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蜃気楼の恋

6 決別

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青褪めたキリルに気が付いたのはガルゼだ。
小刻みに震える体に、気が付いたのはルーアだ。

横になってと離れるルーアの指先には、キリルの腹から赤い糸が伸びていく。角を曲がっても階段を登っても、それはしゅるりと伸びていく。

ガルゼは表情を無くしたキリルを支えた。
ゆっくりと階段を登る。

離れていく。
離れていくのに。
自分から伸びるその薔薇色の糸は、ただただ床に流れていく。

「ど…しょ…う…」肩を支えるガルゼに呻く。

「子供が出来たみたいだ…ルーアと繋がっている…」

ガルゼの目が大きく見開かれ、キリルの腹を凝視した。



キリルは再び天井を睨んでいた。
糸か……。
僕はずっと糸に翻弄されるんだろうか。
キリルは糸が湧き出ている、自分の平べったい腹にそっと手を置いた。

父上は焦げて焼き切れたようだった。
執着と悪縁。
あの無表情な父上が、糸に翻弄されてどろどろとした地獄のような恋に周りを巻き込んで、堕ちていったのだろうか。
相手は死んだんだろうな。
そして政略の契約で、母上と結婚したのだろう。

ガルゼの糸は見事な猩々紅だ。
穏やかそうに見えて烈しい。
かつて、相手との糸を自分で切ったのだと言った。
しがらみに悩む自分と、それに踊らされる人間模様が我慢できなかったから。と、笑ってた。

生命力でその色は変わる。
心意気で変わっていく。

ルーアは珊瑚色で輝かんばかりに美しい紅だ。
腹の子を介して、ルーアと本当の親子になれる。


バシン‼︎

両手で頬を叩いた。

無い!
何をぐちぐち悩んでるんだろう。

恋出来たじゃないか。
糸無しの自分が恋出来たじゃないか。
相手の糸を断ち切る覚悟も無かったくせに。
今更めそめそするのは、違うよね。


行こう。

ベッドから、窓の向こうの空を見て決意した。


弟と僕の護衛騎士は赤い糸で繋がっていた。
かつて僕は護衛騎士に恋をしていた。
二人は恋心を明かさなかった。
でも、その目が。
でも、繋がる糸が。
視線を交わすたびに甘く揺れる。

自分の前で。
繋がる糸が甘く揺れる。

愛する弟が、愛する男と繋がる糸を揺らす。
糸はうきうきと揺れながら、甘く詠う。

切なさで痛いのに、笑顔を崩せない。
それは糸をもたない自分の咎に思えて。
煉獄でのたうち回るだけの、終わりのない世界だった。



この子を産んだら。
ルーアと繋がる甘い糸を見るだろう。
でも、その横にアルベルトがいる。
アルベルトが他の愛おしい人と、赤い糸を揺らしていたら…
がんじがらめな僕はどうなる。

もうごめんだ。
我慢しないって決めた。
見たくないものは見ない。


行こう。


いつかルーアにこの子を渡そう。
いつか平気になった時に。
でも今は逃げる。

キリルはアルベルトと交わした契約書を出した。
こちらが契約違反をした。と謝罪の言葉を書いた。
そして離婚証書に署名をした。
それからルーアに心を込めて手紙を書いた。

自分が約束を破ったこと。
だから、もうここにはいられないこと。
何処へ行ってもルーアが大好きなこと。

それを書き上げた時。
もうキリルは前を向いていた。
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