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2、フェリシーの気持ち

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 芦毛の逞しい馬が六頭で引いているのは、ルキシール国の紋章が彫り込まれた馬車。
 紋章以外にも美しい花々が咲き誇る庭のように彫り込まれた馬車は、一目で王族と分かるもの。その側には騎士が四人、ぴったりと側につき走っている。
 遠目で見る分には目の保養だが、今馬車の中は行儀の悪い態度で、さらに我がままし放題の長女エディスと次女ファニー。静かな三女イレーヌと当たり散らされている四女フェリシーの四人が乗っており、百年の恋も覚める状態だった。


「あー暑いわ、暑い。フェリシーどうにかしてよ~ 」

「ど、どうにかと言われても……エディスお姉様。こうして扇いだらましかと思います」

「あら、ほんと…まぁまぁね」

「フェリシー、ずるいわ!! なんでエディスお姉様だけ? 私にも扇いでよ。手は二つあるでしょ」

 ファニーはフェリシーの腕を叩いた。

「ファニーお姉様、分かりました。扇ぎますから、腕に爪を立てないでください。お姉様の爪はとても美しいけど、凶器にもなりますので」

「いやぁ~ね、わざとよ。美しいモノにはね、棘があるものなの。薔薇だってそうでしょ? 殿方に私は美しいから棘もあるって分かってもらわなくちゃ。だから、伸ばしてるの」

「うふふっ、ファニーの言う通りよ。年頃の娘がフェリシーみたいに短く爪を切っているなんて、おかしいのよ。お父様にもお母様にも、怒られても切るじゃない?? フェリシーは馬鹿なの? あははははっ 」

 フェリシーの方を見ず、走る馬車の窓に目を向けながら、会話する長女エディス。彼女は自身が一番でないと落ちつかない性格の女性だった。
 彼女の性格が人より曲がっているせいで、嫁げていない状況を本人が全く理解出来ていなかった。


「そうです…ね…、爪を伸ばしたら、作業がしにくいから…服を着るのも不便だし…だから私は短い爪が好きです」

「服は侍女が着せるものよ? あぁら、ごめんなさい。一人が好きだからって侍女はいらないっていったから、貴女は一人で服を着なくてはいけないのね。
 わざわざお父様に 反抗するなんて、面倒くさい子ね~。もうちょっと強く扇いで、フェリシー。まだ暑いわ!! 」

 甲高い声で喚いている姉に呆れながらも、フェリシーは微笑みながら扇ぐ。

 エディスお姉様は可愛いと思う。泣いているよりは笑っているほうがずっといい。女性は可愛く我がままで殿方を喜ばせるものと母が口を酸っぱく言っている。でも分かっていてもフェリシーには無理だった。姉達のようには割り切れないから仕方ない。

 扇子で長女エディスと次女ファニーを扇ぎながら、昔の思い出が脳内によみがえってきた。



 今から遡ること五年前。フェリシーが十歳の誕生日を迎えた時、ルキシール王国から大選抜され選び抜かれた、侍女になるべく集まった令嬢達。

 侍女と銘打たれているが、その内彼女達の結婚相手を王女と一緒に探す理由に付けられる。
 王女の侍女になれば、他国の王族や貴族との交流に一緒にいける。王女達の側におればそんな上級貴族達の目に止まるかもしれないからだ。王女達の侍女になるのは、ルキシール国内独身女性の憧れだった。
 選び抜かれた美貌に頭脳、権力のある実家を持つ娘達が集まった。


「さぁ お前達には、今から専属の侍女を付ける。卑しい身の者たちではなく、最高ランクの侍女達だ。お互い切磋琢磨して高め合うが良い」

「「「「はい」」」」

 父の声で四人の娘は同時に返事を返した。

 一人づつ紹介されていく中、フェリシーはムズムズしながら待っていた。友人がいないフェリシーは、自分に付く侍女と親友になれれば素敵だと考えていた。

 姉達の侍女のお披露目が終わり。いよいよフェリシーの番という所で、部屋の外からは人の泣き声が聞こえる。


「そんなぁ……ひどいわ…こんな美しい私が……エディス様でも、ファニー様でも、イレーヌ様でもないあんな子の侍女だなんて……何故? 何故なの!?
 …私は彼女達よりも劣っているというの? 嫌よ、嫌……嫌ぁ……」

 それでも、決定された事項は覆らない。
 室内に泣きながら顔を真っ赤に染めやってきた女性こそ、フェリシーの侍女になる人。彼女は嗚咽から上手く会話が出来ない状態だった。

 そんな彼女が可哀想で、フェリシーは痛む苦しい胸にそっと手を当てた。

(「大丈夫。大丈夫。きっと上手くいくから、そんな風に泣かないで」)

 フェリシーは、拳に力を入れ背筋を伸ばす。


「お父様!! 待って下さい。
 侍女の件ですが、私は一人が好きですし、十歳になったところです。まだ侍女は必要ございません。
 だから…ナターシャにはリナと共にエディスお姉様の侍女になったら良いかと。
 エディスお姉様は、今後、国の後継者となる男性を見つけなければなりませんから、侍女は一人より二人の方が見栄えがいたします。是非、一度お考え下さいませ」

 フェリシーはゆっくりとその場で、父王に頭を下げた。

「なるほど。フェリシーの発言は的を射ている。お前ごときにナターシャは勿体無いな。平民の侍女で十分だ」

 自身で頼んではいても、父親の辛辣な言葉には深く傷ついてしまう。

「……はい……」

 痛む心に蓋をして、絞り出すように声を発する。苦しくて哀しくて、寂しい。
 でも二人の侍女を付けれて喜ぶエディスと、満面の笑みで喜ぶナターシャを見て、これで良かったんだと。少しだけ嬉しく、少しだけあたたかい気持ちがフェリシーの胸に広がった。




「なぁに、ぼーっとして、扇ぐ手が止まってるわよ、フェリシー。暑いからしっかり扇いでちょうだい!!」

 エディスの声で思い出の中から、引き戻されたフェリシーは「すいません」とすぐ謝罪をし、今しなければならない行為を再開する。

 柔らかく微笑みながら、扇子でエディスとファニーを涼めるフェリシーを見て、三女イレーヌは見て見ぬふりをする。
 どう考えても、エディスとファニーがおかしい!! と思っていてもそれを口に出せるほど、イレーヌは強くなかった。

 可哀想な妹を庇うことは出来ないが、私だけはフェリシーには何も頼まないし、イレーヌ達が近づくだけで、姉や姉付きの侍女から嫌味を言われる妹を見るのが辛くて、近づかない。目を合わせない。イレーヌは無視をする、それが精一杯の勇気だった。

 馬車はもう少しで、荘厳に輝く王宮に入城する。





 その頃王宮では、一悶着が繰り広げられていた。

「何故?? ちょっと、どいてくださらないかしら。ダミアン様。私が誰か分からないとでも??」

 豊満な胸をこれでもか!! とコルセットで寄せて上げている令嬢モニク。金色の髪に金色の瞳、眩しいのは見た目だけではなく、身体中から匂う香水の香りに、内からくる自信の輝きは凄い。
 それもそのはず、彼女は王国随一の権力をほこるダル家の娘だからだ。

「……勿論、存じております。ダル家のモニク様です」

 ダミアンは恭しく頭こうべを垂れる。アリアの夫であり、騎士であるダミアンの態度に少し気分が良くなったモニクは冷静になり、胸を強調するように寄せながらダミアンに擦り寄り〝お願い〟をする。

「もう、分かってらっしゃるくせにぃ。わたくし、リュシアン様に会いに来たのよ?
 いつでも、何があっても覚悟は出来ているの。妻になるまで我慢をされなくても、わたくし……リュシアン様なら…何をされても、構いませんの…お父様もお母様もリュシアン様だったらって……。
 今日の舞踏会では、わたくしと一番に踊るかと思います。その時に……ね、溜まってらっしゃると辛いんじゃないかと思って。まいりましたのよ……ダミアン様、分かって……」

 王族専用談話室のドア前で、鉄壁の守備を固めるダミアンは、溜め息が出るのをひたすら堪えていた。
 どうしたら、この大いなる勘違い令嬢を追い返せるか、悩んでいた。

 なんだ、こいつは?? ダル家の人間は、どうなっている?? 自分のどこを見て、リュシアン様がお前に性行為を希望していると言える? 馬鹿馬鹿しい。
 リュシアン様が獅子だと分かっていたら最低でも、その臭い香水はとってくるはず。俺たちでもリュシアン様の側にいる時は体臭に気をつけているのに、呆れる。

 話が一方通行で、だんだんと苛立ち募ってきたダミアンの前に、天の助けがやってきた。

 その人は歩くだけで周りを浄化しているのではないか? と思わす清廉さが滲み出ている。
 モニク令嬢と同じ金色の髪と金色の瞳だが、一緒の色だというだけで失礼だと。恥ずかしくないのか? と怒鳴りたくなるほど、モニク令嬢と違っている。
 周りを浄化しながら歩いてきた美しく華やかな女性は、おっとりとしながらも、喚くモニク令嬢とイライラしているダミアンの間に有無を言わさず、すっと身体を入れた。

 その後に発せられた声は、何者にも屈さない支配者としての誇りを感じる声だった。


「お久しぶりです、モニク嬢。お元気そうでなによりです。
 お会い出来たのはとても嬉しいですが、ここは王族専用のフロア。
 例えダル家の貴女でも、規律は守らなくてはいけません。リュシアンの隣に立ちたいなら尚更気をつけなくては。規律も守れない者を、王族に招き入れることは致しません。分かって頂けましたか?」

 美しい旋律にのって、王妃然としたフルートの声は長く続く廊下に響きわたる。

 流石のモニクもフルートに印象悪く映るのは、拒否したい。

「……王妃様のお話は理解出来ましたわ。でもわたくしは、リュシアン様の為を思ってですの。この場は引きますが、リュシアン様がわたくしを望まれましたらお断りは致しませんわ。
 それでは、舞踏会の用意もございますので失礼致します」

 モニク嬢は膝を曲げ、軽く頭を下げた後、踵を返し王族専用の談話室を離れていく。
 その後ろ姿を見て、石でも投げてやろうか?と思うダミアンの心は正常といえた。

「本当に、ふざけているわね」
 フルートはそう言い放ち、ドアをノックし中の声を待つ。

「母上、どうぞお入りください」

 腰をくだく甘い声が中から聞こえる。例えドア越しであってもリュシアンの声は曇ることなく甘く甘く響く。


「失礼するわね。あらっいい香り」

「ええ。オーギュストが紅茶を入れてくれました。母上も一緒にどうですか? 今、本の続きを読む気にはなれませんので」

 常日頃能面のような笑顔のリュシアンが、母にだけ見せる感情の入る笑顔。
 愛する息子の軽蔑感満載の微笑みを見て、天地がひっくり返っても、モニク嬢がリュシアンの花嫁になれる未来はこないわね。と確信してフルートは呆れながら優しく微笑んだ。


「ごめんなさいね。モニク嬢を追い払うのには、あぁ言うのが早いかと思ったの。聞こえていたわよね……」

 白い頬に手を当て考えるように、重厚なソファーに腰掛ける。

「母上が謝る必要はないです。ダミアンでは追い払えず、吐き気のする言動を、後どれくらい聞かなければならないのか、憂鬱でしたのでありがたい」

 今度のリュシアンの微笑みは安心感が出るものだった。その本心からの笑みに、フルートは少し肩の力が抜けたのだった。

「リュシアン様、申し訳ございません。俺が至らなくて」

「気にしないでいいよ。ダミアンではあの子をあしらうのは無理だ。
 あの子は、私からすれば腐りきった精神が身体の中から滲み出てきていて、鼻がもげる。早く気付けばいいのにね」

 優しげで柔らかな声色だが、放たれている言葉は背筋が凍る。
 直立して固まるダミアンと、紅茶の用意を中断してしまうオーギュスト。二人はリュシアンがかなり怒っていると肌で感じていた。
 固まる二人。フルートだけは、テーブルを見つめながら思いにふける。そして、本来ここに来た理由を思い出し、勇気を出してリュシアンに話し出した。


「リュシアン。説教くさくなるかもだけど、少し話を聞いてくれる?」

 決心がはいる母の瞳を、美しいと感じながらリュシアンは穏やかに微笑み返した。

「母上の包み込むような声は、どんな内容でも嬉しく思います。母上は私の数少ない愛している女性の内の一人ですから」

「……ありがとう。リュシアン……」

 黙ってしまった母フルートに、どうしたものかと思う。リュシアンから口を開こうとしたその時、母の瞳の色がより濃く鮮やかな金色に変わっていく。

「……は、…… 」

「リュシアン。先ずは舞踏会の事はごめんなさい。言い訳になるけど、この時季には国として新しい出会いを提供しなくてはいけないの。国の為に沢山の子供を残していきたい。だから、若い令嬢達や青年達に素敵な出会いの場を作ってあげたいのよ。
 貴方がどれほど女性が嫌いか分かっている。昔ね、吐いていたのも知っているわ……。
 令嬢達の相手は辛いだろうと……。でも貴方は文句一つ言わないで、令嬢達には夢のようなひと時を提供してくれているわ。
 美しい貴方を見て『神の子』である貴方を、我がものにしようと…。
 だからね。これからは嫌なら嫌と言いなさい!! 触りたくないと、気持ち悪いと言いなさい!! 言って構わないわ!!……貴方はミラ王国に十分貢献してくれた。
 これ以上貴方に我慢を強いては『神の子』を私の身体に宿してくれたミラ神に合わせる顔がないわ!! 」

 まるで贖罪のような母の姿に、リュシアンこそ申し訳なくなっていた。
 自身が女性を嫌いだからと、王太子であり国を受け継ぐべき存在なのに、子を成そうとしない。
 己に課せられた役目を、気持ち悪いからと、子供のような言い訳で撥ね付けている現状を改めて理解していた。

「私が例え『神の子』であろうと、ミラ神は関係ないです。記憶にもない、見たことも、会ったこともない神に情はわきません。
 私の母は母上だけ。父は父上だけ。それ以上もそれ以下もありません。尊敬しておりますし心より愛しております。今まで通り、舞踏会でのダンスパートナーくらいなら、令嬢達の相手は致します。
 ただ………口付けや性行為は、申し訳ございません、出来ません。口付けは何とかなっても、性行為は物理的に無理です。嫌悪の対象の彼女達を見ていては、どんなに頑張っても身体が性行為する状態にならない。
 マイアを見て嬉しそうな母上や父上に、私の子も抱かせてあげたい、とは思います。そう出来ない自分が情けないです」

 苦しそうに笑うリュシアンに、フルートの瞳からは涙が洪水のように流れ続ける。

「……ごめんなさい。……ごめんなさい。そんな……ごめんなさい」

 泣きじゃくる母フルートの側に移動し、肩に手を置き軽く抱きしめる。

「私には愛する家族がいます。友のような護衛騎士、ダミアンやオーギュストもいます。私には充分過ぎる愛する人達がおります。
 …女性の肌に興味が無いわけではないです。母や父。ダミアンやアリア。オーギュストやエリザ。皆のように己の唯一の相手に会えば、私も肌を合わせたいと思うのか? と夢は見ます。
 会えるかどうか分かりませんが、会えれば……。禁欲生活が長い分…自分がどうなるか、分かりませんね」

「まあぁ!! そんな方が出来れば教えてね。応援するわ、絶対よ!! 」

「はい。一番に母上に言います」

 重い会話はここまで。最後は近況報告を楽しく聞き、穏やかに時間は過ぎていった。王妃付きの侍女達が舞踏会の用意を……と入室してきて、親子のひと時は終わる。


 フルートが談話室を出るのを、優しく見送り。リュシアンはまた元のソファーに腰を下ろした。



「リュシアン様は、お優しいですね」

 オーギュストの唐突な台詞に首を後ろにひねる。

「優しくはないよ。優しい嘘がつけるんだ。母上に話した内容が全部嘘ではないが、本当でもない。
 女性の扱いは慣れたものだからね。どうしたら喜ぶか分かるんだ。
 母上を大好きなのは本当だよ。私の身体を求めてこないからね。身体を求めてくる厄介な令嬢達とは違うから大好きなんだよ」

 人を虜にする蕩けるような微笑みでも、感情が欠落しているリュシアンは、近い間柄になればなるほど恐さが増す。


「……リュシアン様…俺。結構嬉しかったんですが……出来ればあのまま騙していて欲しかったです」

「ふふっ。騙すだなんて、嘘ではあるが、全て嘘ではないと言ってるよね。何処までが本当か考えてみて、報告書でも書いてくれたらいい。添削しよう」

 そんな会話の中また、ドアが叩かれ嫌な令嬢達が押しかけてきた。

「……私はしばらくトンズラするよ。後、よろしくね」

 バリバリバリッと、衣服が破ける音が談話室に響き渡ると同時にダミアンとオーギュストの目の前には美しい黄金の鬣を靡かせた獅子が悠然と立っていた。

 そう、リュシアンは彼らの前で一気に獅子の姿に変わったのだ。

 器用に窓を開け、一切の躊躇もなく飛び降りる。王族専用談話室は八階の高さがある。普通は死ぬ。
 がリュシアンには何のその。リュシアン専用とも言える窓。以前ガラスをぶち破って外に出た為、一応獅子姿でも開けれるように建て直されていた。が普通はこんな高さの窓は開けないし、近づかない。

 地面に優雅に着地し、走り出したリュシアンにオーギュストは叫ぶ。

「舞踏会までには、お帰り下さいませ!!」

 リュシアンが振り返るのを確認し、窓を閉める。



「なぁ…オーギュスト。リュシアン様は獅子になる時、何故服を破くんだ? 何故普通に服を脱ぐという選択をして頂けない??
 最高級のシルクの生地がめちゃくちゃだ」

「いうな、私も毎回毎回毎回、思っていたよ。だれが片付けると思っていらっしゃるのかと。はぁぁぁ…」

「オーギュスト、大丈夫か??」

「なんとか。早くこれを片付けないと、変な性癖の令嬢達にこれが見つかったら、何に使われるか……。考えただけで寒気がする」

 二人は破かれたリュシアンの服の残骸を見ながら、同時に深いため息をつく。



 リュシアンが運命の出会いを果たしている時。ダミアンとオーギュストは、あつかましい令嬢の相手を彼らの愛しき妻が戻って来るまで付き合わされたのだった。

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