リンクの妖精 サヤカ

ノッチ

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リンクの妖精 サヤカ

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氷上に舞い降りたサヤカ、その視線の向こうに椎名がいた。サヤカはフィギャーの公式練習の女王といわれていた。本番のスケーティングでは本領が発揮できないのだ。観客を意識しすぎるために彼女はいつも四位止まりでいる。そのサヤカを追い続けて一年になる椎名はスポーツ専門のフリーカメラマンのひとりである。彼女のベストショットを取り続けてはスポーツ氏の一面を賑わせている。椎名は公式練習にはいつも顔を出し、サヤカを撮り続けている。容姿端麗、顔立ちも東洋人離れした感じのするサヤかは一部の間でアイドル的存在でもある。サヤカに対し、こいつの持つ表情はこのオレにしか取れない。と椎名は自負している。ある日サヤカが椎名の目の前で転んだ。トリプルアクセルの練習中にジャンプの足のひねりが弱くて着地失敗になったのだ。それでも椎名はカメラのシャッターを切った。
「大丈夫、サヤカ?」彼女のコーチらしき女性が声をかけた。
「だいじょうぶです。いつものことだから」サヤカはにこやかに答える。
椎名がフィルムを替えるためにバッグに手をやる。
「いつも撮っているんですね、私を」
「ああ、そうだけど」
「でも私よりあの人たちのほうが話題になるであしょう。いつも表彰台にのぼるあの人たちを撮ったほうが・・・」
「君は本物のスターになる。だから君を撮り続けている。彼女たちはオリンピックのメダルは取れないよ。今は練習のときだけでいい。君が輝いているのは。そのうち世界でも君のすばらしい演技が世の中を賑わすさ」
椎名の言葉にサヤかは驚いた。コーチのキャサリンでもそんなことを言ったためしがない。サヤカはステップの練習に入った。ステップをしながらこのカメラマンのことを考えた。可笑しなことを言う人。ふと振り返ると椎名はそこにいない。どこ行ったのだろう?
次の日選手権の成績は五位に終わった。拍手をしてくれた観客のために笑顔は絶やさなかかった。椎名がいることにサヤかは気づいた。手を振ろうとしたが観客の投げた花が前を横切り目を奪われている瞬間に椎名はもうそこにいなかった。
椎名は写真だけではなく記事も時々書く。
――――氷の上に舞い降りたサヤカ。彼女の本当の演技を見たものは何人いるだろう。彼女は練習では恐ろしく見栄えがし演技もダイナミックで誰をも寄せ付けない。しかし本番では一向にさえない・・・・その先にはオリンピックのメダルが彼女の胸の上で輝いている――――
サヤカはこの記事を新幹線の中で読んだ。彼女は観客のためでなく椎名のために演技をしようと思い立った。それから半年、サヤカは、椎名の絶好の被写体となった。コーチの厳しさもなんでもなくなり滑りがずっとスムーズになり始めた。サヤカは初めて表彰台に乗ることが出来た。見つめている先は椎名である。それ以来サヤカの評判はうなぎのぼりとなり、押しも押されぬスケート界の新星となった。
そんな時椎名から写真集を出したいとの要請があった。サヤカは快諾した。
半月ほどして写真集がサヤカの元に届いた。どの写真を見ても完璧な演技だった。その演技の一こま一こまに自分ではないサヤカがそこにいた。このイメージだわ、サヤカは思った。それ以来その写真集を持ち歩いてイメージトレーニングを何度もし続けた。そしてオリンピック代表に選ばれることになった。しかし椎名の姿が消えた。不思議に思っていたとき、もうひとつの写真集が送られてきた。中身をめくってみたが何も変わったところがない。同じものだ。写真集の一番後ろに椎名のコメントが載せられていた。
―――未完成の中に完璧を僕は求める。この写真集は君そのものだ。その未完成の逸材がついには完成されたものになった。もう僕は必要ないだろう。それでは―――
サヤカはあることに気づいた。最後のショットが前の写真集とは違うことに。ドスンと思い切りのよさそうなしりもちをした彼女の姿がそこにあった。
「ふ~ん」
オリンピックのショートプログラムを三位につけたサヤカは優勝もありえるとの評判となった。彼女はフリー演技で思い切ったことをした。三回転半のジャンプを四回転に換えたのだ。もちろんすっころんだ。他の演技は誰よりも美しく華麗に舞った。
アナウンサーが「なぜあそこで四回転なんてしたのでしょう?あれさえなければ優勝出来たのに」
と肩をがっくり落として語った。
そのころ椎名はリンク会場の近くのパブでビールを飲んでいた。パブのマスターが椎名に向かって「あんたジャポネーゼだね。このサヤカはいいね。あんたもファンだろう?」
といってテレビを指差した。
「以前はね・・・」椎名は無愛想に答えた。
そのときサヤカが空中をものすごい勢いで舞いしりもちをしてしまった。
「やったな、サヤカの奴。おじさん、ごめんね。急用が出来たから」
と椎名は言いながら金を渡し、そのままタクシーに乗り込んだ。
「アイススケートリンク場まで」
どうにかエキシヴィジョンに間に合った椎名はポケットからオフィシャルカードを見せるとカメラマン席に着いた。
サヤカが手を振りながらリンクに降り立った。曲が流れてこない。誰もが不思議に思いざわめき始めた。サヤカの表情が真顔に変わり険しい眼をしてスピードを上げてゆく。みんなが唖然としたなかでサヤカは見事に四回転を完成させた。観客の一人が大声で「ブラボー」といいながら拍手をした。会場は堰を切ったかのように大拍手の渦で一杯となり、サヤカコールがこだました。しかしさやかは次の演技をせずにただ手を振りながらひとまわりほどリンク内を軽やかなスケーティングで舞っただけだった。椎名は四回転の瞬間を見事に収めることが出来た。
「まだまだ未完成だったんだな。まさかこの場面で本当に四回転をするとは・・・しかし本番とエキシヴィジョンで完璧だ。まだまだ彼女を追い続ける価値がありそうだな」
と椎名はつぶやいた。
椎名に気づいたさやかは椎名に向かってあっかんべーをした後再び氷上の妖精と化した。
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