上 下
40 / 84
そして王宮

40 サモエドの塔

しおりを挟む
その馬車は、途中から消え失せた。
そしてそのまま学園の端にあるサモエドの住処に向かった。

オーランジェ邸が慌しく面倒くさくなるから、レリアを引き離す為だ。

馬車を止めて御者台から降りたベルガーが扉を開ける。
手を差し出して降りるのを補助すると、直ぐに塔の入り口が開いた。

「おかえり。」

サモエドはご機嫌だ。
一人でこの塔に篭って、決して寂しいとは思っていないが、たまに来る客人は大歓迎だ。

塔の中はいろんなハーブの香りがした。
いつも薄暗い玄関が煌々と明るい。
入ってすぐ前にどんと螺旋階段があり、その横から応接間が見える。
円形の応接間は四方に大きな窓があり、そこにはドライフラワーで作ったガーランドやサンキャッチャー、モビールがごちゃごちゃとぶら下がっていた。
キルティングと言えば聞こえのいい、ハギレを撚り合わせたカバーがソファを覆って。
色が氾濫している。

これは、引き篭もりで偏屈に見えるサモエドが実は活動的で。
特に下町の孤児院や養護院に足繁く通った結果、いろんな手作り品が集まってしまったものだ。
どうせ客は来ないからと散らかり放題だった部屋は、今は埃も無く照明器具さえ磨かれている。
クリーンを掛けただけではあり得ないまとまりは、しばらく"暮らす"と決まったおかげでベルガーが掃除したのだろう。


「そこに立って!立って‼︎」

見えない尻尾を大きく振る様に、サモエドはレリアを部屋の真ん中に立たせた。
そしてぐるぐると周りを回る。
おい、と、眉を顰めるセバスティンを気にも留めず、前、後ろ、横と回り込んでから、ほうっと息を吐いた。

「成人かぁ….、大きくなったねぇ…」

甘い優しさを含んだ声に、レリアの胸はきゅんとなった。
サモエドはナニーのベルを与えてくれた。
今もベルガーは寄り添ってくれてる。
サフィアとセバスティンと言う身近な大人よりも、サモエドはレリアにとって慕わしい家族だった。




食堂と兼用で、どんと置かれたテーブルの椅子をセバスティンは引いた。

「疲れただろうが、私は今夜帰る。話しを」

無表情に見えるが、興奮しているのがありありとわかる。
レリアはベルガーを引かれた椅子に黙って座った。
直ぐに目の前にお茶が出される。


「きっと明日からオーランジェ邸に招待状が山の様にくる。は変節せずにサフィア様を慕ってくれた者のリストだ。」

渡された紙束をベルガーがすっと受け取る。

「この者達と懇親を深めて構わない。
それ以外はにっこり笑って、無視だ。」



人の心で一番怖いのは自分だ。
理性とモラルと罪悪感。そして疑心暗鬼。
ソレは自分の一部のはずなのに知らなうちに大きくなる。
どんどん心を蝕んで、勝手に堕ちていく。


謝罪の言葉は受けなくて良い。
無視だ。
そうすれば、勝手に苦しんでもがいていくからな。

そう言って笑うセバスティンは
ちょっと魔王のようだった。




デビュタントは学園の長期休暇とあわせて行われる。
そして始まる社交の季節。
あの館に帰る術の無いレリアは、ここかオーランジェ邸で過ごす。
母様は心配だけど…
セバスがいるから大丈夫だよね。

おやすみの挨拶をして、レリアはベルガーと部屋のある二階に昇る。
四つに仕切られた階の南側の部屋がレリア専用だ。


白い上着を脱がせてもらう。
……肩が凝った。
人の視線に晒されて、背筋を伸ばし続けるのはとても疲れる。

猫足のバスタブにはすでに湯が用意されていて。
その中に浸かるとレリアはほおぉぉっと息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

文官Aは王子に美味しく食べられました

東院さち
BL
リンドは姉ミリアの代わりに第三王子シリウスに会いに行った。シリウスは優しくて、格好良くて、リンドは恋してしまった。けれど彼は姉の婚約者で。自覚した途端にやってきた成長期で泣く泣く別れたリンドは文官として王城にあがる。 転載になりまさ

変態の婚約者を踏みましゅ!

ミクリ21
BL
歳の離れた政略結婚の婚約者に、幼い主人公は頑張った話。

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

眠れぬ夜の召喚先は王子のベッドの中でした……抱き枕の俺は、今日も彼に愛されてます。

櫻坂 真紀
BL
眠れぬ夜、突然眩しい光に吸い込まれた俺。 次に目を開けたら、そこは誰かのベッドの上で……っていうか、男の腕の中!? 俺を抱き締めていた彼は、この国の王子だと名乗る。 そんな彼の願いは……俺に、夜の相手をして欲しい、というもので──? 【全10話で完結です。R18のお話には※を付けてます。】

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

処理中です...