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第一巻番外編
ある日の王妃 後編
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それから数日後、占い師サーランがゆりの部屋にやってきた。
「ようこそ、よく来てくれました」
「今日はお招きにあずかりまして……」
サーランはゆっくりと頭を下げた。空色のゆったりとしたローブを着た男で確かに優しそうな穏やかな顔つきの男だった。だがなよっとした印象はない。
首あたりまで延びている髪は空色で瞳もそうだった。首周りや手首には琥珀色の石のようなものでできた飾り物をしている。額には三センチほどの白い角が生えていた。
もっと長い角なのかと思っていたが、意外に小さいようだ。角のせいかかなり神秘的な男性に見える。
促されてサーランはゆりの向かい側に腰を下ろした。ゆりの両側にはミカエルとフリットがいる。護衛のためだ。
「サーランさんって結構若そうに見えますけど……」
長い間旅をしながら占いをしている、という話を聞いていたが、外見上はミカエルらとさほど違うようには見えなかった。
「これでも王妃様の二倍以上は生きておりますよ。我が一族は外見上あまり年をとらない一族なんです」
サーランは穏やかに告げた。
「えーそうなんですか? うらやましいですね!」
「全く年をとらないわけではないのですが、老衰が始まると身体が衰えるのが早くて、それはそれで悲しいものですよ」
「へー……それでどれくらい旅をしているんですか?」
「五十年ほどでしょうか。様々な国を転々としておりました。実は連れ合いをなくしまして、それから旅をしているんですよ」
「そうなんですか。それは悲しかったでしょうね」
「旅が悲しみを紛らわせてくれましたから」
サーランは少しさみしげに笑っていた。
一角の一族は愛情深い一族らしい。連れ合いが亡くなってしまうとなかなか別の相手を好きになることができないのだ、とゆりは聞いていた。悲しみのあまり病になり亡くなってしまう事もあるとか。
この国では浮気は御法度。一族の数は、蛇の一族同様少ないらしい。
だが他の国に戦いを仕掛けられたりということはないようだ。大陸が別だからだろう。
「王妃様は幸運の相をお持ちですね」
サーランは雰囲気を変えて笑みを浮かべて言った。
「幸運の相?」
「はい、王妃様がこの国に来られて、まさにこの国の運勢も変わったと聞いております」
サーランは手に持っていた袋を探り何かを取り出した。
「それはなんだ?」
とミカエルが聞いた。
「占い用の鏡ですよ。私は鏡を使います」
サーランは直径二十センチほどの丸い鏡をテーブルにおいた。そして両手を掲げたのだった。
フリットもミカエルも思わずその鏡に視線を向けていた。鏡から淡い輝きが放たれたようだった。
「王妃様を取り巻く星が無数に見えます。どうやら王妃様はかなりの人気者のようですね」
「人気者?」
「異性の星がたくさん見えますよ」
「いっ……」
ゆりの顔がちょっと引きつっていた。
「将来的にはこの星がもっと増える事でしょう」
「はっ?」
「もっとってどのくらい?」
と聞いたのはミカエルだった。
「今よりも多い事は間違いないです」
サーランがちょっと笑ってそう断言すると、ミカエルが鋭い瞳をゆりに向けていた。
「王妃……」
「知らないわよ。私は!」
「ですがこの星々は争いもなく美味い具合に王妃様の周りを回るようです。王妃様も相当おもしろいお方のようですね。なかなか稀な女性だ」
「は、はあ……」
ほめられてもゆりは微妙だった。ミカエルはぶすっとしているがフリットは苦笑している。
将来の私って一体……
「それから王妃様はこの先も子宝に恵まれますよ」
「わっそれはうれしい」
「この国もますます栄えることでしょう」
子供がもっとできるってことは、王様との仲も安泰ってことかあ……よしよし
そうゆりは納得した。ゆりはせっかくだから何か占ってもらったらとフリットとミカエルに言ったが二人とも占ってほしいことは別にないようだった。
ゆりは一角の国の美しい城や王様、角が生えた動物などの話を聞き、穏やかな時を過ごして別れたのだった。
「新しい恋人ができるのかあ……楽しみだなあ……」
サーランと別れた後、ゆりの左目は蛇の目に代わっていた。なんだか楽しそうだ。
「誰が恋人になるんだろう」
「何楽しげに言ってるんですか。もー王妃ったら!」
部屋に残っていたミカエルはぷんぷん怒っていた。
一方フリットはサーランを城の外まで送っている。
「王妃様は大変な人気ですね。異界からいらした方を本当に大事にされているんですね」
サーランはフリットに告げた。
「ええ、我々に平和をもたらしてくれる方ですからね」
「異界からの渡り人か……これも神の思し召しでしょうか。我らの神は時になんと気まぐれなんでしょうね。そう思われませんか?」
「はい?」
「こちらのことですよ」
サーランは城の前で馬車に乗り、街に帰って行った。
サーランは北の街にある商店街から一本外れた道にある小さな店の扉をたたいた。この店は一月の間サーランが借りた占いのための店である。扉には「占い本日休業」の札がかかっていた。
中から鍵が開いて一人の女性が扉を開けてくれた。若い女性だ。紫色のシンプルなドレスを着ていて背中にかかる髪は軽くウエーブがかかっていた。首周りにはサーランと同じような琥珀の飾りものをつけている。背はそんなに高くなく、細身ながらも胸があり、くっきりとした二重のきれいな女性だった。
「お師匠様お帰りなさい。お城どうでしたか?」
「いいところでしたよ」
「そうですか」
サーランは占いの道具が入った袋をテーブルに置いた。
「王様はかっこよかったですか?」
「ええ、我が王を思い出すような方でしたね。なんだか懐かしい気分になりました」
「そうですか。それで王妃様は?」
「かわいらしい方でしたよ」
サーランは椅子に座って告げた。
「それで、やっぱり私と同じでした?」
女性の耳は、サーランの耳と違っていた。とがってもいないし小さい。顔立ちも、ゆりが見るとあれ? と思うような懐かしい顔立ちだった。そう、この女性はゆりと同じように異界からわたってきたのだ。
「ヒナ、とりあえずお茶を入れてください」
「はーい」
名前は日向子(ひなこ)だがサーランからは「ヒナ」と呼ばれていた。十年ほど前、旅の途中でサーランがおなかをすかせた日向子を拾い、食事をおごってからというもの日向子はずっとサーランの後をついて回っていた。二人の仲は恋人同士というわけでもない。サーランにすればとんだ腐れ縁だ。
「名前からして同じ日本人かなーとも思ったんですけどね。やっぱりそうなのかな。王妃様なんてすっごい玉の輿ですよねー」
日向子はお茶を入れつつ続けた。
「この国では異世界の女性は大事にされますよ。ヒナもここで住んだらどうです?」
「いやです。にょろりんの王国に住むのはいやです」
日向子も王妃様には会いたかったが、でかい蛇を見るのがいやなので城に行かなかった。ここに住んでいる時もなるべく店からでないようにしている。同じ異世界人同士といっても、お互い今はこの世界にとけ込んで暮らしている。 会って昔を懐かしまなくてもいいだろうと、日向子は思っていた。
「私と一緒に旅をするよりも、一つの国に落ち着いて住む方があなたのためなんですけどねー」
「やですー。だって私サーラン様にほれてるんですもん、きゃは♪」
日向子がちょっと恥ずかしげに言ったものの、サーランは何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。
しかもため息までついていた。
「お師匠様ったらいけず!」
「私は無理だって言ってるでしょう。もう百回は言いましたよ」
「いいんです。勝手に想ってますから。いつか愛してるヒナ~って言わせてみせます」
「…………」
答える気もなかったのかサーランは無言だった。最初の頃には日向子をある街に置き去りにしたこともあったのだが、どうも気がとがめて戻ってしまった。その時泣きながら抱きついてきた日向子の顔が今も忘れられない。自分といても幸せにはなれないといくら言い聞かせても、「今幸せなんです」と日向子は言い張り、それからおかしな二人の旅がずっと続いている。サーランにすれば日向子は恋人ではなく、ほっておくとちょっと心配な娘のようなものだ。誰かしっかりした男にでも任せたいものだが、日向子は全然その気もないようだ。
「それよりも早く羊の国に行きませんか? この国はあまりににょろにょろしすぎです」
「南の街でも滞在しようかな、と」
「えー!!!! そんな!」
「いいじゃないですか。別に急ぐ旅でもないし……」
「にょろが……にょろんにょろんしてるんですもん」
「だから途中で別れましょうとあれほど……」
「いやです!」
「全く一体どうしてあなたは異世界からわざわざやってきたんでしょうね」
「そりゃ、決まってるじゃないですか。サーラン様と運命の赤い糸でつながっていたからですよ♪」
サーランのつぶやきに日向子は笑顔でこう返したが、サーランからは大きなため息しかかえってはこなかった。
これが神の仕業というのなら、あまりに神もきまぐれすぎやしないだろうか?
と思うサーランだった。最初に出会ったときに無視して通り過ぎていれば日向子の人生も変わっていたに違いない。
「まあいいです。サーラン様がいるっていうのなら、しばらくにょろりんの国で我慢します。今晩は何が食べたいですか?」
「おいしいものが食べたいです」
「いつだっておいしいじゃないですか」
「そうでしょうかね……」
「お師匠様ったらひどっ! でもそういうクールなところも好き!」
「…………」
日向子の恋の行く末は、それこそサーランが占ったらどんな結果がでるのだろうか、謎である。
その日の夕方、ゆりは休憩中のラクシュミを訪れていた。
「王様~私もっと子宝に恵まれるっていわれたよ」
「ああ聞いたぞ。恋人にも恵まれるんだってな」
「ぐ……」
どうやらフリットあたりが報告したようだ。
ゆりは口をとがらせてラクシュミの前にちょこんと座った。
「まあ占いなんてのは当たるも八卦当たらないも八卦だからね、実際そうなるとは限らないよ」
「どうだろうな」
ラクシュミは苦笑気味だ。
「私一角の人ってもっとすごい角かと思ったよ。結構小さい角だったよ」
ゆりは話題を変えた。
「ああ、そうだな。大昔はもっと長かったらしいが、まあ日常生活に邪魔だからな。短くなったんじゃないか?」
「王様もサーランさんに会ったの?」
会ったような口ぶりだったのでゆりが聞いてみた。
「ああ、会った。結構な魔力の持ち主だったな」
「そういう人によく会わせてくれたね」
「そうだな。まあ金に目がくらむような輩でもなさそうだったからな」
「ふーん……」
実は、サーランはゆりに会う前にラクシュミの前で鏡を出していた。つまり占いをしたのだ。
その内容は、「王妃への接し方がこのままでいいのかどうかどうもわかりかねる」という周りが聞けばちょっと笑ってしまいそうな内容だった。ゆりとの価値観の違いは結婚して数年経った今でも感じているようだ。現に価値観の相違から大変なけんかになったこともある。
占い師サーランの答えは─
「王妃様は愛の星でございます。王様が王妃様に愛を注がれれば注がれるだけ、愛情を返してくれるでしょう。そうすることでこの国も幸せになるでしょう」
というものだった。
「私はいつも愛を注いでいるつもりなんだがな」
「相手がわかっているはず、と思っても、こちらの思いをわかっていないことも多々ありますよ。それが男女の仲というものです。特に王妃様は異世界の方なのでしょう。理解できないのが当たり前だと思った方がよろしいかと」
「まあそうだな」
とラクシュミは納得していた。この言葉がサーランの実体験からきたものだとは、さすがにラクシュミも気づいていない。
「王妃様は王様にとってはこれ以上ないお方ですよ。何があってもお離しになりませんように」
「ああ、それはわかっている」
ラクシュミはサーランと別れ、サーランはその後にゆりの部屋に行ったのだった。
「愛の星か……」
「なあに?」
ラクシュミのつぶやきにゆりは聞き返した。
「いいや、なにも、こっちに来い」
「はあい」
ゆりはいそいそとラクシュミの横に移動して寄り添った。
「二人目はいつできるんだろうねー」
「おまえは元気でたくましいな……」
ラクシュミは心底感心していた。
二人の愛の証である子供は、これからももっと増えて行きそうだ。
占い師サーランはというと、日向子に告げた言葉通り、今度は南の大きな街で占いの店を開業した。日向子は店からあまり外にも出ず、外に出るときは頭に布をかぶっていたので異世界の人間だとばれることはなかった。
そしてしばらくすると、南にある羊の国へと旅立っていったようだ。もちろん、二人一緒に。
「ようこそ、よく来てくれました」
「今日はお招きにあずかりまして……」
サーランはゆっくりと頭を下げた。空色のゆったりとしたローブを着た男で確かに優しそうな穏やかな顔つきの男だった。だがなよっとした印象はない。
首あたりまで延びている髪は空色で瞳もそうだった。首周りや手首には琥珀色の石のようなものでできた飾り物をしている。額には三センチほどの白い角が生えていた。
もっと長い角なのかと思っていたが、意外に小さいようだ。角のせいかかなり神秘的な男性に見える。
促されてサーランはゆりの向かい側に腰を下ろした。ゆりの両側にはミカエルとフリットがいる。護衛のためだ。
「サーランさんって結構若そうに見えますけど……」
長い間旅をしながら占いをしている、という話を聞いていたが、外見上はミカエルらとさほど違うようには見えなかった。
「これでも王妃様の二倍以上は生きておりますよ。我が一族は外見上あまり年をとらない一族なんです」
サーランは穏やかに告げた。
「えーそうなんですか? うらやましいですね!」
「全く年をとらないわけではないのですが、老衰が始まると身体が衰えるのが早くて、それはそれで悲しいものですよ」
「へー……それでどれくらい旅をしているんですか?」
「五十年ほどでしょうか。様々な国を転々としておりました。実は連れ合いをなくしまして、それから旅をしているんですよ」
「そうなんですか。それは悲しかったでしょうね」
「旅が悲しみを紛らわせてくれましたから」
サーランは少しさみしげに笑っていた。
一角の一族は愛情深い一族らしい。連れ合いが亡くなってしまうとなかなか別の相手を好きになることができないのだ、とゆりは聞いていた。悲しみのあまり病になり亡くなってしまう事もあるとか。
この国では浮気は御法度。一族の数は、蛇の一族同様少ないらしい。
だが他の国に戦いを仕掛けられたりということはないようだ。大陸が別だからだろう。
「王妃様は幸運の相をお持ちですね」
サーランは雰囲気を変えて笑みを浮かべて言った。
「幸運の相?」
「はい、王妃様がこの国に来られて、まさにこの国の運勢も変わったと聞いております」
サーランは手に持っていた袋を探り何かを取り出した。
「それはなんだ?」
とミカエルが聞いた。
「占い用の鏡ですよ。私は鏡を使います」
サーランは直径二十センチほどの丸い鏡をテーブルにおいた。そして両手を掲げたのだった。
フリットもミカエルも思わずその鏡に視線を向けていた。鏡から淡い輝きが放たれたようだった。
「王妃様を取り巻く星が無数に見えます。どうやら王妃様はかなりの人気者のようですね」
「人気者?」
「異性の星がたくさん見えますよ」
「いっ……」
ゆりの顔がちょっと引きつっていた。
「将来的にはこの星がもっと増える事でしょう」
「はっ?」
「もっとってどのくらい?」
と聞いたのはミカエルだった。
「今よりも多い事は間違いないです」
サーランがちょっと笑ってそう断言すると、ミカエルが鋭い瞳をゆりに向けていた。
「王妃……」
「知らないわよ。私は!」
「ですがこの星々は争いもなく美味い具合に王妃様の周りを回るようです。王妃様も相当おもしろいお方のようですね。なかなか稀な女性だ」
「は、はあ……」
ほめられてもゆりは微妙だった。ミカエルはぶすっとしているがフリットは苦笑している。
将来の私って一体……
「それから王妃様はこの先も子宝に恵まれますよ」
「わっそれはうれしい」
「この国もますます栄えることでしょう」
子供がもっとできるってことは、王様との仲も安泰ってことかあ……よしよし
そうゆりは納得した。ゆりはせっかくだから何か占ってもらったらとフリットとミカエルに言ったが二人とも占ってほしいことは別にないようだった。
ゆりは一角の国の美しい城や王様、角が生えた動物などの話を聞き、穏やかな時を過ごして別れたのだった。
「新しい恋人ができるのかあ……楽しみだなあ……」
サーランと別れた後、ゆりの左目は蛇の目に代わっていた。なんだか楽しそうだ。
「誰が恋人になるんだろう」
「何楽しげに言ってるんですか。もー王妃ったら!」
部屋に残っていたミカエルはぷんぷん怒っていた。
一方フリットはサーランを城の外まで送っている。
「王妃様は大変な人気ですね。異界からいらした方を本当に大事にされているんですね」
サーランはフリットに告げた。
「ええ、我々に平和をもたらしてくれる方ですからね」
「異界からの渡り人か……これも神の思し召しでしょうか。我らの神は時になんと気まぐれなんでしょうね。そう思われませんか?」
「はい?」
「こちらのことですよ」
サーランは城の前で馬車に乗り、街に帰って行った。
サーランは北の街にある商店街から一本外れた道にある小さな店の扉をたたいた。この店は一月の間サーランが借りた占いのための店である。扉には「占い本日休業」の札がかかっていた。
中から鍵が開いて一人の女性が扉を開けてくれた。若い女性だ。紫色のシンプルなドレスを着ていて背中にかかる髪は軽くウエーブがかかっていた。首周りにはサーランと同じような琥珀の飾りものをつけている。背はそんなに高くなく、細身ながらも胸があり、くっきりとした二重のきれいな女性だった。
「お師匠様お帰りなさい。お城どうでしたか?」
「いいところでしたよ」
「そうですか」
サーランは占いの道具が入った袋をテーブルに置いた。
「王様はかっこよかったですか?」
「ええ、我が王を思い出すような方でしたね。なんだか懐かしい気分になりました」
「そうですか。それで王妃様は?」
「かわいらしい方でしたよ」
サーランは椅子に座って告げた。
「それで、やっぱり私と同じでした?」
女性の耳は、サーランの耳と違っていた。とがってもいないし小さい。顔立ちも、ゆりが見るとあれ? と思うような懐かしい顔立ちだった。そう、この女性はゆりと同じように異界からわたってきたのだ。
「ヒナ、とりあえずお茶を入れてください」
「はーい」
名前は日向子(ひなこ)だがサーランからは「ヒナ」と呼ばれていた。十年ほど前、旅の途中でサーランがおなかをすかせた日向子を拾い、食事をおごってからというもの日向子はずっとサーランの後をついて回っていた。二人の仲は恋人同士というわけでもない。サーランにすればとんだ腐れ縁だ。
「名前からして同じ日本人かなーとも思ったんですけどね。やっぱりそうなのかな。王妃様なんてすっごい玉の輿ですよねー」
日向子はお茶を入れつつ続けた。
「この国では異世界の女性は大事にされますよ。ヒナもここで住んだらどうです?」
「いやです。にょろりんの王国に住むのはいやです」
日向子も王妃様には会いたかったが、でかい蛇を見るのがいやなので城に行かなかった。ここに住んでいる時もなるべく店からでないようにしている。同じ異世界人同士といっても、お互い今はこの世界にとけ込んで暮らしている。 会って昔を懐かしまなくてもいいだろうと、日向子は思っていた。
「私と一緒に旅をするよりも、一つの国に落ち着いて住む方があなたのためなんですけどねー」
「やですー。だって私サーラン様にほれてるんですもん、きゃは♪」
日向子がちょっと恥ずかしげに言ったものの、サーランは何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。
しかもため息までついていた。
「お師匠様ったらいけず!」
「私は無理だって言ってるでしょう。もう百回は言いましたよ」
「いいんです。勝手に想ってますから。いつか愛してるヒナ~って言わせてみせます」
「…………」
答える気もなかったのかサーランは無言だった。最初の頃には日向子をある街に置き去りにしたこともあったのだが、どうも気がとがめて戻ってしまった。その時泣きながら抱きついてきた日向子の顔が今も忘れられない。自分といても幸せにはなれないといくら言い聞かせても、「今幸せなんです」と日向子は言い張り、それからおかしな二人の旅がずっと続いている。サーランにすれば日向子は恋人ではなく、ほっておくとちょっと心配な娘のようなものだ。誰かしっかりした男にでも任せたいものだが、日向子は全然その気もないようだ。
「それよりも早く羊の国に行きませんか? この国はあまりににょろにょろしすぎです」
「南の街でも滞在しようかな、と」
「えー!!!! そんな!」
「いいじゃないですか。別に急ぐ旅でもないし……」
「にょろが……にょろんにょろんしてるんですもん」
「だから途中で別れましょうとあれほど……」
「いやです!」
「全く一体どうしてあなたは異世界からわざわざやってきたんでしょうね」
「そりゃ、決まってるじゃないですか。サーラン様と運命の赤い糸でつながっていたからですよ♪」
サーランのつぶやきに日向子は笑顔でこう返したが、サーランからは大きなため息しかかえってはこなかった。
これが神の仕業というのなら、あまりに神もきまぐれすぎやしないだろうか?
と思うサーランだった。最初に出会ったときに無視して通り過ぎていれば日向子の人生も変わっていたに違いない。
「まあいいです。サーラン様がいるっていうのなら、しばらくにょろりんの国で我慢します。今晩は何が食べたいですか?」
「おいしいものが食べたいです」
「いつだっておいしいじゃないですか」
「そうでしょうかね……」
「お師匠様ったらひどっ! でもそういうクールなところも好き!」
「…………」
日向子の恋の行く末は、それこそサーランが占ったらどんな結果がでるのだろうか、謎である。
その日の夕方、ゆりは休憩中のラクシュミを訪れていた。
「王様~私もっと子宝に恵まれるっていわれたよ」
「ああ聞いたぞ。恋人にも恵まれるんだってな」
「ぐ……」
どうやらフリットあたりが報告したようだ。
ゆりは口をとがらせてラクシュミの前にちょこんと座った。
「まあ占いなんてのは当たるも八卦当たらないも八卦だからね、実際そうなるとは限らないよ」
「どうだろうな」
ラクシュミは苦笑気味だ。
「私一角の人ってもっとすごい角かと思ったよ。結構小さい角だったよ」
ゆりは話題を変えた。
「ああ、そうだな。大昔はもっと長かったらしいが、まあ日常生活に邪魔だからな。短くなったんじゃないか?」
「王様もサーランさんに会ったの?」
会ったような口ぶりだったのでゆりが聞いてみた。
「ああ、会った。結構な魔力の持ち主だったな」
「そういう人によく会わせてくれたね」
「そうだな。まあ金に目がくらむような輩でもなさそうだったからな」
「ふーん……」
実は、サーランはゆりに会う前にラクシュミの前で鏡を出していた。つまり占いをしたのだ。
その内容は、「王妃への接し方がこのままでいいのかどうかどうもわかりかねる」という周りが聞けばちょっと笑ってしまいそうな内容だった。ゆりとの価値観の違いは結婚して数年経った今でも感じているようだ。現に価値観の相違から大変なけんかになったこともある。
占い師サーランの答えは─
「王妃様は愛の星でございます。王様が王妃様に愛を注がれれば注がれるだけ、愛情を返してくれるでしょう。そうすることでこの国も幸せになるでしょう」
というものだった。
「私はいつも愛を注いでいるつもりなんだがな」
「相手がわかっているはず、と思っても、こちらの思いをわかっていないことも多々ありますよ。それが男女の仲というものです。特に王妃様は異世界の方なのでしょう。理解できないのが当たり前だと思った方がよろしいかと」
「まあそうだな」
とラクシュミは納得していた。この言葉がサーランの実体験からきたものだとは、さすがにラクシュミも気づいていない。
「王妃様は王様にとってはこれ以上ないお方ですよ。何があってもお離しになりませんように」
「ああ、それはわかっている」
ラクシュミはサーランと別れ、サーランはその後にゆりの部屋に行ったのだった。
「愛の星か……」
「なあに?」
ラクシュミのつぶやきにゆりは聞き返した。
「いいや、なにも、こっちに来い」
「はあい」
ゆりはいそいそとラクシュミの横に移動して寄り添った。
「二人目はいつできるんだろうねー」
「おまえは元気でたくましいな……」
ラクシュミは心底感心していた。
二人の愛の証である子供は、これからももっと増えて行きそうだ。
占い師サーランはというと、日向子に告げた言葉通り、今度は南の大きな街で占いの店を開業した。日向子は店からあまり外にも出ず、外に出るときは頭に布をかぶっていたので異世界の人間だとばれることはなかった。
そしてしばらくすると、南にある羊の国へと旅立っていったようだ。もちろん、二人一緒に。
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