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6 折れる
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あれから一か月。
簡単な本が読める。
よくやった、俺。
頑張った、俺。
褒めてくれる人もいないから、自画自賛の日々だ。
洋服屋が布見本とデザインブックを抱えて列を成した。文字通り列を成した。
体は一つなのに、何でそんなに服がいるんだよ!
って思ったが声は出さない。
今の俺の仕事は"喋らない"ことだ。
出来るだけ背筋を伸ばして、口元を上げて、うんと頷く。
そうしたら、出来る男のバーロイが、あれやこれやと指示を出してくれる。
夜会の服。
学園の制服。
それを筆頭に靴のデザインまでもが目の前を流れていく。
フィルはただただうんうんと頷いていた。
そして商人が帰ったら…
勉強だ。
勉強しかない。
「はい。卵を持ってる様に。
そのまま手を自然と垂らして。
腰と肩まで長い棒があるように。」
ピシッ!
バーロイのチェックが細かくなってきた。
テメェ、ぜってぇSだろう。
「会話する時は相手の目を見て。」
ピシッ!
俺、いや、僕。
だいぶらしくなってきたじゃん。
と、言ったらふっと鼻で笑われた。
「これは基礎の基礎。
この形が自然と取れるようになってから、マナー講座が始まります」
つまり。
まだスタートラインの前にも立ってない、と。
あまりに果てしない道程に、フィルは折れそうになった。いや折れた。ぷちっと。
今までの辛い道程と、まだ面々と続く道。
お情けで、バーロイが合格させてくれたらいいなぁ
だから晩餐の時。
パイ皮が被ったスープが出た時。
きのこみたいで可愛いじゃん♡
と、無理矢理気分をアゲて、マナー通りに食べてたつもりなのに。
「ああ、パイ皮は無理にこそげなくてもいいんですよ」
その馬鹿丁寧な口ぶりに
(こういうのは、やっぱりお里がしれますね)
と、いうのが透けたのはただの僻みかもしれない。
でもそれが透けて見えてカッとなった。
あ、と思った時には
ばーん と叩きつける様にテーブルにスプーンを置いていた。
その振動で水もスープも跳ねる。
~~ちょっと前は食べるのに必死で、水だって飲むのに必死だったのに。
そう思ったら、今の自分が訳わかんなくて、情けなくて、ひゅうひゅうと喉が震えてきた。
バーロイが驚いた顔をしている。
いつも澄ました無表情なのに。
それがおかしくて、せつなくて、フィルはぽろぽろと涙が溢れてきた。
「な、なんですか!泣いたって…」
バーロイが慌てた声を上げたので、フィルは頭を横に振ると、胸のチーフを引き抜いて目頭に当てた。
熱い水分がぐいぐいと吸い込まれていく。
「違う。ごめ…
俺。俺達。生まれてから食べ物探してたから…
1日に一回。なんか食えたら御の字な生活だったから… こぅゆうの、一生治んないんだなぁ。って。
あんたから見たら薄汚ねえ鼠みたいだろけどさぁ、すぐには無理だからさぁ…」
ひくっひくっと身体が揺れる。
あ、無理だ。
フィルはナプキンをテーブルに置いた。
「せっかくメシあんだけど…。ごめん。
ちょっと腹いっぱいだ。」
つい、昔の言葉も出た。
そのまま席を立ったけど、バーロイは何も言わなかった。
簡単な本が読める。
よくやった、俺。
頑張った、俺。
褒めてくれる人もいないから、自画自賛の日々だ。
洋服屋が布見本とデザインブックを抱えて列を成した。文字通り列を成した。
体は一つなのに、何でそんなに服がいるんだよ!
って思ったが声は出さない。
今の俺の仕事は"喋らない"ことだ。
出来るだけ背筋を伸ばして、口元を上げて、うんと頷く。
そうしたら、出来る男のバーロイが、あれやこれやと指示を出してくれる。
夜会の服。
学園の制服。
それを筆頭に靴のデザインまでもが目の前を流れていく。
フィルはただただうんうんと頷いていた。
そして商人が帰ったら…
勉強だ。
勉強しかない。
「はい。卵を持ってる様に。
そのまま手を自然と垂らして。
腰と肩まで長い棒があるように。」
ピシッ!
バーロイのチェックが細かくなってきた。
テメェ、ぜってぇSだろう。
「会話する時は相手の目を見て。」
ピシッ!
俺、いや、僕。
だいぶらしくなってきたじゃん。
と、言ったらふっと鼻で笑われた。
「これは基礎の基礎。
この形が自然と取れるようになってから、マナー講座が始まります」
つまり。
まだスタートラインの前にも立ってない、と。
あまりに果てしない道程に、フィルは折れそうになった。いや折れた。ぷちっと。
今までの辛い道程と、まだ面々と続く道。
お情けで、バーロイが合格させてくれたらいいなぁ
だから晩餐の時。
パイ皮が被ったスープが出た時。
きのこみたいで可愛いじゃん♡
と、無理矢理気分をアゲて、マナー通りに食べてたつもりなのに。
「ああ、パイ皮は無理にこそげなくてもいいんですよ」
その馬鹿丁寧な口ぶりに
(こういうのは、やっぱりお里がしれますね)
と、いうのが透けたのはただの僻みかもしれない。
でもそれが透けて見えてカッとなった。
あ、と思った時には
ばーん と叩きつける様にテーブルにスプーンを置いていた。
その振動で水もスープも跳ねる。
~~ちょっと前は食べるのに必死で、水だって飲むのに必死だったのに。
そう思ったら、今の自分が訳わかんなくて、情けなくて、ひゅうひゅうと喉が震えてきた。
バーロイが驚いた顔をしている。
いつも澄ました無表情なのに。
それがおかしくて、せつなくて、フィルはぽろぽろと涙が溢れてきた。
「な、なんですか!泣いたって…」
バーロイが慌てた声を上げたので、フィルは頭を横に振ると、胸のチーフを引き抜いて目頭に当てた。
熱い水分がぐいぐいと吸い込まれていく。
「違う。ごめ…
俺。俺達。生まれてから食べ物探してたから…
1日に一回。なんか食えたら御の字な生活だったから… こぅゆうの、一生治んないんだなぁ。って。
あんたから見たら薄汚ねえ鼠みたいだろけどさぁ、すぐには無理だからさぁ…」
ひくっひくっと身体が揺れる。
あ、無理だ。
フィルはナプキンをテーブルに置いた。
「せっかくメシあんだけど…。ごめん。
ちょっと腹いっぱいだ。」
つい、昔の言葉も出た。
そのまま席を立ったけど、バーロイは何も言わなかった。
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