上 下
57 / 59
好き。って気持ちは最強

4 やり直しへと懺悔

しおりを挟む
馬の足音がする。
農耕馬とは違う、軽快な乗用馬のものだ。
サニタに型紙のおこし方を教えている時、気が付いた。

ヤコン村は山へと向かう一本の道の両脇に家がある。
そしてその背後に畑が広がっている。
川は少し下がった谷に。
そしてキリルの家はその谷との中間にあった。


こんな山奥の田舎に乗用馬といえば…
例えば税の徴収人。
例えば出兵募集とか…
頭をよぎるのは、どれもロクでもない想像ばかりで
キリルは振り払う様に頭を振った。

こちらです。
という村長の声もする。
何事かと扉を開けたら


そこにアルベルトがいた。


まずその青空のような目が心を縫い付けた。
土埃で金髪は白っちゃけているが、それでも陽を反射してキラキラだ。
以前よりも頬がこけて男臭さに磨きが掛かっている。
き り る と動いた唇は、長旅で荒れている。
頬には汗を拭ったら埃の筋がのこったらしく
猫のヒゲのような線が出来ていた。


アルベルトだ。

自分の目が信じられずに立ち尽くす。

アルベルトだ。

その青空の目が夕立のように滲んだ。
数歩の距離を飛び越えて抱き締められる。

自分に飛び掛かる激しさで身体が傾ぎ、髪がふわりと広がる。
縋り付いてくるアルベルトから、懐かしい香りと汗と埃の匂いがした。

激しい抱擁でアルベルトのマントがばさりと捲れて視界を覆う。
その中から日焼けた腕が自分を巻き込んでいくのが
ゆっくりと見えた。

マントの広がる影の中で、一本の赤がたなびいて
キリルの視線を釘付けにしていく。

一本の赤。
空に放たれて登る赤い糸。
まるで勝鬨をあげる狼煙のようにアルベルトの腕から立ち上がる。
それは腕程の長さで、ばさばさと靡いていた。

切り口が紅の美しい糸。
斬りっぱなしの赤い糸。

何故ここにいるの?
断ち切れたソレはナニ?

キリルは痺れたようにただ立ち尽くした。

相手が死んだ?
探してくれてたの?
僕を⁉︎
僕を探して?

抱き締めたキリルの額を、アルベルトの涙が伝って熱い。
その熱が痺れた心に沁みていく。
その耳にアルベルトの声が震えながら流れた

「チャワスの神子は俺に魂で繋がる者がいると言った。
キリルだけしかいらないと言ったら、相手との繋がりを断たなくてはいけないのだと言ったんだ。
本気で望むならそれを断ってあげると言ってくれた。相手を見つけて、二人並ばないと縁切りは出来ないと言ってた。
俺の魂の繋がりはダキャナの向こうにいるそうだ。
探してみると約束してくれて、帰国した。」

そうだ。
大地の神子なら糸を感じられる。
糸を断つこともできるだろう。

「あの朝、見つかったと連絡が来て浮かれた俺は何も考えずに飛び出したんだ」

伝言すら残さず。
ただただ喜びの余りに、サプライズだと叫んで。

「もっと残されたキリルの事を思いやるべきだった。
俺にはキリルしかいないのに。
俺はバカだ。バカだった…」

抱き締める力と体温に震えながら。
それでもキリルはアルベルトの腕から抜け出した。
菫色の目が見開かれて真っ直ぐアルベルトを見上げている。


本当に?

本当に⁉︎

糸を断ってでも僕を選んでくれてたの?

本当に?

信じていいの?

凍てついた心がぱらぱらと剥がれ落ちていく。
信じたい。
信じられない。
グラグラする心のまま、キリルは立ち尽くした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

公爵様のプロポーズが何で俺?!

雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください! 話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら 「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」 「そんな物他所で産ませて連れてくる!  子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」 「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」 恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?

処理中です...