1 / 1
リンクの妖精 サヤカ
しおりを挟む
氷上に舞い降りたサヤカ、その視線の向こうに椎名がいた。サヤカはフィギャーの公式練習の女王といわれていた。本番のスケーティングでは本領が発揮できないのだ。観客を意識しすぎるために彼女はいつも四位止まりでいる。そのサヤカを追い続けて一年になる椎名はスポーツ専門のフリーカメラマンのひとりである。彼女のベストショットを取り続けてはスポーツ氏の一面を賑わせている。椎名は公式練習にはいつも顔を出し、サヤカを撮り続けている。容姿端麗、顔立ちも東洋人離れした感じのするサヤかは一部の間でアイドル的存在でもある。サヤカに対し、こいつの持つ表情はこのオレにしか取れない。と椎名は自負している。ある日サヤカが椎名の目の前で転んだ。トリプルアクセルの練習中にジャンプの足のひねりが弱くて着地失敗になったのだ。それでも椎名はカメラのシャッターを切った。
「大丈夫、サヤカ?」彼女のコーチらしき女性が声をかけた。
「だいじょうぶです。いつものことだから」サヤカはにこやかに答える。
椎名がフィルムを替えるためにバッグに手をやる。
「いつも撮っているんですね、私を」
「ああ、そうだけど」
「でも私よりあの人たちのほうが話題になるであしょう。いつも表彰台にのぼるあの人たちを撮ったほうが・・・」
「君は本物のスターになる。だから君を撮り続けている。彼女たちはオリンピックのメダルは取れないよ。今は練習のときだけでいい。君が輝いているのは。そのうち世界でも君のすばらしい演技が世の中を賑わすさ」
椎名の言葉にサヤかは驚いた。コーチのキャサリンでもそんなことを言ったためしがない。サヤカはステップの練習に入った。ステップをしながらこのカメラマンのことを考えた。可笑しなことを言う人。ふと振り返ると椎名はそこにいない。どこ行ったのだろう?
次の日選手権の成績は五位に終わった。拍手をしてくれた観客のために笑顔は絶やさなかかった。椎名がいることにサヤかは気づいた。手を振ろうとしたが観客の投げた花が前を横切り目を奪われている瞬間に椎名はもうそこにいなかった。
椎名は写真だけではなく記事も時々書く。
――――氷の上に舞い降りたサヤカ。彼女の本当の演技を見たものは何人いるだろう。彼女は練習では恐ろしく見栄えがし演技もダイナミックで誰をも寄せ付けない。しかし本番では一向にさえない・・・・その先にはオリンピックのメダルが彼女の胸の上で輝いている――――
サヤカはこの記事を新幹線の中で読んだ。彼女は観客のためでなく椎名のために演技をしようと思い立った。それから半年、サヤカは、椎名の絶好の被写体となった。コーチの厳しさもなんでもなくなり滑りがずっとスムーズになり始めた。サヤカは初めて表彰台に乗ることが出来た。見つめている先は椎名である。それ以来サヤカの評判はうなぎのぼりとなり、押しも押されぬスケート界の新星となった。
そんな時椎名から写真集を出したいとの要請があった。サヤカは快諾した。
半月ほどして写真集がサヤカの元に届いた。どの写真を見ても完璧な演技だった。その演技の一こま一こまに自分ではないサヤカがそこにいた。このイメージだわ、サヤカは思った。それ以来その写真集を持ち歩いてイメージトレーニングを何度もし続けた。そしてオリンピック代表に選ばれることになった。しかし椎名の姿が消えた。不思議に思っていたとき、もうひとつの写真集が送られてきた。中身をめくってみたが何も変わったところがない。同じものだ。写真集の一番後ろに椎名のコメントが載せられていた。
―――未完成の中に完璧を僕は求める。この写真集は君そのものだ。その未完成の逸材がついには完成されたものになった。もう僕は必要ないだろう。それでは―――
サヤカはあることに気づいた。最後のショットが前の写真集とは違うことに。ドスンと思い切りのよさそうなしりもちをした彼女の姿がそこにあった。
「ふ~ん」
オリンピックのショートプログラムを三位につけたサヤカは優勝もありえるとの評判となった。彼女はフリー演技で思い切ったことをした。三回転半のジャンプを四回転に換えたのだ。もちろんすっころんだ。他の演技は誰よりも美しく華麗に舞った。
アナウンサーが「なぜあそこで四回転なんてしたのでしょう?あれさえなければ優勝出来たのに」
と肩をがっくり落として語った。
そのころ椎名はリンク会場の近くのパブでビールを飲んでいた。パブのマスターが椎名に向かって「あんたジャポネーゼだね。このサヤカはいいね。あんたもファンだろう?」
といってテレビを指差した。
「以前はね・・・」椎名は無愛想に答えた。
そのときサヤカが空中をものすごい勢いで舞いしりもちをしてしまった。
「やったな、サヤカの奴。おじさん、ごめんね。急用が出来たから」
と椎名は言いながら金を渡し、そのままタクシーに乗り込んだ。
「アイススケートリンク場まで」
どうにかエキシヴィジョンに間に合った椎名はポケットからオフィシャルカードを見せるとカメラマン席に着いた。
サヤカが手を振りながらリンクに降り立った。曲が流れてこない。誰もが不思議に思いざわめき始めた。サヤカの表情が真顔に変わり険しい眼をしてスピードを上げてゆく。みんなが唖然としたなかでサヤカは見事に四回転を完成させた。観客の一人が大声で「ブラボー」といいながら拍手をした。会場は堰を切ったかのように大拍手の渦で一杯となり、サヤカコールがこだました。しかしさやかは次の演技をせずにただ手を振りながらひとまわりほどリンク内を軽やかなスケーティングで舞っただけだった。椎名は四回転の瞬間を見事に収めることが出来た。
「まだまだ未完成だったんだな。まさかこの場面で本当に四回転をするとは・・・しかし本番とエキシヴィジョンで完璧だ。まだまだ彼女を追い続ける価値がありそうだな」
と椎名はつぶやいた。
椎名に気づいたさやかは椎名に向かってあっかんべーをした後再び氷上の妖精と化した。
「大丈夫、サヤカ?」彼女のコーチらしき女性が声をかけた。
「だいじょうぶです。いつものことだから」サヤカはにこやかに答える。
椎名がフィルムを替えるためにバッグに手をやる。
「いつも撮っているんですね、私を」
「ああ、そうだけど」
「でも私よりあの人たちのほうが話題になるであしょう。いつも表彰台にのぼるあの人たちを撮ったほうが・・・」
「君は本物のスターになる。だから君を撮り続けている。彼女たちはオリンピックのメダルは取れないよ。今は練習のときだけでいい。君が輝いているのは。そのうち世界でも君のすばらしい演技が世の中を賑わすさ」
椎名の言葉にサヤかは驚いた。コーチのキャサリンでもそんなことを言ったためしがない。サヤカはステップの練習に入った。ステップをしながらこのカメラマンのことを考えた。可笑しなことを言う人。ふと振り返ると椎名はそこにいない。どこ行ったのだろう?
次の日選手権の成績は五位に終わった。拍手をしてくれた観客のために笑顔は絶やさなかかった。椎名がいることにサヤかは気づいた。手を振ろうとしたが観客の投げた花が前を横切り目を奪われている瞬間に椎名はもうそこにいなかった。
椎名は写真だけではなく記事も時々書く。
――――氷の上に舞い降りたサヤカ。彼女の本当の演技を見たものは何人いるだろう。彼女は練習では恐ろしく見栄えがし演技もダイナミックで誰をも寄せ付けない。しかし本番では一向にさえない・・・・その先にはオリンピックのメダルが彼女の胸の上で輝いている――――
サヤカはこの記事を新幹線の中で読んだ。彼女は観客のためでなく椎名のために演技をしようと思い立った。それから半年、サヤカは、椎名の絶好の被写体となった。コーチの厳しさもなんでもなくなり滑りがずっとスムーズになり始めた。サヤカは初めて表彰台に乗ることが出来た。見つめている先は椎名である。それ以来サヤカの評判はうなぎのぼりとなり、押しも押されぬスケート界の新星となった。
そんな時椎名から写真集を出したいとの要請があった。サヤカは快諾した。
半月ほどして写真集がサヤカの元に届いた。どの写真を見ても完璧な演技だった。その演技の一こま一こまに自分ではないサヤカがそこにいた。このイメージだわ、サヤカは思った。それ以来その写真集を持ち歩いてイメージトレーニングを何度もし続けた。そしてオリンピック代表に選ばれることになった。しかし椎名の姿が消えた。不思議に思っていたとき、もうひとつの写真集が送られてきた。中身をめくってみたが何も変わったところがない。同じものだ。写真集の一番後ろに椎名のコメントが載せられていた。
―――未完成の中に完璧を僕は求める。この写真集は君そのものだ。その未完成の逸材がついには完成されたものになった。もう僕は必要ないだろう。それでは―――
サヤカはあることに気づいた。最後のショットが前の写真集とは違うことに。ドスンと思い切りのよさそうなしりもちをした彼女の姿がそこにあった。
「ふ~ん」
オリンピックのショートプログラムを三位につけたサヤカは優勝もありえるとの評判となった。彼女はフリー演技で思い切ったことをした。三回転半のジャンプを四回転に換えたのだ。もちろんすっころんだ。他の演技は誰よりも美しく華麗に舞った。
アナウンサーが「なぜあそこで四回転なんてしたのでしょう?あれさえなければ優勝出来たのに」
と肩をがっくり落として語った。
そのころ椎名はリンク会場の近くのパブでビールを飲んでいた。パブのマスターが椎名に向かって「あんたジャポネーゼだね。このサヤカはいいね。あんたもファンだろう?」
といってテレビを指差した。
「以前はね・・・」椎名は無愛想に答えた。
そのときサヤカが空中をものすごい勢いで舞いしりもちをしてしまった。
「やったな、サヤカの奴。おじさん、ごめんね。急用が出来たから」
と椎名は言いながら金を渡し、そのままタクシーに乗り込んだ。
「アイススケートリンク場まで」
どうにかエキシヴィジョンに間に合った椎名はポケットからオフィシャルカードを見せるとカメラマン席に着いた。
サヤカが手を振りながらリンクに降り立った。曲が流れてこない。誰もが不思議に思いざわめき始めた。サヤカの表情が真顔に変わり険しい眼をしてスピードを上げてゆく。みんなが唖然としたなかでサヤカは見事に四回転を完成させた。観客の一人が大声で「ブラボー」といいながら拍手をした。会場は堰を切ったかのように大拍手の渦で一杯となり、サヤカコールがこだました。しかしさやかは次の演技をせずにただ手を振りながらひとまわりほどリンク内を軽やかなスケーティングで舞っただけだった。椎名は四回転の瞬間を見事に収めることが出来た。
「まだまだ未完成だったんだな。まさかこの場面で本当に四回転をするとは・・・しかし本番とエキシヴィジョンで完璧だ。まだまだ彼女を追い続ける価値がありそうだな」
と椎名はつぶやいた。
椎名に気づいたさやかは椎名に向かってあっかんべーをした後再び氷上の妖精と化した。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる