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第12巻番外編

黒豹(47話番外編)

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ああ、本当になんてかわいい猫なんだ。
この人を俺だけのものにしたい。

あの時は思いが強すぎて歯止めがきかなかった。つい抱き潰すように抱いてしまった。

あんなつもりじゃなかったのに……


2の月に入ってから、スペードの夢にねぼすけがやってきた。ねぼすけは「よう」と言ってから大木の周りの地面を見ている。

「あれ? 花は?」
「抜かれた」
スペードはそっけなく答えた。
「え? なんで? あ……もしかして乱暴にしちゃったか?」
「……お前なんであんな余計なことをしたんだ」
スペードはねぼすけをにらんでいる。
「おっと……僕が強引にしたわけじゃないよ。説明もしたし、あれを使ったのは彼女の意思だ」
「彼女は多分そういう気持ちじゃなかった。ただ、俺と話をしようと思っただけだと思う」

(彼女は脅えていたのに……彼女を追っている内に、もう、どうしても捕まえたくなってしまった)

「いくら純粋でも、それじゃ空気読まなさすぎだろ」
ねぼすけは座りながら言った。
「そんなどぎつい感じにしたつもりはないけどなあ。かわいかっただろう? なでなでしたくなるような」

(かわいすぎてなでなでどころじゃない)

「豹の女ってのは外見的特徴があまりないから猫にしたんだ。逆に燃えたか? それで逃げちゃったのか?」
「…………」
「まあいいじゃないか。逃げたのなら合わなかったってことだ。お前の本性を知って幻滅したんならしょうがないだろ」
ねぼすけはあっさりしたものだった。
「……お前いつ彼女に会ったんだ?」
「薬を渡す時に会ったよ」
「いつの間に渡りをつけたんだ。俺の夢でか?」
「いや、実はオルガ様に頼まれていたぬいぐるみ、その持ち主と遊んであげようと思ってぬいぐるみに仕込んでいたんだが、なんと相手はゆりちゃんだったんだよね。それで話して、もめて、仲良くなって、お友達になったわけだ」
「ゆりちゃん……」
スペードの頬が引きつっている。
「僕はてっきり小さい女の子だと思っていたんだけど、大人の女性だったら、宝石とかの方がよかったなあ。オルガ様がはっきり言わないから悪い。もう切れたのなら彼女の情報はいらないか」
「情報? なんだ?」
スペードはかなり気にしていた。
「切れたんならいらないだろ?」
「聞きたい」
「彼女、二重人格だ。目が違う女が彼女の中にいる。お前を好きなのは両方黒目の方だ」

(あ……合点がいったぞ……)
スペードははっと目を見開いていた。

スペードはもう二度、ゆりの夢に行っていた。一度目からゆりは二人いて、スペードも不思議に思っていた。困ったことに目が違う方のゆりは、豹の正体に気がついているようだ。
二度目に夢に行った時には、他に大きな蛇が飛んでいたり、白い子供のような存在もいた。

「目が違う方は、ちょい性格悪いな」
「確かに」
「え?」
「いや」

二度目の時、黒目のゆりがちょっと離れたすきに、蛇の目のゆりは黒豹に近づいて、ぼそぼそっと話しかけていた。
その内容が、
「ねえ、スペードさん、豹の時って裸じゃないですか。恥ずかしいとか思ったりするんですか?」
という内容だった。
完全に気がついている口ぶりである。

実はスペード自身、恥ずかしいとは思っていた。だが、豹が服を着るのもおかしいのでしょうがない。
「ねースペードさんたら~」
蛇の目のゆりは黒豹の肩をつんつんつついている。
黒豹は尻尾で蛇のゆりのお尻をぺんとたたいていた。
「もーいけず。ちゅーしちゃうぞ」
蛇の目のゆりが顔を寄せてきたので、黒豹はさっさと逃げて、黒目のゆりの側に行ったのだった。

(彼女が元気でよかった。あんな抱き方をしてしまって、傷ついていないか心配していた)
スペードはそれが心配で「彼女に会いたい」と男のガーベラに頼んだのだった。

ガーベラは「そのままじゃ無理だよ」と言った。ガーベラは少し離れた所にいた豹に目を留めて、「豹ならいいよ」と言ったのだ。
「豹でもいいから会いたいです」
スペードは豹になってゆりに会うことにした。

(ああ、俺のかわいい猫、もう彼女を追うことがないと思うとすごく悲しい。すごく敏感で、恥ずかしがり屋で、良い匂いだった。すべて俺のものにしたかった。本当に好きだったのに。彼女が『ゆり』という名前じゃないならよかったのに……)

スペードの顔を見ていたねぼすけは、「本気でほれたか?」と聞いた。
「そういう顔付きだ」
「悪いか」
「会いたいか?」
「もう会ってる。豹の姿で」
「へ? ははは、なんだそりゃ。嘘だろ、どこで会ってる」
「もちろん夢でさ」
「ふーん、そう来たか」
ねぼすけはスペードに近づいて首の後ろの襟元をめくっていた。
「さっきからしきりに触ってると思ったが……そういう路線で来るとは参ったね」
ねぼすけはスペードの首の付け根にある青い花を見た。
「なら、たまには贈り物を持っていかないとな」

黒豹が三度目にゆりの夢に来たときには、黒豹は大きなピンクの花をくわえてやってきた。
黒目のゆりは驚いて花を受け取っている。花はつんだばかりのように瑞々しかった。
「スペードさん、ありがとう」

蛇の目のゆりは目をうるうるさせて、
「ちょっと、私こういうキャラじゃないんだから泣かせないでよ」
などと怒っていた。
「なんで泣いてるの?」
黒目のゆりが聞いた。
「これは泣くでしょうよ」
「なんで?」
「なんでもよ! もうスペードさんキライ!」
蛇の目のゆりは涙目でプンプン怒っている。

黒目のゆりは黒豹に抱きついて頬を寄せていた。
「この花どこで取ってきたんだろう。キレイだな」
黒豹はゆりの耳をぺろぺろなめていた。
「挨拶してくれるの? じゃあお返し」
黒目のゆりは黒豹の耳を軽くかんでいた。豹の耳がぴくぴく動いている。

(彼女は豹だとすごく無防備に抱きついてくる。彼女の匂いに包まれていると癒やされる。まあ急ぐ人生でもないし、しばらくはこういうのもいいかな)

黒豹はゆりのひざの上にしばらく顔を乗せていたのだった。



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