妖精王の味

うさぎくま

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29、風呂場

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 大浴場までは距離がある為、凛音らはダリア妃と側妃三人プラス、エティエンヌフューベルとで歩いて目的場へ向かう。

「本っっっっっっっ当に、楽しみです!!!」

 力一杯身体全部で表現する凛音に、エティエンヌフューベルは癒されていた。


「良かった。一緒に入れないのが残念だが、国に帰ったら一緒に入ってくれるな?」

「はい!」

(って、うん?? 一緒に入る??)

 凛音が疑問に思い、拒否しようと口を開くよりも早くエティエンヌフューベルは、色気で落としにかかる。

「私は寂しい思いをするんだ。ご褒美がないと待ってられない。分かってくれるな?」

(えっ…と、分からないですけど…)

 凛音の顔は明らかに「はぁ?」という顔だけれども、そこは我が帝王気質のエティエンヌフューベルだ、返答をしない凛音に畳み掛けるように、甘ったるい色気を放出しながら、殊更悲しげな顔で同情を誘う。


「凛音は、私が嫌いなのか?」

 キュるん……。凛音は簡単に落ちた。

 そもそもがエティエンヌフューベルは凛音にとって、超絶タイプの体格に顔、とくに顔。
 それを最大限に使い、凛音が一番チョロく落とされる懇願系で攻められた結果は、ほぼ決まっている。


「き、嫌いな訳ないです」

「ありがとう。では国に帰ったら風呂は一緒だな」

 うっとりとエティエンヌフューベルの顔に見惚れて思考がゆらゆらな凛音は、言葉の意味をしっかりと理解せず頷いた。

「…は、はい」

 国に帰ったら一度はエティエンヌフューベルと入浴する。あくまで一度きり。それが、いつも入浴は一緒とも取れる言動に凛音は頷いてしまった。

 ダリアと側妃三人は、凛音を上手く丸め込むエティエンヌフューベルの狡猾さに、流石歴代最高と言わしめる妖精族の王だと改めて思っていた。

 そう、妖精族は見目の美しさ、生きる長さ魔力の強さだけでなく、口の上手さとその輝く見た目、それにプラスし、残酷で残忍な性格なのだ。

 ダリア妃は心の中で『ご愁傷様、天草様』と。凛音の今後を想像し、ぐっと溜め息を飲み込んだ



 ただの風呂。されど風呂。最高の風呂。

 風呂に入るまでに今生の別れか? と思うほどにベタベタと、濃厚な色気を浴びさせられ、少し胃もたれを起こしていた凛音は、久しぶりにエティエンヌフューベルと離れて、変にテンションが高かった。

「うぁーーー!広いっ!!素敵っ」

「はい、自慢の浴場です」


 ダリアがオットリ微笑みながら背後に立っていた。思わず「うわぁー…」と言葉が出たのは仕方がない。

 これでもかと張り出た胸部に、くびれたウエスト、そこから続く腰は見事な曲線を描いている。
 女性版エティエンヌフューベルに引けをとらない肉体美だ。

 付け足すようだが、ダリア妃以外の妃。三人の妃もそれは見事なのだが、ダリアは種が鷹だからか筋肉質の良い身体で、他の妃はそこまで…ではない。

 それでも到底凛音には勝てない肉体美だ。


(……ふんっ!!!いいのさ、いいの! だってエティエンヌフューベル様は、胸がそこまでなくたって、お肉がたるんでたって〝私〟がいいんだから!! そうだ、気にしない気にしない)

 落ち込みそうになる気分を力技で上げながら、凛音は目の前にバーーーンと並ぶ肉体美から視線を外した。


「天草様、こちらからお入りください。どうぞ」

 ダリアに案内された浴場の一つに足を向ける。大浴場にはたくさんの穴があって、そこに色とりどりの湯が入っていた。

 日本にいた時も温泉好きだった凛音は各地の温泉を入りにいったが、赤茶だったり白く濁っていたりくらいで、こうも鮮やかな色の湯は知らない。

 赤や黄色、グリーン、スカイブルー、パープル、ピンクと、目がチカチカする浴場だ。

 で、一番最初に案内されたのは、凛音には普通と思える、懐かしい乳白色の湯だった。


「ミルクの色ですね! 綺麗…」

「こちらの湯が一番肌をしっとりきめ細やかにする効用があります。天草様はとても美しい肌をされてますが、さらに美しくなれば妖精王は、お喜びになります」

「そ、そうですかね…」

 直接的な褒め言葉は照れる。例え褒めるにも基本が遠回しのザ日本人には、この世界のオープン発言にはむず痒くなる。


「本当に肌、綺麗ですね。何をすれば美しい肌になるのでしょうか?」

 声をかけてきたのは、ダリアではなく側妃三人の内の一人、メリーだった。

 凛音のことなど眼中に無しかと思えば、側妃三人ともキラキラした目で凛音を見ている。

 基本が強か弱しかない世界。グレーが存在しない。強い者(肉体的、精神的、魔力的)が覇者。弱い者は強い者への憧れと忠誠が異常に強い。


 表と裏の顔が違うのが基本であった凛音の世界とは違い過ぎて、動揺する。

「き、綺麗…ですか?」

「はい!!! 柔らかな肌の色にシミ一つなくて、弾力があり触りたくなります」

(触らないでよ!!)

 ワキワキと動く側妃メリーの手に、思わず内心ツッコミを入れた。

「乳液…そのオイルみたいなもの? 肌の水分が蒸発していかないようにする液ね。あれでしょ、特別な時にしか使わないらしいけど、あれは出来れば入浴後、全身に塗るといいですよ。
 しっとりするし、こう血流を流す感じでマッサージしながら塗り込むと、より効果的です」


 いつの間にか凛音の周りには、アユーバラ国の皆々様が集まっていた。もう風呂場が勉強会の会場みたいになっていた。

 あれがいい、これがいい、と女子達が集まれば華やかになるのは当然で、互いの美しくなる為の、あれやこれを披露していく。


「お姉様のお話は興味深いですわ。流石、妖精王の伴侶様です。妖精族でもないのに、若いのは不思議です」

「35歳だなんて、信じられないですわ」


 本当に皆が驚いているところ、逆に凛音も驚いていたし、誤魔化したが、こちらの世界にきて数ヶ月は経っている。
 向こうの世界では、後ひと月で誕生日だった。なので、凛音は現在36歳だ。
 誕生日を祝うというのはこの世界にはあまりなく、妖精族は長すぎる寿命で、数える事がないのだとか。

 面倒で凛音は35歳として通していた。


「私は貴女達がまだ15歳だって聞いて、引いてるわ。あと、お姉様って呼ばないで下さいね、貴女がたのお母さんより上だから、お姉様はきつい」

「わたくし達の母は、お姉様みたいに美しくないです。母だなんて失礼ですわ!」


 ハーリアの側妃三人のうち一人、メリーが目を輝かせ凛音を見つめてくる。

(やはり、こうなった。いつもこうなる)

 ハーリア王の側妃メリープラス二人、正妃ダリアと後、風呂に入っていた数名の女児。

 わきゃきゃ、うふふふ、あはははは、きゃきゃ、と元気だ。

(若いっていいなぁ…)

 凛音はしみじみと思う。

 前の世界(地球)でも、こちらの世界(異世界)でも、やはり凛音は女にモテまくる。

 名前の如く、凛として姉御肌だからだろう。凛音を姉御と呼び、可愛いくてまとわりつく女子は、羨ましいのも含めて結構好きだった。


 だが、その楽しい時間は突如終わりを迎える。

 側妃の一人、メリーが、ガクッと倒れる。あれ?と思うと下半身が黒い穴に入っているではないか!?
 穴の縁に手をかけて必死に耐えているメリーは、顔面蒼白だ。


「ブラックホール!!?」

 一番早く動いたのは凛音だ。手を伸ばして腕を掴むが、凛音の腕力では持ち上げれない。

 メリーはまだ15歳の女の子だ、筋骨隆々タイプではなくどちらかと言えば儚い系だ。自力で上がるのは無理。


「何をボーとしてるのっ!? みんな、手伝って!!」

 凛音の声で我に返った他メンバーも手伝う。凛音が飲み込まれたブラックホールは巨大だった。こんなマンホールくらいの小さな穴でない。これ以上、広がる訳ではないようで「ホッ」とする。

 凛音が皆に指示し、穴に下半身が落ちている側妃メリーにも「大丈夫」と笑顔で伝え、皆で「せーの」で引き上げた。
 下半身が穴から抜けて、泣きじゃくるメリー妃。「良かったね」と言う言葉は消えた。

 そう、穴は突如拡大した。


「逃げてっっっ!!!」

 凛音の声が響き渡ると同時に、風呂場は皆の絶叫が響く。

 キャァァァァァーーー!!!!!

「いやぁーお姉様ぁー!!!」



 幸せな時間。まさかこんな風に奪われるとは、微塵も思わなかった。

 2度目のブラックホールに飲み込まれた凛音は自分の置かれた状況に、嫌味なほど冷静だった。

 ブラックホールから助けたハーリア王の側妃メリーが、『いやぁーお姉様ぁー』と喚いている声が耳に入ってくる。

(いや、だからお姉様って呼ぶなって! もうどこ行っても姉御なのか、私って…)


 黒い穴、落ちている感覚がある。恐さより、心配が湧き上がる。気になる唯一の事、それはエティエンヌフューベルの事だ。

 絶対にエティエンヌフューベルの狂う姿は見たくない。


 まだまだ落ちていく凛音は、いるかどうか分からない神に悪態をつく。


「神様!! せめてこの世界のどこかに落としてくださいよ!! 
 …あぁ、もうなんでこうなるの!!くそっ!!
 絶対に、絶対に元の世界に戻すなよ!! 私を元の世界の戻したら、この世界は滅ぶからな!!!』


 無茶苦茶な偶然に怒鳴りながら、凛音はブラックホールに、のみこまれていく。


(あぁ、エティエンヌフューベル様が…心配だ…)


 凛音の意識はそこで消えた。





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