上 下
23 / 86
13部 番外編

巨大なイカ(16話番外編)

しおりを挟む
 8の月聖地、ハロルド神殿の奥にある休憩室にて、対岸の街ノイトラールで本日発行されたばかりの新聞を読んでいたのはスペードである。ちなみに聖地でも新聞が発行されているが、そちらは月に一度だけで、新聞というよりは会報のようなものである。各神殿での催し物情報や事件などが載っている。そして神様のありがたい話ももちろん載っている。

「へー巨大イカ、また巨大イカが現われたのか。今回は人助け? 本当かな」
 新聞の一面見出しには、「巨大イカ子供を助ける」の文字があった。その記事を読んでみると、二日前、ノイトラールの海岸で泳いでいた子供達の一人が溺れて、なんとイカに助けられたというのである。イカといえば、数年前に漁船を転覆させる巨大イカが現われて漁師達が困り、ハロルドがイカをつかまえて持ち去ったということがあった。
「あのイカもでかかったがなあ。今度は人助けってか。そんな親切なイカが世の中にいるとは」
仲間の神官がやってきた。同時に香ばしい匂いが漂ってきた。

「イカ買ってきました。食べます?」
「いや、いい」
「イカ焼き、俺好きなんですよ」
 その神官はイカの姿焼きを紙袋から取り出してむしゃむしゃ食べ出した。商店街では結構焼いたイカが売られている。
「これ知ってるか? 巨大イカが子供を助けたって話」
 スペードが新聞を見せた。
「知ってますよ。なんでも神々しいイカだったみたいですよ。そのイカは捕獲しちゃならんと、マリナール様からのお達しが出たくらいですから」
「えー? 本当か?」
「本当ですよ」
 聖地には海の神の神殿はない。だが、海岸に住む者達のマリナールに対する信仰は厚い。漁師達は海に入る前にマリナールに祈りを捧げて入る決まりがある。海側からのお達しは海の伝令神がやってきたり、アシュランの神殿の神官長を通したりして聖地に伝えられる。
「海の伝令神が今朝、聖地に来てたみたいですよ」
「それは知らなかった」
「マリナール様が懇意にしてるイカなんですかねえ」
 といいながら神官はイカを食べていたのでついスペードは笑っていた。海にはよくイルカもみかけるが、イルカは海の神の使い的生き物とされていて、漁師は絶対捕ることはない。食べてはいけない海の生き物は他にもあって、角がある巨大な一角鯨、金色のマンボウ、金色のカレイなどがいる。それらは人間達が安易に捕まえられる所にはいないので間違えて食べられることもないだろう。それに巨大なイカが加わったというわけだった。
「イカとどうやって仲良くするのか想像できないですが」
「そうだな。その巨大イカ、ちょっとみてみたいな。以前ハロルド様が捕まえたイカとどう違うのか気になる」
「そういえば、あのイカ、どこに持っていったんですかね」
「さあ」
 まさかゆりが食べていたとは、スペードもちらりとも想像していなかった。

 アシュラン神殿の外にいてクジャクたちを眺めていたクーガは、声を聞いたような気がして辺りをうろついた。声は遠くから聞えてくるようだ。灯台にいた子供達がこちらを見て叫んでいる。
 クーガは灯台に移動した。灯台には子供が3人いた。
「どうしたの?」
「クーガ様、アレを見て!」
 子供の一人がクーガに双眼鏡を渡した。
「海に何かいるよ」
クーガは双眼鏡を借りて子供達が指す方角を見た。確かに、白い大きな物が海の中にいるのが見える。
 「あれイカじゃない?」
 子供が言った。
「イカ? ここからじゃよくわからないが、大きいね」
「ノイトラールの海岸で巨大なイカが出たんだよ。溺れた子供を助けたってお母さんが言ってた」
「そうなの? それは知らなかった。イカがどうやって子供を助けたんだい?」
「手でひょいっと陸にあげてくれたらしいよ」
「へー」
 クーガは双眼鏡を子供に返した。
 白いイカは太陽の光の加減か、キラキラ輝いて見えた。悪い感じはしない。そのイカがひょいっと頭を海面の上に出した。
「あ!」
 肉眼でも白い物が海面から出ているのが見える。
「こっちに気がついたのかな?」
 子供達は双眼鏡を回していた。巨大なイカは、頭を少し出すとまたもぐり、泳いで行ってしまった。
「僕が溺れても助けてくれるかな?」
「これ」
 クーガが子供の一人をじろりと見た。
「冗談ですよ。イカみたさに溺れた振りなんてしません」
「したら怒りますよ」
「はーい」
 クーガは灯台から下に降りた。

「人助けをするイカか。世の中にそんな親切なイカがいるとは」
 クーガは巨大なイカが子供を助ける所を想像しながら、神殿に戻ったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに

千石
ファンタジー
魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。 ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。 グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、 「・・・知ったからには黙っていられないよな」 と何とかしようと行動を開始する。 そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。 他の投稿サイトでも掲載してます。

婚約破棄された公爵令嬢は、飼い犬が可愛過ぎて生きるのが辛い。

豆狸
恋愛
「コリンナ。罪深き君との婚約は破棄させてもらう」 皇太子クラウス殿下に婚約を破棄されたわたし、アンスル公爵家令嬢コリンナ。 浮気な殿下にこれまでも泣かされてばかりだったのに、どうして涙は枯れないのでしょうか。 殿下の母君のカタリーナ妃殿下に仔犬をいただきましたが、わたしの心は── ななな、なんですか、これは! 可愛い、可愛いですよ? フワフワめ! この白いフワフワちゃんめ! 白くて可愛いフワフワちゃんめー! 辛い! 愛犬が可愛過ぎて生きるのが辛いですわーっ! なろう様でも公開しています。 アルファポリス様となろう様では最終話の内容が違います。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

処理中です...