断罪だとか求婚だとかって、勝手に振り回してくれちゃってるけど。僕はただただ猫を撫でたい。

その後のリラク

1 わかれみち

王都の東門近くの安宿に、旅の親子が入った。
どう見てもド田舎から来た、農民か行商人のようだ。
子供は都会に緊張しているのか、フードを目深く被って俯きがちだが、親はにこにこと宿帳を書いた。

これといった特徴のない平凡な中年だけど、感じは良い。
しかもチップを寄越したから、便所から離れた部屋に案内した。
安宿は当たり前だが、便所も共同だし風呂も無い。
身体を清めたければ有料で湯を頼む。
部屋の鍵を渡すと、【大】の湯を頼まれた。

オイアは宿の下働きだ。
おかみに、【大】を２回分。
と言われてあーあ。とがっかりした。
【大】は桶で2個分だ。つまり2往復になる。
しかも狭くて急な階段を登った一番奥の部屋だ。
湯の桶は重いし熱いし大変なのだ。

両手でバランスをとるように桶を下げて階段を登る。
うっかり溢したら拭き取る時に掃除をさせられるから慎重にだ。

ノックすると
「ありがとう。よろしくね。」
と、多めのチップを握らされた。
おかみに見られたら取り上げられる。
だからそっと握らせてくれた。なんて良い人なんだ！
オイアは足取り軽く2往復して湯を運んだ。



湯。

ソレはリラクとデイドにとって、今無茶苦茶必要な物だった。

結婚式の化粧は濃い。
長時間、汗でドロドロに溶けないように。
そして肌が透き通って白く見えるようにと、鉛も入っているドーランで塗り固められている。
顔どころか首も胸元も、背中から腕、指先に至るまでみっちり塗りたくられる。

おかげでリラクは人形の様に可愛くなって、兄のファーブが感極まってうぉんうぉん泣くほどの仕上がりだったが、洗い落とすのは大変なのだ。

故買屋でドレスを売っぱらってから。
川に飛び込んでごしごし擦ってみたが落ち切れない。
いや、むしろなんかまだらになって怪しい姿になった。

風呂の付いてる宿は手配されてるかもしれないから却下だ。
そんな訳でお貴族様が爪先さえ踏み込まないような安宿に入ったが、当たり前だが風呂は無い。
だから湯をたのんだ。
田舎者が、身綺麗にして遊ぶんだろうと思われただろう。

とにかく石鹸で白粉を流しきる。
髪も複雑に結って固めてあったものでゴワゴワしている。
乗馬で風で靡いて、海底の珊瑚礁みたいに広がっていた。
フードはそんな顔も髪も隠してくれるマストアイテムだ。


デイドは石鹸でギシギシな髪を、優しくゆっくりとほぐしてくれた。
「髪なんて切っちゃうからいいよ！」
そう言っても笑顔で跳ね返されて、ブラシで解かれる。

そうやって一つづつ剥ぎ取るように、結婚式の痕跡が削り取られて、リラクにいつもの自分が戻って来た。


狭い部屋では腰掛けるのはベッドしかない。
外の市場で買ってきた夕食を齧り付きながら
リラクとデイドは今後の話を始めた。

「僕。じいちゃんトコには行かないよ。」

そう言ったら、デイドは口をＯの字にして固まった。