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闇の物語

星の神

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 ある夜のこと、星の神ティラは宙に浮いたまま、満点の星空を見上げていた。今はこの世界に星の神は一人きりである。生まれた時からティカがそばにいたというのに、周りの神々はティカがいなくなってもまるで気にしない。ティラがティカのことを話せる神も限られている。

(あれからずいぶん経ってしまった気がするけど、まだそんなには経ってないんだよね。ティカ、元気にしてる? お父さんは僕の前では元気にしてるけど、きっとティカを恋しく思ってる。僕も、一人だと寂しいよ。もう、行先を相談する相手がいないんだもの)

 ティラは、一人で夜空を漂う寂しさに、まだ慣れないようである。

 
 闇の世界では、ティカは同じように夜空をみあげていた。こちらはあちらのように満点の星空ではない。一体何が星空を邪魔しているのかはわからないが、ちらほらと星が見えるだけである。ティカはあちこち飛び回り、この世界の地形は大体把握していた。この世界には、行ってはならない場所がある。街からあまり離れてしまうと、危険な生き物たちがいるらしい。ティカはここにきて数日後、その危険な生き物を見た。翼がある黒い生き物、鳥よりも大きなものが、遠くを飛んでいくのが見えた。ティカはその生き物のことを翌日ゲイルに聞いてみた。
「ああ、あれは危険だから、近づかないようにね」
 ゲイルは驚いている様子はなく、よくあることだとでもいわんばかりだった。
「危険なの?」
「たいしたことはないやつらだけどね。追って行ったりしないようにね」
「わかったよ」
 この世界には危険な生き物が多く生息しているらしい。

(神の国には危険な生き物なんていなかったなあ……)

 と思ったが、行ってはいけない場所があったのを思い出した。

「神の国の外れは飛ぶな」
 オルガはそうティカとティラに言い聞かせていたのだ。神の国の外れにも、危険な生き物がいるということなのだ。
(ハロルド様達も時々戦っていたようだし、僕は見たことがないけれど、やっぱり危険な生き物がいたんだ)

「その危険な生き物は、神もやられてしまうのかな?」
 ティカはゲイルに聞いた。
「あまりやつらに接触しない方がいいんだよ。一人の時は気を付けて」
「うん。わかったよ。ところで、ゲイルは顔を変えることができるの?」
 今会っているゲイルの顔は、最初に会った時とは違っていた。今は、ぞっとする美貌の顔ではなく、普通の美青年という顔立ちである。
「本当の姿だと周りが騒ぐから、普段はこうなんだ」
「そうなんだ」
「僕らは親戚だから、君は僕に遠慮しなくていいんだよ」
「ありがとう」
 
 ティカはファリーヌにも挨拶をしたが、ガーベラと違って、ファリーヌは明るい女神という印象ではなかった。ゲイルによれば、ファリーヌはガーベラを憎んでいるらしい。だからファリーヌの前ではガーベラの話はしないようにと言われた。
(二人はあったこともないのに、どうしてファリーヌ様はガーベラお母さんを憎んでいるんだろう?)
 ティカには不思議な話だが、ファリーヌにとっては、いろいろ複雑な感情があるらしい。
「僕の母はガーベラほど、人の心を惹きつける力がないからね。オルガおじさんは長い間ガーベラ一筋なんだろう? 他の恋人たちも。それってすごいことだよ。嫉妬したくなるのも当然だ」
「よくわからないけど」
「これは内緒の話だけど、僕の母は大昔、オルガおじさんに振られたことがあるらしい」
「え?」
「僕の母にもかわいいところがあるんだけどねえ」
(だからガーベラ母さんを憎んでるかな? 少し納得できた)
「じゃあファリーヌ様は、僕のことも嫌いなのかな?」
「君のことは嫌ってはいないよ」
「そう。ところで、ゲイルと話していると安心するな。クーリーフンといるような気がする。君たちは姿だけじゃなく、似てるところがあるね」
「そうかい? 彼と会って話してみたいけど、一生無理だろうねえ」
 
 ゲイルの存在はティカにはありがたかった。ゲイルとクーリーフンの性質は違うが、どこか似ているおかげで、ティカはこの世界で孤独を感じることはなかった。


(こっちの神様たちは不思議だなあ。昔、お父さんは闇の王から生まれた。アシュラン様と闇の王は戦って、闇の王は敗れてこの世界にやってきた。いろんな神様や妖精を引き連れて──)

 ティカがオルガにざっと聞いた話はこうだったが、この話にはいろいろ不思議なことがある。

 この世界には人間たちがいるが、人間が生きるための様々な設備が整っている。建物などもちゃんとしている。城壁も、城も、かなり昔に建てられたものだが、まさか神が自分で城を建てたわけではないだろう。そういうことが得意な者たちも、一緒にこの世界にやってきていたに違いない。井戸もあれば川もある。人間たちが着ている衣服もある。家畜もいれば街の近くで管理されている農園もある。規模は大きくはないが、一通りのものはそろっているようだ。太陽の光があまり届かないので農作物の育ちは悪そうだが、農園には魔法か何かの光が灯っていて、農作物はそれなりに実っている。

(この何もない土地を住める土地にするのは結構大変だったのではないだろうか?)

 闇の王が星の神を望んでアシュランが了承したことといい、二つの世界の神々は争っているというわけではないのかもしれない。
 
 (一人で空を飛んでいるといろいろ妄想してしまうなあ。こんなこと、やっぱりゲイルにしか聞いちゃいけないんだろうな)

 何かの音色を聞いて、ティカは地上に近づいた。笛の音である。その音をたどってみると、城壁の外で地面に座って笛を吹いている男がいる。男は一曲終わるとティカに顔を向けた。
「やあこんばんは」
「こんばんは。どうしてこんなところで笛を吹いているんですか?」
「誰かが起きてしまうと悪いと思ってね」
「素敵な笛の音ですよ」
「ありがとう」
  肩までのストレートの黒髪、穏やかそうな顔つきの中年の男である。その身には黒い気をまとっている。どうやらこの男は神のようだ。この世界でも音楽があることに、ティカはほっとした。
「初めまして僕、ティカです」
「知っているよ。最近やってきた星の神だろう。私はソニード。違う世界へようこそ」
 男が手を出したので、ティカはその手を握って握手をした。
「私も一応神だ」
「ソニードさんは何の神様なんですか?」
「音楽の神だよ。あちらではラメーンは元気でやっているのかい? 相変わらず、厳しいやつなんじゃないのか?」
「お元気ですよ。最近では、かわいい妖精の恋人ができたりして」
 ティカはついそのことまでしゃべっていた。
「恋人? それはそれは……」
 ソニードは笑っていた。ラメーンのことを知っているということは、ソニードは最初のころ生まれた神に違いない。
「あの、どうしてこの世界へ? と聞いてもいいですか?」
 ソニードはけんかっ早そうでも荒っぽくもないようだ。ティカは不思議に思った。
「どんな世界でも、音楽は必要なんだよ。この世界では私は必要だ。必要とされたから来たのさ。君もそうだろう? 必要とされたからここに来た」
「はい。そばで少し聞いていてもいいですか?」
「いいとも」

 獣の遠吠えが聞こえてきたが、笛の音が始まると遠吠えもやんでいた。
 穏やかで美しい音色は夜空に溶けていく。獣でさえ、この音色には癒されそうだ。

 そうか、この方の音色は……鎮魂。確かにこの世界では必要な方だ
 僕も、必要とされたからここに来た
 星よ、夜空を照らしておくれ。この世界の人々が闇に染まりきらないように──

 夜空に星が一つ輝いた。
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みんなの感想(8件)

poka
2023.06.03 poka

シャリィ・ラメーンカップルが可愛くて、トキメキました~
子供できないかな〜!ノクターンさんの話しを読み始めたのが30代ですが、とうとう50代に!いつ読んでも変わらず面白い!

解除
ゆめこ
2023.02.19 ゆめこ

グレン可愛い!好きっっっ!今の速くなったグレンをゆりちゃんに見せたい。ピュアピュアな感じがたまらない。

解除
リリィ
2022.05.17 リリィ

ゆりちゃんガーベラに癒やされてるグレン…読んでいていじらしくて切なくなっちゃいました!
ダークファンタジアは、もう10年以上前から読んでるんですがお話の展開が面白くて本当に飽きません!
ずっと更新し続けて下さってる事に感謝します。。

解除

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