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15、フェリックスの宣言
しおりを挟む朝早く自宅に帰り、友人の代わりに仕事へ行くと両親に伝えた時のあの意味ありげな両親の顔。思い出すだけでゲンナリする。
(誤魔化しはしないが、こちらはまごうことなき青年期真っ只中なんだぞ?
何故挨拶もせずダリアから逃げるのか? などと言われたくない!!)
もうあまり性欲がない両親にだけは言われたくない。母であるルルには「ダリア様の約束を破っておいて、手頃な女で処理するのはどうか?」とまで言われた。
(半日中、フル勃起したまま、苦しんだ俺へのあの容赦ない台詞、あり得ないだろ!?)
職場につけば、さらに気分は滅入る。女達が付き纏ってくるからだ。
フェリックスが所属している部署は情報管轄部実戦部隊だ。そこはいち早く情報が入り、国を動かす大切な部署だが、婚活の場所としても一等だった。
情報管轄部署には、フェリックスが所属する荒事が基本の実戦部隊と、女の花形事務職と分かれている。当然この部署にはエリート(魔力量が人より抜きんでている)が多く。
仕事もだが、一番恋多き部署だった。
フェリックスにとっては、そんな部署でも興味はない。好きでもない女にまとわりつかれても、全く嬉しくなかった。
「団長、おはようございます」
「おう!! はよっ。あれ?お前は休みじゃ?」
「休む必要がなくなったので、明日からの休暇申請は取り消しと。今日はアダルブレヒトのかわりに出勤致しました」
「あいつは風邪か?」
「まさか、俺の事情を汲んでくれたのですよ」
「ふーーん、で。これお前宛て」
団長は少し前に代替わりしたところ。現団長はいかにも団長!と言わしめる見目であり、犬族なのに熊みたいな人だ。
赤茶色の刈り上げた短い髪と濃い髭がさらに熊のように見え、182センチの身長、体重は110キロと大柄。38歳とまだまだ若く精力旺盛だった。部下に慕われるタイプと言えた。
渡された資料を受け取り、フェリックスは目を通し。いきよいよくゴミ箱に。
「おい、おい、貴重な釣書をなんだと思っているんだ!!」
「団長、今度釣書を渡したら、この場で獣化して暴れますよ」
「なんで、そう頑なに嫌がる!! いいとこのお嬢さんだぞ? 前向きに考えてみたらどうだ」
「団長の娘さんも入ってましたけど」
「ほら、それはだな、娘がまた会いたいとせがむし。うちの嫁に似て、めちゃくちゃ可愛らしいから、お前にも会うんじゃないかと…」
モゴモゴ言い訳を並べる団長にフェリックスは溜め息を吐く。気分は絞め技をかけたい気分。
気に入られるのは嬉しいし、ジャック団長は尊敬しているが団長がいい女と思う定義がフェリックスと極端に違う。
団長の妻はポメラニアン種、娘三人全てポメラニアン種。団長に似なくて良かったものだが、可愛い見た目で、したたか且つ口が煩く、すぐ泣いて弱さを見せつけ男を落とそうとするキュルン系女子。
あくまで一般論としてキュルン系女子は人気だが、フェリックスは美人系が好き。
(くそっ、面倒だな)
とうとう団長まで自分の娘を紹介したいと言われたら苛つきもマックスだ。
すでに自分の恋心を認め、そこの折り合いをとろうと必死な時に、キュルン系女子は一番、関わりたくない。まだ高圧的な香水女の方がマシだ。
管轄部署には沢山の女がいる。フェリックス狙いの女もそれは多い。団長の娘(美人で有名)も参戦してきて一様に皆の目がギラギラ。
(引導をわたしてやるよ)
フェリックスは本気で苛ついていた。
「団長、俺には心に決めた人がいます。青年期ですし、色々…身体が一応女であれば関係を持ちは致しましたが、その誤魔化しも効かなくなりました。
俺は彼女以外の人を好きにはなれない。自分の心を殺すのは諦めました。
狼種の重度の一目惚れですので、たちが悪い。申し訳ございません」
少々…だいぶ、室内に響くように宣言した。
書類やらなんやらがバザバザと落ちる音が聞こえるが、フェリックスは知らない。
「見回りに行ってまいります」
復活したジャック団長が、フェリックスを呼び止める。
「まて!! 一目惚れ!? 俺の娘だってな、」
親バカもいい加減ムカつく。団長の娘には何度か会った。挨拶程度だったが、それはねちこくまとわりつかれ辟易。
管轄部の自分に自信ありの女らが、腰を上げてきたのを視界に入れ、フェリックスは高らかに宣言してやる。
「団長、俺の初恋はダリアです。
ご存知だとは思いますが、ダリアはフェア王国 妖精王の実子で、妖精王と同等の魔力量を保持し、まだ両性具有ですが、絶世の美女と言われているダリアです。
俺の理想は世界一高いのですよ。いい身体?美人?有能?ダリアより上にいってからアプローチを願いたいです。この世に彼女以上の女がいるとは到底思えませんが」
女だけでなく男達もポカーンと口が開いている。フェリックスの宣言はガキの妄想そのもの。妖精族に恋をしているというと、しばらくは馬鹿にされる。
若気の至りで、馬鹿も休み休み言えと、思われて承知。好きなんだから仕方ない。
「では、見回りに行ってまいります」
硬直する面々を残し、フェリックスは仕事に戻る。快適と言えば快適。皆が腫れ物を扱うように接してくるからだ。
噂は広がる広がる。流石の色男でプレイボーイの名を欲しいままにするフェリックスでも、女からは遠巻きに、男からは可哀想にと酒を奢られる始末。
これを知った父ハクリには、深い溜め息を顔が会う度にされる。そこに母ルルまで加わり、嫌な気分は最高潮に達した。
ダリアがフェア王国に帰って6日目の事だった。
*
この日も夜勤。やっと職務が終わり騎士団専用の大浴場に入り、現在は同じチームであるアダルブレヒトと朝食を食べていた。
「お前まじ凄いな、夢の中で暮らす童貞男達から、神だって言われてるぞ」
「それが?最近、見合いと釣書が少なくなって快適だ」
「ただの憧れだけで、貴重な見合いを断るなんて、なんて健気ってなってんぞ。
まさか本当に知り合いで、あんなガッツリ密着して抱き合ったり。股間撫で撫でされるくらいの仲とは知らないだろうな」
ゴンっ!!! 食堂に鈍い音が鳴る。
「ブヘッ!! 痛ぇーお前な、殴んなよぉ、まじ痛ぇー」
「酔って喋った俺も悪いが、お前の口に出されたら綺麗な思い出が汚れるからやめろ」
「くっそーすぐ手が出る奴いやだ!!!」
「回復してるんだってな」
話が変わる。フェリックスは先ずそれを聞きたかったのだが、アダルブレヒトの阿保が余計な事を言って話がズレた。
「あぁ、効き目は凄いわ。まさに神の妙薬だ…」
「誰にも言ってないな?」
「言ってない。あいつはずっと寝たきりだったからな、病が治ったからすぐ動けるってな訳じゃないし。
本人も身体から痛みが消えて、めちゃくちゃ不思議がってる。
でも何故かは聞いてこない。いや、犯罪ではないか?と真剣に言われたが、それは絶対にないって言ったら泣きながら笑いやがった」
「良かったな」
「女神のおかげだ!!」
アダルブレヒトとはこれで別れ、フェリックスは王宮を出て、自宅を目指す。
精神的にもだいぶ疲れていた。
あの時、ダリアから逃げた選択は悪いとは思わない。だがもういつ会えるのか、このまま死を迎えるまで会えないかもしれない。
凛音様とダリア。二人がこうして会いにくるのも奇跡だった。
次はいつになるか、二年後か三年後か、明日明後日とはない。まだ身体中にダリアの温もりが感じられる。避けていた自分を呪いたくなった。
昼過ぎだ。
母も父も仕事だろう。自宅には誰もいない。
疲れた身体を引きずりながらフェリックスは自室に向かう。
部屋に入れば何度もダリアとの戯れを思い出して身体が熱をもつ。興味でも良かった。あれを止める必要はなかった。
「ダリアは俺のを見て綺麗な形だと、言ったんだ。嫌悪でなく興味ならば、そのまま触ってもらえば…」
汚い願望に眩暈がする。
フェリックスは棚の中。小さな箱に納めていた宝石を取り出す。
ダリアが溢した涙の宝石だ。どれだけ貴重か分からない訳ではないが、誰にも言わず持っている。
実は一度飲んだ事がある。高熱が止まらず、間違いなくその病はシェルバー王と同じ病だった。
四肢がバラバラになる痛みに耐えきれず、幼い俺は苦しいと泣き喚いた。そこにたまたま遊びにきたダリアが俺に同調し泣き出した。
溢れた涙は宝石になった。
当時の俺はそれに釘づけとなった。ダリアの涙に濡れた瞳は大きくて吸い込まれそうで、見惚れていたら、小さな手にもたれた涙の宝石を口に無理矢理詰められた。
飲んだ瞬間に身体中の痛みがなくなり、全快。父と母は平伏して謝り、凛音もダリアが勝手に飲ませたと謝り大会。そんな親達を無視し、ダリアは俺を触りまくる。
「もう いたくない?」と最後は唇を触ってくる美少女に見惚れるしか俺は出来なかった。
懐かしい思い出。
(あの頃からダリアは美女だった…)
一粒手にして、口に入れた。飴玉のように口の中をコロコロと転がす。
元涙であるが塩味がする訳もなく、無味無臭。どの行動もかなりイタイ。
(どうするかな、これ。返したくないなぁ)
歪んだ心は、口の中を転がした宝石をグッと喉に入れた。健康体であってこれを飲む必要はない。だが、もう頭も身体も限界だった。
喉を通った宝石は、ほのぐらい喜びを運ぶ。
眠気がやってきたフェリックスは、ベッドに横になる。
寝付けない日々を忘れるほど、不思議とすぐに眠りに入った。毎日身体が発熱し苦しんだのが嘘のようだ。
(ダリア…会いたい…)
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