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29、再びタワーマンションへの道のり

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 胸をドキドキさせ、陸は要の形よい唇をガン見。しばらく見つめ合いは続いたが、要のバリトン歌手ばりの麗しい声で、見つめ合いは終了する。


「……ぁあぁ、陸がいいなら来たらいい」

(やったぁぁぁぁ!! 言質取った!!)

「要さん! ありがとうございますっ。さっきのドラックストアに戻っていいですか?」

「構わないが、先にコーヒーを飲まなくていいのか?」

「大丈夫です! えっと、提案です!!」


 陸は顔あたりまで手を上げ、挙手してみせた。要には陸の行動が可愛いくて堪らないのか。

 形容しがたいほどの蕩けそうな美顔で見つめながら、殊更ゆっくりと視線を陸の瞳に合わせ、腰砕けを起こす美声で発言してくる。


「提案?」

(甘っ、目がトロけるぅー)


「うっ、は、はい!! あの、私はお泊りグッズを買いに行きたいですが、要さんをあちこち連れ回すのは申し訳ないので、先にコーヒーショップで休憩されますか?」

「いや一緒に行く。荷物持ちが必要だろう? 俺は涼介みたいにひ弱ではないから、ある程度は持てるぞ」


(要さんが…う、嬉しいことをいうよ…。でも涼介さんへの言動が酷いですっ)


 荷物持ちという台詞に、申し訳ない気分と要と夫婦になった実感がじわじわ湧いてくる。

 嬉しい要の申し出は、陸の脳内をどんどん脱線させていく。


(要さんって、会社とかではめちゃくちゃ偉い人なのに。私には絶対に偉そうな態度をしないんだよね。むしろ…懇願系?)


 陸は巷で人気のメンズが大嫌いだ。

 今流行りの『俺についてこいタイプ』では、何故貴方の言う事を聞かなければならないのか??となり。

『壁ドン、床ドン、顎グイ』は嫌悪感しかなく、嫌、むしろ跪けと。跪いた甲冑姿の男の肩に足をのせたいのだ。
 例にもれず、理想を話せばドン引きされるのだが、好きなのだから仕方ない。

 俺様横暴王子様は好きじゃない。陸は絶対的な忠誠を誓う陸だけに優しい騎士のような人が好きなのだ。


(そういえば…要さんは昔から優しかったし、まだまだ子供の私にも常に紳士的で、言葉遣いも綺麗だったなぁ。
 あぁ、この間の美裸体のままの告白は胸を抉ってきたなぁー、あれはヤバかったよ。
 あまりにも要さんの懇願が理想的過ぎて、もうコンドームとかなくていいから、早く押し倒して欲しかった…いや、私が押し倒したかった…)


 好きな人にはどこまでも前向きな陸の姿勢は、またも無意識にエロな気分をあげてしまう。


「…陸? どうした?」

(はっ、しまった!!)


 突如黙った陸を不思議に思ったのだろう。これだけのハイスペックな男性が、陸だけに甘々なのは、ムズムズする程嬉しくて幸せだ。

 しかし変態脳は、絶対にバレたくないので誤魔化すしかない。

 長い片想いの先に、これほどまでの素晴らしい未来が待っていたとは、いまだに信じられない。針に糸を通すほど理想が高い陸の、まさに要は理想そのものだった。

 思考内容は流石に話せないので、話を別方向に持っていく。


「えっと、要さん! もー、涼介さんを酷く言い過ぎですよー」

 笑顔で親友を貶す要に、陸はカラカラと笑った。先ほどスルーしたが要のあまりのいいように、仮にも義理の兄だ。
 ここは弁明してあげようと一応擁護してみた。

「酷くはない。事実だ」

「ぷっ、ふふふぅ」

 本気の台詞だろう。馬鹿笑いを我慢し声を殺しながら笑う陸。平和で甘ったるい世界を作りながら、二人はドラックストアを目指し元来た道を歩いていく。

 極度のベタベタはしないが、そこは若い男女…いや夫婦だ。歩きやすい位置の空間は確保したままで、手はしっかりと繋ぎ歩く。

(ふふっ、手が大きい…要さんは男の人なんだ…)


 友人やネット、漫画や小説などで男性というものを知った気ではいる。でも〝生〟は違った。手のひらの大きさも違うし、指の長さも太さも陸とは違う。

 その生々しいさが陸の胸を熱くさせた。

 ちらっと隣を向けば、美男子としか言えない要が視界に入ってくる。陸に見られているのを感じとったのか、歩きながらも視線を合わせ微笑んでくれた。

 嬉しそうに笑っている陸に、何を思ったのか要は突如爆弾を落としてくる。


「前から言おうと思っていたが、涼介とくっ付き過ぎだ。兄だとしても義理だろう? 抱き合うのは無理だ。やめてくれ」

「…えっ、と。…海外では挨拶でハグ、しますよね?」

「ここは日本だ」

「ヤキモチ…ですか?」


 不貞腐れたように視線を外された。どこまで可愛い…愛しいのだろう。


(要さんのギャップにやられてしまいますっ!!)

「了解です! 旦那様!! 抱きつきはやめますっ」


 ウキウキ声の陸に、物凄くカッコ悪い提案をしたと気づいたが、すでに時は遅く。

(陸といるといつもの自分を見失うな……)

 肩を落としながらも、抱きつくのは止めると宣言をもらったのだ。

 ポワンと張り出る陸の胸部に目がいき、途中で自身の欲望に気づき確実に脈拍があがった。



 ***



 買い物が済み、当初の予定通りコーヒーショップで休憩中、陸はそれはもう嫌というほどヤキモチを焼く羽目になった。

「陸? どうした?」


 アイスコーヒーの上に、こんもりとした生クリームがたっぷりのった大好きなウィンナーコーヒーが、不味く感じる日が来るとは思いもよらない。


(何よ、みんなして!! 要さんの顔ばっかり見て、いいかげんな接客して!!
 隣のレジの店員さんまで、ガン見だよ? 目の前のお爺さん困ってたし。
  後ろに並んでいたお客さんなんて、要さんのお尻を「あらっ、当たったわ」みたいな顔で、手の甲で触ろうとしたし!! 防いだけど!!
 あれって痴漢だよね? 女の人だって痴漢だからね!!
「 痴漢!!」って叫んでやったら良かった!! あぁぁぁぁ、腹立つ!!!)


 陸は腹の底からイラっときているが、要に対して怒っているわけではない。
 だが、頭では理解していても態度と表情を隠せるほど大人には、なりきれていない。

 であるから、要にイラっとをぶつけてしまう。


「ふんっ!!!
 ……化粧品とか服とか、下着まで要さんが払ってくれたから。コーヒーは私が払うって言ったのに、さっさとカードを出して。
 要さんは私の話なんて、全っーーーーーく興味ないのですね。よく分かりました!」


「え?」


 嫌味を放ち、要を視界に入れず、通路を歩く人を見ながら、ズズーーっとウィンナーコーヒーを飲んでいく。
 飲み終えて、席を立つ。


「お手洗いに行ってきます!!」

 暗に付いてくるな! と言われているような発言を浴びせられた要は、呆然とその場に固まっていた。


(まて、まて、まて! 何が悪かった!? コーヒーくらい奢ってもらえば良かったのか!?
 いやだが、しかしな…陸は、つ、妻だし)


 自分で思いながら照れる。照れ隠しで要は目の前のコーヒーに口をつけた。


(それに、バイト代の出どころは涼介。
 …俺が側にいるのに、涼介から貰った金を使われるのが、物凄く嫌だ。俺は…間違っていない…はず)

 正当化しようと、己を奮い立たせたところで、ふと陸が置いていった生クリーム入りのコーヒーが目に入る。

 まだ少し残っている。コーヒーにささったストローの先端を見つめて。

(飲んだら…間接的にキスになる?)

 思考が残念な中二病。肉体的には大人で、勿論性経験豊富な要だが、恋愛にいたっては初恋からの両想いだ。

 些細なことで喜びそして傷つく。今までの自分が分からなくなり、陸の一挙一動を見つめ、慌てふためくのだ。


(いいわけない。万が一見つかったら終わりだ!! 間接キスなんて、いいわけないだろう!!しっかりしろ、俺!!
 あぁー!! カッコいいってなんだ!? イケメンの定義ってなんだ!? 生まれてこのかた、人に好かれたいと思った事がないから分からない!!)


 心はざわめき絶叫中だが、感情を外に出さない要は、上品にコーヒーを飲んでいるとしか周りには見えていない。

 知っていて見惚れている人半分。知らないが見惚れている人半分。そんな状況の中、大事な事を思い出した。

 要は悶々としながらも(まだ陸の飲みかけコーヒーが気になる)、今がチャンスとばかりに秘書である若田にメールを入れた。


『今日、陸が泊まりに来る。明日の出社は午後からでお願いしたい』


 簡潔な文章を送りながら、薔薇の花びらが必要だったと我にかえる。

 陸の姿が見えないのを確認し、すぐに普段懇意にしている花屋の店にある薔薇、全てを買いしめよう!と力みながら要は注文の電話をかけた。




『お電話ありがとうございます。中通りフラワータウンの《シエスタ》担当の駿河するがでございます』

「オーナーが出勤で有り難い。俺は龍鳳寺だ。無理を承知に頼みたいのだが、今日の夜までに赤い薔薇をあるだけ欲しい」

『龍鳳寺様、いつも御愛顧いただき誠にありがとうございます。用意は可能でございます。薔薇は花束に致しますか?店置きですか?』

「花束や店置きではなく、花びらだけが必要なんだ」

『花びらだけ…用途は道に撒くのでしょうか?』

「いやベッドだ」


 たっぷりの間の後。駿河の発言がやっと耳に入ってくる。


『………………かしこまりました。花びらの状態で、ご用意致します。場所は龍鳳寺様の御自宅でしょうか?』

「あぁ、助かる。コンシェルジュには話しておくから、ドアの前に置いてくれ。くれぐれもインターホンは鳴らさないで欲しい」

『……かしこまりました。20時頃にお持ち致します』

「宜しく頼む」

『……ご贔屓ありがとうございます。それでは失礼致します』


 電話が切れて、要は不思議な感じを味わう。

 それも当然。普段、花屋とは言えないほど表情も受け答えする声も静かでクールな《シエスタ》のオーナー駿河が、電話の向こうで動揺しており、目が飛び出るほど驚愕しているとは要に予想できない。


(物凄く台詞の間が空いた…何故だ? 普段無感情な奴だから珍しいな…)


 要の頭の中は、陸とのラブシーンでいっぱいであるから、オーナー駿河の驚く理由が理解出来ない。

 開店祝いや、ホテルのロビーなどに飾る花しか頼まない龍鳳寺財閥の御曹司 要から、まさか色事に使う花びらを頼まれ驚愕しているとは、要は微塵も思わなかったのだ。

 隠す必要がない要はオープンエロなタイプで、周りが恥ずかしい状態に陥っていた。


 そして。現在。

 家族連れで賑わう郊外のショッピングモールのコーヒーショップは昼を過ぎ、少しの休憩を楽しむ穏やかな時間が、要のせいで悶々とした濃厚な色欲が漂う場所に変わっていた。

 耳を澄まし、要の電話を聞いていた客達。とくに年頃の女達はそれはそれは、要にアピールをしていた。


 席を変え近づき、個々の自慢を見せ合う女達。

 胸を張って机に乗せる者や、暑いと言ってスカートをまくり上げる者、胸元のボタンを際どい位置まで外す者と、多種多様。

 コーヒーショップ店員までも、試飲です。と頼みもしてないコーヒーと菓子を持参し、要に声をかける。


「お客様ぁ。あの、こちら新商品です。宜しければ試飲されませんか?」


 声を合法的にかけれる店員にイラッとする女達だが、要は顔を見ることもせず断る。


「結構だ。入り口に座っている親子に薦めたらいい」

 携帯の画面から一切顔を上げず断る。

「お客様、あの、私、」

「最後まで聞く気はない。俺にアプローチは無駄だ」


 周りが『ひぃっ!!!』と引く。要からすれば、女に微笑みかけるなんて絶対にしない。面倒事になるのが目に見えるからだ。

 先ほどの優しく甘さがある要は、陸のみに使用される為、陸がいなければ恐ろしく冷酷無比なのだ。


 要の周りが絶対零度となって間も無く。陸がトイレから帰ってきた。


「お手洗い混んでて、遅くなっちゃいました。たくさん待たせてごめんなさい」

「陸、おかえり。たいして待ってない、気にするな」

「う? ん? はい…」

(あれ? なんか空気が…)


 イラつく気持ちをもってトイレにいった陸だが、トイレの待ち時間中に、大好きなイラストレーターのホームページがリニューアルされていて、気分はすぐにハイになった。

 待ち受け画面を新しくして、るんるんと要の元に戻ったが、違和感を感じる。

 もしかしたら要は女子らに囲まれて、アプローチを受けているんじゃないか? とも思っていたが、それは杞憂に終わり。

 皆の視線は要ではなく陸に注がれている。


(周りの人の目が変…奇妙生物を見る目で私を見ないでぇぇぇー!!!)

 脳内絶叫している陸だが、要がキュッと手を握ってきて脳内絶叫は突如終わった。


「待っていると寂しかった。あまり一人にしないでくれ。さぁ帰ろう」


 本気か!? 冗談でも悪いが、本気なら尚更悪い。

 要に右手を引かれながら、陸はバクバク脈打つ心臓にもう片方の手を置く。


(やばいよー、要さんにキュン死にさせられるぅーーー!!!)


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