恋するジャガーノート

まふゆとら

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第一話「記憶のない怪獣」

 第三章「その手がつかむもの」・⑤

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       ※  ※  ※


「・・・!」

 クロの歩く姿を呆然と見つめていると、その巨体に二筋の青い光が飛んでいく。

 照射された部分が赤熱すると、クロの首が上を向き、叫び声を上げる。

<グオオオオオオオオオ──>

「攻撃された・・・? 痛がってるのか・・・⁉」

 今のは多分、苦悶の叫びだった。

「このままじゃ・・・クロが・・・っ!」

 クロを助けなきゃと言う気持ちが、凍った体に再び火を灯す。

 そうだ・・・僕は、僕にしかできない事をやりに来たんだ・・・!

「とにかく、クロに僕の声を──」

 走り出そうとしたその時、微かな叫びが、耳に届いた。

「ママァーッ!」

 ────幼い少女の声。

 声のした方を見ると、金髪の少女が、瓦礫の山に向かって泣いていた。

 目を凝らして見れば瓦礫の下に同じく金髪の女性が倒れている。

「ッッ‼」

 あぁ──僕は、なんてダメなヤツなんだ。たった今、クロが苦しんでいるのに。

 きっと助けを呼んでいるのに──僕は、全部をほっとけない。

 勝手に体が動き、瓦礫の山へと駆け出していた。

「大丈夫ですかっ⁉」

 倒れている女性に話しかける。弱々しく開かれた瞼から碧眼が覗く。

 視線を僕から外し、少女の方に向き直ると、か細い声で語りかけている。少女はいやいやと首を振り、泣き叫んだ。

 見覚えが、あった。

 この少女は───昔の僕だ。
 
 母さんは僕をかばって、死んでしまった。最後に握っていたのは、僕の手だった。

 握っていた母さんの手が冷たくなっていく感触は、今でも覚えている。

 だから・・・だから僕は・・・・・・

「おおおおおおおおおっ‼」

 瓦礫の下に、体を差し込む。背中で、足を挟んでいる瓦礫を押し上げようと踏ん張った。

「!」

 少女の母が僕に「ストップ!」と言っているのが聞こえる。が、従うつもりはなかった。

 これはクロを助けた時と同じ、僕のわがままだ。背中をより深く差し込み、腰を奥に入れる。

 普段から鍛えている体を今使わなくてどうする・・・! 歯を食いしばり、脚のバネを使って、体ごと、瓦礫を持ち上げる事ができた。

「うっ・・・くっ・・・早く・・・逃げて・・・!」

 少女の母は匍匐前進の動きで両腕を支えにして、瓦礫の山から何とか這い出た。

 泣きじゃくる少女と抱き合い、二人に笑顔が溢れる。

 僕は背中側に瓦礫を何とか降ろし、一息つく。すると、少女が駆け寄ってきた。

「アリ・・・ガ・・・トウ・・・!」

 たどたどしい日本語で、お礼を言ってくれる。僕は笑顔を作り、少女の頭を撫でる。

 普段はマスク越しだから、何だか不思議な気分だ。

 その後、一緒に逃げましょうと言う誘いを断って、二人を見送る。

 さて・・・だいぶ時間をロスしてしまった・・・

「急がないと──」

 前を向いた所で、ちょうどクロの巨体がビルに激突したところが目に入る。

 大きく大地を踏み締めたせいなのか、少し離れた僕のいる地面まで揺れた。

「っとと・・・!」

 バランスを取って、転ばずに耐える。

 さっきまで建物を壊さなかったクロがぶつかるだなんて、もうだいぶ危険な状態なんじゃ・・・そう考えた矢先、小石が僕の後ろ頭に当たる。

「痛っ・・・なん───」

 振り向くと、眼前に巨大な瓦礫が迫っていた。

 ああそうか。今の揺れで建物が更に崩れたんだと気づく。

 瓦礫の山から離れなかった自分を悔やむが、もう遅い。

 スローモーションになっていく景色の中で、仲間たちの顔が浮かんでは消える。走馬灯ってやつだろうか。まさか自分が経験する事になるとは思わなかった。

 父さんの顔が浮かび、母さんの顔が浮かび・・・クロの寂しそうな顔が浮かんだ。

 くそ・・・っ! 僕がへましなければ・・・! 君にあんなに痛い思いをさせる事もなかったのに!

 悔やんでも悔やみきれない想いが胸を刺しながら、クロの顔がふっと消える。

 そして──最期に──いつもの夢の女性が脳裏に現れる。

 結局・・・彼女は、誰なんだろうか。

 一時期、周りの人みんなに聞いて回ったが、誰もそんな女性は知らないという。

 やはり、あの夢は記憶ではなく、ただの夢なんだろうか。

 今となっては確かめる術もない。瓦礫がすぐ目の前まで迫っている。僕の身長より大きなコンクリートの塊だ。おそらく、瞬時に潰されてしまうに違いない。

 あぁ・・・こんなところで・・・諦めるわけにはいかないと思っているのに、必死に瓦礫を避けようと全身を動かそうとしているのに・・・・・・

 意識と一緒に、目が閉じていく───

 上下から真っ黒になっていく世界の中──視界に焼き付いて離れない夢の女性の唇が───僕に向かって、言葉を結んだ。



   「ま だ お わ ら せ な い」



 意味を理解する前に、僕の胸からまばゆい光が放たれる。

 オレンジ色の──あたたかな光が────


「・・・ッ⁉ ・・・こ・・・これは・・・?」

 光が止んで目を開けると、そこには想像だにしなかった光景が広がっていた。

 僕を押し潰していたであろうはずの瓦礫群が、空中でピタリと静止していたのである。

 いや・・・違う。

 目を凝らして見れば、僕を中心にぼんやりと光る半透明のドームのようなものが辺りを囲い、そのドームによって瓦礫が堰き止められていた。

「なっ・・・何が起きたんだ・・・?」

『ケガはない? ハヤト』

「えっ⁉」

 事態を全く理解できていない焦燥感の中、鈴を転がすような声が僕を呼んだ。

 いや、「声」というには違和感がある。

 耳ではなく、頭に声が聴こえてくる・・・あの感覚だ。

『あれ? もしも~し? 聴こえてる? こっちだよこっち!』

「こっち・・・って一体どっち──」

 頭に直接声が響いているので、どの方角から話しかけられているかがわからなかったが、後ろを振り向こうとした瞬間、つん、と頬に小さな小さな抵抗を感じた。

『あはは~! 引っかかった引っかかった! 一回やってみたかったんだよね~♪』

「へ・・・へへっほ・・・?」

 おそらく、「だ~れだ?」と聞かれて振り向いたら指でつつかれるアレをやられたとは思うんだけど、それにしては指が小さすぎる。

 どういうことかと目線を右へ向けると、その違和感の正体は一目瞭然だった。





「よっ、妖・・・精・・・⁉」

『・・・ふふっ』

 小首をかしげてみせたのは、薄色うすいろの髪をピンクのリボンで二つに結び、和服に似た衣装を着崩している・・・身長20センチほどの小さな少女だった。

 そして、「妖精」と思わず形容してしまったのはその体の小ささだけではない。

 浮いているのだ。宙に。

 そしてまるで水中にいるかのように、髪や衣服の裾や袖が波のようにゆらめいている。

 自分まで海の中にいるのではないかと錯覚してしまったが、そうではない。

 この空間で、この少女だけが異質なんだ。

『あはは! 面白いカオ! 期待通りのリアクションだね~♪』

 ご機嫌そうに、袖を口元にあてながらクスクスと笑う。

 口は動いているが声は頭に届いている。不思議な感覚だ。
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