上 下
22 / 72

22、ミダの店。防波堤壁画について

しおりを挟む

「お兄様。お兄様。何処にいくか決まっているのですか?」

 エルティーナは大きなブラウンの瞳をキラキラさせながら、レオンの精悍な横顔を見上げる。

「ああ、決まっている。《ミダ》に行こうと思う。ただ、エルは先ほどスープを飲んで腹がいっぱいだろう。ミダに行くのはもう少し後にしよう」

「うそっ!! 《ミダ》ですって!! キャーっ素敵です!!!
 お店の外壁全てが、あの稀代の芸術家、スイボルン・ガルダーが手がけている美しい外観、まさに天国という場所で!!
 女性が男性に愛の告白をしてもらいたいと有名な場所で!!
 世界各国の珍しいチョコレートを味わえる場所で!!
 何ヶ月も前から予約をしなくては入店できなくて、店員さんが美しい殿方ばかりで眼福もの!! 涎もので!!!
 給仕にもランクがあって、最低限のマナーは勿論の事、なんとその基準が見目が麗しいか否か。の《ミダ》ですわよね!!お兄様!!」

「…………うん…よく一息で喋りきったな、エル…。凄い肺活量だ」

「お兄様!! そんな感想いりません! ミダの名前を聞いて、クールなお兄様がおかしいのですわ!!」

「そう怒るな。俺は ただ食事をする場所に、エルほどの情熱を向けられないだけだ。どうしても、外壁や街道、橋、などは使えるか? 使えないか? 耐え得るか? 耐え得ないか?で判断してしまう。
 どんなに美しい外壁でも強度がなければ、俺にはただのガラクタにしか思えない。職業病か…。
 まぁエルの情熱には若干引くが、素敵な感性だとは思うよ」

「……お兄様……。
 …この国に住まう人達は幸せですね。だってお兄様がいますもの!!
 お父様も素晴らしいとは思いますが、お兄様ほどとは思いません。お兄様は絶対、歴史に名を残す方だと分かります。
 お兄様と同じ時代に生まれる事ができて、私は神に感謝致しますわ」

「ありがとう。エル」

 レオンは、己の左腕に巻きついているエルに微笑み、あいている反対側の手でエルティーナの柔らかい金色の髪を愛おしく撫でた。

「えへへへ…」

 エルティーナは髪を撫でられながら、大好きな兄が素晴らしくて、文句のつけようがなく。本当に誇らしと思った。


「っアレン!!」

 エルティーナは兄の背後に、こちらへ歩いてくるアレンを見つけた。
 これ以上、兄に頭を撫でられるのが恥ずかしくて…、その恥ずかしさを誤魔化す為にアレンの名前を呼び大きく手を振った。

「エルティーナ様。お待たせ致しました」

「アレン。パトリック様とフローレンス様は?」

「あの二人は、馬を預けに行きました。落ち合う場所は知っているので大丈夫ですよ」

「あぁ、二人はエルと違って迷子になる心配はないな」

「ふんっ。大丈夫です! お兄様の腕を掴んでいますから迷子になる心配なしです」

 天使のような可愛らしい声で、偉そうに言ってみても無駄である。
 エルティーナが胸を張って言う姿があまりにも可愛くて、アレンもレオンも思わず表情が緩む。

 そんな三人の様は、そこだけが神話の中の楽園そのものだ。
 行き交う人々は、皆 足を止める…。美しい街並みに描かれた絵画のような光景に、ただただ息を止めるのであった。


「エル。先ほどの話の続きだが、ミダに行く前にスイボルン・ガルダーの防波堤壁画を見に行くか? 本物が見たいだろう?」

「えっ!? あっ……えぇ…」

 煮え切らないエルティーナの反応にレオンは疑問を抱く。

「……エル? 見に行きたくないのか?? ミダの外壁云々も熱く語っていたし、いつもスイボルン・ガルダーの壺を見て、ニマニマしているじゃないか」

「なっ…お、お兄様いつから、知って……」

「……隠していたつもりか……。分かりやすい奴だな…。城の人間は皆、エルの趣味は知っている」

(「嫌ぁ~!!!」)

 どうしてか、自分の恥ずかし趣味を他人が知っていたという…、知られていたという事実が恥ずかしくて、エルティーナは肩を落とし可哀想なくらい絶望していた。

「エルティーナ様。美しいものを愛でるのは、恥ずかしい事ではございません。
 私はあまり壺やら、絵画などは分かりませんが、それらをキラキラとした瞳でご覧になるエルティーナ様を愛でるのは、何よりも大好きですから。
 美しいものを愛でる気持ちは、私も同じです」

「ふぇっ!?」「………おい……」

 エルティーナは顔と言わず耳やら首まで真っ赤にし、小さな口をパクパクしている。

 アレンが変だ!! アレンが変である!? 何故!? エルティーナに対し今までも甘々だったが、今日は一段と甘さが凄い。
 色気を飛ばしながらの甘ったるい声色は、もう耐えられないレベルだ。


(「う~。また、気絶しちゃいそう」)

「エル! かえってこい!!」

 レオンはエルの顔を優しく掴み、柔らかい頬を もにゅもにゅ 揉んだ。
 頬を叩いたら、またアレンの馬鹿力に腕を捻り上げられるからだ…。

 レオンは覚醒したエルを軽く小脇に抱え、アレンに呆れながら忠告する。

「……アレン。所構わずエルを気絶させないでくれ…」

「心外だ。正直に言ったまでだ」

「……お前は…エルと話している時と、その他とでは違いがあり過ぎて、もはや二重人格だぞ。…でエル、行かないのか?」

「お兄様……あの…とても嬉しいのですが、防波堤壁画はパトリック様とフローレンス様と行きます…」

「はあっ? 何故あの二人と!?」
「如何言う理由でしょうか!?」


(「ギャーーー!! お兄様とアレンが怖いわ」)

「…あっと。決してお兄様とアレンと一緒に行きたくない訳ではないです。…ただ…きっと…間違いなく見物客や他国からの観光客の方に拝まれますわよ。
 …前々から思っていたのですが…お兄様とアレンって《コーディン神とツリィバ神》に…凄く…凄く…凄く凄く凄く凄く似ているんですぅーーー!!!!
 そう!! 太陽神の両腕とされている十二神のツートップ、コーディン様とツリィバ様!!! 神話の中でもダントツに人気の神様なんです!! 乙女の憧れ!!! もがっ………」


 エルティーナはレオンに口を塞がれた。

「分かった! 分かった! エル、声がでかい。話の途中から何かに憑かれているんじゃないかと思ったぞ……」

「うっ……興奮してごめんなさい…」

「なるほど。だからレオンと一緒にいる時、ほぼ百パーセントの確率で拝まれるのは、それが原因ですね。
 エルティーナ様のおかげで疑問が解けました。ありがとうございます」

 相変わらずアレンは、エルティーナを攻めない。それがいっそ清々しい。

「エルティーナ様、以前にも申しましたが。私は別に拝まれる事は気にしておりません。人様を幸せにできる事は、騎士として誇らしいと感じます」

「まぁ! 流石だわ!! アレンは騎士の鏡ね。アレンは見た目も神様みたいだけど内面も神様ね。
 でも優しい所はツリィバ様と違うわ。だってツリィバ様は、冷酷無比の氷の神だから。アレンはどちらかというと春の神様みたいですもの!」

 エルティーナは嬉しそうにアレンと見つめ合っている。

(「…エル…お前は騙されている…アレンは中身もツリィバ神に似ている……。春の神に失礼だぞ」)

 レオンは口には出さず、エルに心の中で突っ込んだ。

「それでね、お兄様!! お兄様に似ているコーディン様は、炎の神様なの。
 あらゆる物を焼き尽くす、身も、心も。彼にかかれば老若男女向かう所敵なし 。
 自分に酔わせて落とす。十二神きっての色男なの。いつも色気たっぷりのお兄様にそっくりだわ!!」

「……エル……なぜかちっとも褒められた気がしないのだが……」

「え? 褒めてますわ??」

「流石、エルティーナ様。知識豊富でいらっしゃる」

「………もういい。お前達と話していると疲れる」

「まぁっ。失礼しちゃうわ」「ええ。失礼ですね」

「…………………」
 レオンは、息ぴったりの二人を睨む。

「エルティーナ様。せっかくですので、防波堤壁画を見に行きましょう。
 ああ、レオンはここでパトリックとフローレンスを待っていてかまいませんよ。私とエルティーナ様、二人で行ってきますので」

「……行かないとはいってないだろ」


「素敵! 素敵!! 素敵!!! アレンとお兄様と一緒に行けるのね!!! やったあぁ!!!」

 嬉し過ぎてエルティーナはその場で飛び跳ねる。
 柔らかい髪がふわっと持ち上がり、爽やかなストライプワンピースにも空気が入る。
 まるで、この場に天使が舞い降りたかのようであった。

 またも超絶可愛い仕草に、レオンもアレンもノックアウトである。


 レオンは照れながら顎のあたりをかいているし、アレンは口元を手で隠し明後日の方角を見ている。

 嬉しさいっぱいのエルティーナは、二人の珍しい表情には全く気づかないのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

処理中です...