恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第三章「明日への一歩」・⑥

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       ※  ※  ※


<グオオオオオオオオオオオッ‼>

 怪獣の爪の攻撃をモロに腹部に食らい、吹っ飛ばされ──苦悶の叫び声を上げる。

「クロ──っ!」

 堪らず、叫んでしまう。獰猛な怪獣に右へ左へと転がされて、再び山の斜面へと倒されてしまった。

 逆転の妙案も思いつかない──

「せめて・・・あの爪さえ何とか出来たら・・・」

 そうは考えるものの、ではどのような方法で、と言われても、何も思い浮かばない。

 唯一、怪獣の目をくらませられるかも知れなかった閃光手榴弾も、先程全て使い切ってしまった。

 僕が・・・考えなしじゃなかったら・・・! 血が滲みそうな程に拳を強く握っても、より内心の焦りを加速させるだけだった。

 万事休すか──! 思わず、クロを連れて逃げよう! と言いかけたその時──

『・・・っ! ハヤト・・・クロがまた、力を解放しようとしてる・・・!』

「なんだって・・・⁉」

 前回の戦いの時は、体内の毒に抵抗しようとする免疫反応だろう、と踏んでいた。

 しかし、今回はそんな状況ではない──じゃあ、どうして?

 他にクロがその力を解放しそうになった時なんて・・・!

 そうか! ライズマンステージを見て嫌な記憶が蘇ったせいで、強いストレスを感じた時だ!

 もしかして、あの怪獣にやられて・・・物凄いストレスが溜まってるんじゃ──!

「クロ! ダメだ! 自分を見失っちゃ──」

 叫びかけて──クロと、目が合った。

 満身創痍のボロボロの身体でも──なおその輝きを失わない、橙の瞳と、だ。

 怪獣の姿になったクロは、人間の言葉で反応してくれた事はない。

 でも、今、間違いなくクロは、僕に返事をした。

 ────「私に、任せて下さい」って。

「・・・・・・シルフイ・・・・・・お願い。力を解放しよう」

『今回は・・・海の中と違ってクロの身体を冷やすものがない・・・もって、1分だよ?』

 「それでも、やるの?」と黄金の目が問う。

「・・・・・・やろう。もしもの時は、僕が何度だってクロを連れ戻してみせる!」

 だから、応えた。クロがやりたいなら、僕は精一杯それをサポートする。

 そして、クロが怖くて、痛くて、苦しい選択をしたとしても・・・・・・それを、最後まで見届ける覚悟を持つ。 

 それがたった一つ──ちっぽけな僕に出来る、前に進む一歩だ。

『わかった・・・・・・いくよ・・・』

 シルフィもまた、頷いた。

 胸の結晶から、オレンジの光が放たれると───

<グオオオオオオオオオオオオッッ‼>

 一際大きな咆哮が、鼓膜を震わせる。

 クロの身体の各所にある排熱口がその輝きを増し、濛々と白煙を上げ始める。

 倒された斜面から起き上がると、クロの全身に、赤みを帯びた筋のような模様が浮かび上がり──

 その淡い光は体中から、一箇所に集まっていく。

 クロの、「右手」に──!

「ライジングフィストだ・・・!」

 マンタの怪獣を葬ったあの技を、クロはこの窮地に放とうというのだ。

 まさに──「必殺技」。

 逆転の一撃が決まる事を信じて、拳を更に強く握り、祈った。

<ガゴオォォ──?>

 敵の纏う空気が変わった事に気付いたのだろう。怪獣の方も、両手の爪を構える。
 

 ───そして、永遠にも思える沈黙の後──クロが、走った!


<グオオオオオオオオオオオオッッ‼>

 限界寸前の超高熱を集め、白く発光する右手が、巨体と共に空を灼きながら走る!

 直接触れてもいないのに、右手が横を通った鉄塔が、飴細工のようにぐにゃりと曲がって融け落ちた──

 威力は十分! 決まれば必殺だ!

「行けぇ──っ‼」

<オオオオオオオオッ‼>

 怪獣へと接近したクロが、引き絞った右手を──繰り出した!

<ガゴオオォォッッ‼>

 ──が、しかし──その手は、怪獣には届かなかった。

「あぁ・・・っ‼」

 巨体からは想像できない程に俊敏な動きで、怪獣の爪は──

 一撃必殺の右手に触れる事なく、その根元──クロの右腕を、下から上へと弾き飛ばしたのだ。

<ガアアァゴオォォォッッ‼>

 ───刹那、獰猛なる怪獣もまた、必殺の一撃を、繰り出した。

 爪を閉じて合わせた左手の手刀──強靭な筋力によって限界まで加速されたその槍は──クロの腹部に、深く突き刺さった。

「そ・・・そんな・・・・・・」

 シルフィの球体の中で・・・僕は、膝から崩れ落ちる。

 同時に、クロの口から、赤い液体が迸った。

 ひとりでに、頬を涙が伝う。「敗北」の二文字が、脳裏に浮かんだ。

 視界の端で──シルフィから、オレンジの光が放たれようとして──


<グオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ‼>


 しかし・・・そんな絶望的な空気を割くかのように、クロは吼えた。

 彼女は、口と腹から血を流しながらも──

 驚くべき事に、腹に突き刺さった怪獣の爪を、左手でのである。

「なっ・・・何を・・・」

 意図がわからず狼狽えたところで、右手も同様に黒い爪をがっしりと掴む・・・

 目を向ければ、その手は、既に輝きを失っていた。

 そして代わりに──全身の赤い模様が、腹部へと集まっていくのが、見えた。

『クロ・・・まさか・・・・・・っ!』

 一瞬早くシルフィが気付くが・・・もう、遅かった。

 ライジングフィストと同じ要領で腹部に集めた熱を使い──クロは、自分に刺さった怪獣の爪をのだ!

<ガガッッ‼ ゴオオオオアアアアアアッッ‼>

 予想だにしていなかったであろう展開に、怪獣は遂に悲鳴を上げた。

 自分の腕を必死に引き抜こうとするが、クロは万力のようにそれを掴んで離さない。

 それどころか──クロは───

 己の身体を溶鉱炉と化し、敵の武器をより深く咥え込み、融かしていく。

 腹部から流れていた血が蒸発し、爪の融ける白い煙の下から、赤黒い煙が立ち昇り始めた。

「・・・クロ・・・君は・・・・・・」

 涙が、とめどなく溢れていた。

 クロの戦いは・・・彼女の選択は・・・・・・こんなにも苦しくて、痛くて・・・怖ろしいのか。

『・・・・・・ハヤト』

 シルフィの、優しい声が頭に響いた。

『・・・色々、教えてあげなくちゃね。あの子に』

「・・・うん・・・」

 涙を拭って、前を向く。

 ・・・・・・見届けてあげなくちゃ。

 あの子の痛みが分かち合えないなら・・・・・・せめて、最後まで。

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