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始まっていく

68 近づく二人

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「俺は王位継承権を放棄するつもりだ。
 領地を貰って臣下に降る。
 ……それでも、いいか?」

おずおずとしたザラドの言葉に、うっとりした顔を、胸板からあげる。
なんのしがらみも無くなる。
二人で静かに生きる。
頷くレリアに、ザラドは確認するように問う。

「レリア。君は望めば王族になれるよ。」

その言葉に、激しく被りを振った。


セルカーク王子はサフィア嬢との古い婚姻届を差し出していた。
その昔、乳母に匿われていたサフィアに求婚し。
小さな教会で、乳母と神父だけの立ち会いでサインを交わした証書だ。
本来ならそれを王に提出して、認められて婚姻が成立する。

婚姻を約束する二人の誓い。
だがそれを提出する前に、サフィアは行方不明になった。

有耶無耶になっていたその証書を、レリアを実子とする為に持ち出して来た。
レリアは婚外子では無い。
望まれた、愛の元に授かった子供だと表明するために。

レリアはセルカークを父親と認めた。
それでも王族に入る事は拒んだ。
自分はレリア・シャルドリューだと。

母様の名誉が回復するならそれだけで良かった。
面倒な表舞台には出たく無い。

王太子妃は妊娠中だという。
国中の貴族はを待ち望んでいる事だろう。




「貴方と一緒にいたい。……ずっと。」

アイスブルーの目が瞬く。

欲しかった言葉。
欲しかった心。

レリアの潤んだブルーベリーのような瞳の中に、ザラドの顔が映る。
こうしてずっと映っていていいんだと思うと、胸が切なく震えた。


目の前でザラドがふいにくしゃりと顔を歪めた。

「好きだ。俺は君が好きだ。
 ずっと一緒にいて欲しい。」

赤褐色の髪は紺色に近い夜の様に見える。
アイスブルーの目は月の光の中で鏡のように透けていく。

レリアが顔を覗き込もうとした瞬間。
逞しい腕に力が入った。
弾力のある唇が擦れ合い、優しく吸われる。
唇を割って差し込まれた舌が、レリアの舌に絡んできた。

いつもの啄むようなものとは違う。
激しい口付け。

まるで味わうかのように。
熱くて柔らかな感触が口の中で暴れる。
敏感な粘膜をくすぐられ、はじめ戸惑っていたレリアもその舌を搦め捕って吸い上げた。


じん、と甘い痺れが脳髄に駆け上がる。
口内を余すところなく舐め解かされてぞくぞくする。
執拗なほどいやらしく動き回る舌のせいで、体に力が入らない。



頭の中がくらくらした。

挨拶のキスじゃない。
確かめ合うキスじゃない。
本気の『求めている』キスだ。

目眩がするほど気持ち良くて、もう何も考えられない。


溢れた唾液が口の端からつっ、と咽喉へと筋を作った。
短い息継ぎの間さえ惜しいとばかりに二人は舌を絡み合う。

意識がその粘膜に集中して、火照った体さえ忘れていく。


口付けだけで、こんなにも繋がれるのか。
口付けだけでこんなにも蕩けられるのか。

口付けだけなのに、肉体が交ざり合う感じに身体が反応する。

震えるまぶたに映るのは、互いの影と降り注ぐ金色の魔素。
ドクンドクンと脈打つ鼓動は一つになって、二人はうっとりと抱き合っていた。
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