囚われの斎王は快楽に溺れる 竜と神話の王国

男神の眩惑

7 黒い竜は道を探す

「やれ！」

ラグナロワの言葉と同時に、黒い兵が押し寄せて来た。


　キン！

高い金属音がして、剣先が飛んだ。
ザイルの風を纏わせた重い剣が、相手の剣を叩き折ったのだ。
その剣先が、亀裂の入った天井に突き刺さる。

兵の目に怯えが揺らめいた。
だが、流石に王直属の強者達。
すぐに気力を纏うと、再び向かってくる。

左手に赤児を抱えて、ザイルは容赦なく相手の腹を薙いだ。
黒い風が、
ごおん。
ごおん。
と、音を立てる神殿の何で、生き物のように踊っている。

そうして数分後には、何人かの兵が床の上でのたうっていた。


地震のような振動が、やがて天井からもぱらぱらと石を落としてくる。

早く転移しなければ…
ふと気を散じた時。
そこを狙って兵が走り込んできた。

ザイルは落ちてきた天井の破片を、思い切り蹴り上げていた。
そのラグビーボールほどの石は吹っ飛んで、向かってきた兵の腹を直撃した。
凄い勢いだった。
兵は腹に石を抱いたまま2メートルほど飛び、床に生じた亀裂の中に吸い込まれていく。

ザイルは咆哮していた。
頭の中が白熱している。
凄まじい雄叫びに、部屋の空気がびりびりと震えた。
それに応じるかのように、ラグナロワが笑う。
紅い目が闘いへの愉悦でギラギラと光っていた。

「どけ。」

残った兵に命令すると、邪魔になるマントを外す。
瓦礫にまみれた床に仁王立ちになった。

でかい。
その圧倒的な威圧感で山のように感じる。


ザイルは左手の温かな生き物を指さきでそっと撫でると、全身全霊で王と向いあった。



「もう一度言う。それを渡せ。」


激した声ではない。
むしろ凪いで低い。
地を這うような声。
それに応えるように、ぐっと剣を構える。

お互いの隙を探っているのがわかる。
しかし均衡していると思ったのは一瞬だけだった。

ラグナロワの重い剣が空気を切り裂いた。
身を沈めたザイルの頭の上を通過する。
さすが王。
すでに何か練り込まれていたらしく、風圧で床のタイルを跳ね上げて吹き飛ばした。
その脇腹目掛けて、かがんだまま右手で剣をはらう。
飛び退ったラグナロワの目が怒りに歪んだ。

再びラグナロワが剣を斜めに切り上げた。
ザイルが赤児を抱えたまま、身体を斜めにして避けた。
先程とは違う物が練ってあったらしく、風圧と共に避けた体にびちびちと何かが当たる。

激痛がはしった。
指弾のように当たったそこから、悪臭と煙がたちのぼる。
革も金属もじゅうっと溶けて煙が上がった。
苦痛で顔を歪めながら、その毒が赤児に届かないよう、一層きつく抱き込んだ。



「よこせ。褒美をやろう。」


ラグナロワは全身から毒と威圧を纏わせて、ザイルに向き合う。
力の差は余りにも明確で、ザイルはぐっと唾を飲んだ。


負けられない。
逃げなくては。


捲れ上がった床のタイルが、不気味に律動を始めた。
カタカタと揺れ始めている。
先程兵を飲み込んだ亀裂は、まだ貪ろうとぎしぎし広がっていく。

窮鼠となったザイルが、目を逸らさないようにしながら、辺りを伺う。
床が波打つように揺れ始めていた。



どん！



ばごん。
ばごん。


その音が徐々に大きくなり、近づいてくる。
それと共にさらに揺れが酷くなり、ぐらぐらと上下する。

柱を覆うタイルがばたばたと剥がれ落ち、太い柱が揺れといっしょに踊る。
そのうちの一本がゆっくり傾いて、ラグナロワにのしかかって行った。



ずごおぉぉぉぉん。


「どうした！コレはなんだ！」

飛び退って柱を避けたラグナロワは、土煙と振動でひざをつきながら兵に向かって叫んだ。


　今だ！

ザイルはラゴウに向かって転移する。

慌ててラグナロワが振った剣が、飛び込もうとした右脚をえぐった。
叫びも痛みも堪えて、ザイルは転移空間に転がり込んだ。