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17、スプーンの行方
しおりを挟む「……エルティーナ様…今日も、起きないのですか……?」
ナシルの優しい声が部屋に響く…。
「………」
エルティーナも起きるつもりだし、いつまでもこのままで良いとは決して思っていない。
でも…もう昔のようには戻れないのだ…。
アレンは隣国の王女と結婚して、エルティーナには新しい護衛がつく…いや年齢も年齢だから、もう護衛はつかないだろう。
より先に旦那様探しをしなくてはならない。レイモンド様とかでいいかと、投げやりになってきた。 本当に面倒くさいのだ。
レイモンドに関して正直な感想を言えば、好きだ。何故か…安心する方で…それが…エルティーナには不思議でならない。
兄やキャットに近い雰囲気をもっている…それは奇しくも特別な誰かが既にいる感じがあるのだ…。
レイモンド伯爵は華やかだし、女性の扱いも上手く、一見アレンみたいに沢山の恋人がいるように見えるが、お茶会でも噂が全くなく、不特定多数の恋人の影が見当たらない。
そう、兄レオンやキャットと同じ…お父さんな雰囲気…?それが一番当てはまる。妻がいて子供がいる…そんな感じ…。
独身なのは確かなようだが、真相はエルティーナには分からない。
(分からないわ…まぁいいか。なるようになるわね。…あぁ…アレンに会いたいなぁ)
エルティーナの思考の最後はいつもアレンで終わる。これ 鉄則。
「エルティーナ様。起きていらっしゃいますか?」
「寝ているわ」
「…起きていらっしゃるのですね。エルティーナ様、起きていますか? の返事で、本当に寝ている時は返事はしないものです。詰めが甘いですよ」
「……いいでしょう。別に…。お腹も空いてないし。これで少しは痩せれるわ」
「昨日、果実水しか飲まれてません!! それ以上痩せてどうするんですか。まったく…。わかりました、ではアレン様お手製のスープは、私どもで頂きますね。
エルティーナ様はお腹いっぱいで、食べられないとアレン様にお伝えしますので、悪しからず」
「…うぇぇぇぇっ!!!!!」
(アレンのお手製スープって、病気の時とか、お腹壊してうんうん唸っていた時に作ってくれた、あの特別スープ!!!)
「いくわっ!!!」
エルティーナは一気に、シルクの薔薇模様が刺繍された最高級の羽毛布団を放り投げ…裸足のまま扉に走って行こうとした……ら、ナシルに羽交い締めされた。
「エルティーナ様!!! 続きの間には、アレン様がいらっしゃいます!!! なんて格好で、出て行くつもりですか!!!」
「…え、でも折角のスープが冷めちゃうわ。アレンは別に気にしないわよ。大丈夫だわ!!」
エルティーナは、力一杯力説した。
「気にする、気にしないの問題ではございません!!! 大人のレディーとしての慎みの問題です!!!!」
「うっ……わかったわ。早く着替える」
ナシルは、もの凄く深い深い溜め息を吐き…眉間を揉んでいた…。
一連の流れを見ていたエルティーナ付き侍女達は、エルティーナの警戒心がまるでない有様に『姫様の貞操は、私達が守ります!!! 姫様の未来の旦那様!!!』とエルティーナの未来の旦那様に心の中で誓ったのだった。
ドレスを着る。まさにこれだけ。
普通は髪の毛やら化粧やらで時間がかかるはずなのに、エルティーナはもとが良い為、日頃から身支度は短時間で済ます。他者からすれば有り得ない現状を、全く気にしていなかった。
気にならない、それこそが美人な証拠なのだが、神がかったアレンや兄を見続けている為、自分への評価が限りなく低いエルティーナだった。
バーン!!!!!! 凄い音と共に扉が開いた。
ちなみに、普通のお姫様は自分で扉は開けない。甘やかされたエルティーナにとって、普通は普通ではなかった。
特別スープが飲める。またアレンに会える。エルティーナにとっては嬉しくて嬉しくて、自分が拗ねていた事を綺麗さっぱり忘れていた。
満面の笑みで続き部屋に入ったエルティーナが目にしたのは……ソファに浅く腰掛けたアレンが、肩を震わせて笑っていた……。
(か、可愛い。たまらなく可愛い。やばいな、可愛いすぎる)アレンはエルティーナの可愛さに悶絶していた。
朝だからすこしカスれた声が可愛い。あれだけ怒鳴られていても、怯まず言い返す姿が可愛い。女性なら何よりも時間をかけ飾り立てる身だしなみより、スープが食べたいという言動が可愛い、たまらなく可愛い。
王女らしからぬ行動…扉を力一杯開ける姿が可愛いすぎた。
アレンがエルティーナにとってまるっきり、これっぽっちも《男》として見られていない事が何故か辛くはなかった。
エルティーナにとって、アレンは侍女や家族みたいなものだと。我が儘が言えて甘えられる存在。夫婦は離れることがあっても、家族は離れることはない。離れていても大切に想い続けていい。ずっと続く幸せ……それがアレンの望む幸せだった。
「……アレン…。ひどいわ!! 笑わないで!!」
「申し訳ございません。会話の内容があまりにも衝撃すぎて。エルティーナ様らしくて可愛いですよ」
「むぅ~~~……ふんっ!!」
(どうしよう…涙がでそう)
舞踏会での一見で気まずくなり会わなかった昨日。時が経つにつれ、ますます会いづらくなっていたが、いつものアレンがいて、いつもと同じ光景だ。アレンが優しいし怒ってない。
いつもと同じような朝をむかえられ、嬉しさから踊り出しそうである。
「さぁ。温かいうちにどうぞ」
アレンの優しい声で胸がいっぱいになる。二日前の事が嘘みたい…。悪い夢を見ていたのだろう。
(神様…、旦那様もすぐ決めます。我が儘もいいません。……だから……もう少しだけ。あと少しだけ……。アレンの側に…いさせてください……。
あと…少しだけ……)
今この瞬間に感謝しながら、エルティーナは可愛らしく跳ねる。
「わぁ!!! 久しぶりだわ!!! アレン、早く開けて! 開けて! ……う~ん。いい香り。幸せ~」
「…くすっ。注ぎますね」
「ええ。よろしくお願いします!!」
目の前には注がれた湯気の出るスープがある。食べてしまうのは大変もったいないが、インテリアとして置いとくのは無理だから、泣く泣く食べる決心をもつ。
「わぁ!! では…《太陽神と大地を育む生命達に心からの感謝を…》」
エルティーナは、王国では当たり前にされている…食べる前の祈りを捧げて。早速食べ始める。
銀スプーンを手に持ちスープをすくう。細かく切られた食材がスプーンの上で、ゆらゆら揺れている。
溢れないように、いつもより少しだけ口を大きく開けて中に流し込む。
(美味しいわ!!! 食材が小さく切られているからスプーン一杯で、色々な味わいが楽しめる!!! さすが、アレンだわ!!!)
「アレン、美味しいわ!!!」
エルティーナは、興奮気味にアレンの顔を見た。その瞬間衝撃が走る。
(…ぃやぁぁぁぁぁ!! 何!? 何なの!? 変な…気持ち…に…な…るし…気が遠く…なる…)
エルティーナは、ただ美味しわ。と…ありがとう。という為にアレンを見たのだが、アレンの顔が…表情が強烈だった…。
エルティーナに向けるアレンの顔は、清々しい朝に見るものではなくなっていた…。
恍惚とした表情に、あり得ないくらいの色気がのった薄く開いた唇。
そこから官能的な息がはき出され、うっとりとしたアメジストの瞳には、男の底知れぬ欲望が垣間見える…。
まるで、甘く柔らかく官能的に、アレンから口付けをされている気分になった。
エルティーナのファーストキスは、もちろんアレンだが…幼かったころの実際の口付けより、今起きている場面の方が断然! 男女の肉体関係みたいなのだ…唇と言わず…身体が絡めとられそうである。
「はっ」と我に返って、スープに目を戻した。
エルティーナの頭の中は疑問がいっぱいで、しかしこれ以上アレンを見ると失神する自信がある為、視界にアレンを入れないようにスープを飲みすすめる。
(だめ…気になって…味が分からないわぁ!!)
「…アレン!! 食べるのを待ってなくて大丈夫よ!!」
案に何処か違う所にいって!! のつもりで、エルティーナは必死に懇願する。
「いえ…久しぶりに作ったスープでしたので、ちゃんと食べれるものに出来上がっているか気になります。
私の事は、気になさらず…」
アレンの声が色気たっぷり甘くて濃厚で、例えアレンの姿を視界に入れなくてもエルティーナは意識が飛び、失神しそうであった。
エルティーナはいたたまれない状態で、スープを全て食べきった。
悲しいかな美味しいであろうスープは、全く味の分からないものになっていた……。
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