうな、とかつての自分の腕白さを思い出し、自嘲った。
「・・・! あれは・・・」
と、そこで視界の淵に見慣れた車体を見つける。
特殊車両・<グルトップ>だ。
「カナダ支局も仕事が早いな」
州立公園の「端」に駐めているという事は、目的地は同じ場所だろう。
<ヘルハウンド>を<グルトップ>の近くへ手押しで進ませ、スタンドを降ろした。
「さて、ここからが長いぞ・・・!」
リュックサックのハーネスを背負い直し、チェストストラップを嵌め合わす。
子供の頃は何度も通った道だが、身体は覚えてくれているだろうか?
調査だというのに少し高揚してくる気持ちを自覚しながら、公園の敷地外──「保留地」へと足を踏み入れた。
子供の頃に住んでいた生家はこの公園にほど近く、娯楽も少なかった私達兄弟は、この野山を自分たちの庭として、昼夜を問わずに駆け回って遊んでいた。
ただ、大人たちからは口を酸っぱくして言われていた事がある。
──それは、「公園と隣接する「保留地」へは立ち入ってはならない」という不文律だ。
だが、理由も言わず、ただ「行くな!」と言われた子供がどうするか・・・答えは一つだろう。
「! この岩・・・懐かしい・・・まだあったのか・・・!」
と、そこで、ぽっかりと円形に木が開けた場所の真ん中に、腰ほどの高さがある岩を見つけた。
子供の頃は、自分の身長と同じくらいだったのにな・・・と思わず頬が緩む。
記憶に従って表面をなぞってみると、かつての自分が残した「矢印」の感触がうっすらと親指に伝わった。
──探検家になったつもりで、私とフレッドはこの禁じられた場所へ赴いては、大人たちがこの地を恐れる理由を探していた。しかし、森は広い。
新たな発見もなく、次第に兄弟揃ってその遊びに飽き始めていた頃──
「・・・?」
と、そこで思わず、目を見張ってしまった。
子供の頃見たのと同じ光景が、目の前にあったからだ。
そして、当時と同じく──急ぎ足でそちらへ駆け寄った。
「大丈夫かっ!」
言葉が通じるわけもないのに、ついつい口にしてしまう。
黒くつぶらな瞳が、こちらを向いた。首の動きに従って、頭の上にある一対の大きな角も、ぐるりと空を切る。
「エルク」──正式な名前は、アメリカアカシカ。この森を歩けば日に二、三頭は見かける、かつての私の隣人だ。
右の後ろ肢を、虎挟みが縛り付けにしていた。
悪趣味な事にそんなところまで記憶と一緒だ。
子供の頃は外すのに戸惑ったが、今は違う。板バネを踏みつけ、罠を外す。
「もう平気だぞ・・・」
話しかけながら、罠を取り去ると・・・エルクはすっくと立ち上がった。
目元や毛並みから、老齢の個体である事がわかる。
こちらを少し見つめた後、足を引き摺りもせず、軽快な足取りで森の中へ消えて行った。
「ふふっ・・・礼もしないあたり、そっちは変わらないな・・・ん?」
目を向けた先──エルクの消えた方向に、木々の間から煙が上がっているのが見えた。
「どうやら・・・知らぬ間に目的地の近くまで来ていたらしいな」
煙の火元へ向かっていくと、5分もしないうちに、目指していた場所──「ノオド族」の家が見えてきた。
家と言っても、彼らの住居はテントですらない。
木の幹の間に大きな布を括り付けて屋根を作り、その下で暮らしている。
「空を塞ぐ」という独自の文化を持った、この地に古くから住まう先住民だ。
思いの外早く辿り着けた事に安堵する。
彼らは一定周期で住居を移動してしまうため、最悪野宿も覚悟していたのだが、運が良かったようだ。
・・・いや。あるいは、先程のエルクが案内してくれたのか・・・。
だったら、早速礼をしてもらったわけだ。感謝しなければな。
そう思ったところで、ダークグレイの制服が二つ視界に入った。
ついでに、そのうちの一つが見覚えのある後ろ姿だった事に驚く。
「は、ハォ~~! ・・・・・・あれ・・・? 全然返事してくれないな・・・」
ぎこちない様子でノオド族の老人に挨拶して、無視されっぱなしの金髪の白人がうぅんと唸る。
軍人のくせにどこか抜けているところは全く変わっていないようだ。
「ゴートはんの挨拶が悪いんとちゃうん? ホンマ堪忍してーな! ウチもう歩き続けてヘトヘトなんやねんから!」
隣で溜め息を吐きながら、コテコテの関西弁で文句を捲し立てる黒髪のアジア人女性・・・初めて見る顔だが、間違いなく日本人だろう。
「ゴート! 久しぶりだな!」
背中から英語で声をかけると、突然名前を呼ばれて驚きながら振り向いたゴートが、私の姿を認めて「うわぁ!」と声を張り上げた。
「あ、アル⁉ どうしてこんなところに⁉ いやぁ久しぶりだな・・・!」
そのまま歩み寄って握手をした。
最後に会ったのは訓練学校の卒業以来だから、もう6年も前になるだろうか。
ゴート・カザック・タナース──ベルジャム出身で、JAGDの訓練校時代はルームメイトだった男だ。
互いに多忙で連絡も取っていなかったが、元気そうで何よりだ。
「───この景色・・・変わらないな」
隊長にお許しをもらって一夜明け──キャンベルリバーから道なりに2時間ほど。
真っ青な空の下、<ヘルハウンド>のエンジンを切って、シートを降りる。
鍵を抜いてヘルメットを本体にロックし、辺りをぐるりと見渡した。
幼少の時分、フレッドとよく遊んだ頃のままだ。
日本ではあまり見られない針葉樹林が、懐かしい記憶を呼び覚ます。
──しかし、その中で一点。大きく違和を訴えかけるものがある。
「・・・写真で見ていたとは言え・・・全く、信じられんな」
森林の向こう、連なる山々の中でも一際高い山・・・ここ、コルヴァズ州立公園の名前の由来でもある──「コルヴァズ火山」。
その頂上からは、いまだに噴煙が立ち昇っていた。
有史以来火山活動が見られず、また今日に至るまで噴火の兆候すらなかったこの火山が、前触れもなく火を噴き・・・さらに、その中には「未知の何か」が潜んでいる──
子供の頃の自分に聞かせたら何と言うだろうか──
思わず想像するが、きっと一も二もなく確かめに行くだろうな、とかつての自分の腕白さを思い出し、自嘲った。
「・・・! あれは・・・」
と、そこで視界の淵に見慣れた車体を見つける。
特殊車両・<グルトップ>だ。
「カナダ支局も仕事が早いな」
州立公園の「端」に駐めているという事は、目的地は同じ場所だろう。
<ヘルハウンド>を<グルトップ>の近くへ手押しで進ませ、スタンドを降ろした。
「さて、ここからが長いぞ・・・!」
リュックサックのハーネスを背負い直し、チェストストラップを嵌め合わす。
子供の頃は何度も通った道だが、身体は覚えてくれているだろうか?
調査だというのに少し高揚してくる気持ちを自覚しながら、公園の敷地外──「保留地」へと足を踏み入れた。
子供の頃に住んでいた生家はこの公園にほど近く、娯楽も少なかった私達兄弟は、この野山を自分たちの庭として、昼夜を問わずに駆け回って遊んでいた。
ただ、大人たちからは口を酸っぱくして言われていた事がある。
──それは、「公園と隣接する「保留地」へは立ち入ってはならない」という不文律だ。
だが、理由も言わず、ただ「行くな!」と言われた子供がどうするか・・・答えは一つだろう。
「! この岩・・・懐かしい・・・まだあったのか・・・!」
と、そこで、ぽっかりと円形に木が開けた場所の真ん中に、腰ほどの高さがある岩を見つけた。
子供の頃は、自分の身長と同じくらいだったのにな・・・と思わず頬が緩む。
記憶に従って表面をなぞってみると、かつての自分が残した「矢印」の感触がうっすらと親指に伝わった。
──探検家になったつもりで、私とフレッドはこの禁じられた場所へ赴いては、大人たちがこの地を恐れる理由を探していた。しかし、森は広い。
新たな発見もなく、次第に兄弟揃ってその遊びに飽き始めていた頃──
「・・・?」
と、そこで思わず、目を見張ってしまった。
子供の頃見たのと同じ光景が、目の前にあったからだ。
そして、当時と同じく──急ぎ足でそちらへ駆け寄った。
「大丈夫かっ!」
言葉が通じるわけもないのに、ついつい口にしてしまう。
黒くつぶらな瞳が、こちらを向いた。首の動きに従って、頭の上にある一対の大きな角も、ぐるりと空を切る。
「エルク」──正式な名前は、アメリカアカシカ。この森を歩けば日に二、三頭は見かける、かつての私の隣人だ。
右の後ろ肢を、虎挟みが縛り付けにしていた。
悪趣味な事にそんなところまで記憶と一緒だ。
子供の頃は外すのに戸惑ったが、今は違う。板バネを踏みつけ、罠を外す。
「もう平気だぞ・・・」
話しかけながら、罠を取り去ると・・・エルクはすっくと立ち上がった。
目元や毛並みから、老齢の個体である事がわかる。
こちらを少し見つめた後、足を引き摺りもせず、軽快な足取りで森の中へ消えて行った。
「ふふっ・・・礼もしないあたり、そっちは変わらないな・・・ん?」
目を向けた先──エルクの消えた方向に、木々の間から煙が上がっているのが見えた。
「どうやら・・・知らぬ間に目的地の近くまで来ていたらしいな」
煙の火元へ向かっていくと、5分もしないうちに、目指していた場所──「ノオド族」の家が見えてきた。
家と言っても、彼らの住居はテントですらない。
木の幹の間に大きな布を括り付けて屋根を作り、その下で暮らしている。
「空を塞ぐ」という独自の文化を持った、この地に古くから住まう先住民だ。
思いの外早く辿り着けた事に安堵する。
彼らは一定周期で住居を移動してしまうため、最悪野宿も覚悟していたのだが、運が良かったようだ。
・・・いや。あるいは、先程のエルクが案内してくれたのか・・・。
だったら、早速礼をしてもらったわけだ。感謝しなければな。
そう思ったところで、ダークグレイの制服が二つ視界に入った。
ついでに、そのうちの一つが見覚えのある後ろ姿だった事に驚く。
「は、ハォ~~! ・・・・・・あれ・・・? 全然返事してくれないな・・・」
ぎこちない様子でノオド族の老人に挨拶して、無視されっぱなしの金髪の白人がうぅんと唸る。
軍人のくせにどこか抜けているところは全く変わっていないようだ。
「ゴートはんの挨拶が悪いんとちゃうん? ホンマ堪忍してーな! ウチもう歩き続けてヘトヘトなんやねんから!」
隣で溜め息を吐きながら、コテコテの関西弁で文句を捲し立てる黒髪のアジア人女性・・・初めて見る顔だが、間違いなく日本人だろう。
「ゴート! 久しぶりだな!」
背中から英語で声をかけると、突然名前を呼ばれて驚きながら振り向いたゴートが、私の姿を認めて「うわぁ!」と声を張り上げた。
「あ、アル⁉ どうしてこんなところに⁉ いやぁ久しぶりだな・・・!」
そのまま歩み寄って握手をした。
最後に会ったのは訓練学校の卒業以来だから、もう6年も前になるだろうか。
ゴート・カザック・タナース──ベルジャム出身で、JAGDの訓練校時代はルームメイトだった男だ。
互いに多忙で連絡も取っていなかったが、元気そうで何よりだ。
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