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ナルディル領サムスク州エギマ地区にて

3 村のキリル

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ほんの指二本分ほど、裾を上げたとたん。
なんかお古の野良着が小洒落て見えた。
継ぎはぎさえ同系色のパッチワークだ!

キリルさんは、ささやかな手間賃で(現物支給がほとんどだ)古着を手直ししてくれる。
そのおかげでこのヤコン村は、近隣の村ではファッションリーダー扱いだ。

キリルさんに心酔する嫁達は、しつこい行商人や独り者を脅し上げた。
「キリルさんにちょっかい出してみなっ。
あたしら全員を敵に回すよっ‼︎」
嫁と言えば聞こえがいいが、孫までいる長老クラスもそろって、ばん!と取り囲んでいる。
農村では労働力はもちろん、飯も掃除も洗濯も。
全てが嫁に依存している。
おっさん達はすぐに白旗を上げた。

本当はわかってたんだ。
目の保養だけで充分だって。
過ぎた美人はもったいなさすぎるって。

ヤコン村は20軒ほどがくっついている、辺鄙で山奥に点在する村の一つだ。

裏に川が流れる丈夫な納屋だった家を、キリルさんは借りて改造した。
「お仕事は狩猟ですから、川も天井の高さもありがたいです」と言った時に冗談だと思っていたら。
本当に牙や毛皮を行商人に売っていた。



フォレアちゃんを産んでから、もう二年たった。

暇な年寄り(膝や腰にガタがきて畑仕事に出れなくなった)を、子供番として幾ばくかで雇い。
親の仕事に連れて行くしか無かった幼い子供達を、集会所で観て貰うようにしたのもキリルさんだった。
おかげで子供の心配が無くて畑仕事が捗っている。
年寄りも仕事を貰って生き生きしている。
罠で捕まえられない凶暴な獣も狩ってもらえるし。
キリルさんが来た事で、ヤコン村は賑わっていた。



フォレアは二歳になって動きも活発になった。
燃料が切れたみたいにパタリと眠る。
夕食中に、スプーンを持ったまま突っ伏してしまったフォレアの口元を拭い、キリルはふふふと笑った。
ガルゼがスプーンをそっと離して抱え上げる。
ガクンと頭が落ちたが、その勢いにも目を覚まさなかった。

子供ベッドはわらだとチクチクすると思い。
セコイアの新芽をたっぷり敷いて、シーツを被せている。
野原で走り回った終わりに、新芽に包まれて寝るのだ。
なんて贅沢なんだろう。

大きくなったなぁ。

ふにゃふにゃと、トカゲのようだった赤ん坊が。
みるみるうちに人になった。
その不思議さと、誰かを思い出させる青空色の目にキリルは目を細めた。


城から出て、どこに行こうか?となった時。
キリルは母上に連れて行ってもらって修行した、ナルディル領の山奥に行きたいと思った。
なまじっか学園時代を知っている者と会いたく無かった。
表向き母上はファンドール家で病死した事になっている。
ナルディル家のお祖父様もお祖母様も、母上が出奔した事は知っていて、詫びと負い目でほとんど孫に接触しては来なかった。
代替わりした事もあるどろうし。
今更名乗り出てもやっかいな事にしかならないのはわかっていたから、流浪の民のようにいるつもりだった。

山を渡っているうちに。
ヤコン村でサニタ達に出会い。
知ってる人がまるで無いことに、とても安堵してフォレアをうんだ。
そして毎日が楽しかった。
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